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王妃と王子と妃候補達のお茶会 1

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 ああ、今日はやっとシリルとしてミュリエルと会える。 

 

 ドリューウェット公爵令嬢、ミュリエルの元での、侍女としての役目を終えたシリルは、今日は王子として母である王妃主催のお茶会に参加することになっている。 

 招かれたのは、三人の妃候補の令嬢達。 

 令嬢達は、今日までにそれぞれ王妃とふたりきりの茶会を済ませており、妃決定のための最終選考も大詰めの局面を迎えている、と、世間は捉えている。 

 

 それにしても、母上もよくやる。 

 

 王妃は、この最終選考前に、既にして三人の令嬢が偽っているものを見抜いていた。 

 それでも、今日ここに至るまで、そのようなことはおくびにも出していない。 

 ミュリエルだけは、王妃に真実を見抜かれていることに気づいていたが、他のふたり。 

 アリスとドロシアは、そんなこと考えも及んでいないに違いない。 

『今日はまだ、最終決定を告げることはしません。けれど、貴方は自由に発言していいわ』 

 茶会の前、母である王妃に言われた言葉を思い出す。 

 シリルは既に、ミュリエルを妃に、と望んでいるし、両親、つまり両陛下もそれを認めてくれた。 

 というより、ふたりは初めからミュリエル以外、王子妃、王妃を務められるとは思っていなかった様子で、今回のように最終選考などと銘打って王城に三人を招くことになったのも、シリルが深く考えることなくアリスを選ぼうとしていたからだと聞かされ、シリルは申し訳なさに身を小さくするばかりだった。 

 しかし、シリルには、ここから難題が待ち受けている。 

 ミュリエルは、王子妃になることを避けようとしており、そのことを知らない筈もない公爵家も止めようとしてはいない。 

 それはつまり、ドリューウェット公爵家として、王家と縁を結びたいとは考えていない、ということ。 

 

 王家と、っていうより、僕にミュリエルを嫁がせたくないんだろうな。 

 

 シリルは、その外交手腕で王家の信頼はもちろん、国民からも人気の高いドリューウェット公爵とその夫人を、そしてその後継となる嫡男の凛と涼しい瞳を思い出した。 

 

 ミュリエルに、似ているよな。 

 いや、ミュリエルが彼等に似ている、のか。 

 

 これまでは、すべてを見透かし、己の愚昧さを見抜かれているようで苦手に思って来たドリューウェット公爵家の人々の瞳も、ミュリエルと似ていると思えば親しみがわくから不思議なものだと思う。 

 

 とにかく、ドリューウェット公爵家に認められる王子、男にならなくては。 

 

 ミュリエルを任せられる男だ、と認識されねば、とシリルはひとり気合を入れる。 

  

 まずは、ミュリエルに振り向いてもらって、僕を好きになってもらうこと、だな。 

 今日のお茶会が、最初の肝だ。 

  

 妃決定の発表は、国王、王妃臨席のもと行われることになっている。 

 今日の茶会に国王は出席しないが、近く行われる晩餐会には出席する。 

 つまり各令嬢は、王妃とふたりだけの茶会、王子を交えての茶会、そして王族三人が揃っての晩餐会、と順序を経てからの王子妃発表、となることは周知の事実。 

 というか、それが表向きのスケジュールで、侍女として令嬢それぞれの部屋に潜入し既にミュリエルを妃に、と決めているシリルは、その表向きのスケジュールで発表となる前にミュリエルから妃となる了承を得る必要がある。 

 もちろん、一方的に王命として下すことも可能だが、シリルはそれを避けたいと思っている。 

 つまりは、ミュリエルにも自分を選んで欲しい望みが、シリルにはある。 

 

 ミュリエルが、僕の妃になると言ってくれたら。 

  

 そうしたら、アリスとドロシアをそれぞれの家に帰して、本格的にミュリエルの王太子妃教育を始める。 

 といっても、王子妃教育において大変に優秀、と教授陣にお墨付きをもらっているミュリエルに教えるのは楽しみでしかない、と教える側になる王妃は嬉しそうに微笑んでいた。 

 

 そして僕も、やるべきことをやる。 

 

 先日、ドロシアの部屋で目撃した近衛騎士については、既に父王に奏上済で、その件についてシリルは責任者として近衛隊の監査を秘密裡に行うことになっている。 

 ドロシアとの癒着が発覚した近衛騎士については、既に解雇が決定しているが、本人はおろか、近衛騎士団にも未だ通達はいっていない。 

 俗にいう、泳がせている、状態。 

 近衛騎士団の腐敗の状況把握が済むまでは内密に、というのは父王の助言だった。 

 その言葉の端々、瞳の動きから、恐らくは近衛騎士団の上層にも腐敗の気配があるのだろうとシリルは察している。 

「王子殿下。お時間です」 

 近衛騎士団の監査の手順を考えていると、侍従にそう声を掛けられた。 

「わかった」 

 そしてシリルは、気持ちを落ち着けるよう上着の内ポケットに入れたサシェに触れる。 

『今日までありがとう。これ、セシルにあげるわ』 

 それは、そう言って笑顔と共にミュリエルがくれたもの。 

 シリルが、ミュリエルの部屋へと通う最終日。 

 珍しくも図鑑を見るのではなく、何か針仕事をしていたミュリエルは、完成したサシェをシリルにくれたのだ。 

 出会えた記念に、と言って。 

 

 ミュリエル。 

 ああ、何か凄く癒される。 

 

 ミュリエルが作ってくれた、心づくしのサシェ。 

 なかのポプリも自分で作ったのだと、恥ずかしそうに言っていたミュリエル。 

 それほどにシリル、もといセシルに心開いてくれたミュリエル。 

 

 早く、会いたい。 

 僕自身として。 

 

 高鳴る胸を何とか抑え、シリルは茶会が行われる庭園へと出向いた。 

 


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