132 / 145
最終章 エレナと黄金の女神編
119:全てを打ち明ける
しおりを挟む
その日の夜、ノームは部屋の窓を開けて、夜風に当たっていた。部屋から出るのは賢明ではないが、窓を開けるくらいならいいだろう。むしろ、外の空気でも吸わないと気が狂いそうだった。
夜のスぺランサ王国の風景は一見何もおかしなところはない。寝静まった街がぼんやりと見える。まるで現実のようだ。仮想世界と言っても、ここに住んでいる人間達はちゃんと生きているように思える。悪魔が作り出した幻覚とは到底思えなかった。だからこそ、その事実はノームを悩ませる。
(一刻も早く余はエレナを連れて帰らねばならない。それは分かっている。だが……)
もし、ノームがエレナを正気に戻せば、ウィンとエレナの子供──サリュはどうなるのだろうか。子供特有の無邪気な笑顔がノームの頭を過った。あの笑顔は母親似だ。余計に胸が締め付けられる。
──『頼んだぞ』
……と、不意に魔王の声がノームの中で響いた。実際に言われてはいないが、確かに聞こえた想い。ノームは己の両頬を思いきり叩く。悩みを振り払うように夜空を見上げた。
「そうだ。余は魔王殿やサラマンダー、皆に託されてここにいるのだ。それに虚像の中で生きる事をエレナが望むはずがない。エレナに全てを話そう。きっと彼女なら話を聞いてくれる……」
そこで、控え目なノック音が響く。振り向けば案の定エレナがいた。手にはパンとサラダ、スープが乗ったプレートを持っていた。
「ごめんなさい、お腹がすいたでしょう。夫がなかなか眠らなくて」
「エレナ……王妃、」
「夜風は冷えるわ。あんまり当たらない方が、」
「エレナ王妃は、もし余が貴女の重要な秘密を知っていると言ったら、どうしますか?」
エレナはプレートをテーブルに置くなり、キョトンとする。質問の意図が分からないままノームを見れば、月光に照らされた彼の姿にどういうわけか心臓が昂っていることに気づいた。
「今といい、さっきといい、貴方は変な質問ばかりするのね。私をどうしたいの?」
「余は貴女を攫うつもりです。貴女が本当にいるべき世界へ」
エレナが困惑しているのにも関わらず、ノームは我慢できずに彼女を抱きしめた。数年後の彼女とはいえ、体格のいいノームの腕の中にすっぽりと収まる。脳裏に酷く冷えたエレナを思い出して、ノームは泣きそうになるのを堪えた。
震えるノームの身体の中で、エレナもじんわりと全身に熱が宿っていくのを感じる。まるで、生き別れた恋人と再会したように、身体が、魂が、自分の意思とは関係なく喜んでいるようだった。
「……実は私、ウィン陛下と結婚してから城を出たことがないのよ。それどころか他国の話が一切入ってこないし、他国からのお客様をお出迎えしたこともないの。そんなの、明らかにおかしいでしょ? 国際情勢を全く把握していない王妃なんて笑っちゃうわ」
「そうだな。貴女には魔族の子供達やドラゴンの相棒と野原で駆けまわっている方がお似合いだ」
「! ふふ、なんなのそれ。とっても素敵じゃない。ねぇ。貴方のお名前は? どうせ記憶が曖昧だっていうのは嘘なんでしょう?」
ノームはクスリと笑って腕の中のエレナと見つめ合う。
「ノーム・ブルー・バレンティア。この国の隣国、シュトラール王国の第一王太子であり、大天使ミカエル様に選ばれた土の勇者であり、君の恋人でもある」
目をまん丸とするエレナ。ノームはそんな彼女に全てを話した。ここが架空の世界であること、エレナはウィンに攫われてしまったこと、本当のエレナは魂を失い眠り続けていること……。他にもテネブリスの話や、二人で冥界に行ったときの話まで、全部。次第にエレナの瞳に涙が溢れていた。
「そう。そうなのね。本当の私は……そんな御伽噺みたいな素敵な人生を送っていたのね」
「エレナ、」
エレナの涙を拭うノーム。しかし、思わず動きを止めた。エレナの視線が自分ではなく、その後ろに向いている事に気づいたからだ。
「──どうやらこの城にネズミが紛れていたらしい。でかしたぞ、ルシファー」
背後を見る。声の主はウィンだった。そして彼は自分にひっついている我が子──サリュの頭を撫でながら確かに「ルシファー」と言った。するといつの間にか、ノームの足場が砂となり、朽ちていく。そのまま滑り台のように砂の壁を滑り、城の外に投げ出された。影が差し、訳の分からないまま顔を上げれば剣を持って不気味に笑うウィン。城のバルコニーから、エレナとサリュがこちらを見下ろしていた。エレナはこちらに手を伸ばし、大声で叫んでいる。
「ウィン陛下! どうか、どうか彼を傷つけないでっ!!」
「見ていてくれ、エレナ。最愛の夫が、この薄汚れた泥棒ネズミを負かす瞬間をな!」
ウィンはエレナの声が耳に入っていないらしい。ノームは舌打ちをし、ウィンを睨みつけた……。
夜のスぺランサ王国の風景は一見何もおかしなところはない。寝静まった街がぼんやりと見える。まるで現実のようだ。仮想世界と言っても、ここに住んでいる人間達はちゃんと生きているように思える。悪魔が作り出した幻覚とは到底思えなかった。だからこそ、その事実はノームを悩ませる。
(一刻も早く余はエレナを連れて帰らねばならない。それは分かっている。だが……)
もし、ノームがエレナを正気に戻せば、ウィンとエレナの子供──サリュはどうなるのだろうか。子供特有の無邪気な笑顔がノームの頭を過った。あの笑顔は母親似だ。余計に胸が締め付けられる。
──『頼んだぞ』
……と、不意に魔王の声がノームの中で響いた。実際に言われてはいないが、確かに聞こえた想い。ノームは己の両頬を思いきり叩く。悩みを振り払うように夜空を見上げた。
「そうだ。余は魔王殿やサラマンダー、皆に託されてここにいるのだ。それに虚像の中で生きる事をエレナが望むはずがない。エレナに全てを話そう。きっと彼女なら話を聞いてくれる……」
そこで、控え目なノック音が響く。振り向けば案の定エレナがいた。手にはパンとサラダ、スープが乗ったプレートを持っていた。
「ごめんなさい、お腹がすいたでしょう。夫がなかなか眠らなくて」
「エレナ……王妃、」
「夜風は冷えるわ。あんまり当たらない方が、」
「エレナ王妃は、もし余が貴女の重要な秘密を知っていると言ったら、どうしますか?」
エレナはプレートをテーブルに置くなり、キョトンとする。質問の意図が分からないままノームを見れば、月光に照らされた彼の姿にどういうわけか心臓が昂っていることに気づいた。
「今といい、さっきといい、貴方は変な質問ばかりするのね。私をどうしたいの?」
「余は貴女を攫うつもりです。貴女が本当にいるべき世界へ」
エレナが困惑しているのにも関わらず、ノームは我慢できずに彼女を抱きしめた。数年後の彼女とはいえ、体格のいいノームの腕の中にすっぽりと収まる。脳裏に酷く冷えたエレナを思い出して、ノームは泣きそうになるのを堪えた。
震えるノームの身体の中で、エレナもじんわりと全身に熱が宿っていくのを感じる。まるで、生き別れた恋人と再会したように、身体が、魂が、自分の意思とは関係なく喜んでいるようだった。
「……実は私、ウィン陛下と結婚してから城を出たことがないのよ。それどころか他国の話が一切入ってこないし、他国からのお客様をお出迎えしたこともないの。そんなの、明らかにおかしいでしょ? 国際情勢を全く把握していない王妃なんて笑っちゃうわ」
「そうだな。貴女には魔族の子供達やドラゴンの相棒と野原で駆けまわっている方がお似合いだ」
「! ふふ、なんなのそれ。とっても素敵じゃない。ねぇ。貴方のお名前は? どうせ記憶が曖昧だっていうのは嘘なんでしょう?」
ノームはクスリと笑って腕の中のエレナと見つめ合う。
「ノーム・ブルー・バレンティア。この国の隣国、シュトラール王国の第一王太子であり、大天使ミカエル様に選ばれた土の勇者であり、君の恋人でもある」
目をまん丸とするエレナ。ノームはそんな彼女に全てを話した。ここが架空の世界であること、エレナはウィンに攫われてしまったこと、本当のエレナは魂を失い眠り続けていること……。他にもテネブリスの話や、二人で冥界に行ったときの話まで、全部。次第にエレナの瞳に涙が溢れていた。
「そう。そうなのね。本当の私は……そんな御伽噺みたいな素敵な人生を送っていたのね」
「エレナ、」
エレナの涙を拭うノーム。しかし、思わず動きを止めた。エレナの視線が自分ではなく、その後ろに向いている事に気づいたからだ。
「──どうやらこの城にネズミが紛れていたらしい。でかしたぞ、ルシファー」
背後を見る。声の主はウィンだった。そして彼は自分にひっついている我が子──サリュの頭を撫でながら確かに「ルシファー」と言った。するといつの間にか、ノームの足場が砂となり、朽ちていく。そのまま滑り台のように砂の壁を滑り、城の外に投げ出された。影が差し、訳の分からないまま顔を上げれば剣を持って不気味に笑うウィン。城のバルコニーから、エレナとサリュがこちらを見下ろしていた。エレナはこちらに手を伸ばし、大声で叫んでいる。
「ウィン陛下! どうか、どうか彼を傷つけないでっ!!」
「見ていてくれ、エレナ。最愛の夫が、この薄汚れた泥棒ネズミを負かす瞬間をな!」
ウィンはエレナの声が耳に入っていないらしい。ノームは舌打ちをし、ウィンを睨みつけた……。
0
あなたにおすすめの小説
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります
cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。
聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。
そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。
村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。
かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。
そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。
やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき——
リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。
理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、
「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、
自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。
【完結】明日も、生きることにします
楽歩
恋愛
神に選ばれた“光耀の癒聖”リディアナは、神殿で静かに祈りを捧げる日々を送っていた。
だがある日、突然「巡礼の旅に出よ」と告げられ、誰の助けもなく神殿を追われるように旅立つことに――。
「世間知らずの聖女様」と嘲笑された少女は、外の世界で人々と触れ合い、自らの祈りと癒しの力を見つめ直していく。
やがてその“純粋さ”が、神の真の意志を明らかにし、神殿に残された聖女たちの運命さえも揺るがすこととなる。
聖女は友人に任せて、出戻りの私は新しい生活を始めます
あみにあ
恋愛
私の婚約者は第二王子のクリストファー。
腐れ縁で恋愛感情なんてないのに、両親に勝手に決められたの。
お互い納得できなくて、婚約破棄できる方法を探してた。
うんうんと頭を悩ませた結果、
この世界に稀にやってくる異世界の聖女を呼び出す事だった。
聖女がやってくるのは不定期で、こちらから召喚させた例はない。
だけど私は婚約が決まったあの日から探し続けてようやく見つけた。
早速呼び出してみようと聖堂へいったら、なんと私が異世界へ生まれ変わってしまったのだった。
表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_)
―――――――――――――――――――――――――
※以前投稿しておりました[聖女の私と異世界の聖女様]の連載版となります。
※連載版を投稿するにあたり、アルファポリス様の規約に従い、短編は削除しておりますのでご了承下さい。
※基本21時更新(50話完結)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる