6 / 32
五、ピエレットは、その暗黙の了解を知らない。
しおりを挟む「ピエレット、待たせた」
訓練を終え、身支度を整えたエヴァリストが急ぎ足で迎えに来た時、ピエレットは未だ夢見心地で訓練場を見つめていた。
「エヴァリスト様。お疲れ様でした。とっても、素敵でした」
訓練中はもちろんのこと、訓練を終えた後にきちんと場を整える姿も素敵でした、と言うピエレットを、エヴァリストは眩しいような瞳で見つめる。
「騎士とは、武具や防具を大切にするのはもちろんのこと、訓練の場も大切に思うものなのだ」
「騎士の皆様にとって、大切な、神聖な場所なのですね」
それは、こちらも心して見学しなくては、と神妙な顔で言うピエレットの手を、エヴァリストは嬉しそうにぎゅっと握った。
「ああ、そうだ。分かってくれて、とても嬉しい」
「あの、エヴァリスト様?お昼を召し上がるのではないのですか?」
その華奢な手を引き歩き出そうとするエヴァリストを、不思議そうに見あげるピエレットに、エヴァリストが微笑みを向ける。
「食事をするのに、もっと適した場所がある。折角ピエレットが来てくれたのだがら、もっと案内したい」
「それは、普段エヴァリスト様がお過ごしになっている場所を見られる、ということですか?」
「そうだ」
「嬉しいです!」
途端、瞳を輝かせたピエレットは、エヴァリストと共に見学の場を出て、入口とは反対の方向へと歩き始めた。
ここで、エヴァリスト様はいつも訓練をされているのね。
こちら側の廊下の壁も重厚で、如何にも騎士団という感じがするわ。
「エヴァリスト様!」
「デュルフェ公爵令息様!」
落ち着きが無い、と言われないよう気を付けつつも、物珍しく辺りを見ながら歩いていたピエレットは、姦しい声が聞こえた、と思った時には数人の令嬢に行く手を阻まれていた。
え?
今、どちらからお見えになりました?
何というか、あっというまでした。
皆様、動きがとてもお速いです。
「ピエレット。こちらだ。こちらに、ルシールが気に入っている場所がある」
しかし、動じた様子もないエヴァリストは、彼女等など見えないかのようにするりと躱し、何事もなかったかのようにピエレットに笑顔で話しかける。
「まあ。ルシール王女殿下がですか?」
そしてピエレットもまた、突如現れた令嬢たちよりも、エヴァリストの話の方に興味があるため、さっさと令嬢たちから視線を逸らして、エヴァリストを見あげた。
ということは、ルシール王女殿下はこちらにいらしたことがある、ということですわよね。
この言い方ですと、もちろんエヴァリスト様とご一緒なされたのでしょう。
なんだか、妬けます。
「え。ちょっと皆様。今の、お聞きになりまして?」
「ええ。ルシール王女殿下お気に入りの場所、と確かに聞こえましたわ」
「もしかして、あの方をお連れになりますの?」
「デュルフェ公爵令息様。ご婚約されたとはいえ」
「これまで、騎士団にお招きになるのは、ルシール王女殿下だけでしたのに」
「あの場所までなんて」
ひそひそと囁く声が、ピエレットの胸に痛い。
「ルシール気に入りの店で食事を共にするのもいいが、こうして騎士団でピエレットが用意してくれた物を食すのもいいな」
そんなピエレットの気持ちを知らぬ風で、エヴァリストが満面の笑みで告げる。
「まあ。ルシール様お気に入りのお店にもお連れに?」
「それってつまり」
「なあ、ピエレット。今日は何を用意して来てくれたのだ?」
令嬢達の囁きを何故か満足そうに聞き、エヴァリストがピエレットの瞳を覗き込む。
「え、あ。サンドイッチです」
令嬢達の囁きとエヴァリストとルシールのことが気になっていたピエレットは、少し出遅れそう答えた。
「もしかして、あのルシール気に入りの店で共に食したからか?」
「はい」
やけにルシールという名を強調するエヴァリストに内心で首を傾げながら、ピエレットはこくりと頷きを返す。
「して、サンドイッチの具材は何だ?」
「それは、先だってエヴァリスト様がお好みだとおっしゃっていた」
「あれか!そうか。益々楽しみだ。いや、ピエレットが俺のために用意してくれただけでも嬉しいのだが」
ピエレットの言葉を奪うように喜びの声を発し、エヴァリストがピエレットの手をしっかりと握り歩いて行く。
「まあ。あれほどにしっかりと手を握られて」
「優しく微笑まれて」
「既に、ルシール王女殿下のお気に入りのお店にも行かれたようですし、あの仰りよう」
「ええ。そういうこと、なのでしょうね」
「そのうえ、ご自身のお好みまでお伝えとあっては」
さわさわと、令嬢たちが囁く。
その囁きに諦めが混じり、見つめて来る視線が、まるで春の終わりの気候のように生暖かいものになった、とピエレットが感じたその時。
「エヴァリスト様のお隣に、当然のように。そのうえ、手まで繋いで。たかが、伯爵家の娘が」
え?
「ピエレット、前を向け。雑音など聞き流せ」
たかが伯爵家。
その言葉に思わず振り返りそうになったピエレットにそう囁き、エヴァリストは握った手を小さく揺すった。
~・~・~・~・~・~・
いいね、お気に入り登録ありがとうございます。
175
あなたにおすすめの小説
麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。
誰にも言えないあなたへ
天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。
マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。
年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。
せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?
石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。
彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。
夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。
一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。
愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。
愛されていないはずの婚約者に「貴方に愛されることなど望んでいませんわ」と申し上げたら溺愛されました
海咲雪
恋愛
「セレア、もう一度言う。私はセレアを愛している」
「どうやら、私の愛は伝わっていなかったらしい。これからは思う存分セレアを愛でることにしよう」
「他の男を愛することは婚約者の私が一切認めない。君が愛を注いでいいのも愛を注がれていいのも私だけだ」
貴方が愛しているのはあの男爵令嬢でしょう・・・?
何故、私を愛するふりをするのですか?
[登場人物]
セレア・シャルロット・・・伯爵令嬢。ノア・ヴィアーズの婚約者。ノアのことを建前ではなく本当に愛している。
×
ノア・ヴィアーズ・・・王族。セレア・シャルロットの婚約者。
リア・セルナード・・・男爵令嬢。ノア・ヴィアーズと恋仲であると噂が立っている。
アレン・シールベルト・・・伯爵家の一人息子。セレアとは幼い頃から仲が良い友達。実はセレアのことを・・・?
彼は政略結婚を受け入れた
黒猫子猫
恋愛
群島国家ザッフィーロは臣下の反逆により王を失い、建国以来の危機に陥った。そんな中、将軍ジャックスが逆臣を討ち、王都の奪還がなる。彼の傍にはアネットという少女がいた。孤立無援の彼らを救うべく、単身参戦したのだ。彼女は雑用を覚え、武器をとり、その身が傷つくのも厭わず、献身的に彼らを支えた。全てを見届けた彼女は、去る時がやってきたと覚悟した。救国の将となった彼には、生き残った王族との政略結婚の話が進められようとしていたからだ。
彼もまた結婚に前向きだった。邪魔だけはするまい。彼とは生きる世界が違うのだ。
そう思ったアネットは「私、故郷に帰るね!」と空元気で告げた。
よき戦友だと言ってくれた彼との関係が、大きく変わるとも知らずに。
※関連作がありますが、これのみで読めます。
※全13話です。
私と彼の恋愛攻防戦
真麻一花
恋愛
大好きな彼に告白し続けて一ヶ月。
「好きです」「だが断る」相変わらず彼は素っ気ない。
でもめげない。嫌われてはいないと思っていたから。
だから鬱陶しいと邪険にされても気にせずアタックし続けた。
彼がほんとに私の事が嫌いだったと知るまでは……。嫌われていないなんて言うのは私の思い込みでしかなかった。
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?
私を嫌っていた冷徹魔導士が魅了の魔法にかかった結果、なぜか私にだけ愛を囁く
魚谷
恋愛
「好きだ、愛している」
帝国の英雄である将軍ジュリアは、幼馴染で、眉目秀麗な冷血魔導ギルフォードに抱きしめられ、愛を囁かれる。
混乱しながらも、ジュリアは長らく疎遠だった美形魔導師に胸をときめかせてしまう。
ギルフォードにもジュリアと長らく疎遠だったのには理由があって……。
これは不器用な魔導師と、そんな彼との関係を修復したいと願う主人公が、お互いに失ったものを取り戻し、恋する物語
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる