アーモンド ~王女とか溺愛とか殺害未遂とか!僅かな前世の記憶しかない私には荷が重すぎます!~

夏笆(なつは)

文字の大きさ
4 / 32

二、王女と公爵 1

しおりを挟む
 

 

 

「エミィ、今日は庭を散歩しようか」 

 目覚めてから、ひと月弱。 

 かなり体調の戻った私は、少し前から外に出たいと願っていたのだけれど、なかなかお医者様の許可が下りず、過保護なフレデリク様が裏で操作しているからなのでは、などと疑いを持ってさえいた。 

 けれど、倒れた時の私は魔力枯渇というかなり危険な状態だったため、過保護でもなんでもなく未だ許可できないとお医者様にはっきり言われてしまい、何も言えなくなってしまっていた。 

 それを超えての今日。 

 漸くお医者様の許可も下りて、フレデリク様がお庭のお散歩に誘ってくださった。 

「はい!よろしくお願いします!」 

 嬉しくて、弾んだ声で即答した私は、そのまま浮き浮きと出かけようとしてアデラに止められた。 

 曰く、庭とはいえ外に行くのだからそれなりの用意が必要とのこと。 

 なるほどと思ってから、何がなるほど?と思いはしたものの、日傘やショールを揃える姿を見て、そういうことかと納得した私は、張り切るアデラに髪を可愛く結われてフレデリク様の元へと送り出された。 

 そしてフレデリク様とふたり、広い公爵邸の庭を歩く。 

 ふたりといっても後ろからアデラと護衛の方も付いて来ているのだけれど、私はそれも気にならないくらいはしゃいで、跳ねるように歩き回り日傘をくるくると回してしまい、はっとした時にはフレデリク様がやわらかな目で見つめてくれていて気恥ずかしくなった。 

 

 少し、落ち着かないと。 

 

 けれどそんな風に思い、何となく日傘の持ち手を強く握った私に、フレデリク様は包み込むような眼差しを向ける。 

「ああ。陽に輝くエミィの髪は、本当に美しいね。また見られて、本当に良かった」 

 フレデリク様が感慨深く言うのを聞くと、それだけ私が心配をかけたのだという事を実感する。 

 事件当日。 

 そのまま儚くなってしまっても何の不思議もない状態だった私をフレデリク様が片腕で抱き締め、単騎駆け戻って来たのだとバートさんに聞いた。 

 しかも同時にお医者様へと連絡も飛ばしていたという、抜かりの無さ。 

 そんな冷静さを併せ持ちながらも、駆け戻った時の気迫がとても凄まじかったこと、そしてその後、意識の戻らない私のことを自ら必死で看病してくれたのだということも、目に涙を浮かべて教えてくれた。 

 だから今私がこうして再び外へ出られるようになったことは、フレデリク様にとって、自分のことながら記憶の無い私とは比べものにならないくらい大きなことなのだと思う。 

「ふふ。私の髪、蜂蜜みたいな色ですよね。舐めてみます?」 

「えっ!?思い出したのか!?エミィ!」 

 しんみりしているフレデリク様に笑ってほしくて、わざとらしくふざけた調子で言えば、フレデリク様が焦った様子で私の両肩を掴んだ。 

 その目はとても真剣で、肩を掴む手は食い込むほどに力強い。 

「え?あの」 

 私の髪は蜂蜜のような淡い金色なのでそう言っただけで、それ以上の含みは何も無い。 

 けれどフレデリク様には違ったようで、私を見つめるその目には期待の籠った強い光が宿るも、きょとんとした私に見る間にその光は消えてしまった。 

「ああ・・思い出した訳じゃないのか・・・いや、エミィは記憶を失う前もそう言ってよく僕を揶揄っていたから、なんか、こう」 

「ごめんなさい」 

 謀らずも落胆させてしまったことを謝れば、フレデリク様は大きく首を横に振ってくれる。 

「いいや。いきなり大きな声を出したりして、驚いただろう。それに肩も力任せに強く掴んで悪かった。痛かったよね」 

 こちらこそごめん、と言いながら私の肩付近を丁寧に整え、髪を撫でてくれる手は大きくて優しい。 

 きっと記憶を失う前もこうしてたくさん撫でてもらっていたのだと思えば、早くその記憶を取り戻したいと思わずにいられない。 

  

 ど、どうしましょう。 

 何か話題・・・。 

 

 残念な気持ちが大きかったのだろう、何処か覇気のないフレデリク様を元気づけたくて、私は懸命に話題を探した。 

 そして、ひとつのそれを思いつく。 

「フレデリク様。そういえばフレデリク様のお父様とお母様からも、私宛にお見舞いの品をいただいていて。お礼状だけでなく、何かお返しに贈り物をしたいと思っているのですが、そうしてもご迷惑にならないでしょうか?」 

 記憶を取り戻すためにも、と私は周りに教えてもらいながら、なるべく前と変わらない生活をするように心がけている。 

 もちろん心がけているだけで大した役には立たないのだけれど、それでも公爵夫人として今の私でも出来ることはしたいと我儘を言って、まずは義理の両親である先代公爵ご夫妻から頂いたお見舞いのお礼をすることに決めた。 

 お礼状は未だ簡単な文章しか書けないけれど、お礼の品を選ぶことなら出来そうだし、何より自分がいただいたお見舞いなのだから自分でお返ししたいと言えば、フレデリク様はその髪と同じ赤味がかった金色の瞳を細めて嬉しそうに笑ってくれた。 

「もちろん。ふたりとも、とても喜ぶ」 

 その言葉と瞳に、迷惑では無さそうだと私はほっと息を吐く。 

「それから、国王陛下と王妃陛下からもお見舞いの品をいただいていて。こちらは、私個人としてではなく、公爵家としてお礼した方がいいでしょうか?」 

 公爵家も大家だけれど、王家となれば更にその上。 

 そして先代公爵夫妻は身内になるので多少の失敗は甘くみてもらえるかもしれないけれど、国王陛下と王妃陛下はそうもいかないのでは、記憶の無い私が出しゃばって何か失礼があってもいけないし、と私が考えつつ言えばフレデリク様が微妙な顔になった。 

「それは、悲しまれるだろうな」 

「え?悲しまれる、ですか?」 

 国王ご夫妻が一公爵家の夫人に見舞いの品を贈り、それを家としてお礼されて悲しまれる、という理由が分からず私は首を傾げてしまう。 

「ああ。ましてや父上や母上にはエミィの心づくしの贈り物もあった、などと分かった日には兄弟喧嘩が始まりかねない・・・いや、確実に始まる。うん。目に見えるようだ」 

 そう言ってどこか楽し気に苦笑するという器用な表情を見せるフレデリク様の言葉に、私の疑問は更に深くなった。 

「きょうだい喧嘩、ですか?」 

 一体、誰と誰の、とフレデリク様の言葉を反芻していると。 

「ああ。父上は、今の国王陛下の同母の弟にあたるからね」 

 そんな、爆弾発言が繰り出された。 

 

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

転生した子供部屋悪役令嬢は、悠々快適溺愛ライフを満喫したい!

木風
恋愛
婚約者に裏切られ、成金伯爵令嬢の仕掛けに嵌められた私は、あっけなく「悪役令嬢」として婚約を破棄された。 胸に広がるのは、悔しさと戸惑いと、まるで物語の中に迷い込んだような不思議な感覚。 けれど、この身に宿るのは、かつて過労に倒れた29歳の女医の記憶。 勉強も社交も面倒で、ただ静かに部屋に籠もっていたかったのに…… 『神に愛された強運チート』という名の不思議な加護が、私を思いもよらぬ未来へと連れ出していく。 子供部屋の安らぎを夢見たはずが、待っていたのは次期国王……王太子殿下のまなざし。 逃れられない運命と、抗いようのない溺愛に、私の物語は静かに色を変えていく。 時に笑い、時に泣き、時に振り回されながらも、私は今日を生きている。 これは、婚約破棄から始まる、転生令嬢のちぐはぐで胸の騒がしい物語。 ※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」にて同時掲載しております。 表紙イラストは、Wednesday (Xアカウント:@wednesday1029)さんに描いていただきました。 ※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。 ©︎子供部屋悪役令嬢 / 木風 Wednesday

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~

紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。 毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

答えられません、国家機密ですから

ととせ
恋愛
フェルディ男爵は「国家機密」を継承する特別な家だ。その後継であるジェシカは、伯爵邸のガゼボで令息セイルと向き合っていた。彼はジェシカを愛してると言うが、本当に欲しているのは「国家機密」であるのは明白。全てに疲れ果てていたジェシカは、一つの決断を彼に迫る。

処理中です...