20 / 36
第2章 クリス・サン・エーデルシュタイン編
幕間 :オタク令嬢は同志が欲しい②
しおりを挟む
「はぁ、やらかしたわ。まさかクリス様に相談するなんて……」
どんよりとした暗い空気を抱えて、ディアは私室に戻る。
今夜は食事もろくにとれなさそうだ。こんなに暗い顔を父や兄のリオンに見せたら、過剰に心配されてしまう。
「リン、お茶会が終わったわ。あと、今夜の食事なのだけど私室に持ってきてもらっ……」
ディアはその時、己が犯してしまった過ちに気がついた。
クリスに茶会に誘われた時、ディアは身支度に気を取られて、例の戦利品達を枕の下に隠しっぱなしだったのだ。いつもはベッドの下の金庫の中に厳重にしまっているというのに!
リンは茶会の間、ディアの部屋の掃除をすると言っていた。
そして今、彼女はディアのベッドの前でディアの創作物を手にして、固まっている。
つまりは──そういうことだ。
ディアは声にならない叫びを上げ、とにかく部屋のドアを閉めた。
そしてリンに対してどう言い訳をするか、脳の容量全てを駆使して考える。
変な冷や汗がびっしょりと溢れてきた。
「り、りりりりりリン! 違うの、それは、その──家庭教師の先生に、絵本を描くように課題を出されて──」
なんとも苦しい言い訳である。もし本当だとしてもBLの絵本を描く公爵令嬢がどこにいる。
ディアはハッハッと浅い呼吸を繰り返しながら、もうダメだと膝を崩した。
リンはそんなディアに近づいてくる。その表情は、鬼のようだった。
怒られるっ! ディアはそう察した。
「り、リン! ご、ご、ごごっ、ごめん、なさ──」
「──お嬢様、どうしましょう」
ディアはその時、ポタリと自分の頬に何かが落ちてきたことに気づく。それはリンの涙だった。
「……リン?」
優しく声をかけると、今度はリンががっくりと膝を崩した。
リンの顔はとても真っ赤で熱が籠もっている。
「ディア様、私は……私は、おかしいのです。ディア様のこの絵本を見て──クリス殿下や、リオン様や、皆様の絵を見て──私、どういうわけか、どうしようもなく幸せな気持ちになって、発情期のように心が疼くのです……!! 私は、おかしくなってしまったのです……!!」
リンはポロポロと涙を流し、訳の分からない感情に戸惑っているようだった。
ディアはその一瞬で、全ての感情が消えた。
静かに廊下に出て、周囲に召使い達や家族がいないことをしっかり確認する。
その後、「勉強中。食事は後でもらうので先に食べていてください。静かに」という紙を張ってドアを閉めた。
そして戸惑うリンの肩に手を置いた。
「──ようこそ、沼へ」
「ぬ、ま……?」
この後、リンはディアの指導により、開いてはならない禁断の扉のその先を知ることになる。
オタクとは、同じ沼に踏み入れようとする獲物を絶対に逃がさない。
そう、彼女はディアによって感じたことのない幸福の沼へと引きずり込まれるのだ……。
──「萌え」という名の、深い沼に。
***
「ディア、なんだか最近元気だね」
数日後。先日同様クリスに誘われてディアはクリスと穏やかな茶会を楽しんでいた。
そんな中、投げられたクリスの問いかけにディアはにっこり笑顔で頷いた。
「ええ、それはもう! 侍女のリンが私と同じ趣味を持っていることが分かって……今は毎晩彼女と一緒に二次創作、いえ、素晴らしき芸術について語り合っているのですわ!」
「そ、そっか……。それならよかったよ」
クリスはあまりにも元気が良すぎるディアに驚きつつ、ほっと一息つく。
その時、カインが「殿下」と一言声を掛けた。どうやら城へ帰る時間がきたようだ。
「おっと。では、今日の茶会はこのくらいにしておこう。じゃあまた来るね、ディア」
「はいっ! クリス様!」
るんるんと手を振って見送るディアを馬車の中から見ながら、クリスは思わず口元が綻んだ。
そんな彼に護衛役のカインは尋ねる。
「いいんですかい、殿下? 最近ディア様が寂しそうだからと、いつもの多忙なスケジュールの合間をぬって、絵の勉強をしてたじゃないですか。ディア様も、そのことを知ったら喜びますぜ」
「いいんだ。幸せそうなディアに水をさしたくない。僕は心から幸せそうな彼女を見ることが趣味みたいなものだから」
彼女の笑顔でも思いだしているのだろうか。馬車の中でふふ、と何度も口元を緩めるクリス。
カインはやれやれと肩を竦めつつも、どこか嬉しそうにクリスを見守るのだった……。
どんよりとした暗い空気を抱えて、ディアは私室に戻る。
今夜は食事もろくにとれなさそうだ。こんなに暗い顔を父や兄のリオンに見せたら、過剰に心配されてしまう。
「リン、お茶会が終わったわ。あと、今夜の食事なのだけど私室に持ってきてもらっ……」
ディアはその時、己が犯してしまった過ちに気がついた。
クリスに茶会に誘われた時、ディアは身支度に気を取られて、例の戦利品達を枕の下に隠しっぱなしだったのだ。いつもはベッドの下の金庫の中に厳重にしまっているというのに!
リンは茶会の間、ディアの部屋の掃除をすると言っていた。
そして今、彼女はディアのベッドの前でディアの創作物を手にして、固まっている。
つまりは──そういうことだ。
ディアは声にならない叫びを上げ、とにかく部屋のドアを閉めた。
そしてリンに対してどう言い訳をするか、脳の容量全てを駆使して考える。
変な冷や汗がびっしょりと溢れてきた。
「り、りりりりりリン! 違うの、それは、その──家庭教師の先生に、絵本を描くように課題を出されて──」
なんとも苦しい言い訳である。もし本当だとしてもBLの絵本を描く公爵令嬢がどこにいる。
ディアはハッハッと浅い呼吸を繰り返しながら、もうダメだと膝を崩した。
リンはそんなディアに近づいてくる。その表情は、鬼のようだった。
怒られるっ! ディアはそう察した。
「り、リン! ご、ご、ごごっ、ごめん、なさ──」
「──お嬢様、どうしましょう」
ディアはその時、ポタリと自分の頬に何かが落ちてきたことに気づく。それはリンの涙だった。
「……リン?」
優しく声をかけると、今度はリンががっくりと膝を崩した。
リンの顔はとても真っ赤で熱が籠もっている。
「ディア様、私は……私は、おかしいのです。ディア様のこの絵本を見て──クリス殿下や、リオン様や、皆様の絵を見て──私、どういうわけか、どうしようもなく幸せな気持ちになって、発情期のように心が疼くのです……!! 私は、おかしくなってしまったのです……!!」
リンはポロポロと涙を流し、訳の分からない感情に戸惑っているようだった。
ディアはその一瞬で、全ての感情が消えた。
静かに廊下に出て、周囲に召使い達や家族がいないことをしっかり確認する。
その後、「勉強中。食事は後でもらうので先に食べていてください。静かに」という紙を張ってドアを閉めた。
そして戸惑うリンの肩に手を置いた。
「──ようこそ、沼へ」
「ぬ、ま……?」
この後、リンはディアの指導により、開いてはならない禁断の扉のその先を知ることになる。
オタクとは、同じ沼に踏み入れようとする獲物を絶対に逃がさない。
そう、彼女はディアによって感じたことのない幸福の沼へと引きずり込まれるのだ……。
──「萌え」という名の、深い沼に。
***
「ディア、なんだか最近元気だね」
数日後。先日同様クリスに誘われてディアはクリスと穏やかな茶会を楽しんでいた。
そんな中、投げられたクリスの問いかけにディアはにっこり笑顔で頷いた。
「ええ、それはもう! 侍女のリンが私と同じ趣味を持っていることが分かって……今は毎晩彼女と一緒に二次創作、いえ、素晴らしき芸術について語り合っているのですわ!」
「そ、そっか……。それならよかったよ」
クリスはあまりにも元気が良すぎるディアに驚きつつ、ほっと一息つく。
その時、カインが「殿下」と一言声を掛けた。どうやら城へ帰る時間がきたようだ。
「おっと。では、今日の茶会はこのくらいにしておこう。じゃあまた来るね、ディア」
「はいっ! クリス様!」
るんるんと手を振って見送るディアを馬車の中から見ながら、クリスは思わず口元が綻んだ。
そんな彼に護衛役のカインは尋ねる。
「いいんですかい、殿下? 最近ディア様が寂しそうだからと、いつもの多忙なスケジュールの合間をぬって、絵の勉強をしてたじゃないですか。ディア様も、そのことを知ったら喜びますぜ」
「いいんだ。幸せそうなディアに水をさしたくない。僕は心から幸せそうな彼女を見ることが趣味みたいなものだから」
彼女の笑顔でも思いだしているのだろうか。馬車の中でふふ、と何度も口元を緩めるクリス。
カインはやれやれと肩を竦めつつも、どこか嬉しそうにクリスを見守るのだった……。
1
あなたにおすすめの小説
【長編版】悪役令嬢は乙女ゲームの強制力から逃れたい
椰子ふみの
恋愛
ヴィオラは『聖女は愛に囚われる』という乙女ゲームの世界に転生した。よりによって悪役令嬢だ。断罪を避けるため、色々、頑張ってきたけど、とうとうゲームの舞台、ハーモニー学園に入学することになった。
ヒロインや攻略対象者には近づかないぞ!
そう思うヴィオラだったが、ヒロインは見当たらない。攻略対象者との距離はどんどん近くなる。
ゲームの強制力?
何だか、変な方向に進んでいる気がするんだけど。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
谷 優
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。
◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。
わがままな婚約者はお嫌いらしいので婚約解消を提案してあげたのに、反応が思っていたのと違うんですが
水谷繭
恋愛
公爵令嬢のリリアーヌは、婚約者のジェラール王子を追いかけてはいつも冷たくあしらわれていた。
王子の態度に落ち込んだリリアーヌが公園を散策していると、転んで頭を打ってしまう。
数日間寝込むはめになったリリアーヌ。眠っている間に前世の記憶が流れ込み、リリアーヌは今自分がいるのは前世で読んでいたWeb漫画の世界だったことに気づく。
記憶を思い出してみると冷静になり、あれだけ執着していた王子をどうしてそこまで好きだったのかわからなくなる。
リリアーヌは王子と婚約解消して、新しい人生を歩むことを決意するが……
◆表紙はGirly Drop様からお借りしました
◇小説家になろうにも掲載しています
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
薔薇の令嬢はやっぱり婚約破棄したい!
蔵崎とら
恋愛
本編完結済み、現在番外編更新中です。
家庭環境の都合で根暗のコミュ障に育ちましたし私に悪役令嬢は無理無理の無理です勘弁してください婚約破棄ならご自由にどうぞ私ちゃんと手に職あるんで大丈夫ですから……!
ふとした瞬間に前世を思い出し、己が悪役令嬢に転生していることに気が付いたクレアだったが、時すでに遅し。
己の性格上悪役令嬢のような立ち回りは不可能なので、悪足掻きはせず捨てられる未来を受け入れることにした。
なぜなら今度こそ好きなことをして穏やかに生きていきたいから。
三度の飯より薔薇の品種改良が大好きな令嬢は、無事穏便な婚約破棄が出来るのか――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる