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四、騎士団にて
しおりを挟む「よく来たな、ピエレット!」
その日、大きなバスケットを手に騎士団を訪れたピエレットは、エヴァリストの歓迎を受けて安堵に口元を緩めた。
「エヴァリスト様」
とと、と小さく駆け出すピエレットを嬉しそうに出迎え、エヴァリストはその手にあるバスケットへと視線を移す。
「随分と大きいな」
「張り切って、作って来ました。といっても、わたくしはパンにバターやソースを塗ったり、具材を挟んだりしただけですけれど」
頑張ったのは、主にうちの料理人です、と肩を竦めるピエレットの手から、エヴァリストは、自然な仕草でバスケットを受け取った。
「何を言う。ピエレットが俺のために用意してくれたというのが、とても嬉しいのではないか。では、行こう」
極自然に手を引かれ、ピエレットは入り口付近で見守ってくれていた侍女に小さく手を振って歩き出す。
当然の如く、騎士団までバルゲリー伯爵家の馬車で送ってもらい、騎士団の入り口まで侍女が付き添って来たピエレットだが、入口より先は、招待された本人のみで行くのが騎士団の規則。
微笑んで見送ってくれた侍女に『ありがとう』と心のなかで礼を言い『エヴァリスト様は訓練服姿も素敵』とときめきながら、ピエレットはエヴァリストに手を引かれ、騎士団内部を歩いて行く。
「ピエレット。ここが見学席だ。昼食は、共に摂ることも出来るのだが、どうする?」
やがて着いた場所には、幾つかのテーブルと椅子がゆったりと並んでいて、ピエレットは、なるほどここで見学し、食事を摂るのだと納得するも、初めてのことで勝手がまるで分からない。
「どうするのがよろしいのですか?わたくしは、エヴァリスト様とご一緒出来るのかと思っていたのですが、ご迷惑になるようなら」
「迷惑などではない!・・・っ。ああ、大きな声を出してすまない。ピエレットが嫌でないのなら、俺も一緒がいい。だが、訓練の間ずっとひとりで待たせる事になるし、俺は訓練の後に食事となるわけだから、土埃などでその・・いや、今日は午前の訓練のみだし、もちろん身なりは整えてから食すが、その分また待たせることになる」
「お待ちしていていいのなら、お待ちしていたいです。それに、ひとりで待つといっても、その間エヴァリスト様が訓練なさるお姿を拝見していられるので、大丈夫です!」
楽しみにして来ました、と弾ける笑顔を浮かべるピエレットに見惚れ、一瞬とはいえだらしのない顔になった自覚のあるエヴァリストは、ピエレットに気づかれぬうちにと慌ててきりりとした表情を整え、何事もなかったかのようにそうかと頷きを返す。
「ならば訓練後。支度を整えて迎えに来るから待っていてくれ」
「はい」
「では、行って来る」
「いっていらっしゃいませ」
にこにこと見送るピエレットに片手をあげ、エヴァリストが訓練へと向かって行く。
ピエレットもまた笑顔でその背を見送り、小さく手を振って幸せな思いで着席したところで、お茶とお菓子が運ばれて来た。
「あの?」
「バルゲリー伯爵令嬢、本日はようこそお越しくださいました。ごゆっくり、ご見学くださいませ」
何かあればお声掛けを、と言い置いて少し離れた場所に立ったその人は、下位貴族の騎士候補で、こうして上位貴族の客人が騎士団の見学に来た時、行儀見習いを兼ねて護衛を務めるのが常なのだと教えてくれる。
「今からお昼まで訓練。一体、どんなことをするのかしら」
呟き、供されたカップにピエレットが口を付けたところで、何やら騒がしい声が聞こえて来た。
見れば、ピエレットが居る場所とは少し離れた場所に、多くの女性達が入って来ている。
「ああ。あちらは勝手に・・・ではなく。ご招待された訳でもないのに自ら突撃された・・・でもなくて。ええと、勝手にやって来る令嬢の群れ・・・あ。自主的にお見えになったご令嬢の皆様です。あの場所は、そういった突撃型・・・人の迷惑顧みない方々のために、椅子もテーブルも無いけれどそれでもいいのなら、という形で用意されております。場所が無いと、密かに潜り込んだうえ、勝手に歩き回ってしまうので、苦肉の対処というわけです」
あれは?という視線で問うたピエレットに、すすっと寄って来た騎士候補が、途中何やら聞いてはいけない言葉を挟みつつ説明してくれた。
「そうなのね。ありがとう」
それでは、エヴァリスト様にお招きいただかなかった時は、わたくしもあちらに行くのね、と呟いたピエレットに、騎士候補はにやりとした笑みを浮かべる。
「何を仰いますか。たとえ突然ご訪問なされようとも、バルゲリー伯爵令嬢はいついかなる時もデュルフェ公爵令息のお客人ですので、必ず、お声がけくださいませ」
その時入口付近に居る騎士や使用人を捕まえて言えばいい、と言って騎士候補は礼と共にまた少し下がった。
「きゃあ!エヴァリスト様!こちらを向いてくださいませ!」
「デュルフェ公爵令息!今日も素敵ですわ!」
ほどなくして騎士達が姿を現し、令嬢達の奇声や叫びで訓練場が揺れるほどの熱気を帯びる。
「す、凄い・・・・」
あの場にいたら、完全に負けている、とピエレットは自分の心臓に手を当てた。
「遠くで聞いているだけでも、耳に響くわ。でも、あんな風に応援をされたら、嬉しいのでしょうね」
言葉にならない叫びや悲鳴も多いなか、騎士と思しき名を叫ぶ声も聞こえる。
なかでも、エヴァリストの名が多いように思うのは、ピエレットの耳がその名を拾い易いからなのか。
いずれにしても、とても同じようにエヴァリスト様の名を叫ぶなど出来そうもない、とピエレットが思った時、漸くそのエヴァリストの姿が見えて、ピエレットの胸が高鳴った。
「エヴァリスト様」
叫ぶ事は出来ないけれど、と小さく名を呼び胸元で手を振れば、エヴァリストもまたピエレットに向かって騎士の礼をし、その後大きく手を振ってくれた。
それと同時に沸き起こる、大きなどよめき。
「な、なに?」
「デュルフェ公爵令息は大人気ですから。ですが、ご心配なく。デュルフェ公爵令息は、あちらのご令嬢方など、視界にも入れぬ方ですから」
「そ、そうなのね」
つまり、あのどよめきはエヴァリスト様の行動に対して、と頬を引き攣らせたピエレットはしかし、訓練を開始したエヴァリストの雄姿に一瞬で心奪われ、令嬢達の叫びや悲鳴も、共感する者の心地よい曲のように感じ、心行くまで堪能した。
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