王女を好きだと思ったら

夏笆(なつは)

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三、カフェにて

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「まあ・・・素敵なお店」 

「気に入ったか?」 

「はい、とても!」 

 今日、エヴァリストがピエレットを連れて来てくれたのは、街にあるカフェ。 

 その個室はとても落ち着いた雰囲気の調度が設えられていて、椅子もとても座り心地がいい。 

  

 ほんとに素敵。 

 壁紙も落ち着いた感じなのに、華やかな感じもあって、女性も男性も寛げそう・・・あ、もしかして。 

 

 そこでピエレットはその可能性に気づき、というより確信をもってエヴァリストに尋ねた。 

「もしかして、こちらのお店もルシール王女殿下がご贔屓にされていらっしゃるのですか?」 

「ああ、そうだ。ここはルシールの気に入りの店のひとつだ」 

 ピエレットの問いに嬉しそうに答えたエヴァリストが、ピエレットに微笑みかける。 

「そうなのですね」 

 

 やっぱり・・・・・。 

 これまで連れて行ってくださった色々な場所も全部、ルシール王女殿下お気に入りの場所でしたものね。 

 ルシール王女殿下に、女性の好みそうな場所を聞いていらっしゃるのかとも思ったけれど、そういう感じでもないですし。 

 もしかしてエヴァリスト様、本当はルシール王女殿下とご一緒したいのでしょうか? 

 でもルシール王女殿下には、隣国の第三王子殿下というご婚約者様がいらっしゃるから、ご遠慮なされているのね。 

 

「ピエレットは、何にする?たくさんあって、迷ってしまうか?」 

 そういうことでしたか、と、ひとりピエレットが納得していると、メニュウを開いたエヴァリストがにこにこと話しかけて来る。 

 見れば、確かに多くの、それも多岐に渡るメニュウの数々が並んでいて、ピエレットはあちらこちらと目移りし、すぐには決めかねる、と困ったようにエヴァリストを見た。 

「そうですね・・・どれも美味しそうです」 

「因みに、ルシールが好むのは果実のパイやタルトだな。俺としては、それもいいがやはり・・・っと、何でもない。果実のパイやタルトは、季節によっても変わるから。今は、と」 

 頬を緩めて自分の好きな物を言おうとしたらしいエヴァリストに、ピエレットは前のめりになる。 

「エヴァリスト様!エヴァリスト様がお好みになるのは、どのようなお品ですか?」 

「え?お、俺か?いやしかし、ルシールの」 

「わたくしは、エヴァリスト様のお好みが知りたいです!」 

 瞳を輝かせ、何故か胸を張って言うピエレットの、その動き、表情にエヴァリストが見惚れ、照れたような笑みを浮かべた。 

「かわ・・・あ、いや。俺が好きなのは、ローストビーフやステーキのサンドイッチ。後は、魚のフライや海老のフライもいいな。ここはカフェだが、そういった料理も充実しているんだ」 

「そうなのですね。わたくし、そちらを食べてみたいです」 

 

 うわ・・うわわ・・・・・! 

 初めてではないでしょうか!? 

 エヴァリスト様が、ご自分のお好きなものを教えてくださるなんて! 

 

「いや、しかし。ルシールは」 

「わたくしは、エヴァリスト様がお好きだとおっしゃるお品を、いただきたいです。駄目ですか?」 

 やや上目で言うルシールに、一瞬うっと胸を押さえたエヴァリストが、強い瞳、断固たる声音で言い切る。 

「駄目な訳が無い」 

「嬉しいです!では、サンドイッチで具材は・・・うーん。ステーキのものもいいですけれど、ローストビーフも捨てがたいですね。それに、海老や魚のフライも食べてみたいですけれど、絶対に食べ切れないです。どうしましょう・・・・・・」 

 うきうきと楽しそうに、けれど、食べたい物すべては食べ切れない、と悩ましい様子でメニュウを眺めるピエレットを嬉しそうに見つめ、エヴァリストは心配ないと微笑んだ。 

「ピエレット。悩まず、食べてみたい物は、すべて頼むといい」 

「ですが、そうすると絶対に食べ切れません。わたくし、食べる物を残す事に抵抗があるのです・・・・・」 

 貴族令嬢のなかには、食べる物を廃棄することに頓着しない者も多い。 

 それは、邸においては使用人が食べるということもあるのだが、こういった店の場合は、とピエレットは視線を彷徨わせた。 

 

 ううう。 

 エヴァリスト様、そんな貴族らしからぬ、っておっしゃるかしら。 

 

「そうか。それは良い心がけだな」 

「え?」 

 しかし、聞こえて来た言葉は、ピエレットが思っていたものとはずいぶん違ったし、その目は好ましいものを見るように、優しく細められている。 

「騎士の訓練をしていると、食料がいかに大切かを思い知る。幸い今は平和だが、戦の時代には食料にも窮したと聞く。それに俺は、物を大切に出来る人間は信用がおけると個人的に思っているからな」 

「エヴァリスト様・・・・・」 

「と、ああ。俺のことなどどうでもよかったな・・・ピエレット。残す心配をしているのなら、問題無い。分け合って食べればいいことだ」 

 真剣な表情で語ったエヴァリストが、気恥ずかしそうに苦笑するのに、ピエレットは大きく首を横に振る。 

「どうでもよくなんて無いです!エヴァリスト様のことを知ることが出来て、わたくしとても嬉しいです!」 

「そ、そうか。それでは、食べたい物をすべて頼んで分け合う、でいいか?」 

「はい!」 

 

 うわあ。 

 うわわあ・・・・・。 

 エヴァリスト様と、お料理を分け合って食べる。 

 なんって、幸せ。 

 

 その日エヴァリストと共に食べたサンドイッチやフライの味は、格別だった。 

 お腹も心も大満足、幸せ、と足取りも軽く帰宅したピエレットは、孔雀のぬいぐるみを抱き締め叫んだ。 

 

「ぴぃちゃん、聞いて!今度ね、騎士団の訓練を見学に行くことになったの!エヴァリスト様への差し入れを持って!」 

 

~・~・~・~・~・
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