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六、王女と毒 1

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『僕はね、エミィ。エミィを害そうとする奴等が、除籍、追放となって本当に清々したんだ。淀みが漸くに晴れ、王宮の空気が澄み渡った清々しい気持ちだったよ』 

『フレデリク様。とてもお悪い顔をなされています』 

『そうかい?でも、本心だから仕方ないよ』  

 そう言って笑ったフレデリク様の笑みは黒かったなあ、でも、嫌とは思えない、どころかやっぱり素敵だった、と思ったところで、私ははっと我に返った。 

 

 いけない。 

 今は、コーラの動きを見逃さないようにしないと。 

 

 再びお茶を淹れるための準備をし直して戻ったコーラは、細心の注意を払っているのが窺える。 

 女主人の部屋でお茶を淹れ損なうなど、侍女として絶対にあってはならない失敗を許されたのだ。 

 それがただ一度の機会だということは、コーラにも分かっているのだろう。 

 

 コーラは、本当に有能な侍女だと思うのだけれど。 

 

 目覚め、記憶のないなかでも彼女の働きは流石アデラが認めるだけのことはあると思えるものだった。 

 そんな彼女が私に毒を盛る理由。 

 

 絶対に脅されていると思うのよね。 

 とか言って、これで本当にコーラが私の暗殺を望んでいるのだったら笑えないけれど。 

 

 思いつつ、それは絶対に無いと何故か確信できる私は表面何の心配事も無い風を装ってソファにゆったりと座り、片手に本を携えている。 

 その頁が全然進んでいないことなど、当然の秘密だ。 

  

 うまくいきますように。 

 

 きちんとコーラの動きを捉えて、彼女を実行犯になどしない。 

 それが、今の私に出来ること。 

 今の私に、今回の黒幕と思われる元側妃ブリット様やヨーラン様、そして準王子として遇されていたイェルドに関する記憶は無い。 

 それでも、明らかな王家乗っ取りを目論んだという元側妃ブリット様やヨーラン様はもちろん、自分の実の両親が誰であるのか知っていて、つまりは国王陛下の血を繋いでいない事を知っていて王位を欲していたというイェルドという人物に対しても好感情は持てない。 

 むしろ、苛立ちのような、気持ちが悪くなるような感覚さえ覚える。 

 

 そもそも、記憶が無いのにイェルドって呼び捨てにしているのだから、それで私の感情も計れるのかしら。 

 それとも、私より年下なのだからそれが当然という意識? 

 どちらにしても、無意識だったわよね。 

 

 フレデリク様は、そんなイェルドの事を『羽虫のように煩わしい存在』だと言っていた。 

 実力も礼儀も無いのに私の事を貶める発言を繰り返し、わざわざ王宮まで私の顔を見に来ては嫌味を繰り返していたらしい。 

『誰も奴の言うことになんか耳を貸さないから、あっというまに排除はされるんだけど。それがまた羽虫みたいで。でも、羽虫だって悪い毒を盛っている可能性もあるからね。皆で細心の注意をはらっていたよ』 

 王宮に住まう私に面会を申し込んだところで、そんな危険人物と合わせる筈も無い。 

 だから毎回、偶然を装っては王宮に侵入していたとフレデリク様は遠い目をされていた。 

 羽虫も悪い毒を持つことがある。 

 それは、三人が黒幕となって私を暗殺しようとしたことを指していたのだと思う。 

 それを決行、失敗したことで三人ともにそれまで有していた貴族籍、特別王族籍を剥奪のうえ王都永久追放、そして百年は領地から出られないという処罰を受けたという。 

 実質、領地に封殺されることとなるものの、それでは罰が甘すぎるという声も多かったと聞いた。 

『国王陛下も、三人に対する情があったのでしょうか』 

『それは無いよ』 

 それだけ共に過ごす長い時間があったのだから、と言った私の言葉をフレデリク様が瞬時に否定した。 

『ですが、周りの反対を押し切って、という状況ですよね?』 

『そもそもは逆。伯父上は、エミリアを殺そうとなんてした段階で不敬罪一直線、極刑一直線とお考えだったんだ。けれど、宰相に止められた。その処罰では、国王の私情が多分に入っていたと見做され、他の有力貴族に言い分を与える切っ掛けにもなりかねないと』 

『他の有力貴族』 

『ほら。その時のヨーランは、腐ってもアンデル公爵だっただろう?派閥の関係とか貴族の力関係とかで歪みを作って、国家転覆を考える馬鹿もいなくは無かったってこと。その頃には、イェルドの血筋は公爵家って思う新興貴族の奴らもいたし』 

『一枚岩ではないのですね』 

『残念ながらね。怖くなった?』 

『いいえ。フレデリク様は、ずっとお傍に居てくださったのでしょう?』 

 なら、過去の私も怖くなかった筈だと言えばフレデリク様がにこりと笑った。 

『そうだよ。そしてこれからも、絶対にエミリアと共に在る』 

 その言葉が嬉しくて、私も自然と口元があがる。 

『まあ、そこで処罰が甘かったからこそ、再びの事件が起こってしまったんだよ』 

 そんな私に、フレデリク様が辛そうに表情を歪めた。 

 それは、私が記憶を失うこととなった襲撃事件。 

 私の暗殺に失敗し、王都追放となった三人はそれでも諦めずに私とフレデリク様を襲撃し、結果、囚人の塔へ収監されたという。 

 

 囚人の塔、って聞くからに怖そうと思ったら更に凄い施設だったのよね。 

 粗末な部屋はあれど塔の最上部だから、行くためには長い階段を使わねばならなくて、作業場は地下。 

 寒暖の差も激しくて、灼熱かと思えば極寒ってどんな・・・あら? 

 なにかしら、あれ。 

 

 つらつらと思い返しながらコーラの手元を見ていた私は、その時赤く点滅する何かを見た。 

 

 ふたつ。 

 コーラの胸元と口のなか。 

 

 突然現れた赤い点滅。 

 私はそれに、じっと目を凝らした。 

 

 

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