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七、記憶 2
しおりを挟む記憶を失う前の私は、本当にフレデリク様が大好きだったのでしょうね。
『慣れればいい』と言われて動揺しているものの、少しも嫌だと思わない、それどころか嬉しいと感じながら、私は私の膝に安心して頭を預けているフレデリク様を見つめる。
だって、今だってこんなに・・・え。
そこまで思って、私ははたと思考を止めた。
思い浮かびそうになった言葉は、それだけで動悸息切れ眩暈がしそうで、慌てて胸いっぱいに空気を吸い込む。
今だって・・今だって・・・そう!
今だって、こんなにフレデリク様に寛いで欲しいと思っているもの。
そして思考の方向転換を試みた私は、それも確かな本心だと思い至る。
フレデリク様に寛いで欲しい、喜んで欲しい、笑っていて欲しい。
その一番はきっと私の記憶が戻ることなのだろうけれど、それは自分の意志では無理なので、別の喜んでくれそうなことを考える。
今ここで、私が出来ることで、フレデリク様が喜んでくださって、寛ぐことも出来るもの。
そう思った時、私の脳裏にひとつの魔法が浮かんだ。
目覚めてからずっと、自分に魔法が使える、魔力があるという実感はまるで無かったのに、コーラが持っていた毒を無意識に探知した事から分かるように、私はいつのまにか魔力が復活し、魔法が使えるようになっていたらしい。
らしいとしか言えないのは、何時から魔法が使えるようになっていたのか、明確には自分でも分からないからで、幼い頃からの魔法の師だというお髭の立派なおじいちゃん先生に『魔力が満ちる感覚がありませんでしたかの?』と聞かれたけれど、自分が元気になっていく感覚はあれど、魔力がどうとかは理解不能なので素直にそう言えば『ふぉっふぉっふぉっ。そうですかの』と、穏やかな笑みを浮かべて立派なお髭を触っていらした。
それでも私の魔力が完全復活したのは確からしく、おじいちゃん先生は『もう大丈夫ですぞ。よく頑張りましたな』と言って、私の頭を撫でてくれた。
何だか、すごくほっこりします。
フレデリク様に撫でてもらうのとはまた違うその感覚に、私は心が温かく穏やかになるのを感じて、きっと記憶を失う前もこうだったのだろうなと思えば、やはり記憶を取り戻したいと願った。
とはいえ、願ったからと言って記憶が戻って来てくれる訳も無く。
私は未だ記憶が無いままで、それなのに何故か魔法は使えるという奇妙な状況となった。
そのなかでひとつ、今のフレデリク様に贈るに、最適と思われるもの。
私は息をひとつ吐いてから、柔らかな風を織り込み、音楽と成す。
「ああ・・・エミィの音だ」
目を閉じて言ったフレデリク様が、その身を音楽に委ねるように大きく息を吐いた。
「ゆっくりなさってください」
どこまでも穏やかな旋律でフレデリク様を包み込み、今この時はこの安寧を誰にも邪魔させない、と私が思った瞬間、転がる勢いで駆けて来るひとりの侍女さんの姿が映る。
何事でしょうか!?
「旦那様!奥様!お寛ぎのところ申し訳ございません!たった今、国王陛下と王妃陛下がご到着なさいました!」
余りにも侍女らしからぬ動きに驚く私の耳に、更に驚きの報告が飛び込んで来て、私は思わず飛び上がってしまった。
「ご到着、って。もう既にお見えになったということ!?」
「はいっ。先ほど馬車が門を通過したそうですので、今頃は既にお邸のなかにいらっしゃるかと!」
恐らくは、王家の馬車が門を通った段階で各所へ連絡が飛び交ったのだろうと予測しつつ、私も直ぐに動かねばと思うものの、膝に頭を乗せたままのフレデリク様は動く気配も無い。
「フレデリク様。今の報告、聞こえましたでしょう?早く私達も行かなければ、お待たせしてしまいます」
口元がぴくぴくしているので、眠ってはいないと判断して言えば、それはもう不機嫌な声が発せられた。
「ひとの、至福の時間を」
「もっ、申し訳ございませんっ、旦那様っ。お、お忍びでいらしたとかで、先触れもいただいておらず・・・っ」
その、辺りに真っ黒な渦でも起こりそうな声に、侍女さんが怯えて平伏する。
「大丈夫よ、落ち着いて。フレデリク様の不機嫌は、貴女のせいじゃないわ」
「奥様」
「ほら、泣かないで。報告ご苦労様。急いで支度をして伺うようにするわ。いらっしゃるのは、応接室でいいのかしら?対応しているのは、バート?」
「は、はいっ、そうです」
「そうか。望みは、僕の不幸なのか」
「ひぃっ」
その時、呟きつつむくりと起き上がったフレデリク様の凶悪な表情に、侍女さんが小さく悲鳴をあげ、慌てて口元を手で覆った。
「そんなはず、無いではありませんか」
「分かっているよ。でも、邪魔された事実は消せない」
「また、いつでも奏でますから」
「本当に?」
「はい。もちろんです」
「膝枕も?」
「お望みなら、いつでも」
私が言えば、フレデリク様が嬉しそうな笑みを浮かべる。
「約束だよ?エミィ」
「はい。約束です。フレデリク様」
それなら、と小指を差し出したフレデリク様が可愛い。
「よし、では。約束破ったら、禿げにしちゃうぞ」
「え?」
けれど、互いの小指を絡めて言ったその言葉が意外過ぎて、私は固まってしまった。
それは、普通と違う気がします。
思っていると、フレデリク様がくすりと笑った。
「これ、エミィが考えたんだよ。僕と約束する時だけの、僕専用なんだって言ってね。あの頃のエミィは、僕とだけの特別を作ることに夢中で。本当に可愛かったよ」
「私が考えたのですか?」
「そうだよ。でも僕も、エミィと一緒に住むようになってから考えたのがあってね。それは『約束破ったら、一日部屋から出さないぞ』っていうんだけど、どう?」
わくわくした様子で問われ、私はそんなフレデリク様も可愛いと笑みを返す。
「随分、穏やかな罰ですね。あ、でも活発に外に出たい方には大変なのでしょうか」
一日外に出ないだけでいいのなら、本を読んで過ごすなり、刺繍をして過ごすなりしていればいいと言う私に、フレデリク様が言った。
「うん。やっぱりエミィはエミィだね」
あの、フレデリク様。
その言葉と、その深い笑みの意味を教えていただいてもよろしいでしょうか。
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