黄金の魔族姫

風和ふわ

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最終章 エレナと黄金の女神編

120:帰ろう

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「見ていてくれ、エレナ。最愛の夫が、この薄汚れた泥棒ネズミを負かす瞬間をな!」

 そうほくそ笑むウィンはまさに悪魔のようだった。ノームは舌打ちをし、地面に手を宛がう。
 先ほど、ウィンはサリュの事をルシファーと呼んだ。ならば、エレナの傍にサリュを居させるわけにはいかない。 

「──我が僕よイメス!」

 土人形を生む呪文を唱えるが、地面がビクともしない。ノームはギョッとする。

「魔法を使えると思ったか? 僕の世界に、君の道理が通るとでも?」

 顔を上げれば、いつの間にか目の前にウィンがいた。ノームは身体を横へ滑らせる。ノームが今の今までいた地面に、剣が突き刺さった。ウィンは避けられてもなお余裕だ。

「なかなかやるじゃないか。流石僕と並ぶ勇者と言ったところか。まぁ、剣で君の身体を切り裂くのはやめておこう。こっちの方が、僕の気持ちが伝わるだろうからな」

 そう言ってウィンは剣を捨て、拳を握りノームに向かってくる。これを避けるのは造作もない。しかしノームの身体がどういうわけか動かなかった。土だ。地面から伸びた土の腕がノームの足を拘束する。どうやらこの世界ではウィンは土魔法まで操れるらしい。

「自分の魔法で拘束される気分はどうだ? ノーム殿下」
「ちっ、こんな事まで……っ」
「いい気味だな。僕からエレナを奪った罪を、存分に思い知れ!」

 ウィンの拳がノームの頬に食い込んだ。ノームの視界がぐるんっと反転し、身体が地面に投げ出される。すぐに立ち上がろうするが、視界が定まらずその場でうずくまることしかできない。そんなノームの脇腹に今度はウィンの右足が飛んできた。

「がはっ!!」
「苦しいか? 痛いか? だが、僕の方がもっと痛かった!! エレナに拒絶された時の僕の方が……」
「それは、自業、自得だろう……エレナと、婚約破棄、したのは……それどころか彼女を処刑しようとしたのは、貴方自身だ、ウィン殿下……」
「エレナとの婚約を破棄し、彼女を処刑することは僕だって大反対したさ! だが、父上には逆らえなかった……。まだ幼かった一人息子と巨大海蛇シーサーペントを戦わせるような父親だぞ……。逆らえるわけ、ないじゃないか……」

 ウィンの瞳が沈む。ノームはその瞳と過去の自分を一瞬だけ重ねた。

「──だから、父上にお願いしたんだ。処刑後のエレナの死体は僕にくれって……。せめて死後の彼女を愛せるように。それにエレナはそんな僕の気持ちを理解してくれていると思っていた。今まで彼女はずっと、父上の圧力で苦しんでいた僕の傍にいてくれて、僕を理解してくれていたから」
「それで? 貴方自身は、エレナを理解しようとしたのか? まさか、彼女なら自分のために大人しく死んでくれるとでも? それともエレナが、己の死体を愛でられて喜ぶような人間に見えたのか?」

 ノームの言葉がウィンに鋭く突き刺さる。ウィンは歯を食いしばった。何も反論ができず、どうしようもない怒りと後悔を足にこめ──ノームの腹を再度蹴り上げる。

「うるさい! うるさいうるさいうるさいっっ──!!」

 何回も、何回も。何回も何回も何回もウィンはノームを蹴る。それはもう一心不乱に。エレナの悲鳴が辺りに響いた。

「陛下! やめて! もう、もう……」
「どうして泣いているんだ僕のエレナ。あぁ、分かった。このネズミが、あまりにも汚いから……見苦しくて、泣いているんだろう。うん、きっとそうだ。君は優しいから」

 なら、もう終わらせよう。水の槍でノームの心臓を一突きすれば、彼女の涙は止まるだろうか。

 ウィンは狂ったように笑い声をあげながら、水魔法の呪文を唱える。それはノームにとって死へのカウントダウンだった。
 だが、ノームは言わずにはいられなかった。

「違う、だろ……」

 蛇が地を這うような声だった。既にボロボロのノームが起き上がる。

「エレナが悲しんでいるのは、お前が現実から逃げ続け、人を傷つけているからだ! 大切な者が傷つけられるのは勿論悲しいことだが……同じくらいに大切な者自身が誰かを傷つけるのを見るのだって辛いだろう!」
「っ!」
「ウィン殿下。貴方は何故エレナに拒絶されたのか未だに理解出来ていない。今だって結局はエレナの優しさに甘えて自己中心的な思想を突き通しているだけだ。エレナを尊重しようとしない貴方をなぜエレナが愛す必要がある?」
「だ、だま、」
「黙らない! この際夢から覚めろ! 水の勇者に選ばれている貴方なら既に分かってるはず! どうしてここまで拗れてしまったのか? 貴方がいつだってエレナから目を背け続けたからだ! 逃げたからだ!」
「ち、違う! 違う違う違う!! 僕は彼女から逃げた事なんてない!! 逃げなくたってエレナは僕を愛してるんだ!! 君がいたから! 君がエレナを僕から奪ったからこうなった! 邪魔者は、死ね──!!」

 我を失ったウィンの放った水の槍が、流星の如くノームに襲い掛かった。

「──ノームッッ!!」

 その時。
 甲高い悲鳴と共に、強い黄金の光が周囲に放たれる。水の槍はその光に溶かされ、一瞬で消えた。
 ウィンがハッとする。見れば黄金の光はエレナの身体から発せられていた。その傍らにはサリュ──否──ルシファーがエレナの手にしがみついて泣きわめいている。

「エレナ……君は……」

 エレナと目が合い、ウィンは心臓が昂る。だが当のエレナの表情は明らかに怒っていた。

「やってくれたわね、ウィン殿。こんなバカげた世界を作るだなんて」
「っ! ルシファー!! お前、裏切ったな!? エレナに記憶を返したんだな!? そうだろう!?」
「う、ひくっ、……ぐすっ、う、うわあああああんっっ」

 わんわんと泣くルシファーをウィンは睨みつける。……と、思えば次の瞬間にはエレナの平手打ちによりそれどころではなくなった。

「いい加減に目を覚ましなさい! ウィン・ディーネ・アレクサンダー!! 貴方はスぺランサ王国第一王太子であり大天使ガブリエル様に選ばれた水の勇者!! いずれは多くの人々の命運を背負う者として、恥ずかしくないのですかっ!!」
「なっ、」
「貴方は私を攫った上にノームを傷つけた。流石に今回の事は絶対に許さない。本当は貴方なんてこの世界に置いていきたいほど大嫌いだわ! でも、ルシファーとしたから置いていかない。貴方も、ルシファーも、ノームも、四人で一緒に帰るのよ。いいわね!?」

 ここまで怒ったエレナは見たことない。その威力は何も悪くないノームまでゴクリと唾を飲みこむほどだ。先程まで子供のようだったウィンもすっかり大人しくなってしまった。
 正直彼自身、ずっと分かっていたのだろう。自分が駄々をこねているだけだということに。それに……

「うっうっ……ごめんね、ウィン。帰った後、ぼくも一緒にみんなにあやまるから……帰ろう。じゃないと、君が、死んじゃう……君はぼくの初めての友達なのに……そんなの、ぼく、嫌なんだ……」
「ルシファー……」

 ……悪魔とはいえ、幼子にそう泣き縋られてしまっては、もう何も言えなかった。

 この時、ウィンは唇を噛み締め──精一杯の勇気をこめて、頷いた。
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