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二、王女と公爵 5
しおりを挟むふわふわと舞う、淡い金色の光。
それを陽だまりのなか、幼いふたりが夢中で見つめる幸福な風景。
『すごいね、エミィ。とってもきれいだ』
『ね。あわいひかりがふわふわして、とってもきれいでしょう?どうしても、いっしょにみたかったの』
自分こそは、はちみつのような淡い金色の髪をふわふわと揺らしながら、エミリアが嬉しそうに笑う。
『ふわふわの光に、ふわふわのエミィが囲まれていて、いいな。こういうの『げんそうてき』っていうんだって』
フレデリクが、つい最近母から聞いた言葉を伝えれば、エミリアが不思議そうに首を傾げた。
『わたくしも、ふわふわ?』
『うん。エミィのかみは、ふわふわで、とてもきれいだ』
『じゃあ。あのひかりのように、わたくしもきれい?』
期待を込めて言うエミリアに、フレデリクは微笑みを浮かべる。
『あのひかりはとてもきれいで、エミィのかみもすごくきれい。そして、エミィはとてもかわいい』
誠心誠意のその言葉に、けれど王女は不平を漏らす。
『わたくしのかみはきれいなのに、わたくしはきれいではないということ?』
その言葉に、フレデリクは慌てて言葉を繋げた。
『今は、すっごくかわいい。それで、もっとおとなになったらきれいになるんだよ』
『そうなの?』
『ああ』
『じゃあ、たのしみにしていてね!わたくし、すっごくきれいになるから!』
初めて光魔法を見せてくれたあの日、エミリアは柔らかな光に包まれて笑っていた。
「エミリア!」
そして今、あの時と同じように柔らかく、そしてずっと大きな光に包まれているエミリアは自分へと突進して来るフレデリクを優しい瞳で見つめる。
「・・・・」
その唇が、フレデリクを呼ぶ。
「エミィ!エミリア!」
必死に手を伸ばすも光に包まれた彼女に触れることは叶わない。
「やめてくれ!やめるんだエミィ!」
これほどの大きな光の根源。
それが何であるのか、喪失の恐怖に震えるフレデリクの前でエミリアが放つ光は大きさを増し、王都の空を覆う邪悪な黒煙と黒雲の渦をゆっくりと包み込んでいく。
「エミィ」
分かっている。
王都は、これで救われる。
それがエミリアの願いであり、また義務でもあると分かっていて、フレデリクは首を横に振り続ける。
もっと自分に魔力があったなら、このような役目を彼女に負わせることは無かったものを。
過去、幾度も思った『もっと魔力があったなら』。
それを今、人生で最も強く思う。
それは、己を呪うほどに強く。
冷静になれ。
唇を噛み締め、どれほど悔しがろうと、フレデリクの魔力が奇跡的に増えることなど有りはしない。
だとすれば今、出来ることをすべきだとフレデリクは無理にも息を整えた。
「ボリス、馬を貸せ。そして、宮廷医師を我が邸に派遣するよう手配しろ」
遅れて追いついた護衛隊長にそう命じ、フレデリクはその時へと備える。
諦めなどしない。
絶対に。
その決意を込め、フレデリクはエミリアが生み出す優しい光を見つめ続けた。
混沌たる黒煙と黒雲の渦を覆う柔らかな光は、やがてその闇をも呑み込んで輝きを増し、遂には呪詛を霧散させた。
王都の空から邪悪な渦が去り、辺りに舞い散る金粉となって、その光もまた姿を消す。
「エミリア!」
その光が消え行くのと比例するように、エミリアが力を失い頽れる。
「エミリア。よく頑張った。君は僕達の誇りだ」
その身体を、地面に触れさせることなく抱き留めたフレデリクは、一度強く抱き締めてから片腕に抱いたまま馬上の人となると、片手で器用に手綱を取った。
「公爵邸に帰還する!あとの事はボリス!任せた!」
「はっ」
大きな危機の去った地上で味方の騎士達が敬礼するのを横目で見ながら、フレデリクは馬の腹を蹴り一心に馬を駆けさせる。
腕のなか、ぐったりと意識の無いエミリアの体温がどんどん下がっていく。
素人であるフレデリクにも分かる。
この症状は、魔力枯渇。
それは、命に関わる重篤さ。
「エミィ」
馬を駆り、風を切りながら、フレデリクは己の体温を分けるように愛おしいエミリアの身体を抱き締める。
自分が行う魔力供給など、今のエミリアには子供だましほどの役にも立たない。
それが分かっていて、それでもフレデリクは己の魔力をエミリアへと渡し続けずにはいられない。
「エミリア。僕を置いて逝くな」
身体よりも心が寒い。
フレデリクの呟きは、誰の耳にも届かない。
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