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第二章 王立学院中等部一年生
46 ファンクラブ【シーズンズ】①
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Side:アシェル12歳 春
「こちら我が家のシェフが作りましたの。受け取ってくださいませんか?」
そう言って可愛くラッピングした焼き菓子を差し出してくる、頬を真っ赤に染めた女子生徒。
王立学院に入学してから何度となく繰り返されてきた光景に、アシェルは女子生徒に微笑みかける。
「ありがとう。でも、ごめんね。学院に居る間はプレゼントを貰うつもりはないんだ。貴女のその気持ちだけ頂いておくね。そのお菓子はご友人と一緒に楽しんで。」
アシェルに微笑みかけられた女子生徒は、顔を上気させたままコクコクと上下に頷き走り去っていく。
アークエイドも近くにいるのだが、基本的に眼鏡の奥で涼しい瞳のままアシェルの横に立っているだけで、ご令嬢の対応はアシェルのお仕事だ。
そんなやり取りを眺めていたギャラリーの女子生徒達も頬を染め、口々に何か言っている。
その中で良く聞くのが「氷の王子様をフォローする微笑みの貴公子が素敵。」という、恐らくアークエイドとアシェルを指す単語が聞こえてくる。
そこは普通に名前じゃないんだって思うけれど、直接言われないものの、この二つの言葉は直接本人へは言わない俗称のようだ。
そこへお昼を取るために移動してきたであろうマリクがやってくる。
「きこーしとおーじさまは、今日も大変だねー。」
ガバリと飛びついてきたマリクは悪戯っぽくそう言い、アシェルの首筋に抱き着いたまま胸元にその跳ねっ毛の頭と耳を擦り付けてくる。
「もうそろそろ減ってほしいんだけどね。食堂に行きたいのになかなか辿り着けないし。」
ぐりぐりと擦り付けてくる頭を撫でてやれば、嬉しそうに尻尾がぶんぶん揺れる。
相変わらずマリクは狼というより大型犬だ。
ひとしきり撫でてやると、満足したと言わんばかりの満面の笑みを浮かべたマリクが離れる。
入学してからしょっちゅうこうやって甘えてくるのだが、知らない人も多いし香水の匂いもするだろうしでストレスが溜まっているのだろうか。
「軽食ならサロンの方でもいーけど、お昼はガッツリ食べたいよねー。」
3人並んで歩くと、そこかしこでキャーキャーいう声が聞こえるが、遠目に眺められている分には実害はない。
視線や黄色い声は平常運転だ。
「ベル曰く、なんかファンクラブがあるらしいんだよね。」
「ファンクラブ?アシェの??」
昨日イザベルから聞いた話を思い浮かべながら言ったアシェルに、マリクは疑問符を浮かべる。
「俺はメイディー三兄弟のファンクラブだと聞いてるぞ。」
アークエイドの言葉を聞き、厳密には違うんだよなぁと思う。
「正しくは僕ら三兄弟とアークもだよ。4人のファンクラブの名前が【シーズンズ】っていうんだって。」
「グレイ兄上ではなくか?」
不服そうなアークエイドに、ファンクラブの名前の由来と共に説明する。
「去年の最初の方はお兄様達に個別のファンクラブがあったらしいんだけど、僕らが今年入学だったでしょ?で、統合しちゃえってなったらしいんだ。こう……ファンクラブの掟?みたいなのを周知しやすいとかで。」
なんでそこに俺が?という顔をしたアークエイドは無視して話を続ける。
「で、ベル曰く。春の暖かな陽だまりのようなアレリオン兄様、夏の輝く太陽のようなアルフォード兄様、秋の月のような僕、冬の風のようなアークだって。まぁ、秋と冬はこじつけもいいところだけど。秋の月は澄んだ冷たさに降り注ぐ優しさ、冬の風は吹きすさぶ冷たさと気まぐれのような温かさ、らしい。ちなみに、そこかしこから聞こえてくる“微笑みの貴公子”も“氷の王子様”もそのファンクラブで呼ばれだしたらしいよ。」
補足が入っても謎である。
「アシェが冷たい?」
「イメージじゃないよねー?」
「離宮での模擬戦をみたご令嬢の意見を取り入れたらしいよ。ほら、僕って吊り目だから、真顔だと冷たく見えるんだろうね。全体的に色素薄いし。」
「えー模擬戦で真剣になんて当たり前のことだよねー。」
「ねー。ちなみにアークの気まぐれな優しさは、僕らといる時のことらしいよ。」
「あー。アークは俺ら以外に笑わないもんねー。笑ってても分かりにくいこと多いしねー。」
「だね。初めて会った頃に比べると分かりやすくなったけど。」
そんなことを話しながら食堂の券売機に並ぶ。
食堂ではA~Dまでの定食があり、メインやサイドなどがそれぞれ日替わりになっている。
基本的に券売機が売り切れを表示することは無いが、人気過ぎるメニューや遅い時間だと売り切れていることもあるらしい。
生徒手帳が証明書と学院内のお財布を兼ねているので、食べたいメニューのボタンを押したら生徒手帳をICリーダーのようなものに押し当てる。これで支払い完了だ。
チャージタイプの電子マネーと言った使い心地で、現金を持ち歩く必要がないので助かっている。
食券を購入した後は、いくつかある窓口に並びトレーを受け取り、空いてる席で食べるのだ。
「どこか空いてるかなー?」
「1階は結構埋まってるね。2階に行ってみる?」
食堂は券売機やキッチンなどがある辺りが吹き抜けで、奥に広がる形で二階建てになっている。
階段を上がり、手近な場所に空いている席を見つけ確保する。
アシェルはアークエイドの隣だ。
「今日も先に頂くね。」
「あぁ。」
ちょっとずつ毒見をしていく。
以前の媚薬事件があってから、スープや飲み物は必ず数回混ぜてから口にするようにしている。
「ん、いいよ。」
三人で「いただきます。」と言い学食を食べ始める。
メインに前菜、スープ、サラダ、パン、デザート、紅茶がついていて、デザートは数種類の中から選ぶことができる。
「さすが貴族が通う学校なだけあって、ご飯は美味しいよね。」
「んーでも俺はガッツリ食べたいなー。ねーねー今日もお肉焼いてよー。」
「俺もアシェの作る食事の方が、食べ応えがあって好きだな。」
「別にいいけど、毎日僕の作るご飯で飽きないの?あんまり味付けのレパートリーもないのに。」
お肉の在庫だけはストレージの中にたっぷりと入ってるので問題ないのだが、さすがに料理人のような繊細な料理や時間がかかるものはできない。
ただ、マリクの伝手で醤油や味噌を手に入れたので、洋風から和風まで、一通りの味付けはできるようになっていた。ゴマ油と鶏がらスープのペーストもあるのでなんちゃって中華も作れる。
色々な調味料を使って料理を作っていた日本人だった記憶があって良かった、と素直に思っている。
たしかタイは一般家庭でもミニキッチンまでしかなかったりで屋台料理文化だと聞いたことがある。そんな環境で育っていたら、とてもじゃないが料理などできなかっただろう。
「アシェのご飯おいしーから、自信もって!」
「ふふ、ありがとう。」
「何々、晩御飯の話?」
「野菜提供するから僕達も呼んでよね。」
会話に飛び入り参加したエトワールとノアールに、アシェルは苦笑する。
「どっちにしても皆集まって食べるんでしょ。逆に夕飯要らない人を申告制にしたほうが効率良いくらいだよ。」
そう。なんとなくアシェルが晩御飯を作って、それを幼馴染達皆で揃ってアシェルの部屋で食べるのが習慣になっている。
イザベルも手伝ってくれるので、9人での食事だ。
肉は今のところアシェルのストレージにある物を使っているが、ゆくゆくは冒険者活動をして仕入れてくることになると思う。
休日に暇なメンバーで魔の森に繰り出せばいいだろう。買うのは勿体ない。
調味料系はマリクが、野菜や海産物はノアールとエトワールが、主食のパンはお気に入りのパン屋のあるリリアーデとデュークが調達していて、提供してくれている。
まとめて数日分貰うこともあるので、アシェルのストレージは歩く食料保管庫だ。
「またいつもの時間くらいに来てよ。ベルと一緒にご飯作って待ってるからさ。あ、明日は海鮮にしない?最近お肉ばっかりだし。」
「いいな。何がいい?」
「昨日、新鮮なタイが届いたから刺身にも出来るよ。あと、ヒラメとカニがおすすめ。」
夕飯を自炊していると知ったアスノーム卿が、定期的にストレージに食材を入れた人材を派遣してくれるらしく、どうやら昨日受け取りをしたらしかった。
ストレージに入れて運べば鮮度も落ちないので、専用に人を派遣してくれているのだろう。
「いいね。今日の夜貰おうかな。刺身に煮つけに味噌汁でどう?」
「美味しそうだな。」
「いーねー、明日も楽しみ。」
ちらほら空席が目立ち始めたのをいいことに、ノアールとエトワールが食事を終えるまでのんびりお喋りをして過ごした。
今日の午後一番の授業は結界学だ。
必修授業で、他にこの時間にある選択科目はないし、結界学の予備枠もない。
そのため週に一度、この時間は結界学の授業に一学年全員が出席するのだ。
100人近い人数が大講堂に集まるため、教室の中はざわざわしている。
結界学は結界についての概念から、特徴、術式の組み方、スクロールの書き方まで一年かけて勉強していく。
魔力量の少ないものでも、術式によっては数人で魔力を通すものもあるし、一番身近なものだと街の外での野営に使う結界スクロールもある。
少し特殊な分野になるが、覚えておいて損のない学科だ。
障壁の魔法は結界学の応用になるので、上手く障壁を使えない人は、この授業の後発動しやすくなったりするらしい。
少し早めに到着した5人は二か所ある教室の入り口の、教卓に向かって右側の出入り口付近に席を取る。
ノートや筆記具を居ない4人分置いておけば他の人に座られることもないので、早く来た人が席を確保していた。
毎回同じ場所に座るので、同級生たちもこの席は空けてくれているように感じた。
目立つ面々なので、恐らく空けてくれているんだと思う。
「アークエイド殿下、アシェル様、ごきげんよう。」
いつもはあまり話しかけられない授業なのに、早く来過ぎたのか3人組の女子生徒に声をかけられる。
代表のご令嬢が真ん中の挨拶をしてきた子なのだろう。
「こんにちは。」
相変わらずアークエイドは軽く会釈するのみなので、アシェルが相手をすることになる。
「あの……ファンクラブのことってご存知ですか?」
「シーズンズ、だっけ?一応聞いたことはあるよ。どんなことをしてるかは知らないけど。」
ファンクラブの存在を知っているかどうか本人に聞いてどうするのだろうか、と思うが、質問には素直に答えた。
パァァと女子生徒達の顔が輝いたのが分かる。
「そうです、シーズンズです!実は、先輩達から頼まれたものがありまして。」
そう言って二通の封筒を差し出される。
差出人はシーズンズと綺麗な文字で書かれていて、宛名はアシェルとアークエイド宛てだ。
魔力反応がないかだけ確かめて、受け取ったうちの一通をアークエイドに渡す。
「これは今、中を確認しても?」
アシェルがそう問えば「是非。」と言われたため、『ストレージ』からペーパーナイフを取り出し封を切った。
アークエイドも同じように『ストレージ』から取り出したペーパーナイフで封を開け、中身を確認している。
中はファンクラブ【シーズンズ】の集会への招待状だった。
「あの……是非お返事をいただけましたら!」
三人の少女に縋るような眼で見つめられる。
アークエイドはサッとペンで印をつけ、アシェルに便箋を差し出した。
直接女子生徒とやり取りしたくないらしい。
人見知りの激しすぎるこの国の第二王子に苦笑しながら、それを受け取った。
「これ、アークの分ね。」
「悪いが興味ない。」
一応欠席の理由は言うんだ、と思ったが、眼鏡のせいで表情は分かりにくいものの多分無表情だ。本当に興味の欠片もないのだろう。
女子生徒達がしゅんと落ち込んだ。
「やっぱりアークは行かないよね。……僕はちょっとだけ興味あるんだよね。」
アシェルの言葉でまた表情が明るくなる。
そのころころ変わる表情が面白くて、クスクス笑いながら言葉を続けた。
「この時間はずっと居なきゃダメ?それとも途中参加や途中離脱もokかな?」
「もちろん、来ていただけるだけでも嬉しいので時間の拘束はありません!時間内であれば集会をしてますので!!」
そう力説してくれるが、集会そのものは30分程度で、会場は2時間貸し切りだから後は自由に交流してね、というスタイルのようだった。
30分程度なら拘束されても特に問題はないが、念のため確認をしたのだ。
出席に〇をつけ、真ん中の女子生徒に渡す。
「はい。じゃあ明日はよろしくね。」
にこっと微笑むと「はい、よろしくお願いします!」と元気よく三人から頭を下げられた。
周囲の席のあちこちで女子生徒が騒いでる声が聞こえるので、どうもこの席の周辺はファンクラブ会員が多いように思える。
道理で女子生徒率が高いと思ったのだ。
ありがとうございます。と口々に言う女子生徒を見送り、ふぅと息を吐いた。
「……本当に行くのか?」
「うん。勝手に持ち上げられてるだけだけど、なんか規模が大きいみたいだし。どんな感じかだけでも知っておいた方がいいかなって。」
「俺も行った方がいいか?」
「ううん。っていうか、アークは来ても喋らないでしょ。フォローが大変だから僕一人で大丈夫。」
「そうか。」
アシェル一人であればアシェルに話しかけてくる人の対応をすればいいが、アークエイドも一緒だと、そちらに話しかけた人への対応もしなくてはいけなくなるのだ。
アシェルは聖徳太子ではないので、全く違う内容を複数人に言われても聞き取れない。
「ファンクラブの集会って、きっと女子生徒ばっかりだよね?」
「ちらっと見えたけど、会場大講堂だろ?何人集まるんだよ。」
100人以上は余裕で入るこの教室が会場であることに、双子は恐ろしいものを見たと言わんばかりの表情だ。
「アシェ、モテモテだねー。晩御飯遅くなりそーなら、ラビちゃんのところに風魔法でお手紙ちょーだいね。」
マリクだけがいつもの調子でいう。
マリクの部屋の寝室にある窓は少しだけ隙間が空いていて、テイムされたホーンラビットのラビちゃんはその部屋で過ごしているのだ。
言伝があるときはそこに手紙を飛ばしているし、マリクが誰かに言伝を頼みたい時には、同じくテイムされて寝室で過ごしているフォレストイーグルのモイちゃんが手紙を運んでくれる。
「明日アシェは何か用事があるのかしら?」
リリアーデの声が聞こえて、デューク、エラート、イザベルが丁度教室に入ってきた。
それぞれ着席する。
ちなみにアシェルはアークエイドとイザベルに挟まれる形で座っている。
シーズンズの集会に呼ばれたのだと話せば、リリアーデが興味津々といった感じだったが、先生が入ってきて授業が始まったのでそこで話は終わった。
結界学の授業はとても楽しくて、術式に関してはパズルみたいだといつも思っている。
いつか自身で書いた結界スクロールで野営をするのがアシェルの目標だ。
「こちら我が家のシェフが作りましたの。受け取ってくださいませんか?」
そう言って可愛くラッピングした焼き菓子を差し出してくる、頬を真っ赤に染めた女子生徒。
王立学院に入学してから何度となく繰り返されてきた光景に、アシェルは女子生徒に微笑みかける。
「ありがとう。でも、ごめんね。学院に居る間はプレゼントを貰うつもりはないんだ。貴女のその気持ちだけ頂いておくね。そのお菓子はご友人と一緒に楽しんで。」
アシェルに微笑みかけられた女子生徒は、顔を上気させたままコクコクと上下に頷き走り去っていく。
アークエイドも近くにいるのだが、基本的に眼鏡の奥で涼しい瞳のままアシェルの横に立っているだけで、ご令嬢の対応はアシェルのお仕事だ。
そんなやり取りを眺めていたギャラリーの女子生徒達も頬を染め、口々に何か言っている。
その中で良く聞くのが「氷の王子様をフォローする微笑みの貴公子が素敵。」という、恐らくアークエイドとアシェルを指す単語が聞こえてくる。
そこは普通に名前じゃないんだって思うけれど、直接言われないものの、この二つの言葉は直接本人へは言わない俗称のようだ。
そこへお昼を取るために移動してきたであろうマリクがやってくる。
「きこーしとおーじさまは、今日も大変だねー。」
ガバリと飛びついてきたマリクは悪戯っぽくそう言い、アシェルの首筋に抱き着いたまま胸元にその跳ねっ毛の頭と耳を擦り付けてくる。
「もうそろそろ減ってほしいんだけどね。食堂に行きたいのになかなか辿り着けないし。」
ぐりぐりと擦り付けてくる頭を撫でてやれば、嬉しそうに尻尾がぶんぶん揺れる。
相変わらずマリクは狼というより大型犬だ。
ひとしきり撫でてやると、満足したと言わんばかりの満面の笑みを浮かべたマリクが離れる。
入学してからしょっちゅうこうやって甘えてくるのだが、知らない人も多いし香水の匂いもするだろうしでストレスが溜まっているのだろうか。
「軽食ならサロンの方でもいーけど、お昼はガッツリ食べたいよねー。」
3人並んで歩くと、そこかしこでキャーキャーいう声が聞こえるが、遠目に眺められている分には実害はない。
視線や黄色い声は平常運転だ。
「ベル曰く、なんかファンクラブがあるらしいんだよね。」
「ファンクラブ?アシェの??」
昨日イザベルから聞いた話を思い浮かべながら言ったアシェルに、マリクは疑問符を浮かべる。
「俺はメイディー三兄弟のファンクラブだと聞いてるぞ。」
アークエイドの言葉を聞き、厳密には違うんだよなぁと思う。
「正しくは僕ら三兄弟とアークもだよ。4人のファンクラブの名前が【シーズンズ】っていうんだって。」
「グレイ兄上ではなくか?」
不服そうなアークエイドに、ファンクラブの名前の由来と共に説明する。
「去年の最初の方はお兄様達に個別のファンクラブがあったらしいんだけど、僕らが今年入学だったでしょ?で、統合しちゃえってなったらしいんだ。こう……ファンクラブの掟?みたいなのを周知しやすいとかで。」
なんでそこに俺が?という顔をしたアークエイドは無視して話を続ける。
「で、ベル曰く。春の暖かな陽だまりのようなアレリオン兄様、夏の輝く太陽のようなアルフォード兄様、秋の月のような僕、冬の風のようなアークだって。まぁ、秋と冬はこじつけもいいところだけど。秋の月は澄んだ冷たさに降り注ぐ優しさ、冬の風は吹きすさぶ冷たさと気まぐれのような温かさ、らしい。ちなみに、そこかしこから聞こえてくる“微笑みの貴公子”も“氷の王子様”もそのファンクラブで呼ばれだしたらしいよ。」
補足が入っても謎である。
「アシェが冷たい?」
「イメージじゃないよねー?」
「離宮での模擬戦をみたご令嬢の意見を取り入れたらしいよ。ほら、僕って吊り目だから、真顔だと冷たく見えるんだろうね。全体的に色素薄いし。」
「えー模擬戦で真剣になんて当たり前のことだよねー。」
「ねー。ちなみにアークの気まぐれな優しさは、僕らといる時のことらしいよ。」
「あー。アークは俺ら以外に笑わないもんねー。笑ってても分かりにくいこと多いしねー。」
「だね。初めて会った頃に比べると分かりやすくなったけど。」
そんなことを話しながら食堂の券売機に並ぶ。
食堂ではA~Dまでの定食があり、メインやサイドなどがそれぞれ日替わりになっている。
基本的に券売機が売り切れを表示することは無いが、人気過ぎるメニューや遅い時間だと売り切れていることもあるらしい。
生徒手帳が証明書と学院内のお財布を兼ねているので、食べたいメニューのボタンを押したら生徒手帳をICリーダーのようなものに押し当てる。これで支払い完了だ。
チャージタイプの電子マネーと言った使い心地で、現金を持ち歩く必要がないので助かっている。
食券を購入した後は、いくつかある窓口に並びトレーを受け取り、空いてる席で食べるのだ。
「どこか空いてるかなー?」
「1階は結構埋まってるね。2階に行ってみる?」
食堂は券売機やキッチンなどがある辺りが吹き抜けで、奥に広がる形で二階建てになっている。
階段を上がり、手近な場所に空いている席を見つけ確保する。
アシェルはアークエイドの隣だ。
「今日も先に頂くね。」
「あぁ。」
ちょっとずつ毒見をしていく。
以前の媚薬事件があってから、スープや飲み物は必ず数回混ぜてから口にするようにしている。
「ん、いいよ。」
三人で「いただきます。」と言い学食を食べ始める。
メインに前菜、スープ、サラダ、パン、デザート、紅茶がついていて、デザートは数種類の中から選ぶことができる。
「さすが貴族が通う学校なだけあって、ご飯は美味しいよね。」
「んーでも俺はガッツリ食べたいなー。ねーねー今日もお肉焼いてよー。」
「俺もアシェの作る食事の方が、食べ応えがあって好きだな。」
「別にいいけど、毎日僕の作るご飯で飽きないの?あんまり味付けのレパートリーもないのに。」
お肉の在庫だけはストレージの中にたっぷりと入ってるので問題ないのだが、さすがに料理人のような繊細な料理や時間がかかるものはできない。
ただ、マリクの伝手で醤油や味噌を手に入れたので、洋風から和風まで、一通りの味付けはできるようになっていた。ゴマ油と鶏がらスープのペーストもあるのでなんちゃって中華も作れる。
色々な調味料を使って料理を作っていた日本人だった記憶があって良かった、と素直に思っている。
たしかタイは一般家庭でもミニキッチンまでしかなかったりで屋台料理文化だと聞いたことがある。そんな環境で育っていたら、とてもじゃないが料理などできなかっただろう。
「アシェのご飯おいしーから、自信もって!」
「ふふ、ありがとう。」
「何々、晩御飯の話?」
「野菜提供するから僕達も呼んでよね。」
会話に飛び入り参加したエトワールとノアールに、アシェルは苦笑する。
「どっちにしても皆集まって食べるんでしょ。逆に夕飯要らない人を申告制にしたほうが効率良いくらいだよ。」
そう。なんとなくアシェルが晩御飯を作って、それを幼馴染達皆で揃ってアシェルの部屋で食べるのが習慣になっている。
イザベルも手伝ってくれるので、9人での食事だ。
肉は今のところアシェルのストレージにある物を使っているが、ゆくゆくは冒険者活動をして仕入れてくることになると思う。
休日に暇なメンバーで魔の森に繰り出せばいいだろう。買うのは勿体ない。
調味料系はマリクが、野菜や海産物はノアールとエトワールが、主食のパンはお気に入りのパン屋のあるリリアーデとデュークが調達していて、提供してくれている。
まとめて数日分貰うこともあるので、アシェルのストレージは歩く食料保管庫だ。
「またいつもの時間くらいに来てよ。ベルと一緒にご飯作って待ってるからさ。あ、明日は海鮮にしない?最近お肉ばっかりだし。」
「いいな。何がいい?」
「昨日、新鮮なタイが届いたから刺身にも出来るよ。あと、ヒラメとカニがおすすめ。」
夕飯を自炊していると知ったアスノーム卿が、定期的にストレージに食材を入れた人材を派遣してくれるらしく、どうやら昨日受け取りをしたらしかった。
ストレージに入れて運べば鮮度も落ちないので、専用に人を派遣してくれているのだろう。
「いいね。今日の夜貰おうかな。刺身に煮つけに味噌汁でどう?」
「美味しそうだな。」
「いーねー、明日も楽しみ。」
ちらほら空席が目立ち始めたのをいいことに、ノアールとエトワールが食事を終えるまでのんびりお喋りをして過ごした。
今日の午後一番の授業は結界学だ。
必修授業で、他にこの時間にある選択科目はないし、結界学の予備枠もない。
そのため週に一度、この時間は結界学の授業に一学年全員が出席するのだ。
100人近い人数が大講堂に集まるため、教室の中はざわざわしている。
結界学は結界についての概念から、特徴、術式の組み方、スクロールの書き方まで一年かけて勉強していく。
魔力量の少ないものでも、術式によっては数人で魔力を通すものもあるし、一番身近なものだと街の外での野営に使う結界スクロールもある。
少し特殊な分野になるが、覚えておいて損のない学科だ。
障壁の魔法は結界学の応用になるので、上手く障壁を使えない人は、この授業の後発動しやすくなったりするらしい。
少し早めに到着した5人は二か所ある教室の入り口の、教卓に向かって右側の出入り口付近に席を取る。
ノートや筆記具を居ない4人分置いておけば他の人に座られることもないので、早く来た人が席を確保していた。
毎回同じ場所に座るので、同級生たちもこの席は空けてくれているように感じた。
目立つ面々なので、恐らく空けてくれているんだと思う。
「アークエイド殿下、アシェル様、ごきげんよう。」
いつもはあまり話しかけられない授業なのに、早く来過ぎたのか3人組の女子生徒に声をかけられる。
代表のご令嬢が真ん中の挨拶をしてきた子なのだろう。
「こんにちは。」
相変わらずアークエイドは軽く会釈するのみなので、アシェルが相手をすることになる。
「あの……ファンクラブのことってご存知ですか?」
「シーズンズ、だっけ?一応聞いたことはあるよ。どんなことをしてるかは知らないけど。」
ファンクラブの存在を知っているかどうか本人に聞いてどうするのだろうか、と思うが、質問には素直に答えた。
パァァと女子生徒達の顔が輝いたのが分かる。
「そうです、シーズンズです!実は、先輩達から頼まれたものがありまして。」
そう言って二通の封筒を差し出される。
差出人はシーズンズと綺麗な文字で書かれていて、宛名はアシェルとアークエイド宛てだ。
魔力反応がないかだけ確かめて、受け取ったうちの一通をアークエイドに渡す。
「これは今、中を確認しても?」
アシェルがそう問えば「是非。」と言われたため、『ストレージ』からペーパーナイフを取り出し封を切った。
アークエイドも同じように『ストレージ』から取り出したペーパーナイフで封を開け、中身を確認している。
中はファンクラブ【シーズンズ】の集会への招待状だった。
「あの……是非お返事をいただけましたら!」
三人の少女に縋るような眼で見つめられる。
アークエイドはサッとペンで印をつけ、アシェルに便箋を差し出した。
直接女子生徒とやり取りしたくないらしい。
人見知りの激しすぎるこの国の第二王子に苦笑しながら、それを受け取った。
「これ、アークの分ね。」
「悪いが興味ない。」
一応欠席の理由は言うんだ、と思ったが、眼鏡のせいで表情は分かりにくいものの多分無表情だ。本当に興味の欠片もないのだろう。
女子生徒達がしゅんと落ち込んだ。
「やっぱりアークは行かないよね。……僕はちょっとだけ興味あるんだよね。」
アシェルの言葉でまた表情が明るくなる。
そのころころ変わる表情が面白くて、クスクス笑いながら言葉を続けた。
「この時間はずっと居なきゃダメ?それとも途中参加や途中離脱もokかな?」
「もちろん、来ていただけるだけでも嬉しいので時間の拘束はありません!時間内であれば集会をしてますので!!」
そう力説してくれるが、集会そのものは30分程度で、会場は2時間貸し切りだから後は自由に交流してね、というスタイルのようだった。
30分程度なら拘束されても特に問題はないが、念のため確認をしたのだ。
出席に〇をつけ、真ん中の女子生徒に渡す。
「はい。じゃあ明日はよろしくね。」
にこっと微笑むと「はい、よろしくお願いします!」と元気よく三人から頭を下げられた。
周囲の席のあちこちで女子生徒が騒いでる声が聞こえるので、どうもこの席の周辺はファンクラブ会員が多いように思える。
道理で女子生徒率が高いと思ったのだ。
ありがとうございます。と口々に言う女子生徒を見送り、ふぅと息を吐いた。
「……本当に行くのか?」
「うん。勝手に持ち上げられてるだけだけど、なんか規模が大きいみたいだし。どんな感じかだけでも知っておいた方がいいかなって。」
「俺も行った方がいいか?」
「ううん。っていうか、アークは来ても喋らないでしょ。フォローが大変だから僕一人で大丈夫。」
「そうか。」
アシェル一人であればアシェルに話しかけてくる人の対応をすればいいが、アークエイドも一緒だと、そちらに話しかけた人への対応もしなくてはいけなくなるのだ。
アシェルは聖徳太子ではないので、全く違う内容を複数人に言われても聞き取れない。
「ファンクラブの集会って、きっと女子生徒ばっかりだよね?」
「ちらっと見えたけど、会場大講堂だろ?何人集まるんだよ。」
100人以上は余裕で入るこの教室が会場であることに、双子は恐ろしいものを見たと言わんばかりの表情だ。
「アシェ、モテモテだねー。晩御飯遅くなりそーなら、ラビちゃんのところに風魔法でお手紙ちょーだいね。」
マリクだけがいつもの調子でいう。
マリクの部屋の寝室にある窓は少しだけ隙間が空いていて、テイムされたホーンラビットのラビちゃんはその部屋で過ごしているのだ。
言伝があるときはそこに手紙を飛ばしているし、マリクが誰かに言伝を頼みたい時には、同じくテイムされて寝室で過ごしているフォレストイーグルのモイちゃんが手紙を運んでくれる。
「明日アシェは何か用事があるのかしら?」
リリアーデの声が聞こえて、デューク、エラート、イザベルが丁度教室に入ってきた。
それぞれ着席する。
ちなみにアシェルはアークエイドとイザベルに挟まれる形で座っている。
シーズンズの集会に呼ばれたのだと話せば、リリアーデが興味津々といった感じだったが、先生が入ってきて授業が始まったのでそこで話は終わった。
結界学の授業はとても楽しくて、術式に関してはパズルみたいだといつも思っている。
いつか自身で書いた結界スクロールで野営をするのがアシェルの目標だ。
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