黄金の魔族姫

風和ふわ

文字の大きさ
5 / 145
第一章 エレナの才能開花編

05:好意と敵意

しおりを挟む

 エレナの魔王の娘ライフの幕が開いた翌日。
 エレナは魔王の傍に仕えていたエルフと魔王の居住している城──テネブリス城を散策していた。テネブリス城とは魔族達が集まり生活している魔国テネブリスの中心に聳えている城である。ちなみにエルフの青年の名前はマモン。魔王の娘云々の一連のやり取り以降、彼がエレナの教育係を買って出たのだ。

「ふふ、今日もいい天気ですねぇ。ほら、中庭は凄いでしょう? これはブタバナっていうお花で、陛下の魔力によって成長しているんですよ~。水場に沿って生える植物なので中庭の噴水を工夫してみたんです」
「はぁ……そうですか……」
「どうしたんですかエレナ様。浮かない顔をして」
「いやいやいや、だって──」

 エレナは控えめに周りを見渡す。周囲からは壁や植木や、家具に隠れてこちらを覗く魔族達の視線がエレナに熱く注がれていた。それはそうだろう。突然自分達の城に天敵である人間が住むことになったのだから。幸い攻撃はしてこないようだが、敵意を含む視線はどうしようもない。ゴブリン、ラミア、竜人……様々な魔族が入り乱れるこの城で、エレナは非常に肩身が狭いものになっていた。
 マモンが自慢の丸眼鏡をくいっと押し上げる。

「ふふふ、これは仕方ありませんよ。もし彼らが攻撃してきたら僕が対応しますからそこは安心してください。というか貴女にコレに慣れてもらう為の散歩なんですから、もっと堂々と年相応に、はしゃいでもいいんですよ。まだエレナ様は齢十三ですよね?」
「はしゃげませんよ!? まだ十三歳って……もう十三歳、ですよ。一応今まで王妃になる為の勉強をしてきましたし。今更、子供らしく振る舞えません」

 エレナは瞼の裏に幼い自分を思い浮かべる。遊びたくても遊べなかった幼い自分を。「勉強をしたくない」とごねてしまえば、尻を強く叩かれ床に押さえつけられた自分を。大好きな冒険譚が綴ってある本を読もうとすると野蛮だからと取り上げられた自分を。エレナはそっと胸に手を当てた。幼かった自分など、この胸のどこか奥底の牢獄に置き去りにしたままだ。
 するとそこでマモンがエレナの手を掴む。エレナは「えっ」と思わず素の声を出してしまった。

「──今更とか言う辺り、っていうニュアンスに僕は感じましたが」
「っ、」

 一瞬、反論を躊躇ってしまった。何故ならマモンの言う通りだったから。エレナの「子供らしくはしゃぎたかった、それを許してくれる存在が欲しかった」という本音ねがいは魔王にも伝えたものだった。マモンがエレナの顔に己の顔を近づける。

「……実は陛下から教育係としてこう命じられていましてね。エレナ様をとことん甘やかすように、と」
「えっ?」
「だから今日は勉強なんてせずに遊びましょう。鬼ごっこでもかくれんぼでもいい。子供のようにはしゃいでみませんか? 遊びづらいというのならば僕とまず友人になりましょう。僕、気難しいこの城の連中の中では友人になりやすさナンバーワンだと自負してるんですから!」

 マモンの提案にエレナはどう答えていいのか分からなかった。エレナの手が思わずマモンの手を握ろうとする。しかしエレナの心の声がそれを引き留める。幻影が見えた。「魔族と友達だなんて汚らわしい!」と発狂する、王都に閉じ込められていた時の教育係達の影だ。足が竦む。マモンが咄嗟にエレナを支えてくれた。

「……魔族の僕と友達なんて嫌ですか? 子供達とは友人になっていたみたいですけど」
「だ、だってあれは、彼らを助けたいと思ったから……それで一生懸命で、いつの間にかなっていたようなものですし。でもこう、改めて友人になろうと言われると……なんだか……」

 しかし、エレナはふと考える。どうして自分は躊躇っているのだろうと。過去の教育係達が怖いからだろうか。しかし今のエレナは白髪の聖女でもないし、この魔国テネブリスにあの恐ろしい教育係達はいない。

 ──むしろここで一歩踏み出さなければ、エレナは元・白髪の聖女のままだろう。

(それは、嫌だな……。私が白髪の聖女ではなく私自身を見てほしいならば、その私自身を見せる努力を怠ってはいけないはずだ。今までは怖くて自分の素を隠していた。けれどここにはもう怖いものはない。いや、周りからの敵意は怖いけど。でも少なくともあの魔王様と目の前のマモンさんだけは……信じてみたい!)

 エレナは大きく息を吸うと、力強くマモンの手を握り返した。マモンはその手とエレナの顔を交互に見るとそれはそれは嬉しそうに微笑む。「これで友人ですね」と弾む声にエレナも釣られてはにかんだ。

 ──しかし、その時だ。

「──いい加減にしろ、マモン!」

 紫の刃がマモンに襲い掛かってきた。あまりの速さに、エレナは理解が追いつかなかった。マモンはいつの間にか取り出した杖でその刃を受け止めている。刃、と思っていたものはとても長い足だった。足の主は昨日マモンの隣にいた紫の美形──マモンによると彼は竜人族のアムドゥキアスというらしい──アムドゥキアスにとても似ていた。本人かと思ったが、髪型が違ったので彼の兄弟だと推測する。

「妙に聡いアンタのことよ。どうせ、皆の前で人間の小娘と仲睦まじい姿を見せて慣れさせようって魂胆でしょ。魔族の中には例え死んでも消えはしない人間への恨みやトラウマを抱える者だっている。その上でアンタはその小娘と友人になりたい、なんて言いのけやがった!」
「そんなに興奮しないでくださいよアスモデウス。僕は貴方と違って人間に何の恨みもありません。それにこれは陛下の御意思に従った上での行動ですよ。陛下の御意思を貴方は否定すると?」
「っ、へ、陛下が、そんなことを言うはず……っ!! ……な、何かお考えがあるはずなのよ……」

 アスモデウスと呼ばれた青年は細長い足を下ろし、戸惑ったように目を泳がせる。しかし次の瞬間にはエレナを殺意で射抜き、牙を剥きだしにして威嚇した。

「さっさとここを立ち去れ聖女クソアマ! よりにもよってアンタがこの城にいると思うと吐き気がする! この城は、アンタ達人間から魔族を守る為に建てた神聖な拠点だ!」
「そうだ、そうだ!」

 周りから野次が飛んでくる。そちらを見るとエレナの腰ほどのゴブリン達がさっと目を逸らした。敵地アウェー。エレナは彼らにとって嫌悪の対象でしかないと突きつけられたのだ。それは処刑直前の断頭台と同じ状況とも言える。しかし前と違うのはエレナを守ろうとする味方が数人いるという点だ。

「いいえ。エレナ様はここを立ち去る必要はありません。この子は僕の友人で陛下の娘です。アスモデウス、貴方だって陛下が何に苦しんでいるのか理解しているはずです。エレナ様は今の陛下にとって必要な存在だと僕は思います。他の誰でもない……
「っ、」

 アスモデウスはマモンの言葉にきゅっと唇を噛みしめた。そうして盛大に舌打ちをした後、ゴブリン達の群れを裂くように去っていく。エレナはその後姿とマモンを交互に見ることしか出来ない。

「すみません、エレナ様を困らせてしまいましたね。彼の名前はアスモデウス。僕の親友で、アムドゥキアスの双子の弟なんです。短気な性格ではありますが、本当はこの城の誰よりも心優しい人なんです。いつか彼も貴女に心を開いてくれますよ」
「はぁ、そうでしょうか」

 そうだとは思えないけど、とエレナは心の中で呟いた。しかしそれよりもエレナが気になった点がある。先ほどのマモンの言葉だ。

(マモンさんは私を魔王様にとって必要な存在だって言ってのけたけれど、どういう意味なんだろう。それに魔王様、何かに苦しんでるって……)

 詮索していいのだろうかと悩む。しかしそんなエレナの疑問を察したかのように、マモンがウインクをした。

「──エレナ様。ひとまず今夜、僕に付き合ってくださいませんか?」
「?」
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

【完結】明日も、生きることにします

楽歩
恋愛
神に選ばれた“光耀の癒聖”リディアナは、神殿で静かに祈りを捧げる日々を送っていた。 だがある日、突然「巡礼の旅に出よ」と告げられ、誰の助けもなく神殿を追われるように旅立つことに――。 「世間知らずの聖女様」と嘲笑された少女は、外の世界で人々と触れ合い、自らの祈りと癒しの力を見つめ直していく。 やがてその“純粋さ”が、神の真の意志を明らかにし、神殿に残された聖女たちの運命さえも揺るがすこととなる。

聖女は友人に任せて、出戻りの私は新しい生活を始めます

あみにあ
恋愛
私の婚約者は第二王子のクリストファー。 腐れ縁で恋愛感情なんてないのに、両親に勝手に決められたの。 お互い納得できなくて、婚約破棄できる方法を探してた。 うんうんと頭を悩ませた結果、 この世界に稀にやってくる異世界の聖女を呼び出す事だった。 聖女がやってくるのは不定期で、こちらから召喚させた例はない。 だけど私は婚約が決まったあの日から探し続けてようやく見つけた。 早速呼び出してみようと聖堂へいったら、なんと私が異世界へ生まれ変わってしまったのだった。 表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ――――――――――――――――――――――――― ※以前投稿しておりました[聖女の私と異世界の聖女様]の連載版となります。 ※連載版を投稿するにあたり、アルファポリス様の規約に従い、短編は削除しておりますのでご了承下さい。 ※基本21時更新(50話完結)

処理中です...