氷の王子様と微笑みの男装令嬢

芯夜

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第二章 王立学院中等部一年生

79 学院祭一般公開日②

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Side:アシェル13歳 冬



第三演習所の救護室の扉を開けば、そこにはアルフォードが居た。

救護室と銘打っているが、ちゃんと演習場を観ることが出来るようになっている。
野球ドームのベンチみたいな場所だな、とアシェルは思ったものだ。

その広めの空間には、一般客から逃れて第三演習場を見に来ている生徒もいるようで制服姿が数人見える。
救護室はここだけだが、他は観客席として機能させているので、大半はそちらに行っているようだ。

「やっぱりアン兄様は、アル兄様と一緒にココに居ましたね。も、っ!?」

一緒に、と言おうとした言葉を言い終える間もなく、首根っこを掴まれて引っ張られた。
その引っ張った手の主に、じとっとした眼を向ける。

「アーク……静かにしててって言ったでしょ。」

「静かにしてるだろ。……知ってたな?」

そういうアークエイドの眼は、アレリオンとアルフォードに挟まれる形の青年を見ている。
ぱっと見は、アレリオンの従者のように見えなくもない。一人だけ背丈が抜きんでているが。

三人のは、二人のやり取りの行く末をにこにこと見守っている。

「うん。だから騒がないように忠告したでしょ。」

悪戯っぽく笑うアシェルを見て。
アークエイドだけでなく、他の幼馴染もアシェルの兄達と一緒に居る誰かは、アークエイドが思わず騒ぐ可能性がある人物だと分かったのだろう。

「ねぇ、アークが知らないってことは、アビー様も知らないの?」

「分からない。」

「ノアと俺で、アビー様探して伝えた方が良いか?」

「必要なら伝わってるから大丈夫だ。」

「なぁ、俺が分かるだけでも、かなり厳重なんだけど、ここ。そういうことだよな?」

「そういうことだな。」

「匂いはもっと居るよねー。大変だねー。」

「まぁ居るだろうな。」

幼馴染達の言葉に、アークエイドが律義に返していく。
その間もアシェルの首根っこは掴まれたままだ。

「ねぇ、そろそろ離して?」

「充電させるために連れてきたつもりだが、状況を見てからにしろ。離したら迷いなく抱き着きにいくだろうが。」

「据え膳でお預けなんて酷いよ、アーク。」

「……ここにするんじゃなかった。」

苦々しい表情で言ったアークエイドの手から解放される。

アークエイドのせいで乱れた襟元を整えていると、従者風の青年が口を開いた。

の負けだね。」

茶髪に薄い青の入った色付き眼鏡をかけた青年が笑う。

「……が居るとは思いませんでした。」

エイディはアークエイドのお忍びの時の名前だ。
ということは、アッシュはグレイニール第一王子のお忍びの名前なのだろう。

ここでは王太子殿下ではなく、ただのアッシュとして扱えということだ。

そのアッシュことグレイニールが、それにしてもとアシェルを見る。

「アシェル殿はここに来る前から知っていたんだろう?いつ気付いたんだい?」

「アン兄様が執事喫茶に並んでいる時からですね。」

なんでもないことのように答えたアシェルに、グレイニールの瞳は面白いものを見つけた子供の様に輝く。

「へぇ、どうして?」

「アッシュ様なら、アン兄様を見ていて知っていますよね。」

「くくっ、そうだね。アン同様、とっても過保護みたいだ。」

アシェルの予想通り、グレイニールは答えが解っていて聞いてきたようだ。
その周囲を置き去りにした会話にアークエイドが不満を漏らす。

「話が見えない。」

「メイディー家は元からに過保護気味だけど、輪をかけてアンとアシェル殿は過保護だねって話だよ。」

「……?」

グレイニールの言葉に、アークエイドは疑問符を浮かべる事しかできない。

「ねぇ、アル。ココと、君のココは同じ風景かな?」

「同じわけないですよね。観ようと思えば観えますけど、今日の兄上達のように常に観てるわけじゃないです。……それはアビーの傍に居ない俺への当てつけですか?」

グレイニールの問いにへ、むすっとしたアルフォードがいつもより少しだけ丁寧な言葉で答えた。

「まさか。私からしたらアルでも十分に過保護だからね。」

「アルは、もう少し頑張るべきだと思うけどね。今日だってどうにかできたはずでしょ。」

「そうですよ。普段だって、アビー様に断られたからって味見すらしないなんて。」

アルフォードのことを過保護だと言ったグレイニールとは別に、アレリオンとアシェルの非難の声が飛ぶ。
それにグレイニールは苦笑を返した。

「アッシュ……結局何の話なんだ?」

幼馴染達の声も代弁したであろうアークエイドの質問に、グレイニールはやれやれと溜め息を吐いた。

「守ってもらうなら、きちんと知っておかなくてはいけないよ。とは言え、何かが起こる直前まで私達には解らないけれどね。——アシェル殿、エイディに解るようにちゃんと説明してやってくれる?」

説明すると不要だとか魔力の無駄使いだとか言われそうで、アークエイドは知らないままでいいんじゃないかと思う。
アークエイドが知っていようが知っていまいが、アシェルはアシェルが安心するために魔法を使っているだけだ。

かと言って、お忍びではあるものの相手は王太子。
その言葉に逆らうのもどうなんだろうか。

アシェルは短い葛藤の末、口を開く。

「……周囲に知らない人が居る時は、常に周りをだけです。アークに危険がないように。」

「今、何を隠した?」

アークエイドの指摘に、やっぱり誤魔化せないかとアシェルは肩を落とした。
アシェル達がアークエイドの表情の変化が解るように、アークエイド達だってアシェルの微妙な変化に気付きやすい。
先程まで出ていた当たり障りのない言葉にしたのだが、アシェルの望む効果はなかったようだ。

「……怒らない?」

「内容による。怒るようなものなのか?」

「……学院祭の間、常に探査魔法サーチを使ってるだけ。」

観念したように口を割ったアシェルに、アークエイドを含め、幼馴染達が首を傾げる。

「常には魔力残量が気になるけど。それでも怒られるようなことでも、隠すことでもないよね?」

「俺やエト、リリィあたりが使うなら、枯渇も考慮しないとだけどな。アシェならそれも心配要らないだろ。」

アスノームの双子に答えたのはアルフォードだ。

「それは同じものがから、そう思うんだろ。ノアール。探査魔法サーチにかかるのは、この部屋の人数と一緒か?」

「え……。はい、そうです。」

探査魔法サーチ』を使ったノアールが返事をする。

「ってことは、アシェとおにーさんたちは、この匂いの人達もんだねー。やっと話が分かったよー。」

マリクが真っ先に答えに辿り着き、一人で満足そうに笑った。

「おい、マリク。どういうことだよ。」

探査魔法サーチをまともに使えないエラートの問いに、マリクはグレイニールの後ろを指さす。

「一番近いところだと、あそこにがするよー。それがアシェ達にはってことだよね?それって、ふつーに探査魔法サーチ使うより魔力も技術もひつよーだと思うんだよねー。」

確認するようなマリクの視線に、アシェルは一言「正解。」と返した。

「ねぇ、アッシュ様。コレ、護衛対象とその護衛達に聞かせる話じゃないと思うんですけど?下手に動き探られて、魔力が干渉したら厄介です。」

手の内を大勢に晒すようで嫌だ、という言葉だけは飲み込み、グレイニールに咎めるような眼を向ける。
ただ笑って流されてしまい、アシェルは肩を落とした。

「分かりました。……マリクの言う通り。マリクが匂いで判別してるのを、僕らは魔力で判別してるだけ。正しくは探査魔法サーチから伝わる感覚で、不自然なところが判るだけ、かな。だから顔は分からないけど、アッシュ様の後ろの人は、アッシュ様と同じくらいの背丈の人だし。ココに入ってからくっついてるアークの後ろのは、アークよりも背が高い。これくらいまでの情報なら、簡単に分かる。——あと、無力化も。」

アークエイドの後ろについた護衛は、アレリオンのことを知らない人材だったのか。
背丈の指摘したとたんに膨れ上がった殺気に、その護衛に対して『拘束バインド』を使う。

アシェルと三人の兄達、そして幼馴染以外の生徒に見える護衛達以外——幼馴染達は殺気に反応し、臨戦態勢を取っている。
流石に殺気の発生源は分かるようで、全員が今まで居た場所を飛びのいた。
殺気の発生源を中心にぽっかりと空白が出来てしまう。

「ねぇ、アッシュ。教育が足りてないんじゃないの?」

「すまない。——殺気を出すのを止めろ。抵抗する限り解放されないぞ。」

グレイニールの言葉で少し落ち着いたが、それでも殺気は漏れている。
その上、アシェルは拘束バインドを解こうとする魔力も感じている。

(御主人様の言いつけが守れない護衛飼い犬って、役立たずじゃない?)

実際に幼馴染達が臨戦態勢を崩さない辺り、殺気は垂れ流しと言うことだ。

「アッシュ様。役立たずこんなのをアークに近づけないでください。邪魔です。」

「姿を見せる前から殺気飛ばすとか、見つけてくれって言ってるようなもんだしな。」

「そもそも、いつまで無駄な抵抗しているんだろうね。アシェに手加減されてることも知らずに、滑稽だね。」

三者三様の感想を述べるメイディー家の兄妹はいつもの笑みではなく、今にも退屈だ、と言わんばかりの冷めた表情で言う。
普段の彼らを知るものが見れば、見間違いかと二度見してしまいそうなほど冷たい表情だ。

メイディー家の男達は総じて人当たりが良く、家族愛や友愛も強く慈悲深い。
それなのに大切なモノを守る為には、最良で最凶の手段を躊躇いなく取る強さと、非情さも持ち合わせている。

それは王族に対しても発揮されるようで、王族が望む望まず、知る知らないに関わらず、常に護衛として動いている。
近衛騎士が表の護衛なら、メイディー家の男達は陰の護衛だ。

愛情深くて慈悲深い反面、残忍で非情な一族。
グレイニールのメイディー家に対する認識だ。
恐らく彼らを深く知る者ほど、同じような感想に行き当たるのだろう。

「アシェル殿——。」

すぐに解放するように、と続けようとしたグレイニールはその先を口に出さず、弟を呼ぶ。
アークエイドが居なければグレイニールの指示を聞いたかもしれないが、今はアシェルのアークエイド護衛対象が居る。

アレリオンにとってはグレイニールが、アルフォードにとってはアビゲイルが一番の護衛対象であるように。
アシェルの一番はアークエイドだ。

「アーク。これは私の管轄外のようだ。」

そんなグレイニールの言葉の意味を正しく受け取ったアークエイドが、臨戦態勢を解き声を出す。

「アシェ、もういい。解放してやれ。」

「……解放してあげても良いけど。聞き分けの悪い子みたいだから、多分無駄だよ?」

護衛はよっぽど頭にきてるのか。
アシェルの魔法や魔力に抵抗しようとしたり、何か詠唱をしようとしている気配を感じるが、あまり魔力操作の精度は練習してないようだ。
練り上げられた魔力は簡単に解けて『解除キャンセル』できてしまう。
——王太子の護衛なので少しは楽しめると思ったのに、期待外れだ。

「そうだね……しようか。この子が今日一日、魔力が使えなくなるか。もしくは麻痺毒一本服用するか。どちらかを受け入れるのなら、無傷で解放してあげる。アークが選んでも良いし、君が選んでもいいよ。」

捕らえた護衛の気配遮断ステルス認識阻害インビジを、アシェルが『解除キャンセル』したので、その姿が誰の眼にも映るようになる。

悔しさと怒り、驚きを含んだ瞳にアシェルが映った。

その反抗的な目つきに、マリクの喉がグルゥゥと唸る音がする。

「魔力にしてやってくれ。アシェの麻痺毒は凶悪なんだ。前と同じのを使ったら、また医師達が難儀するだろ。」

「失礼な。ウォルナットで使った時よりも改良してるよ。」

あれよりか、と眉を顰めたアークエイドを無視して、アシェルはゆっくりと歩いて目の前の男に近づく。

そして男の目の前でにっこりと笑った。
緊張からかゴクリと鳴った男の喉から、心臓まで。アシェルはその白い指でなぞる。

「良かったね、アークご主人様が優しくて。ふふ、君にも解るかなぁ?ゆっくりと、僕の魔力が身体の中を侵食していくの。クスクス、怖いの?大丈夫だよ。ちゃんと明日には影響が無くなってるからね。でも、それまでに無理に魔力を練ろうとしたら保障はしないよ。ズタズタに綻びのある魔力回路の復元は、手間だし面倒なんだ。メイディー以外には治療できないと思ってね。」

心臓の位置に指を添えたまま楽しそうに笑うアシェルに対して、護衛の男はみるみるうちにその顔を青くしていく。
そして怒りと苦痛を通り越した瞳は、気味の悪い得体の知れないモノを見るような畏怖が籠ったものに代わる。

その瞳の色に、アシェルは笑みを消し眉根を寄せた。
コレはアシェルの嫌いな瞳だ。

「ソレは嫌いだなぁ……。はい、終わり。」

トン、と軽く指で心臓を押してやれば、ドシンと派手な音をたてて、男は簡単に尻餅をつく。
その身体は誰が見ても分かるくらいにガタガタと震えていた。

その様子に幼馴染達も臨戦態勢を解いた。
戦意の一欠片も残っていない男を、警戒する必要はない。

「アーク。誓って言うけどは破ってないからね。無傷で魔力回路しかいじってないから。」

あまりの男の怖がり様に、アークエイドが誤解をしてはいけないと思って言う。

「アシェが自分からしたを破るなんて、微塵も思ってないから安心しろ。」

「そう、良かった。」

そう言い、アシェルはアークエイドにいつも通りの笑みを浮かべる。
その様子に、兄達以外のこの場に居る人間達が安堵した。
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