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序章
04:魔王の娘ライフ、開幕
しおりを挟む「へ、陛下!? 一体何をお考えで!? その人間を貴方様の娘にすると言ったのですか?!」
「あ、あははっはは!! いいんじゃないですか陛下! 面白そうなので僕は賛成です」
「お前は黙っていろ変人エルフ!」
紫の美形とエルフのいざこざがまたもや勃発する。しかし魔王は静かにエレナの様子を窺っていた。そんなに見つめられても自分の変顔しか得られないぞとエレナは思う。
(娘? 今、この魔王……私を娘にするって言ったの? 一体全体どうしてそんなことに……)
エレナの思考回路はショート寸前である。しかしそれは至極まともな反応だろう。巨体かつ骸骨頭の人外にそんなことをあっさり言われて動揺しない人間はいないのだから。エレナはルーを抱きしめ、恐る恐る魔王に質問を返す。
「ま、魔王様……魔王様はどうしてその様なことをお考えなのですか?」
「それは──お前がそう願ったからだ」
「はぁ……、私が、ですか?」
「そうだ。お前がそう願った。我は先ほど、お前の魂に尋ねた。願いはなんだ、と。お前は“愛されたい”と返した。そして父が欲しいとも言っていた。私には妻がいないので母親は無理だが、私が父になればお前の願いを叶えられると思った」
淡々と話す魔王。エレナは始終、違和感を拭いきれなかった。指摘する点が多すぎる。
(……っていうか、あの暗闇で聞こえた声は魔王の声だったんだ!! 道理で聞き覚えがあると思った。で、でもあれは夢だと思ったからああ言ってしまっただけで、本当に聞かれているなんて分かっていたらそんなこと言う訳がない。ああもう、どうしよう……! 長年閉じ込めていた本音をまさか魔王に聞かれることになるなんてぇ……!)
結局言葉を選びつつ、エレナは自分の違和感を魔王に伝えることにする。目の前の彼が悪い魔族ではないことはなんとなく理解できているのだが、機嫌を損ねることはエレナの命に直結してしまうことは変わりないだろう。今だって紫の美形がエレナを食い殺さんとばかりに鋭い視線を向けている。
「ま、魔王様。えっと、どう言葉にすればいいのか定まっておりませんがいくつか質問があります。まずは魔王様が私の願いを叶えようと思った理由が私にはよく分かっていません。魔王様は既に私を処刑の場から救ってくれました。魔族の子供を救った恩返しならばそれで十分です」
「そうか。だが我はそう思わない。お前は三人分の魔族の子供達を自分の名誉と命を懸けて救ってくれた。対して我はあの場からお前を連れ去っただけだ。それは我にとって命を懸けるようなものではない。故に、お前への恩返しには不釣り合いだと感じた」
「──何を言うのです陛下。陛下はこの人間を処刑から連れ去っただけではなく、御身の血を捧げ命をも救った。もうこの人間への恩返しは十分だと私は思っております! 陛下の尊いお身体を傷つけてまでこの人間を救ったのですから!」
そう声を荒げたのは紫の美形だ。魔王が威圧的に彼を見ると、彼はそっと口を閉じる。しかしエレナがそのやり取りをスルーするわけにもいかなかった。
「魔王様。血を私に捧げた、とは?」
「…………、」
魔王の代わりにエレナの質問に答えたのはエルフだった。
「陛下がこの魔国テネブリスに貴女を連れてきた時には貴女は虫の息でしたからね。貴女にはもう魔法は使えないようですし、当たり前ですけどそもそも人間の救護に詳しい医師が城に存在しなかったんですよ。だから仕方なく陛下が自分の血を貴女の口に流し込んだんです。魔族の血には魔力がたっぷり含まれていますからね。とはいえ、普通人間が魔族の血で身体強化しても副作用というものがあるのですがどういうわけか貴女には──」
「マモン」
魔王が制すように声を出す。エルフはエレナにウインクをすると紫の美形と同じく大人しくなった。エレナは少し考え、そっと魔王の腕に触れた。魔王の身体がエレナの突飛な行動に大きく揺れる。魔王の左腕の内側に、確かに十センチほどの切り傷を見つけた。ナイフで切ったのだろうか。エレナはそれを撫でると、眉を下げる。
「私の為に、ありがとうございます。魔王様は自分を傷つけてまで私の命を救ってくださったんですね」
「……!」
部屋に妙な沈黙が訪れた。エレナが魔王の気分を害してしまったのかもしれないと恐る恐る顔を上げると、魔王の目の赤い光が戸惑っているかのように不規則に揺らいでいることに気づく。
「……、この魔王の血が自分の体内に入ったのだぞ? 嫌ではないのか?」
魔王はどこか不安そうな声色でエレナにそう尋ねてくる。エレナは彼が自分に血を飲ませたことを秘密にしたかったのだと察した。それはきっとエレナが気味悪がると思ったのだろう。エレナはにっこり口角を上げる。
「嫌であるはずがない。その結果がこうして私が生きていることならば、感謝しかありません!」
「そうか。……そうか、」
魔王は何かを味わうようにそう呟いた。しかしそれならば、とエレナは申し訳なさそうに頭を下げる。
「魔王様、そうであるというなら私はさらに魔王様の娘になる理由がございません。魔王様には恩返しどころか、私の方が大きな恩があるようですから。どう、礼をしたらよいか──」
エレナの言葉を聞くなり、紫の美形がうんうんと大袈裟に頷いた。魔王は顎に手を当てて考えるような仕草を数秒すると、すぐにエレナに向きなおす。
「……それならば、我からお願いすることにしよう。礼でもなんでもいい。我の娘になってくれないか」
「────、」
「へ、陛下ぁあ……!?」
ついに紫の美形がそれを聞くなり、卒倒した。ショックの許容範囲を越えてしまったらしい。エレナは魔王の言葉を脳内で咀嚼した後、やはり理解できないとばかりに魔王を見上げる。魔王はエレナのその視線の意図を理解したようだった。
「突然の事ですまない。しかしどうしても、お前に我の傍に居てほしいと思った」
「ま、魔王様はどうしてそこまで私を?」
「……。それは……お前が、我と同じ願いを持っていたからだ」
同じ願い。つまりそれは──。
エレナは先ほどから驚いてばかりで、表情筋がどうにかなってしまいそうだった。魔王はその後、言葉が上手く決まらないのか口をコツコツ開閉させていた。その様子を見ていたエルフがやれやれと口を出す。
「あーもう、陛下は口下手ですから。こういう時は脅せばいいんですよ。えっと、そういうわけです元聖女のお嬢さん。僕に殺されたくなかったらこの魔王様の娘になりなさーい。そうすれば命は助かるでしょう。……と、いうよりもここで断らない方が貴女にとってメリットは大きいと思うんですよ。“魔王の娘”という肩書はこの魔国テネブリスで貴女を守ってくれるんですから。どうせ住む当てとかもないんですよね?」
「あ、はい。そうですが……」
「なら決定です。今日から貴女は陛下の娘! それならば僕も貴女に従いましょう。よろしくお願いしますね、姫?」
「……よろしく頼む」
陽気にエレナに握手を求めるエルフと、軽く頭を下げる魔王。エレナが自分の方が非常識なのかと疑ってしまうほど、強引な流れである。そうしてついにエレナはその勢いとエルフの脅しに呑まれてしまった。……頷いてしまったのだ。
──故に、ここからエレナの魔王の娘ライフが(多少強引に)幕を開けたのである。
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