黄金の魔族姫

風和ふわ

文字の大きさ
84 / 145
第四章 エレナと桃色の聖遺物

84:もう誰も傷つけないように

しおりを挟む

 ──瞼を閉じると、今でも思い出す。

 飛び散る肉片。頬についた生ぬるい赤。「化け物」と己の罵る母の声。
 
 ──違う、私は、私はただ……お母さんを助けたかっただけなの。
 ──この大槌がこんなに恐ろしいものだなんて知らなかったの。
 ──そんなに力を入れていないのに……。

 ──ごめんなさい、ごめんなさいお母さん。泣かないで。

 そう伸ばした手は、鋭く叩かれた。そして彼女は私に恐怖で引き攣った顔を向けて、「出ていけ」と。

 どうしようもなくなった私は、大槌を抱えたまま家を飛び出した──。



***



「ちょっと」
「!」

 焚火を眺めながらぼんやりしていたサラは降ってきた声にハッとする。顔を上げれば紫の短髪を持つ竜人──アスモデウスが立っていた。アスモデウスは木の板いっぱいに乗せられたアドラメルクの料理をサラに渡す。

「アタシはアスモデウス。見ての通りテネブリスの者よ。ほら、食べるといいわ。あのお人よしプリンセスがアンタが腹減っているだろうからってうちのコックに作らせたの」
「お人よしプリンセス? ……あぁ、エレナのことか。馬鹿だな、オレはもうすぐ城を襲うっていうのに」
「そうよ。あの子は馬鹿よ。ったく、振り回されるアタシ達の身にもなりなさいよね」

 ため息を溢しながらサラの向かい側に座るアスモデウス。サラはそんな彼の美しい顔に見惚れた。

「それで。お前はオレの監視役ってわけか」
「御名答。決して慣れ合うつもりはないから話しかけないでちょうだい」
「なんだよつれねぇなぁ。ってか、男の癖になんでそんな変な口調になってんだ? 見たところ、心が女ってわけでもねぇんだろ?」
「……なんでもいいでしょ別に。色々と事情があんのよ。それを言うアンタだって、無理やり男のように振る舞って変よ。本当は女らしく振る舞いたいくせに無理してるように見えるけれど」
「!」

 自分の本心を見抜かれたサラは目を丸くする。アスモデウスはサラと目が合わないようにか、焚火をひたすら見つめていた。穏やかな沈黙が二人を包む。それを破ったのはサラだ。サラは大槌のロイの長柄に巻かれた紐を解きながら、泣きそうな子供のような表情を浮かべる。

「──オレさ、こいつで自分の父親を殺したんだ」
「!」

 アスモデウスの一部が欠けた左耳がピクリと動いた。怪訝そうにする彼を余所に、サラは言葉を続ける。

「こいつ、小さい頃の遊び場だった洞窟の奥で見つけてさ。一目見た時は土だらけでボロボロだったから何の価値もないだろうと思って一度は捨てたんだ。だけどなんとなく放っておけなくて……仕方ないから水で洗って綺麗にしてやったのがこいつとの出会い」
「なによ。別にアンタの過去なんか聞きたくないのだけど」
「いいじゃねぇか。暇つぶしと思って聞いてくれよ」

 アスモデウスは再度ため息を溢す。サラはなんとなく彼がこんな自分の話を最後まで聞いてくれる“お人よし”であることに気が付いていた。そんな彼に心地よく感じつつ、己の過去を思い出していく……。

 サラの父は己の感情を制御することがとことん苦手な人間だった。普段は心優しく、穏やかな良き父であったのだが──それ故に信頼していた人間に騙されることが多々あった。特に多額の借金を背負わせられた時の父の荒れ模様は凄まじかった。今までため込んでいた、裏切りによる怒りと悲しみが一気に爆発したのだろう。父は母に暴力を振るった。何度も、何度も、母を殴る。母の泣き声、父の怒号……まだ子供だったサラはこのままでは父が母を殺してしまうのではないかと考え──庭に隠していた大槌を握りしめた。必死だった。自分なりに家族を守る方法を考えた。その結果がだった。父をどうにか気絶させてその場を収めようとしたのだ。父の背後でサラは大槌を振り上げ──

 ──気付けば父は細かい肉片へと化していた。

 何が起こったのか分からない。己の頬に触れると生ぬるい液体が手の平に広がる。そして放心するサラに彼女の母親は罵倒を浴びせた。サラは訳が分からないままロイと一緒に家を飛び出す。裸足のまま、どこに向かえばいいのか分からないまま……。ただただ彼女の心は「父親を殺した」という罪悪感で腐り始めていった。

 数日後、狩りの知識も技術もない彼女は当然餓死しようとしていた。ようやく見つけた洞窟の中で雨宿りをしながら、「ああ、自分はここで死ぬんだ」と確信していたのだ。

 しかしその時──大槌が勝手に動いた。そして己の意思があるかのように浮遊し、雨の森へ消えたかと思うと果物を長柄に刺して戻ってくるではないか。大槌はそれを繰り返した。サラは大槌が持ってきた果物を無我夢中で貪った……。

 そうしていると、次第に彼女と大槌に絆が生まれる。大槌と心を通わせるようになったサラは自分が父親を殺したのは大槌の魔力回路が一時的に暴走してしまったことが原因だと知る。大陸中に散らばる聖遺物にはそんな未知数の危険が潜んでいることを知ったのだ。
 そこで、彼女は──

 ──ならば私が、破壊しよう。そんな恐ろしいものがこの世にあるというのならば。
 ──これ以上私のような人間を生み出さない為に尽力しようじゃないか。

 ──それが、せめてもの父への償いだと信じて。己が背負った存在意義だと、信じて。

 そう誓い、大槌のロイと聖遺物ハンターとしての旅を始めたのだ……。

「──聖遺物ってのはロイみたいに本来は悪いやつじゃねぇんだ。だけど魔力回路がおかしくなっちまって、力加減が出来なくなることがある。聖遺物自身、人間に不本意に牙を剥くことで傷ついてんだよ。そんなのどっちも救われねぇじゃねぇか。……そんな不幸を食い止めることがオレの役割だと思ってる。破壊神の大槌と一番に出会ったのも運命めいたものを感じるしな」
「…………、」

 アスモデウスは何も言わない。サラは「聞いてくれてありがとな」とにっと歯を見せた。そしてアドラメルクの料理の最後の一口を口に放り込むと膨らんだ己の腹を撫でる。

「ぷはぁ! うまかった! ごっそうさん!」
「ふん、下品な女。そんな話聞いても、アンタがテネブリス城を襲いに行くというならばアタシは容赦なくアンタを殺すわよ」
「分かってるよ。ただ話を聞いてもらいたかった気分だったんだ」

 ──と、ここでアスモデウスが眉を顰めた。誰かがこちらに歩いてくる気配がしたのだ。恐る恐る振り返ってみると……

「アンタ、どうしてここに……っ?」

 桃色の長髪に覆われた天使がこちらを見て、静かに佇んでいた。天使もといリリィはサラに向かって、微笑む。

「──リリィの気持ちを汲み取ってくれる優しい人間ひとよ。どうかその大槌で、リリィを破壊ころしてください。もうリリィが、大切な家族を傷つけることがないように……」
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

【完結】明日も、生きることにします

楽歩
恋愛
神に選ばれた“光耀の癒聖”リディアナは、神殿で静かに祈りを捧げる日々を送っていた。 だがある日、突然「巡礼の旅に出よ」と告げられ、誰の助けもなく神殿を追われるように旅立つことに――。 「世間知らずの聖女様」と嘲笑された少女は、外の世界で人々と触れ合い、自らの祈りと癒しの力を見つめ直していく。 やがてその“純粋さ”が、神の真の意志を明らかにし、神殿に残された聖女たちの運命さえも揺るがすこととなる。

聖女は友人に任せて、出戻りの私は新しい生活を始めます

あみにあ
恋愛
私の婚約者は第二王子のクリストファー。 腐れ縁で恋愛感情なんてないのに、両親に勝手に決められたの。 お互い納得できなくて、婚約破棄できる方法を探してた。 うんうんと頭を悩ませた結果、 この世界に稀にやってくる異世界の聖女を呼び出す事だった。 聖女がやってくるのは不定期で、こちらから召喚させた例はない。 だけど私は婚約が決まったあの日から探し続けてようやく見つけた。 早速呼び出してみようと聖堂へいったら、なんと私が異世界へ生まれ変わってしまったのだった。 表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ――――――――――――――――――――――――― ※以前投稿しておりました[聖女の私と異世界の聖女様]の連載版となります。 ※連載版を投稿するにあたり、アルファポリス様の規約に従い、短編は削除しておりますのでご了承下さい。 ※基本21時更新(50話完結)

処理中です...