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三、織物小屋で
しおりを挟む「石工には、濃い紫とか、深みのある紅とか似合いそうよね。身体も大きいし、目に力もあるから、模様も大柄で少し大胆な感じの物がいいかな。幅も広めに取って・・・重厚感も出したいな」
「・・・未だ春にもなっていないのに、もう豊穣祭の準備をするのか?」
「ええ、そうよ。織るのに、とても時間がかかるの。図案と色の組み合わせも考えないといけないし。場合によっては、糸も染めるから」
真剣な顔で、様々な色の糸と石工の顔を見比べる白朝は、石工の魅力を最大に引き出す図案と色を、頭の中であれこれ考えながら答えた。
国を挙げての祭りである豊穣祭で、男は、妻や恋人、婚姻の約束をした娘から帯を贈られるのが慣例で、特に宮廷で行われる宴に出席する者が身に着けるそれは、毎年注目を集める。
故に女たちも、その技量の限りを尽くすのだが、白朝はその才にも長けていると評判だった。
「そうか。これまで、白朝が若竹に割いた時間は、そちらの方も膨大ということか。思えば改めて妬けるが、確かに、どの帯も素晴らしい出来だった」
言いつつ石工は、たくさんの色糸が並ぶ棚と、幾台かある織機を見遣る。
「織物は好きだし、得意ですからね。図案を考えるのも楽しいし」
「図案。あの巻物が、そうか?」
「ええ、そう。残念ながら、完成した帯はすべて若竹にあげてしまったけれど、好みの図案があれば、織れるわよ?ここにある図案は私が考えたものだから、自由に使えるの」
他人様の図案だと、そうはいかないけれど、と気軽に言った白朝に、しかし石工は渋い顔になった。
「だがそれは、若竹のために考えた図案なのだろう?」
「確かにそうだけど、色を変えれば全然違う物に見えると思うわ」
そう言って、すたすたと巻物の置かれた棚へと向かった白朝は、その多くの中から、一本の巻物を取り出す。
「それは?」
「私が、初めて若竹に贈った帯の図案よ。確かに、若竹に合わせて繊細な図柄になっているけれど、色を濃い目の物にすれば石工にも似合うと思う」
「しかしな」
惑う石工に、白朝が更に問いかける。
「誰かが既に使用した図案を使うのは、嫌?もちろん、豊穣祭には新しい図案で作るから、こちらは普段使い用に作るつもりだけれど」
図案を考えるのが苦手な者は、他者の図案を借りて作る事も珍しくはないので大丈夫だと言う白朝に、石工は困ったように眉を寄せた。
「いや、そういう意味ではなくてだな」
「わあ・・・石工、そういう顔していると、とっても可愛い」
「は?」
唐突に瞳を輝かせ言われたその言葉が意外過ぎて、石工は正気かと白朝を見る。
そして、今のは決して、自分のようなむくつけき男に発していい言葉ではない、と、ため息まで吐いた。
しかし白朝は、そんな石工の態度も物ともしない。
「石工って、武人としても名を馳せて、為政者としては辣腕で、って強者の代表みたいに思っていたけど、何だか可愛い」
「嬉しくない」
「あ、優しい、ってことは知っていたわよ?」
慌てて付け足すように言った白朝に、石工は首を横に振った。
「違う。そうじゃない。さっきの図案の件も、単に二番目だから嫌だというのではなくて・・・いや、二番目が嫌というのはそうだのだが、白朝が言うような意味ではなくて、だな・・・その・・・色々複雑というか」
「複雑?図柄が複雑なのは、嫌ということ?」
「違う。それこそ、そうじゃない」
「複雑なのが、嫌じゃないなら良かった。私の図案って、複雑なものが多いの。色をたくさん使うのもいいし、一色を濃淡で楽しむのも素敵なのよ・・・って、それで結局、石工は何が嫌なの?」
嬉しそうに、にこにこと織物の説明をした白朝は、そのままの表情で問いかける。
「だからそれは、白朝が・・・いや、いい。俺が狭量なだけだ」
「石工が狭量?そんなことないと思うけど・・・あ、その図柄が、余り好きではないということ?それなら、大丈夫。好みに合わないと言われたからって、怒ったりしないわ」
「そんな心配はしていない。そもそも、白朝がそういった事で怒るような人物では無いと知ってもいる」
てらいなく言い切った石工に、白朝は、くすぐったい気持ちになった。
「ありがとう。そんな風に思ってくれていたなんて、恥ずかしいけど嬉しいわ」
「今までは、言葉にすることなど出来なかったからな」
「私、石工には嫌われていると思っていたの」
「何故?若竹と対峙する立場だからか?」
世間としては尤もな石工の見解に、しかし白朝は首を横に振る。
「そうじゃなくて。いつも、何となく厳しい顔で見られていたから」
「それは」
白朝に指摘され、石工が目を泳がせた。
「それは?」
「白朝に会えるのは嬉しかったが、隣にはいつも、奴が当然の顔をして付いていたからな。複雑だった」
「それだけ?私ひとりの時も、怖い顔していることが多かったと思うけど」
首を傾げる白朝に、石工は降参と口を開く。
「にやけるのを堪えるのに必死だったんだ。だってそうだろう。俺みたいな無骨な男に『今日も可愛い』だの『その衣も良く似合う』だの『領巾の靡かせ方も美しい』なんて言われなくないだろうが」
「そんな風に思ってくれていたのね。全然、知らなかった」
「気づかれないように、必死だったからな。いいぞ、笑って」
自棄になったように言う石工に、その表情も可愛い、と心の中だけで呟いて、白朝は話題を戻した。
「それで、図案はどうしよう?・・・と、その前に、普段用の帯は、要る?要らない?」
「ああ。豊穣祭の準備が大変そうだからな。無理はしてほしくないが、普段用にも作ってくれるなら嬉しい」
何かを吹っ切ったように言う石工に、白朝も嬉しそうに微笑んだ。
「それなら、この図案とかはどう?若竹に作った時の色味は確か・・・・あっ!」
「どうした?」
「石工。もしかして、私が若竹に作ったことがある、というのが問題なの?そうか『若竹のために考えた図案』って、言っていたものね。そういうこと」
なるほど、と納得した様子の白朝に、石工はがっくりと肩を落とす。
「・・・今・・・今なのか・・・・っ!誰だっ!」
漸くか、というか、吹っ切った今になって、とため息を吐いた石工が、次の瞬間白朝を背に庇い、戸口へと鋭い誰何を放った。
「石工?」
今ふたりが居るのは、白朝が織物をするためだけに造られた、小屋のような建物。
小屋と言っても桜宮家の敷地内にある別棟のような扱いで、きちんと窓もあり、休憩や仮眠用の場所もあるので、しっかりと施錠出来る造りになっており、中もそこそこ広い。
「白朝、俺の後ろから出るなよ。誰かいる」
その戸口の外に誰かいると言われ、白朝は小首を傾げた。
「それは、屋敷内のことなのだから、使用人の誰かが通ったとか、加奈が来たとか」
「いや。言い直そう。誰かが、潜んでいる」
「っ!」
「大丈夫だ。俺から離れるな」
思わず石工の腕に、きゅ、としがみ付いた白朝の背を、安心させるように軽く叩き、石工は油断なく、ゆっくりと戸口へと向かう。
「誰だ!」
そして、ばんっ、と開け放った戸口の向こうでは、ひとりの官吏と思しき人物が膝を突き、頭を垂れていた。
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