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二、王女と公爵 6
しおりを挟む「申し訳ありません。フレデリク様」
「どうしてエミィが謝るんだ」
事件当日の話を聞き終えた私が、どうしようも無い思いを抱えて謝罪の言葉を口にすれば、フレデリク様がそう言って困ったように笑う。
「だって。たくさん恐ろしい思いをさせてしまったから」
私は、事件に於いて魔力枯渇を起こし、その後もなかなか目覚めずに心配を重ねさせた。
そのうえ、漸く意識を取り戻したと思ったら記憶喪失となっていて、何も覚えていない。
もしもそうなったのがフレデリク様で。
記憶を無くしたフレデリク様を、その傍で見つめる立場となったのが私だったら辛くて仕方がないと思う。
大切なひとが目の前で重篤な症状に倒れ、何とか一命は取り留めたものの意識がなかなか戻らない。
その焦燥を越え、漸く意識を取り戻したと明るい気持ちになりかけたその時、記憶が無い、貴方は誰だと知らない瞳で問われる。
それは、どれほどの精神的衝撃だろうと、想像するだに心が痛い。
「けれどエミィは僕を置いて逝かなかったし、ちゃんと目覚めてくれた。それだけで充分だよ」
「フレデリク様」
フレデリク様の手が優しく私の髪を撫で、私は大きな安堵に包まれた。
記憶が無くとも、目覚めただけでいい。
その言葉が偽りでないと信じられる、フレデリク様の傍は居るだけでとても安心できる。
「それにね。エミィがいなければ、街も、それから王都に住む人々も甚大な被害を免れず、大変なことになっていたに違いない。だから僕は、エミィに心からお礼が言いたい。エミリア、その身を削ってこの王都を守ってくれてありがとう。君は、僕らの誇りだ」
そう言ったフレデリク様は、耐えかねるように私を抱き締めた。
それは、まるで私の命を確認するかのような強さがあって、私は胸が苦しくなる。
「フレデリク様。私の方こそ、ありがとうございます。目覚めた時、フレデリク様が傍に居てくださって、とても心強かったです」
記憶は無くとも、フレデリク様の温かな手が私の手を握り締めていてくれて、気持ちが温かく嬉しかったと言えば、フレデリク様の表情がふにゃりと歪んだ。
「あの時、王都の上空で君の優しい光があの邪悪なものを包み込んで、霧散して。それと同時に君が倒れて。僕の腕のなかで、君の体温がどんどん下がっていって・・・物凄く、怖かった」
フレデリク様が繰り返す言葉は震えを含んでいて、その時の恐怖を強く感じさせた。
「それで、馬を走らせてくださったのですね」
「それしかないと思った。先に医師へ連絡を入れて、君をとにかく早く診せる。それしか、考えられなかった」
「流石の判断力だった、と皆さんフレデリク様を褒めていらっしゃいました。私が助かったのは奇跡で、その奇跡を生み出してくださったのはフレデリク様だと。私もそう思います。先を見越して先んじてお医者様を手配して、馬を走らせながら魔力供給もしてくださったうえ、目覚めてからも、手厚く看病してくださって。お蔭様で、記憶が無くとも不安なく過ごせていますし、こうして元気にもなりました・・・ぽんこつなもので、記憶はまだ戻りませんけれど」
肩を竦め、少しふざけた様子で言えばフレデリク様が小さく笑ってくれる。
「記憶が無いと言っても、言動は余り変わりが無いけれどね」
「そうなのですか?」
そうはいっても、今の私には王女としての気品など皆無だろうと、少々遠い目になってしまう。
尤も、元の私にそれほどの気品が無かった、という可能性もあるけれど。
うーん。
どうかしら。
「ああ。エミィは、今も昔も、僕のエミィだ。大切に真綿で包んで、繭のなかに囲ってしまいたいほど」
にこにこと邪心無い様子で言うフレデリク様を見つめ、私は改めてフレデリク様の過保護ぶりを実感した。
これは。
私が余り変わらない、というのも、半分くらいの本気で聞いておいた方がいいのかも。
だって、フレデリク様ったら、いつも私の言葉は全肯定といっても過言ではないのだもの。
後で、アデラに確認してみないと、ですね。
思いつつ、私は凛々しく指揮をとっていたというフレデリク様の姿を見たかったと思い、そうか、記憶が戻れば思い出せるのか、とまたひとつ記憶を取り戻したい要素が増えるのを感じていた。
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