アーモンド ~王女とか溺愛とか殺害未遂とか!僅かな前世の記憶しかない私には荷が重すぎます!~

夏笆(なつは)

文字の大きさ
27 / 32

七、記憶 2

しおりを挟む
 

 

 

 

 記憶を失う前の私は、本当にフレデリク様が大好きだったのでしょうね。 

 

 『慣れればいい』と言われて動揺しているものの、少しも嫌だと思わない、それどころか嬉しいと感じながら、私は私の膝に安心して頭を預けているフレデリク様を見つめる。 

 

 だって、今だってこんなに・・・え。 

  

 そこまで思って、私ははたと思考を止めた。 

 思い浮かびそうになった言葉は、それだけで動悸息切れ眩暈がしそうで、慌てて胸いっぱいに空気を吸い込む。 

  

 今だって・・今だって・・・そう! 

 今だって、こんなにフレデリク様に寛いで欲しいと思っているもの。 

 

 そして思考の方向転換を試みた私は、それも確かな本心だと思い至る。 

 フレデリク様に寛いで欲しい、喜んで欲しい、笑っていて欲しい。 

 その一番はきっと私の記憶が戻ることなのだろうけれど、それは自分の意志では無理なので、別の喜んでくれそうなことを考える。 

 

 今ここで、私が出来ることで、フレデリク様が喜んでくださって、寛ぐことも出来るもの。 

 

 そう思った時、私の脳裏にひとつの魔法が浮かんだ。 

 目覚めてからずっと、自分に魔法が使える、魔力があるという実感はまるで無かったのに、コーラが持っていた毒を無意識に探知した事から分かるように、私はいつのまにか魔力が復活し、魔法が使えるようになっていたらしい。 

 らしいとしか言えないのは、何時から魔法が使えるようになっていたのか、明確には自分でも分からないからで、幼い頃からの魔法の師だというお髭の立派なおじいちゃん先生に『魔力が満ちる感覚がありませんでしたかの?』と聞かれたけれど、自分が元気になっていく感覚はあれど、魔力がどうとかは理解不能なので素直にそう言えば『ふぉっふぉっふぉっ。そうですかの』と、穏やかな笑みを浮かべて立派なお髭を触っていらした。 

 それでも私の魔力が完全復活したのは確からしく、おじいちゃん先生は『もう大丈夫ですぞ。よく頑張りましたな』と言って、私の頭を撫でてくれた。 

 

 何だか、すごくほっこりします。 

 

 フレデリク様に撫でてもらうのとはまた違うその感覚に、私は心が温かく穏やかになるのを感じて、きっと記憶を失う前もこうだったのだろうなと思えば、やはり記憶を取り戻したいと願った。 

 とはいえ、願ったからと言って記憶が戻って来てくれる訳も無く。 

 私は未だ記憶が無いままで、それなのに何故か魔法は使えるという奇妙な状況となった。 

 そのなかでひとつ、今のフレデリク様に贈るに、最適と思われるもの。 

 私は息をひとつ吐いてから、柔らかな風を織り込み、音楽と成す。 

「ああ・・・エミィの音だ」 

 目を閉じて言ったフレデリク様が、その身を音楽に委ねるように大きく息を吐いた。 

「ゆっくりなさってください」 

 どこまでも穏やかな旋律でフレデリク様を包み込み、今この時はこの安寧を誰にも邪魔させない、と私が思った瞬間、転がる勢いで駆けて来るひとりの侍女さんの姿が映る。 

 

 何事でしょうか!? 

 

「旦那様!奥様!お寛ぎのところ申し訳ございません!たった今、国王陛下と王妃陛下がご到着なさいました!」 

 余りにも侍女らしからぬ動きに驚く私の耳に、更に驚きの報告が飛び込んで来て、私は思わず飛び上がってしまった。 

「ご到着、って。もう既にお見えになったということ!?」 

「はいっ。先ほど馬車が門を通過したそうですので、今頃は既にお邸のなかにいらっしゃるかと!」 

 恐らくは、王家の馬車が門を通った段階で各所へ連絡が飛び交ったのだろうと予測しつつ、私も直ぐに動かねばと思うものの、膝に頭を乗せたままのフレデリク様は動く気配も無い。 

「フレデリク様。今の報告、聞こえましたでしょう?早く私達も行かなければ、お待たせしてしまいます」 

 口元がぴくぴくしているので、眠ってはいないと判断して言えば、それはもう不機嫌な声が発せられた。 

「ひとの、至福の時間を」 

「もっ、申し訳ございませんっ、旦那様っ。お、お忍びでいらしたとかで、先触れもいただいておらず・・・っ」 

 その、辺りに真っ黒な渦でも起こりそうな声に、侍女さんが怯えて平伏する。 

「大丈夫よ、落ち着いて。フレデリク様の不機嫌は、貴女のせいじゃないわ」 

「奥様」 

「ほら、泣かないで。報告ご苦労様。急いで支度をして伺うようにするわ。いらっしゃるのは、応接室でいいのかしら?対応しているのは、バート?」 

「は、はいっ、そうです」 

「そうか。望みは、僕の不幸なのか」 

「ひぃっ」 

 その時、呟きつつむくりと起き上がったフレデリク様の凶悪な表情に、侍女さんが小さく悲鳴をあげ、慌てて口元を手で覆った。 

「そんなはず、無いではありませんか」 

「分かっているよ。でも、邪魔された事実は消せない」 

「また、いつでも奏でますから」 

「本当に?」 

「はい。もちろんです」 

「膝枕も?」

「お望みなら、いつでも」

 私が言えば、フレデリク様が嬉しそうな笑みを浮かべる。 

「約束だよ?エミィ」 

「はい。約束です。フレデリク様」 

 それなら、と小指を差し出したフレデリク様が可愛い。 

「よし、では。約束破ったら、禿げにしちゃうぞ」 

「え?」 

 けれど、互いの小指を絡めて言ったその言葉が意外過ぎて、私は固まってしまった。 

  

 それは、普通と違う気がします。 

 

 思っていると、フレデリク様がくすりと笑った。 

「これ、エミィが考えたんだよ。僕と約束する時だけの、僕専用なんだって言ってね。あの頃のエミィは、僕とだけの特別を作ることに夢中で。本当に可愛かったよ」 

「私が考えたのですか?」 

「そうだよ。でも僕も、エミィと一緒に住むようになってから考えたのがあってね。それは『約束破ったら、一日部屋から出さないぞ』っていうんだけど、どう?」 

 わくわくした様子で問われ、私はそんなフレデリク様も可愛いと笑みを返す。 

「随分、穏やかな罰ですね。あ、でも活発に外に出たい方には大変なのでしょうか」 

 一日外に出ないだけでいいのなら、本を読んで過ごすなり、刺繍をして過ごすなりしていればいいと言う私に、フレデリク様が言った。 

「うん。やっぱりエミィはエミィだね」 

  

 あの、フレデリク様。 

 その言葉と、その深い笑みの意味を教えていただいてもよろしいでしょうか。 

 

 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~

紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。 毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

推しであるヤンデレ当て馬令息さまを救うつもりで執事と相談していますが、なぜか私が幸せになっています。

石河 翠
恋愛
伯爵令嬢ミランダは、前世日本人だった転生者。彼女は階段から落ちたことで、自分がかつてドはまりしていたWeb小説の世界に転生したことに気がついた。 そこで彼女は、前世の推しである侯爵令息エドワードの幸せのために動くことを決意する。好きな相手に振られ、ヤンデレ闇落ちする姿を見たくなかったのだ。 そんなミランダを支えるのは、スパダリな執事グウィン。暴走しがちなミランダを制御しながら行動してくれる頼れるイケメンだ。 ある日ミランダは推しが本命を射止めたことを知る。推しが幸せになれたのなら、自分の将来はどうなってもいいと言わんばかりの態度のミランダはグウィンに問い詰められ……。 いつも全力、一生懸命なヒロインと、密かに彼女を囲い込むヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:31360863)をお借りしております。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

転生公爵令嬢は2度目の人生を穏やかに送りたい〰️なぜか宿敵王子に溺愛されています〰️

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リリーはクラフト王子殿下が好きだったが クラフト王子殿下には聖女マリナが寄り添っていた そして殿下にリリーは殺される? 転生して2度目の人生ではクラフト王子殿下に関わらないようにするが 何故か関わってしまいその上溺愛されてしまう

処理中です...