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第二章 王立学院中等部一年生
59 ミルトン兄弟②
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Side:アシェル12歳 夏
なんの抵抗もせずに蕩けた表情で、いつもより少し高い甘ったるい声でダメと言われても、男は興奮するだけだし、誘っているようにしか聞こえない。
いつもの笑顔で女性を口説くような甘いセリフを吐くときと違い、どう考えても意図せずに男の劣情を煽っているのだ。
「お願いだから……自分の身体を大事にしてくれ……。こんなことをしてる俺が言っても説得力はないが、それでも心配なんだ……。」
フカフカの布団と身体の間にアークエイドの腕が入ってきて、ぎゅっと息が苦しくなるくらい強く抱きしめられる。
その切実な声に、これでも自分の身体を大事にしているつもりのアシェルは、そんなに心配をかけてしまったのかと思った。
「あの……心配かけてごめん。でも、別に自分のことを蔑ろにしてるつもりはないよ?今日のだって、ちゃんと逃げる隙を探してたし。」
そういうと耳元で盛大な溜息を吐かれた。
顔は見えないが、呆れた表情をしたアークエイドが思い浮かぶ。
「だから?それでもあいつに好き勝手されてただろ。それに……今は?」
「好き勝手されてたかなぁ……?クリストファー先輩は、あの程度(の技術)で自信たっぷりな顔してたけど、あれなら確実に(テクニック的に)僕が勝てるからなぁ……。それに、アークは僕が嫌だって言ったら酷いことしないでしょ?あ、でも見えるところに印つけられるのは困る。またベルに怒られちゃう。」
「……とりあえず、俺の心配が全く伝わってないことは分かった。」
そう言ったアークエイドは、アシェルを抱き締めていた腕を解き身体を起こした。
そこにいるのはいつもの無表情に、少しだけ幼馴染にだけ分かる感情を乗せたアークエイドだ。
アシェルも向き合うように起き上がり座る。
「……所有印は消えるまで誰にも見せるな。……イザベルだけは許可する。」
「えぇ?全部は見えないけど、さっきやたらとつけてたよね!?首隠せる服あったかな、っていうか今夏なんだけど……いやいや、そもそも制服で隠れなくない?授業があるのに、コンシーラーで広範囲って消せるのかな……。」
「それはすまないと思ってる。……だが、簡単に襲われるアシェが悪い。」
「なんでそこで僕の責任になるの?先輩は痕付けてないから、圧倒的に悪いのはアークだからね??……まぁ、明日一日耐えればなんとか……なるかな……?とりあえず今日と明日はベルに頑張ってもらうしかないか。もう、今度は見えるところにはつけないでよね。」
そう言いながら立ち上がったアシェルは衣裳部屋の扉を開ける。
こちらは男物しか入ってないので、いつ開いても安心仕様だ。
「ねぇ、これ詰襟の服で隠れる?コレなんだけど。一応顎先ぎりぎりまであるんだけどさ。」
ノースリーブで、少し首周りに余裕があるものの詰襟になっている服を引っ張り出す。
「多分隠れると、思う……が隙間から見える可能性はある。」
流石に少し申し訳なさそうにしたアークエイドに言われる。
「まぁ、そこはベルにどうにかしてもらうよ。うちのベルは優秀だから。とりあえず今夜をどうにかしなきゃ。」
「わたくしがどうかしましたか、アシェル様?」
「!?」
この部屋に居るはずのない第三者の声にビックリして扉の方を見れば、そこにはイザベルが立っていた。
少し前からお話を聞いておりました、なんて澄ました顔で言っている。
「……鍵をかけていただろ。」
「チェーンロックのことかしら?これでもわたくし伯爵家の娘なのだけれど??あんなもの、ちょっと魔力操作ができる人間だったら簡単に外せるに決まってるでしょ。で?そんな気休めの鍵までかけて、アシェル様に何してたわけ?また苦情をいれなくちゃいけなかったかしら?それとも、アルフォードお義兄様達に報告されたいの??」
怒りを露わにした、使用人としての言葉遣いではなく素の言葉で話すイザベルに、アシェルは慌てる。
これはまだ丁寧なほうだ。
一応アークエイドの身分に配慮していると言えるが、いつ暴言を吐き出すか分かったものではない。
「べ、ベル、落ち着いて?」
「アシェル様もアシェル様よ?所有印つけて、お義兄様方にバレたら大騒ぎになるって分かってるでしょ?下手したら学院辞めさせられて監禁コースよ??二人とも、婚約者を作る前に火遊びがしたいなら良識の範囲内で。せめて人様にバレないようにやってくれないかしら?だ・れ・が、フォローしないといけないか分かってますよね?」
「すまない。」
「ごめんなさい。」
鼻息荒く説教したイザベルは、二人の謝罪に一先ず溜飲を下げる。
「……失礼しました。で、アシェル様はすぐそちらに着替えられますか?それでしたら、首元を薄くカバーするだけでどうにかなると思いますが。」
「あ、うん。っていうか、ベルが帰ってきたってことは晩御飯作らないと。着替えてキッチンに行くから、そこでお願いしてもいい?」
イザベルは5限目の料理の授業を終えて帰ってきたはずなので、そうこうしているうちに幼馴染達が集まるはずだった。
『ストレージ』から必要そうな素材を取り出し、大きなバスケットにこんもり乗せて渡す。
「えぇ、分かりました。……アークエイド様、もちろんお手伝いいただけますよね?」
「あぁ。」
有無を言わせないイザベルの言葉に頷いたアークエイドは、このまま夕飯作りを手伝わされることに決まったようだ。
(王子様を顎で使う侍女って……。)
この後無事、顎先まで首元を覆う服を着て、薄くファンデーションをはたいてもらったアシェルは、幼馴染達に情事の跡がバレることなく夕食を終えたのだった。
翌日。
イザベルの素晴らしい手腕で首に散らばる所有印をどうにか隠してもらい、一限目の魔術学を受けていた。
「はぁ……。」
いつも通り魔術学の授業を終え、アシェルは今日何度目かのため息を吐く。
それをイザベルが気遣わし気に見つめる。
「ねぇ、ベル。大丈夫かな?」
「アシェル様……ダメでしたら、諸悪の根源に匿ってもらうなりなんなりしてください。」
そういってアークエイドをじろりと睨んだ。
そのイザベルの視線に、アークエイドが申し訳なさそうに視線を彷徨わせる。
「そうだね……うん。このあとは剣術だけだし。頑張ってくるよ。ベルを不安にさせちゃってごめんね。」
「わたくしは構いませんわ。でもアシェル様。早く移動しないとお着替えの時間が無くなりますわよ?」
「わ、本当だ。またね、ベル。皆ごめんね、移動しようか。」
いつもと様子の違うアシェルを待ってくれていたようで、アシェルは慌てて剣術の授業を受ける幼馴染達と第三演習場に移動したのだった。
更衣室で剣術の運動着が、騎士服を模した詰襟の軍服もどきで良かった、と思いながら着替え手鏡で首元を確認する。
そしてぱっと見は綺麗な白肌に見えることに安堵する。
今日はなるべく動かないようにして、汗をかかないように注意しないといけない。
移動や着替えが遅くなったので慌てて演習場に出る。
「アシェル様、今日はゆっくりだったんですね。」
「こんにちは、シオン君。うん、少し幼馴染と話してたら遅くなってしまって。」
そう言ってアシェルは苦笑する。
シオンはいつも小動物のようなクリクリとした瞳を向けながら話しかけてくるので、その対応はしているのだが、正直なところ今日はあまり話しかけられたくない。
シオンは背丈も髪質も見た目の雰囲気も、兄のクリストファーとは似ても似つかないはずなのに、全く同じ薄浅葱色の髪の毛に瑠璃色の瞳をしている。
兄弟だから似ていて当たり前なのだが、その色に昨日のクリストファーが、アークエイドが、そして首元の所有印が脳裏に浮かんでくる。
「そうだったんですね。ねぇ、アシェル様。今日こそ僕とも手合わせして下さいよ。僕の友達もアシェル様の手合わせを見てて是非一度って。」
そう言ってウルっとした上目遣いに見上げられる。
相変わらず自分の武器をしっかり活用している。
普段シオン達のグループとは離れた場所で、相手を探して手合わせをしていることが多い。
というよりも、どんどん申し込まれる間に授業が終わるので、彼らの力量が解らなかった。
「そう言ってくれるのは嬉しいけれど、僕なんか大したことないよ?上手な人と手合わせをしたいならエトを紹介してあげるよ。」
いつも通りの笑みを浮かべて言えば、柔らかそうな頬がぷくーっと膨らんだ。
「違うんです、僕はアシェル様と一緒に授業を受けたいんですっ。あ、ほら、もう授業が始まりますよ、行きましょう?」
「え、ちょっと。」
「こっちですよ。」
そう言ってシオンはアシェルの手を引いて、アシェル達がいつも使っている一角とは離れた位置——普段シオン達がいる一角まで連れて行った。
そのアシェルより小柄なのに男らしい骨ばった手を無下に振り払うこともできず、そっと心の中でアークエイドのお守りを押し付けた形になった幼馴染二人に謝罪した。
ウォーミングアップ代わりの素振りが終わる。
いつも第二王子であるアークエイドと一緒にいるアシェルが、離れた場所で授業を受けている姿は珍しいものらしい。
それは剣術の先生も例外ではなかったらしく「今日はこっちで受けるんだな。」と、素振りのアドバイスではないのに言葉をかけて貰ってしまった。
(アークはちゃんと相手見つけれるのかな……エト、デューク。体術だけでなく剣術でまでお守り役押し付けてごめんね。)
所定の回数の素振りを終え、そんなことを思っていたら手合わせを申し込まれる。
ここに連れてきたシオンは、まだせっせと素振りの回数を数えているところだ。
申し込まれる手合わせを一つ、二つと受けていく。
(確かにあまり動きたくないとは思ったけど……面白くないな。)
アシェルの笑顔は二人目にして早々に消え去っていた。
普段から剣術の手合わせの時は真剣に打ち合っているので大抵笑顔ではないのだが、それでも水分休憩で幼馴染と話す時はもちろん。
力量が拮抗する相手やこれから伸びそうな相手を見つけると、本人が自覚しないまま笑みを浮かべている。
のだが、今日は笑顔になるタイミングがなかった。
ここに連れてきたシオンとの手合わせが済んでいないので移動することもできず。
かと言って、そのシオンに申し込みをしようにも次々と手合わせを申し込まれてしまう。
「ねぇ、私はココから動かないから打ち込んでもらえる?」
いつもの笑みで手合わせを申し込んできた相手に言えば、当たり前のように戸惑われる。
そんな相手の反応は無視して、刃を潰してある授業用の剣先で肩幅ほどの半径の円を描いた。
そんな異様な光景に、アシェルとの手合わせの機会を伺っていた生徒達が、チラチラと視線を向けてくるのを感じる。
「ごめんね、私は人に教えるのは上手くないんだ。だからどこまで打ち合いを続けるべきか分からなくて。打ち合いで私をこの円から出した子とは本気で手合わせしてあげる。対戦時間が伸びると、相手できない人もでちゃうかもしれないから……どうかな?」
まるで他の生徒のための策だと言わんばかりのことを、アシェルは自分のために言う。
結局すんなりそれは受け入れられ、ほとんど動かないアシェルに決まり手を取られていく。
(あぁ、やっぱり面白くない。)
なんとかアシェルを円から出そうとする生徒達は、ある者は振った刃を受け流され体勢を崩したところを。ある者は大きく振りかぶった隙を。そしてある者は『身体強化』を使っているアシェルの力に押し負けて武器を手放してしまい、次々とリタイアしていく。
(武器飛ばすなんてノアよりひ弱なんじゃないの?文系よりひ弱な剣士ってどこに需要があるんだろうね。ちゃんと身体強化使ってるのかな?まさか貴族で身体強化使えないのに剣術の授業受けてるとかないよね?魔法学の基礎をしっかりやってからの方が良いんじゃないかな。)
(力押しする生徒はデューク以下だよね。普段は片手剣使うけど、あぁ見えてデュークは両手剣を普通に振り回すからね?しかも小手先のテクニックやフェイントに弱い。僕より力があっても技術がまだまだだよ。)
(遅い、遅すぎる。これでも僕はマリクの移動を眼で追うくらいできるんだけど。流石についていけないけど、僕より遅いんじゃスピードタイプは止めた方が良いんじゃないかな。ほら、やっぱり一撃が軽すぎる。)
無言で礼だけしながら、勝手にやってくる対戦相手をタイプ別に幼馴染を引き合いに出してこき下ろしていく。
そろそろ授業も終わりそうだという頃合いで、ようやくシオンがやってきた。
「アシェル様、僕も手合わせをお願いします!」
「うん、よろしくね。ルールは?」
「見てたので分かりますよ。ぜーったいアシェル様を本気にさせてみせますねっ。」
シオンはふんっとガッツポーズをして、気合十分であることが伺える。
「ふふふ、楽しみにしているね?」
二人は向き合い、開始の合図となる礼をした。
なんの抵抗もせずに蕩けた表情で、いつもより少し高い甘ったるい声でダメと言われても、男は興奮するだけだし、誘っているようにしか聞こえない。
いつもの笑顔で女性を口説くような甘いセリフを吐くときと違い、どう考えても意図せずに男の劣情を煽っているのだ。
「お願いだから……自分の身体を大事にしてくれ……。こんなことをしてる俺が言っても説得力はないが、それでも心配なんだ……。」
フカフカの布団と身体の間にアークエイドの腕が入ってきて、ぎゅっと息が苦しくなるくらい強く抱きしめられる。
その切実な声に、これでも自分の身体を大事にしているつもりのアシェルは、そんなに心配をかけてしまったのかと思った。
「あの……心配かけてごめん。でも、別に自分のことを蔑ろにしてるつもりはないよ?今日のだって、ちゃんと逃げる隙を探してたし。」
そういうと耳元で盛大な溜息を吐かれた。
顔は見えないが、呆れた表情をしたアークエイドが思い浮かぶ。
「だから?それでもあいつに好き勝手されてただろ。それに……今は?」
「好き勝手されてたかなぁ……?クリストファー先輩は、あの程度(の技術)で自信たっぷりな顔してたけど、あれなら確実に(テクニック的に)僕が勝てるからなぁ……。それに、アークは僕が嫌だって言ったら酷いことしないでしょ?あ、でも見えるところに印つけられるのは困る。またベルに怒られちゃう。」
「……とりあえず、俺の心配が全く伝わってないことは分かった。」
そう言ったアークエイドは、アシェルを抱き締めていた腕を解き身体を起こした。
そこにいるのはいつもの無表情に、少しだけ幼馴染にだけ分かる感情を乗せたアークエイドだ。
アシェルも向き合うように起き上がり座る。
「……所有印は消えるまで誰にも見せるな。……イザベルだけは許可する。」
「えぇ?全部は見えないけど、さっきやたらとつけてたよね!?首隠せる服あったかな、っていうか今夏なんだけど……いやいや、そもそも制服で隠れなくない?授業があるのに、コンシーラーで広範囲って消せるのかな……。」
「それはすまないと思ってる。……だが、簡単に襲われるアシェが悪い。」
「なんでそこで僕の責任になるの?先輩は痕付けてないから、圧倒的に悪いのはアークだからね??……まぁ、明日一日耐えればなんとか……なるかな……?とりあえず今日と明日はベルに頑張ってもらうしかないか。もう、今度は見えるところにはつけないでよね。」
そう言いながら立ち上がったアシェルは衣裳部屋の扉を開ける。
こちらは男物しか入ってないので、いつ開いても安心仕様だ。
「ねぇ、これ詰襟の服で隠れる?コレなんだけど。一応顎先ぎりぎりまであるんだけどさ。」
ノースリーブで、少し首周りに余裕があるものの詰襟になっている服を引っ張り出す。
「多分隠れると、思う……が隙間から見える可能性はある。」
流石に少し申し訳なさそうにしたアークエイドに言われる。
「まぁ、そこはベルにどうにかしてもらうよ。うちのベルは優秀だから。とりあえず今夜をどうにかしなきゃ。」
「わたくしがどうかしましたか、アシェル様?」
「!?」
この部屋に居るはずのない第三者の声にビックリして扉の方を見れば、そこにはイザベルが立っていた。
少し前からお話を聞いておりました、なんて澄ました顔で言っている。
「……鍵をかけていただろ。」
「チェーンロックのことかしら?これでもわたくし伯爵家の娘なのだけれど??あんなもの、ちょっと魔力操作ができる人間だったら簡単に外せるに決まってるでしょ。で?そんな気休めの鍵までかけて、アシェル様に何してたわけ?また苦情をいれなくちゃいけなかったかしら?それとも、アルフォードお義兄様達に報告されたいの??」
怒りを露わにした、使用人としての言葉遣いではなく素の言葉で話すイザベルに、アシェルは慌てる。
これはまだ丁寧なほうだ。
一応アークエイドの身分に配慮していると言えるが、いつ暴言を吐き出すか分かったものではない。
「べ、ベル、落ち着いて?」
「アシェル様もアシェル様よ?所有印つけて、お義兄様方にバレたら大騒ぎになるって分かってるでしょ?下手したら学院辞めさせられて監禁コースよ??二人とも、婚約者を作る前に火遊びがしたいなら良識の範囲内で。せめて人様にバレないようにやってくれないかしら?だ・れ・が、フォローしないといけないか分かってますよね?」
「すまない。」
「ごめんなさい。」
鼻息荒く説教したイザベルは、二人の謝罪に一先ず溜飲を下げる。
「……失礼しました。で、アシェル様はすぐそちらに着替えられますか?それでしたら、首元を薄くカバーするだけでどうにかなると思いますが。」
「あ、うん。っていうか、ベルが帰ってきたってことは晩御飯作らないと。着替えてキッチンに行くから、そこでお願いしてもいい?」
イザベルは5限目の料理の授業を終えて帰ってきたはずなので、そうこうしているうちに幼馴染達が集まるはずだった。
『ストレージ』から必要そうな素材を取り出し、大きなバスケットにこんもり乗せて渡す。
「えぇ、分かりました。……アークエイド様、もちろんお手伝いいただけますよね?」
「あぁ。」
有無を言わせないイザベルの言葉に頷いたアークエイドは、このまま夕飯作りを手伝わされることに決まったようだ。
(王子様を顎で使う侍女って……。)
この後無事、顎先まで首元を覆う服を着て、薄くファンデーションをはたいてもらったアシェルは、幼馴染達に情事の跡がバレることなく夕食を終えたのだった。
翌日。
イザベルの素晴らしい手腕で首に散らばる所有印をどうにか隠してもらい、一限目の魔術学を受けていた。
「はぁ……。」
いつも通り魔術学の授業を終え、アシェルは今日何度目かのため息を吐く。
それをイザベルが気遣わし気に見つめる。
「ねぇ、ベル。大丈夫かな?」
「アシェル様……ダメでしたら、諸悪の根源に匿ってもらうなりなんなりしてください。」
そういってアークエイドをじろりと睨んだ。
そのイザベルの視線に、アークエイドが申し訳なさそうに視線を彷徨わせる。
「そうだね……うん。このあとは剣術だけだし。頑張ってくるよ。ベルを不安にさせちゃってごめんね。」
「わたくしは構いませんわ。でもアシェル様。早く移動しないとお着替えの時間が無くなりますわよ?」
「わ、本当だ。またね、ベル。皆ごめんね、移動しようか。」
いつもと様子の違うアシェルを待ってくれていたようで、アシェルは慌てて剣術の授業を受ける幼馴染達と第三演習場に移動したのだった。
更衣室で剣術の運動着が、騎士服を模した詰襟の軍服もどきで良かった、と思いながら着替え手鏡で首元を確認する。
そしてぱっと見は綺麗な白肌に見えることに安堵する。
今日はなるべく動かないようにして、汗をかかないように注意しないといけない。
移動や着替えが遅くなったので慌てて演習場に出る。
「アシェル様、今日はゆっくりだったんですね。」
「こんにちは、シオン君。うん、少し幼馴染と話してたら遅くなってしまって。」
そう言ってアシェルは苦笑する。
シオンはいつも小動物のようなクリクリとした瞳を向けながら話しかけてくるので、その対応はしているのだが、正直なところ今日はあまり話しかけられたくない。
シオンは背丈も髪質も見た目の雰囲気も、兄のクリストファーとは似ても似つかないはずなのに、全く同じ薄浅葱色の髪の毛に瑠璃色の瞳をしている。
兄弟だから似ていて当たり前なのだが、その色に昨日のクリストファーが、アークエイドが、そして首元の所有印が脳裏に浮かんでくる。
「そうだったんですね。ねぇ、アシェル様。今日こそ僕とも手合わせして下さいよ。僕の友達もアシェル様の手合わせを見てて是非一度って。」
そう言ってウルっとした上目遣いに見上げられる。
相変わらず自分の武器をしっかり活用している。
普段シオン達のグループとは離れた場所で、相手を探して手合わせをしていることが多い。
というよりも、どんどん申し込まれる間に授業が終わるので、彼らの力量が解らなかった。
「そう言ってくれるのは嬉しいけれど、僕なんか大したことないよ?上手な人と手合わせをしたいならエトを紹介してあげるよ。」
いつも通りの笑みを浮かべて言えば、柔らかそうな頬がぷくーっと膨らんだ。
「違うんです、僕はアシェル様と一緒に授業を受けたいんですっ。あ、ほら、もう授業が始まりますよ、行きましょう?」
「え、ちょっと。」
「こっちですよ。」
そう言ってシオンはアシェルの手を引いて、アシェル達がいつも使っている一角とは離れた位置——普段シオン達がいる一角まで連れて行った。
そのアシェルより小柄なのに男らしい骨ばった手を無下に振り払うこともできず、そっと心の中でアークエイドのお守りを押し付けた形になった幼馴染二人に謝罪した。
ウォーミングアップ代わりの素振りが終わる。
いつも第二王子であるアークエイドと一緒にいるアシェルが、離れた場所で授業を受けている姿は珍しいものらしい。
それは剣術の先生も例外ではなかったらしく「今日はこっちで受けるんだな。」と、素振りのアドバイスではないのに言葉をかけて貰ってしまった。
(アークはちゃんと相手見つけれるのかな……エト、デューク。体術だけでなく剣術でまでお守り役押し付けてごめんね。)
所定の回数の素振りを終え、そんなことを思っていたら手合わせを申し込まれる。
ここに連れてきたシオンは、まだせっせと素振りの回数を数えているところだ。
申し込まれる手合わせを一つ、二つと受けていく。
(確かにあまり動きたくないとは思ったけど……面白くないな。)
アシェルの笑顔は二人目にして早々に消え去っていた。
普段から剣術の手合わせの時は真剣に打ち合っているので大抵笑顔ではないのだが、それでも水分休憩で幼馴染と話す時はもちろん。
力量が拮抗する相手やこれから伸びそうな相手を見つけると、本人が自覚しないまま笑みを浮かべている。
のだが、今日は笑顔になるタイミングがなかった。
ここに連れてきたシオンとの手合わせが済んでいないので移動することもできず。
かと言って、そのシオンに申し込みをしようにも次々と手合わせを申し込まれてしまう。
「ねぇ、私はココから動かないから打ち込んでもらえる?」
いつもの笑みで手合わせを申し込んできた相手に言えば、当たり前のように戸惑われる。
そんな相手の反応は無視して、刃を潰してある授業用の剣先で肩幅ほどの半径の円を描いた。
そんな異様な光景に、アシェルとの手合わせの機会を伺っていた生徒達が、チラチラと視線を向けてくるのを感じる。
「ごめんね、私は人に教えるのは上手くないんだ。だからどこまで打ち合いを続けるべきか分からなくて。打ち合いで私をこの円から出した子とは本気で手合わせしてあげる。対戦時間が伸びると、相手できない人もでちゃうかもしれないから……どうかな?」
まるで他の生徒のための策だと言わんばかりのことを、アシェルは自分のために言う。
結局すんなりそれは受け入れられ、ほとんど動かないアシェルに決まり手を取られていく。
(あぁ、やっぱり面白くない。)
なんとかアシェルを円から出そうとする生徒達は、ある者は振った刃を受け流され体勢を崩したところを。ある者は大きく振りかぶった隙を。そしてある者は『身体強化』を使っているアシェルの力に押し負けて武器を手放してしまい、次々とリタイアしていく。
(武器飛ばすなんてノアよりひ弱なんじゃないの?文系よりひ弱な剣士ってどこに需要があるんだろうね。ちゃんと身体強化使ってるのかな?まさか貴族で身体強化使えないのに剣術の授業受けてるとかないよね?魔法学の基礎をしっかりやってからの方が良いんじゃないかな。)
(力押しする生徒はデューク以下だよね。普段は片手剣使うけど、あぁ見えてデュークは両手剣を普通に振り回すからね?しかも小手先のテクニックやフェイントに弱い。僕より力があっても技術がまだまだだよ。)
(遅い、遅すぎる。これでも僕はマリクの移動を眼で追うくらいできるんだけど。流石についていけないけど、僕より遅いんじゃスピードタイプは止めた方が良いんじゃないかな。ほら、やっぱり一撃が軽すぎる。)
無言で礼だけしながら、勝手にやってくる対戦相手をタイプ別に幼馴染を引き合いに出してこき下ろしていく。
そろそろ授業も終わりそうだという頃合いで、ようやくシオンがやってきた。
「アシェル様、僕も手合わせをお願いします!」
「うん、よろしくね。ルールは?」
「見てたので分かりますよ。ぜーったいアシェル様を本気にさせてみせますねっ。」
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