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第二章 王立学院中等部一年生
62 メイディー公爵家のお仕事②
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Side:アシェル12歳 夏
生徒会執行部から自室に戻ったアシェルは、何故かアークエイドと共に実験室に居た。
しばらく錬金をやってやりまくることになるので、今日から皆で食べる夕食会は開催されない。
生活リズムも不定期になりがちなので、イザベルにも終わるまで侍女業は休みだと伝えている。
渋られたが、薬を作るときは自由に楽しんで作りたいので了承させた。
がっつり実験室に籠るために、帰室後早々にシャワーを浴びて、ゴムバンドのような革より簡易的な胸潰しに、綿の黒いズボンにダブルガーゼの開襟シャツという男物の寝間着に着替えていた。
胸潰しをつけたのは荷物の受け取りがあるからだ。
そして王宮と王立病院から依頼分の材料をアークエイドから受け取るために、部屋に通したのだが。
「本当に見てるの?」
鮮度の必要なものだけを『ストレージ』に仕舞い、他の材料はそれぞれ仕分けして棚やバスケットに並べ終えたところでアークエイドに聞く。
「ダメか?」
「いや、ダメじゃないけど……。授業も取ってるし、今更珍しいものじゃないでしょ。」
アークエイドはアシェルと一緒に錬金の授業に出ているので、多少機材の大小はあるが、手順そのものは変りないはずだ。
「一回でいくつも作るんだろう?どんな風に作るのか見てみたい。」
そう言われればダメと言う理由もなく、飲み物は勝手に飲んで、帰りたくなったら勝手に帰るように言った。
大きな鍋や、それに合う魔道コンロなどをいくつも部屋の中に出していく。
キッチンまで行くのは遠いので、水は隣の使用人室についてるミニキッチンから汲んできている。
元が書斎としての間取りなので仕方がないのだが、どうせ使用人室は空き部屋なので、最初から使用人室を実験室にしたら良かったなと今更ながらに思う。
いつもは魔法で水も出してしまうので、動線を考えていなかった。
そんなことを考えながら準備に漏れがないか確認してると、来客を告げるリーンリーンという澄んだ音が部屋に響いた。
「誰か来る予定だったのか?」
「いや、誰だろ?ベルだったら入ってくるもんね……。ちょっと出て話てくるから、ゆっくりしてて。」
「あぁ。」
応接間にあるインターホンの受話器を上げると、オートロックの扉の前に立つ人物が映し出される。
「あれ、シオン君?」
『はい、僕です。少しだけお時間良いですか?あ、お邪魔するとご迷惑ですかね??』
「いや、少しなら構わないよ。」
そう言ってオートロックの開錠ボタンを押し、お茶のセットを用意する。
少しと言っていたので要らないかもしれないが、一応お客様に何も出さないのは失礼だろう。
少ししてコンコン、と扉が叩かれたので、応接間に迎え入れる。
広すぎる応接間は、今は間の間仕切りを広げて区切っているので、5階の部屋でも少し広めなマリクの部屋の応接間と同じくらいの広さだ。
他の皆の部屋は一回りだけ今のココより狭い。
「お邪魔します。わぁ、やっぱり5階のお部屋は広いんですね。」
眼を輝かせるシオンに部屋番号を聞く。
部屋によって広さが変わるはずなので、確かに一般エリアの寮の中では一番広い応接間だ。
本当は倍の広さがあると知ったらもっと驚くんだろうなと思う。
アシェルだって目を疑ったのだから。
「シオン君の部屋はどこなの?」
「僕のこと聞いてくれるんですね!僕は404号室ですよ、この棟の。」
シオンは侯爵子息なので4階なのだろう。
エラートと同じフロアだ。
「あぁ、それだとココより確かに一回り小さいね。……ところで、夜にどうしたの?」
特に約束をした覚えもないし、今日は手合わせこそしたが、普段仲が良いというわけでもない。
というよりも、よく部屋番号を知っていたなと思う。
オートロックなので、部屋番号を知らなければインターホンで呼び出すことも出来ないのだ。
「明日からしばらく授業お休みするんですよね?」
「うん、いつまでとは決まってないけど、その予定だよ。」
確かに生徒会執行部で話をしたし、生徒会役員であるシオンはその場にいた。
話を知っていてもおかしくないのだが、それとこの訪問に何の意味があるのだろうか。
「しばらく会えなくなるかもって思ったら寂しくて、所有印の口止め料貰いに来ました。消えちゃうと口止め料もらえなくなるし、侍女って普通数えないから、お部屋なら1人ってことで良いかなって思って。本当に侍女が居ないとは思いませんでしたけど。だから所有印隠してないのかな?」
そう言いながら、向かいに座っていたシオンが移動してきて隣に座る。
指摘されてはじめて、お風呂上がりで隠していない所有印のことを思い出し、ハッと首元を触った。
「あはは、やっぱりアシェル様、お昼と一緒で所有印のこと忘れてたんですね?で、口止め料、貰っても良いですか?」
口ではそう聞きながらも、要求が叶うまで梃子でも動かないぞという強い意志を感じる瞳に、このままシオンを帰すことを諦めた。
「いいけど、ちゃんと口止め料払ったら帰ってもらえるかな?僕はまだやることがあるんだよね。」
なによりアークエイドを待たせているし、所有印を他の人に見られたことがバレると、物凄く怒られる気がする。
戻るのが遅いと様子を見に来てしまうかもしれないので、できればさっさと終わらせてさっさと退室していただきたい。
「もちろんです。」
しっかり言質を取ったうえで、アシェルはシオンの顎に手を添え上を向かせて口付けた。
身体が離れているとキスしにくいので、腰に手を回して少し引き寄せる。
様子を見るように角度を変えながらチュ、チュッと啄むようなキスを落とすと、それだけでシオンの表情が嬉しそうなものに変わる。
ぬるりと舌を滑り込ませれば、それは当然のように受け入れられ絡められた。
シオンの荒い吐息とピチャ、チュクという唾液の音がする。
(シオン君って、クリストファー先輩よりキス上手いんだよね。いや、先輩が下手なだけか。)
時折感じるゾクゾクとした感覚に蓋をして、シオンの表情が蕩けきるまで口付ける。
「……っぁ……ぁん……んぅ、はんぅ……。」
段々と荒い吐息に混じる嬌声の間隔が短く、高く大きな音になってきた。
そろそろ良いかと唇を離し、一回り小さい身体に回していた腕も離した。
熟れた蕩けそうな顔が泣きそうに歪んだ。
「……っ、ゃだぁ……。もっと、もっとしてぇ……。」
懇願するような声にアシェルは答える。
「ダメ。もう十分イイ思いしたでしょ?ちゃんと口止め料になってるはずだよ。」
「……うぅ……でも……。」
涙目で続きを要求するシオンを、終われば帰ると言っていたので叩き出してしまおうか、などと思う。
「へぇ、口止め料ね。」
「っ!?」
「……アーク。お客様が来てるのに、なんで出てきたの?」
いつからそこに居たのだろうか。
開いた扉に背を預けるようにしてアークエイドが立っていた。
なんでこの幼馴染は、アシェルのこういう場面に遭遇するのだろうか。
ピクリとアークエイドの眉が動く。
「なんで?戻るのが遅いから様子を見に来ただけだ。で、お客様に口止め料か。……本当に次から次へと。」
カツカツと近寄ってきてソファーの後ろに立ったアークエイドに、ヒョイと脇の下を持って抱き上げられ、その腕の中に包まれてしまう。
背中を包む温かい温もりへ抗議する。
「ちょ、アーク、離して。」
「他の男に見せるなって言ったよな?」
そう言ってアークエイドは、シオンを冷たいサファイアブルーの瞳で睨む。
この所有印をつけたのは俺だ、手を出すな、と忠告をこめて。
「見られたのはごめん。って、そもそもアークが悪いんだからねっ?なんで僕だけ謝らなきゃいけないのさ。ちゃんと言いふらされないようにしてるし良いじゃない。」
「何が良いのか解らない。それより……お客様に帰ってもらいたいんじゃないのか?」
「そりゃ、さっきその話をしてたんだけど……。こんな状態でごめんね、シオン君。悪いんだけど、今日はもう帰ってもらっても良い?」
抵抗したものの全く腕から逃がしてくれるつもりのないアークエイドに、もうっと言いながら置いてけぼりのシオンを見た。
「……所有印の相手は殿下か……。」
「ごめん、何て言ったの?聞き取れ——。」
「いえ、お邪魔してしまったみたいでごめんなさい。今日はお暇しますね。では、また。」
シオンは早口に言いながらアシェルの部屋を出て行った。
見送りの言葉を言う 暇もなかった。
「アーク、離して。」
「嫌だ。」
「ちょっと、歩けるってばっ。」
またヒョイっと脇の下から持ち上げられ、部屋の扉に鍵を掛けたアークエイドは、ソファの上に座った。
アシェルを股の間に座らせて、背後から抱えたまま。
「で?口止め料ってなんだ?」
首筋にかかる吐息にビクッと身体を震わせたアシェルは、怒っているのに見えないアークエイドの瞳に不安になる。
幼馴染達からあの嫌な眼を向けられたら、流石に立ち直れる自信がないが、声色しか分からないまま怒った人間と話すのはもっと怖い。
「話す、話すから、ちゃんと顔つき合わせて——。」
「別にこのままでも話せるだろ。」
「そうなんだけど……っん!?」
急にぺろりと耳を舐められた感触に身体が跳ねる。
「話す前に襲われたいか?」
そのいつもより低く色気を含んだ声に、きっとアークエイドはこういう時によくする、熱の籠っている瞳をアシェルに向けているんだろうなと感じた。
先程感じた不安や恐怖感が溶けて消えていったのを感じる。
「僕は襲われるより襲いたい派だって言ってるでしょ?もう、話すから悪戯しないで。」
そうは言ったもののどう説明したものかと悩む。
「えっと、今日剣術の授業、皆とはぐれてたでしょ?いつも手合わせしない人たちと戦ったんだけど、物凄く退屈でさ。ルール決めてやってたんだけど、それでも弱い人しかいなかったんだよね。」
「ルールは見かけたから知ってる。」
「まぁ、それで最後にシオン君とゲームしたんだけど、シオン君だけがクリアして、よし今からって時に授業が終わっちゃって。どうせ昼休みだしってそのまま手合わせしたんだよね。」
「それで一緒に昼は食べれない、とエトに伝言したのか。」
「そう。でね、楽しくてついやりすぎちゃって。シオン君もスピードタイプみたいだったから、スピード重視で彼の息が上がるまで打ち込んじゃったんだよね。」
「それがどうして口止め料に?」
「あー……動きすぎて汗かいたからクリーン使ったら、見えちゃったみたいで。……更衣室に戻されて、指摘されて……。」
言葉を濁すアシェルに「口止め料なら普通金品じゃないか?」という尤もな言葉がかかる。
「……キスされて、逃げれそうにないし。兄弟揃って僕のこと襲いやがって、ってちょっと頭に来てやり返したら、なんか良かったみたいで。それを口止め料として要求されました……。」
あれにやり返さなければ金品の要求で済んだのかな、でもやられっぱなしはやだな、なんて考えているアシェルの背後で、アークエイドは頭を抱えたくなった。
所有印をつけておけば、他人にバレないように距離を取るだろうと思ったのに、何故襲われる状況になるのか。
特にあのシオンは明らかにアシェルを狙っていたので、警戒していると思っていた。
しかも、どうせ逃げる時の選択肢に魔法を使うことは入っていないのだろう、いつものように。身体強化の一つでも使えば、相手が本気で力で抑え込まない限り逃げられるだろうにと思ってしまう。
仮に相手が本気でアシェルを抑えても、魔法を駆使すれば確実にアシェルは逃げられる。
「なぁ、昨日俺が身体を大事にしてくれって言ったのを覚えているか?心配だって。アシェのことが好きだから心配してるって、分かってるか?」
「うん、昨日言われたばかりだし覚えてるよ。心配してくれてるのも分かってる。僕だってアークのこと好きだし、なにかあれば心配するもの。皆そうでしょ?」
アークエイドの言葉の意味は今日も伝わらないまま、意味の違う好きが返ってくる。
「……。隙が多すぎるんだ。」
「どういう意、ひゃぁ!?」
また耳を舐めあげられ、離れる前にカプリと甘噛みされてしまう。
「こういう意味だ。快楽にも弱いみたいだしな?」
「…ゃ…、んっ……ふ、普通は。ぁ……こんなこと、しないからね!?」
熱の籠った声が吐息がかかる程近い場所で聞こえ、ゆっくりとアークエイドの長い指が首筋を撫でる。
その吐息と指が与えるくすぐったいようなゾクゾクとした快感に声が乱れる。
先程までのキスの余韻で身体が熱を持ってるみたいで、想定外の刺激が伝わってくる。
「あぁ、普通はしないな。」
じゃあなんで今?と聞こうとして、普通じゃないということは、またキスシーンの空気にあてられたのかと思い当たる。
「あてられてシたくなったなら、こんなことせずに素直にそう言ってよ。僕がまたシてあげるって言ったでしょ?ヌけばスッキリするんだから。」
「……それ、他の男にも言ってるんじゃないだろうな?」
声に含まれていた熱が消え、怒気を含んだものになる。
「言ってないよ。アークがムラムラしても、その辺の女の子引っかけて発散できないだろうからって思って言ってるのに、他の人に言うわけないじゃない。王子様にいたらどうかと思うけど、貴族なんて引っかけた愛妾の一人や二人囲うくらい、どうにでもなるでしょ?」
そもそもこれが王子様ではなく、そこら辺の一般市民であれば娼館にでも行けば済む話なのだ。
わざわざアシェルが相手をする必要はない。
「……そういえばそんなこと言ってたな。」
耳元の声が呆れに変わる。
抱き締められた腕が緩んだのを感じたので抜け出し、アークエイドの隣に腰掛けた。
ようやくサファイアブルーの瞳を観ることができる。
そこにあるのは呆れの色を映したいつもの瞳でほっとする。
「で、ヌくの?ヌかないの??」
「シなくていい。部屋に戻る。」
ぶっきらぼうに言われ時計を見る。
「そっか、そろそろ帰らないと使用人達が心配しちゃうか。もー、今度は早めに言いなよ?さっきくらいの時間があればどうにかしてあげれるから。」
アークエイドは、あくまでもアークエイドは雰囲気にあてられてムラムラしてしまったのだ、という前提を覆さないアシェルに、本当に気持ちが伝わる日は来るのだろうかと思ってしまう。
「俺が雰囲気にあてられることがないようにしてくれ。遅くまで悪かったな。」
立ち上がり扉までいくアークエイドを見送る。
「いやいや、雰囲気にって……アークがもの凄くいいタイミングで出没しすぎなんだからね?まぁ空気にあてられたとかじゃなくムラムラしたらいつでもいいから、他の女の子だけは引っかけないでね?じゃあ、おやすみ。」
「……おやすみ。またな。」
アークエイドが部屋を出たのを見送り終え、鍵を閉めてうーんと伸びをする。
「お年頃の男の子は大変だなぁ。さ、楽しい楽しい錬金タイムといきますか。あぁ、久しぶりの大量生産だよ。普段色々作るのも、たまには豪快に作るのもいいよね。」
先程までの状況からさっと頭を切り替えたアシェルは、いそいそと実験室に戻った。
その日からまるっと十日間、アシェルはリリアーデと共に受ける生物学の授業以外は研究室に籠って過ごしたのだった。
生徒会執行部から自室に戻ったアシェルは、何故かアークエイドと共に実験室に居た。
しばらく錬金をやってやりまくることになるので、今日から皆で食べる夕食会は開催されない。
生活リズムも不定期になりがちなので、イザベルにも終わるまで侍女業は休みだと伝えている。
渋られたが、薬を作るときは自由に楽しんで作りたいので了承させた。
がっつり実験室に籠るために、帰室後早々にシャワーを浴びて、ゴムバンドのような革より簡易的な胸潰しに、綿の黒いズボンにダブルガーゼの開襟シャツという男物の寝間着に着替えていた。
胸潰しをつけたのは荷物の受け取りがあるからだ。
そして王宮と王立病院から依頼分の材料をアークエイドから受け取るために、部屋に通したのだが。
「本当に見てるの?」
鮮度の必要なものだけを『ストレージ』に仕舞い、他の材料はそれぞれ仕分けして棚やバスケットに並べ終えたところでアークエイドに聞く。
「ダメか?」
「いや、ダメじゃないけど……。授業も取ってるし、今更珍しいものじゃないでしょ。」
アークエイドはアシェルと一緒に錬金の授業に出ているので、多少機材の大小はあるが、手順そのものは変りないはずだ。
「一回でいくつも作るんだろう?どんな風に作るのか見てみたい。」
そう言われればダメと言う理由もなく、飲み物は勝手に飲んで、帰りたくなったら勝手に帰るように言った。
大きな鍋や、それに合う魔道コンロなどをいくつも部屋の中に出していく。
キッチンまで行くのは遠いので、水は隣の使用人室についてるミニキッチンから汲んできている。
元が書斎としての間取りなので仕方がないのだが、どうせ使用人室は空き部屋なので、最初から使用人室を実験室にしたら良かったなと今更ながらに思う。
いつもは魔法で水も出してしまうので、動線を考えていなかった。
そんなことを考えながら準備に漏れがないか確認してると、来客を告げるリーンリーンという澄んだ音が部屋に響いた。
「誰か来る予定だったのか?」
「いや、誰だろ?ベルだったら入ってくるもんね……。ちょっと出て話てくるから、ゆっくりしてて。」
「あぁ。」
応接間にあるインターホンの受話器を上げると、オートロックの扉の前に立つ人物が映し出される。
「あれ、シオン君?」
『はい、僕です。少しだけお時間良いですか?あ、お邪魔するとご迷惑ですかね??』
「いや、少しなら構わないよ。」
そう言ってオートロックの開錠ボタンを押し、お茶のセットを用意する。
少しと言っていたので要らないかもしれないが、一応お客様に何も出さないのは失礼だろう。
少ししてコンコン、と扉が叩かれたので、応接間に迎え入れる。
広すぎる応接間は、今は間の間仕切りを広げて区切っているので、5階の部屋でも少し広めなマリクの部屋の応接間と同じくらいの広さだ。
他の皆の部屋は一回りだけ今のココより狭い。
「お邪魔します。わぁ、やっぱり5階のお部屋は広いんですね。」
眼を輝かせるシオンに部屋番号を聞く。
部屋によって広さが変わるはずなので、確かに一般エリアの寮の中では一番広い応接間だ。
本当は倍の広さがあると知ったらもっと驚くんだろうなと思う。
アシェルだって目を疑ったのだから。
「シオン君の部屋はどこなの?」
「僕のこと聞いてくれるんですね!僕は404号室ですよ、この棟の。」
シオンは侯爵子息なので4階なのだろう。
エラートと同じフロアだ。
「あぁ、それだとココより確かに一回り小さいね。……ところで、夜にどうしたの?」
特に約束をした覚えもないし、今日は手合わせこそしたが、普段仲が良いというわけでもない。
というよりも、よく部屋番号を知っていたなと思う。
オートロックなので、部屋番号を知らなければインターホンで呼び出すことも出来ないのだ。
「明日からしばらく授業お休みするんですよね?」
「うん、いつまでとは決まってないけど、その予定だよ。」
確かに生徒会執行部で話をしたし、生徒会役員であるシオンはその場にいた。
話を知っていてもおかしくないのだが、それとこの訪問に何の意味があるのだろうか。
「しばらく会えなくなるかもって思ったら寂しくて、所有印の口止め料貰いに来ました。消えちゃうと口止め料もらえなくなるし、侍女って普通数えないから、お部屋なら1人ってことで良いかなって思って。本当に侍女が居ないとは思いませんでしたけど。だから所有印隠してないのかな?」
そう言いながら、向かいに座っていたシオンが移動してきて隣に座る。
指摘されてはじめて、お風呂上がりで隠していない所有印のことを思い出し、ハッと首元を触った。
「あはは、やっぱりアシェル様、お昼と一緒で所有印のこと忘れてたんですね?で、口止め料、貰っても良いですか?」
口ではそう聞きながらも、要求が叶うまで梃子でも動かないぞという強い意志を感じる瞳に、このままシオンを帰すことを諦めた。
「いいけど、ちゃんと口止め料払ったら帰ってもらえるかな?僕はまだやることがあるんだよね。」
なによりアークエイドを待たせているし、所有印を他の人に見られたことがバレると、物凄く怒られる気がする。
戻るのが遅いと様子を見に来てしまうかもしれないので、できればさっさと終わらせてさっさと退室していただきたい。
「もちろんです。」
しっかり言質を取ったうえで、アシェルはシオンの顎に手を添え上を向かせて口付けた。
身体が離れているとキスしにくいので、腰に手を回して少し引き寄せる。
様子を見るように角度を変えながらチュ、チュッと啄むようなキスを落とすと、それだけでシオンの表情が嬉しそうなものに変わる。
ぬるりと舌を滑り込ませれば、それは当然のように受け入れられ絡められた。
シオンの荒い吐息とピチャ、チュクという唾液の音がする。
(シオン君って、クリストファー先輩よりキス上手いんだよね。いや、先輩が下手なだけか。)
時折感じるゾクゾクとした感覚に蓋をして、シオンの表情が蕩けきるまで口付ける。
「……っぁ……ぁん……んぅ、はんぅ……。」
段々と荒い吐息に混じる嬌声の間隔が短く、高く大きな音になってきた。
そろそろ良いかと唇を離し、一回り小さい身体に回していた腕も離した。
熟れた蕩けそうな顔が泣きそうに歪んだ。
「……っ、ゃだぁ……。もっと、もっとしてぇ……。」
懇願するような声にアシェルは答える。
「ダメ。もう十分イイ思いしたでしょ?ちゃんと口止め料になってるはずだよ。」
「……うぅ……でも……。」
涙目で続きを要求するシオンを、終われば帰ると言っていたので叩き出してしまおうか、などと思う。
「へぇ、口止め料ね。」
「っ!?」
「……アーク。お客様が来てるのに、なんで出てきたの?」
いつからそこに居たのだろうか。
開いた扉に背を預けるようにしてアークエイドが立っていた。
なんでこの幼馴染は、アシェルのこういう場面に遭遇するのだろうか。
ピクリとアークエイドの眉が動く。
「なんで?戻るのが遅いから様子を見に来ただけだ。で、お客様に口止め料か。……本当に次から次へと。」
カツカツと近寄ってきてソファーの後ろに立ったアークエイドに、ヒョイと脇の下を持って抱き上げられ、その腕の中に包まれてしまう。
背中を包む温かい温もりへ抗議する。
「ちょ、アーク、離して。」
「他の男に見せるなって言ったよな?」
そう言ってアークエイドは、シオンを冷たいサファイアブルーの瞳で睨む。
この所有印をつけたのは俺だ、手を出すな、と忠告をこめて。
「見られたのはごめん。って、そもそもアークが悪いんだからねっ?なんで僕だけ謝らなきゃいけないのさ。ちゃんと言いふらされないようにしてるし良いじゃない。」
「何が良いのか解らない。それより……お客様に帰ってもらいたいんじゃないのか?」
「そりゃ、さっきその話をしてたんだけど……。こんな状態でごめんね、シオン君。悪いんだけど、今日はもう帰ってもらっても良い?」
抵抗したものの全く腕から逃がしてくれるつもりのないアークエイドに、もうっと言いながら置いてけぼりのシオンを見た。
「……所有印の相手は殿下か……。」
「ごめん、何て言ったの?聞き取れ——。」
「いえ、お邪魔してしまったみたいでごめんなさい。今日はお暇しますね。では、また。」
シオンは早口に言いながらアシェルの部屋を出て行った。
見送りの言葉を言う 暇もなかった。
「アーク、離して。」
「嫌だ。」
「ちょっと、歩けるってばっ。」
またヒョイっと脇の下から持ち上げられ、部屋の扉に鍵を掛けたアークエイドは、ソファの上に座った。
アシェルを股の間に座らせて、背後から抱えたまま。
「で?口止め料ってなんだ?」
首筋にかかる吐息にビクッと身体を震わせたアシェルは、怒っているのに見えないアークエイドの瞳に不安になる。
幼馴染達からあの嫌な眼を向けられたら、流石に立ち直れる自信がないが、声色しか分からないまま怒った人間と話すのはもっと怖い。
「話す、話すから、ちゃんと顔つき合わせて——。」
「別にこのままでも話せるだろ。」
「そうなんだけど……っん!?」
急にぺろりと耳を舐められた感触に身体が跳ねる。
「話す前に襲われたいか?」
そのいつもより低く色気を含んだ声に、きっとアークエイドはこういう時によくする、熱の籠っている瞳をアシェルに向けているんだろうなと感じた。
先程感じた不安や恐怖感が溶けて消えていったのを感じる。
「僕は襲われるより襲いたい派だって言ってるでしょ?もう、話すから悪戯しないで。」
そうは言ったもののどう説明したものかと悩む。
「えっと、今日剣術の授業、皆とはぐれてたでしょ?いつも手合わせしない人たちと戦ったんだけど、物凄く退屈でさ。ルール決めてやってたんだけど、それでも弱い人しかいなかったんだよね。」
「ルールは見かけたから知ってる。」
「まぁ、それで最後にシオン君とゲームしたんだけど、シオン君だけがクリアして、よし今からって時に授業が終わっちゃって。どうせ昼休みだしってそのまま手合わせしたんだよね。」
「それで一緒に昼は食べれない、とエトに伝言したのか。」
「そう。でね、楽しくてついやりすぎちゃって。シオン君もスピードタイプみたいだったから、スピード重視で彼の息が上がるまで打ち込んじゃったんだよね。」
「それがどうして口止め料に?」
「あー……動きすぎて汗かいたからクリーン使ったら、見えちゃったみたいで。……更衣室に戻されて、指摘されて……。」
言葉を濁すアシェルに「口止め料なら普通金品じゃないか?」という尤もな言葉がかかる。
「……キスされて、逃げれそうにないし。兄弟揃って僕のこと襲いやがって、ってちょっと頭に来てやり返したら、なんか良かったみたいで。それを口止め料として要求されました……。」
あれにやり返さなければ金品の要求で済んだのかな、でもやられっぱなしはやだな、なんて考えているアシェルの背後で、アークエイドは頭を抱えたくなった。
所有印をつけておけば、他人にバレないように距離を取るだろうと思ったのに、何故襲われる状況になるのか。
特にあのシオンは明らかにアシェルを狙っていたので、警戒していると思っていた。
しかも、どうせ逃げる時の選択肢に魔法を使うことは入っていないのだろう、いつものように。身体強化の一つでも使えば、相手が本気で力で抑え込まない限り逃げられるだろうにと思ってしまう。
仮に相手が本気でアシェルを抑えても、魔法を駆使すれば確実にアシェルは逃げられる。
「なぁ、昨日俺が身体を大事にしてくれって言ったのを覚えているか?心配だって。アシェのことが好きだから心配してるって、分かってるか?」
「うん、昨日言われたばかりだし覚えてるよ。心配してくれてるのも分かってる。僕だってアークのこと好きだし、なにかあれば心配するもの。皆そうでしょ?」
アークエイドの言葉の意味は今日も伝わらないまま、意味の違う好きが返ってくる。
「……。隙が多すぎるんだ。」
「どういう意、ひゃぁ!?」
また耳を舐めあげられ、離れる前にカプリと甘噛みされてしまう。
「こういう意味だ。快楽にも弱いみたいだしな?」
「…ゃ…、んっ……ふ、普通は。ぁ……こんなこと、しないからね!?」
熱の籠った声が吐息がかかる程近い場所で聞こえ、ゆっくりとアークエイドの長い指が首筋を撫でる。
その吐息と指が与えるくすぐったいようなゾクゾクとした快感に声が乱れる。
先程までのキスの余韻で身体が熱を持ってるみたいで、想定外の刺激が伝わってくる。
「あぁ、普通はしないな。」
じゃあなんで今?と聞こうとして、普通じゃないということは、またキスシーンの空気にあてられたのかと思い当たる。
「あてられてシたくなったなら、こんなことせずに素直にそう言ってよ。僕がまたシてあげるって言ったでしょ?ヌけばスッキリするんだから。」
「……それ、他の男にも言ってるんじゃないだろうな?」
声に含まれていた熱が消え、怒気を含んだものになる。
「言ってないよ。アークがムラムラしても、その辺の女の子引っかけて発散できないだろうからって思って言ってるのに、他の人に言うわけないじゃない。王子様にいたらどうかと思うけど、貴族なんて引っかけた愛妾の一人や二人囲うくらい、どうにでもなるでしょ?」
そもそもこれが王子様ではなく、そこら辺の一般市民であれば娼館にでも行けば済む話なのだ。
わざわざアシェルが相手をする必要はない。
「……そういえばそんなこと言ってたな。」
耳元の声が呆れに変わる。
抱き締められた腕が緩んだのを感じたので抜け出し、アークエイドの隣に腰掛けた。
ようやくサファイアブルーの瞳を観ることができる。
そこにあるのは呆れの色を映したいつもの瞳でほっとする。
「で、ヌくの?ヌかないの??」
「シなくていい。部屋に戻る。」
ぶっきらぼうに言われ時計を見る。
「そっか、そろそろ帰らないと使用人達が心配しちゃうか。もー、今度は早めに言いなよ?さっきくらいの時間があればどうにかしてあげれるから。」
アークエイドは、あくまでもアークエイドは雰囲気にあてられてムラムラしてしまったのだ、という前提を覆さないアシェルに、本当に気持ちが伝わる日は来るのだろうかと思ってしまう。
「俺が雰囲気にあてられることがないようにしてくれ。遅くまで悪かったな。」
立ち上がり扉までいくアークエイドを見送る。
「いやいや、雰囲気にって……アークがもの凄くいいタイミングで出没しすぎなんだからね?まぁ空気にあてられたとかじゃなくムラムラしたらいつでもいいから、他の女の子だけは引っかけないでね?じゃあ、おやすみ。」
「……おやすみ。またな。」
アークエイドが部屋を出たのを見送り終え、鍵を閉めてうーんと伸びをする。
「お年頃の男の子は大変だなぁ。さ、楽しい楽しい錬金タイムといきますか。あぁ、久しぶりの大量生産だよ。普段色々作るのも、たまには豪快に作るのもいいよね。」
先程までの状況からさっと頭を切り替えたアシェルは、いそいそと実験室に戻った。
その日からまるっと十日間、アシェルはリリアーデと共に受ける生物学の授業以外は研究室に籠って過ごしたのだった。
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「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」
甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。
よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、
気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて――
しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!?
「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」
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ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。
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