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国王と王妃と王子の会話
しおりを挟む「本当に、心底びびりよねえ」
国王、王妃両陛下と、妃候補三人、そして王子であるシリルと共に過ごす晩餐を前に、王妃は揶揄いの瞳でシリルを見た。
「好きな女性に告白をして、その答えを待つ身なのだ。それは、緊張もするだろう。まあ、自信がない、ということだろうな。そうからこうてやるな」
最愛の妻である王妃の盛装の美しさに目を細めながら、父である王も、シリルの味方なのか、揶揄っているだけなのか、それとも自分の時はすぐに了承してもらえた、という自慢なのか判らないことを言う。
「何とでも言ってください」
しかし今のシリルに、両親の揶揄いに答える余裕は無い。
先日、初めて王子宮にミュリエルを招き求婚の言葉を口にしたシリルは、けれど両親の言葉通り、気弱にもその返事は保留とさせてもらった。
ミュリエルに保留、と言われたのではない。
シリルが、その場で聞くことに耐え切れず、今日の晩餐会で告げてくれるよう願ったのだ。
『ご、ごめんミュリエル。今、返事を聞くのは怖いから、晩餐会の時、もしも了承だったら、変装無しで来て、欲しい。それを合図に、その。断るなら、いつも通りの変装をして、ってことで』
我ながら情けないと思いつつ、かなりしどろもどろになりながら、シリルはミュリエルにそう提案した。
ミュリエルは、戸惑いつつもそれを了承してくれて。
両親も呆れながら、その報告に頷いてくれた。
なので迎えた今日という晩餐会。
シリルにとっては、世紀の一瞬である訳、なの、だが。
「ねえ、シリル。晩餐会に変装しないで来てくれたら了承、というのは一見ロマンティックでもあるけれど。ドリューウェット公爵令嬢は、そもそも貴方との婚姻を望んでいなかったのよ?万が一、その考えを覆したとしても、変装しない晩餐会用のドレスや宝飾を持って来ていると思う?」
「あ」
母王妃の言葉に、シリルは固まった。
自室に居る時は、妖精天使のままの装いのミュリエルだが、そのドレスや宝飾はあくまでも普段使いのもの。
王城での晩餐会、しかも国王も王妃も同席の場で盛装しないのは不敬にあたってしまう。
ミュリエルとて公爵令嬢、最終選考に両陛下との晩餐会がある、という時点で王城で行われる晩餐会に相応しい格のドレスや宝飾を用意しているだろう。
しかしそれは、変装用のものであって、シリルが望むような妖精天使仕様ではないはず。
あああああ!
僕の莫迦!
そうだ。
晩餐会用の、変装じゃないドレスや宝飾をミュリエルが用意している筈ないんだ。
公爵家から持って来させるにしても、時間が無かっただろうし。
王城での晩餐会ともなれば一日がかりで支度をする令嬢も少なくない。
つまり、ミュリエルも昨日の今日ではどうすることも出来なかっただろうということで。
漸くそのことに思い至ったシリルは、がっくりと肩を落とした。
本当に僕って、抜けている。
自分の犯した失敗に気づいて、シリルはその場に膝を突きたくなるも、あるひとつの事実に気づいて体勢を立て直した。
「と、いうことは。もしミュリエルが冴えない装いでも、断りの意味だということにはならない、のか?いや、眼鏡を外すとか、髪を下ろすとかだけでも意思表示って判断するのか?」
この場合、どの程度のことが了承の意になるのか、本気で悩むシリルを、国王と王妃は生温かい目で見つめる。
「本当に貴方って穴だらけよねえ。まあ、わたくしに感謝することね」
そして告げられた王妃からの言葉に、シリルは首を傾げた。
「母上?それは、どういう?」
「王妃よ。今日は本当に楽しそうであったな」
「ええ、とっても。選び甲斐も、飾り甲斐もすっごくあって本当に楽しかったわ」
ふふふ、と心底楽し気に笑う王妃の肩を優しく撫でる国王、といういつもの事ながら甘い両親の遣り取りを見ながら、シリルは疑問を口にする。
「あの。父上、母上。一体、何のお話ですか?」
「わたくしね。今日は、ドリューウェット公爵令嬢をわたくしの宮にお招きしていたのよ」
今日の母王妃の予定は何だったか、と思いながらシリルが言えば、母王妃が予想外の答えを満面の笑みで告げた。
「え?ミュリエルを王妃宮に、ですか?」
仲の良い両親は、ほぼ王城にある夫妻の部屋で生活しているが、王妃が茶会の主催をしたり、小規模な晩餐をしたりするときに使われている王妃宮は、当然王妃の許可が無ければ入ることのできない特別な空間。
国王である父さえ、夫婦喧嘩の際、王妃宮に引きこもってしまった妻に会うため、了承を願っていたことをシリルは知っている。
そして、貴族の間では王妃宮に招かれた者は長期に渡って自慢をするということも。
その王妃宮にミュリエルを招いた、と当たり前のことのように告げた母王妃をシリルは憮然と見つめてしまった。
「お茶会でもなさったのですか?」
今日、シリルは政務で忙しい一日を、というより、その前段階である政務を行うための知識を得るために懸命なる一日を過ごした。
当然、ミュリエルに会いたい、という願いなど叶うこともなく、ひたすらに頑張ったのだ。
それは、過去の自分がしてきたことの当然の報いであると承知はしているが、それでも尚、ずるい、僕もミュリエルと会いたかった、という気持ちが強くわく。
「まったく、貴方というひとは。感謝して、と言ったでしょう?貴方の為に、わたくしもミュリエルも、今日という日を使ったのよ」
ぷっくりと膨れたシリルの頬を楽しそうにつつきながら、王妃はそう言って笑った。
「僕のため、ですか?」
え?
ていうか今、母上、ミュリエル、って言ったよな?
ずっと、ドリューウェット公爵令嬢、って言っていたのに。
今日一日で、それだけ仲良くなった、ってことか?
・・・・・やっぱり、ずるくないか?
楽しそうに幾度も頬をつつく母王妃の指を避け、シリルがむくれつつ言えば、父王が笑顔で頷く。
「ああ。娘が出来たようで楽しかった、と言っていたぞ・・・ん?大分、固くなったな」
「父上まで!もう、やめてください」
母王妃と反対の頬をつつき始めた父王を突き飛ばす勢いでシリルが藻掻くも、盛装を乱すわけにもいかず半端な抵抗しか出来ない。
「かっわいいわよ、ミュリエル」
「王妃、それを言ってしまっては答えになるだろう」
つんつんつんつん息子の頬をつつきながら会話をする両親、というのはどうなのだろう、と思いつつ、シリルはもしも自分に子どもが生まれたら、その子を挟んで、こうしてミュリエルとつつき合う日が来るのだろうか、などと想像してしまう。
いや、その前にミュリエルの頬をつついたら、凄く柔らかいんだろうな。
『やめてください、殿下』
『んー。だって、ミュリエルの頬、気持ちいいから』
なんて、ミュリエルの膝枕で会話して。
場所は。
そうだな、自室もいいけど庭園もいい。
敷物を用意して、飲み物や軽食を並べて、青空の下、ふたりで穏やかな時間を過ごす。
鳥の鳴き声なんかも聞こえて。
『殿下。あの小鳥の声、とてもきれいですね』
『ミュリエルの声の方が、ずっときれいだよ』
時には、虹も見えたりして・・・・・。
想像は自由に広がり、シリルは、それだけで幸せな気持ちになる。
「陛下。わたくし達の息子の意識が、どこか遠くへ旅立ってしまいましたわ」
「まだ時間に余裕もあるし、幸せそうだからいいだろう。最近、急にいい目をするようになったしな。漸くだが、これからが楽しみだ。それに、ドリューウェット公爵令嬢なら、内でも外でもしっかりシリルを支えてくれるだろう」
満足そうに言う、夫である国王に頷いた王妃はしかし、自分の懸念を口にした。
「ええ。ですが、わたくし達は万々歳でも、ドリューウェット公爵家はそうは思わないでしょう。ミュリエル本人は、シリルのことを見直し始めているようですけれど」
「そうだな。まあ、シリルは苦戦するだろうから、援護射撃はしてやろう」
臣下として頼りになるドリューウェット公爵家は自分に忠誠を誓ってくれているが、王子シリルへの評価は地下階層を進化させ続けていることを国王は身に染みて知っている、というより、常日頃から言われ続けている。
しかしそれでも、シリルがしっかりとした王子としての意識を持ち努力をすれば、認めてくれる一族だということも分かっている。
「まずは、今日の晩餐会、ね」
「そして、婚約者の発表、か。ハッカー伯爵が煩いだろうな」
「暴れたりして」
「そうしたら、楽だな。父親もろとも排斥できる」
なかなか物騒な事を言いながら、そろそろ、と、ふたりはシリルの意識を現実へと戻した。
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