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五、王女と黒幕 7
しおりを挟む「ええと。少し整理していいですか?」
「もちろん」
かなり大混乱な家系図を頭に描きつつ、私は瞳をくるりと動かす。
その際、フレデリク様の手をさり気なく外すことも忘れない。
何だか不服そうだけれど、見ない振り、見ない振り。
「まず、イェルドのご両親は、元側妃ブリット様とその異父兄ヨーラン様。で、その元側妃ブリット様のお母様はアンデル前公爵夫人で、ヨーラン様のお母様もアンデル前公爵夫人」
「うん、そう。ブリットもヨーランも、母親はアンデル前公爵夫人で間違いないよ」
フレデリク様の言葉にこくりと頷き、私は次なる世代へと移る。
「はい。それで、そのアンデル前公爵夫人はベルマン伯爵の庶子で、ご子息であるヨーラン様はもうひとりのベルマン伯爵の庶子、アンデル前公爵夫人から見れば異母兄である方との間に生まれたお子だと、そうおっしゃったのですか?」
「それが、事実だからね」
「・・・・・」
事前に知っていたフレデリク様は当然のように言うけれど、記憶が無く、今初めて知った気持ちの私に、その事実は凄すぎる。
「だって、そうなると。イェルドのご両親の関係は異父兄妹で、更にその祖父母は異母兄妹だということに」
そうよね?
イェルドの母親は元側妃ブリット様で、父親はブリット様の異父兄にあたるヨーラン様。
で、ブリット様とヨーラン様の母君であるアンデル前公爵夫人、つまりイェルドの祖母にあたる女性は、その異母兄との間にヨーラン様を儲けた、ってことだものね?
と、漸く納得していると、フレデリク様が更なる爆弾を投下した。
「うん。そうなんだけどね。実は、それはその時までそう思われていた間柄でしかなかったんだ。その後、元側妃ブリットの父親もアンデル前公爵ではなく、自分の異母兄だとアンデル前公爵夫人自ら暴露した。アンデル前公爵と婚姻した時には既に身籠っていたと。だから、元側妃ブリットとヨーランは異父兄妹ではなく」
「完全なる兄妹」
「だね」
つまり、イェルドの両親は同父母兄妹で、祖父母は異母兄妹。
その事実に、私は強い衝撃を受けた。
「大丈夫かい?エミィ」
「ええ。途中で覚悟すべきだったのでしょうが、ひどく混乱してしまって」
余りのことに眩暈を覚えていると、フレデリク様がそっと肩を支えてくれる。
「まあ、ひどく入り乱れているからね。君が従妹で本当に良かったよ、エミィ」
「含みのある言い方はやめてください。でもそれで、私が狙われる理由は納得しました。その方々にとっては、私が邪魔だったということですよね」
なるほどと思う私の肩に、フレデリク様の手がそっと触れた。
「そんな風に思うのは奴等だけだよ、エミィ」
「フレデリク様」
じんわりと肩に感じるフレデリク様の手のぬくもりが温かい。
けれど、それでも、と私は思う。
「彼等にとっては、私を倒してイェルドが王子となる。それが正義だったのでしょうね」
側妃となりながら、生まれた子を王子と認められなかったブリット様は、我が子が王子、ひいては国王となる夢を諦められなかったのだろうと思う。
でもそれは。
「完全なる乗っ取りだよね。エミィを害して成り代わろうなんて」
その言葉に、私はこくりと頷いた。
そもそも、王家の血が入っていないのに玉座を望むなど、乗っ取り以外の何ものでもない。
「それに、そこに至るまでで既にアンデル公爵家も乗っ取りが行われてしまったわけですよね。アンデル公爵家は、正当な跡継ぎを迎えるまでに時間がかかってしまったようですが、ベルマン伯爵家はどうなったのですか?」
「婿が勝手に婚外子をふたりも作ったわけだからね。それ以外にも、浪費や領地経営の放棄など、素行にも問題多しということで、それらを理由にかなり早い段階で離縁が成立していたよ。ベルマン伯爵家が提出してきた書類のなかに、元婿とも、もちろんその子達とも縁などない、今後一切関わることはないと、はっきりきっぱり記されている公文書があった」
「それなのに、突然王家からの捜査など。驚かれたでしょうね」
漸く縁が切れたと思って安心していた厄介者、ベルマン伯爵家の人にとっては思い出したくもない男のせいで王家から捜索が入るなど、相当に肝を冷やしたことだろう。
「ああ。驚いてはいたけれど、きちんと対応してくれたそうだ。それによって濃いねずみ色は、アンデル前公爵夫人の異父兄の母親の色だと判明した。やはり、貴族では無かったということだ」
平民だったという、ヨーランとブリットの祖母。
彼女は、ベルマン伯爵の寵愛を受け、生まれた息子をその腕に抱いた時、何を思ったのだろう。
見果てぬ夢か、それとも。
「ベルマン伯爵夫人、いえ、伯爵令嬢に戻られた方は、その後?」
「当時は未だ混乱していたらしいけれど、今ではその後迎えた誠実な婿殿との間にお子にも恵まれ、幸せに暮らしているよ」
にこにこと言うフレデリク様の様子から、今のベルマン伯爵家の様子を直接知っているのだろうと感じる。
もしかしたら、私も知っているってことよね。
思えば、記憶喪失という今の状態が堪らなくもどかしい。
「それにしても、アンデル前公爵は何故、そのような方を迎えたのでしょうか?お家が決めたということはありませんよね?」
聞くからに問題のある令嬢を公爵夫人にする。
それは愛ゆえかと思い、私は尋ねたのだけれど。
「アンデル前公爵は、その頃最愛の婚約者を亡くされて、通常の精神状態ではなかったらしい。そこを上手く突いたのだと言われているよ」
「まあ。それも含めての、アンデル公爵家も被害者、なのですね。それにしても、アンデル公爵家の乗っ取りだけでなく、ベルマン伯爵家での横暴といい。凄いのひと言ですね。被害に遭われた方々が、これからも幸福であることを祈るばかりですわ」
私がそう言うと、フレデリク様が何故か複雑な顔になった。
「フレデリク様?どうかなさいましたか?」
「ああ、いや。僕としては、最大の被害者はエミィだと思っているから」
フレデリク様はそう言うけれど、私には実感が無い。
「記憶が無いから、他人事なのでしょうか?何かされた記憶もありませんので」
「そこは忘れたままでいいから。僕のことだけ思い出してくれれば」
「そんな、都合のいい」
フレデリク様の言い様にくすりと笑えば、フレデリク様も笑い返してくれる。
「でも、よく分かりましたわ。だからフレデリク様は、アンデル公爵家の乗っ取りとベルマン伯爵家の被害、とおっしゃったのですね」
「流石、僕のエミィ」
漸く全容を把握した、と息を吐いた私をフレデリク様がそっと抱き寄せた。
「ごめん。ちょっとだけ」
私の首筋に顔を埋めるフレデリク様の、その息がとても熱い。
時折くちびるが掠める、その感触を敏感に感じながら、私はその見た目よりずっと厚みのある身体を抱き締めるべきか否か、迷い続け、腕を彷徨わせ続けた。
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