氷の王子様と微笑みの男装令嬢

芯夜

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第二章 王立学院中等部一年生

108 パーティーの後②

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Side:アシェル13歳 冬



お風呂でイザベルから全身マッサージなど、至れり尽くせりでお世話をしてもらった。
バスローブ姿で脱衣所を出て、化粧台の前に立つ。

今からスキンケアタイムだ。

「アークエイド様はソファから動かないで下さいませ。アシェル様、失礼します。」

顔から足先までしっかりと、化粧水やクリームやらを塗り込まれる。
それが終われば椅子に座り、髪の毛に香油を塗ってドライヤーで乾かしてくれる。

「はい、もうよろしいですよ。お召し物はどうされますか?」

「今日はネグリジェは嫌。ズボンの寝間着が良い。」

「かしこまりました。」

いつもとは違う寝間着のリクエストだが、イザベルは文句も言わずにさっと用意をしてくれる。

室内は空調の魔道具で適温なので、冬でも綿の黒いズボンにダブルガーゼの開襟シャツだ。
ガウンだけはネル地の温かいものに替わっているが、室外に出る時に羽織るだけのものである。

「お待たせ。」

アークエイドの隣に腰掛けると、果実水の入ったグラスと、つまみやすい焼き菓子やチョコレートを盛り付けた皿が出てくる。

冷たいグラスをのんびり傾ける。
一人だとあまり水分を摂らないので、イザベルはこうやってタイミングを見て飲み物を差し出してくる。

「女性の寝支度は大変だな。」

「サーニャやベルはしっかり色々してくれるけど、僕一人だったらこんなに時間かからないよ。サーニャのマッサージは気持ち良かったでしょ?」

アシェルがお風呂に入っている間に、アークエイドはサーニャからスキンケアとマッサージを受けたはずだと当たりを付けて問えば、アークエイドは頷く。

「思わず寝てしまいそうになった。」

「分かる。サーニャもベルも、マッサージがすごく上手いんだよね。もう何度寝落ちしたことか。」

「くくっ、それはさぞ気持ち良い眠りだろうな。」

「すっごく気持ち良いよ。起きるのが残念なくらいだもの。そういえば、アークは食事とか大丈夫だった?他に何かいるなら用意してもらうけど。」

もう寝支度を終えたので、サーニャとイザベルを下がらせてあげたい。
二人もパーティーの準備などで疲れているはずだ。

「いや、大丈夫だ。珈琲も菓子も出してもらってるしな。」

「じゃあ、サーニャとベルを下げても良い?」

「あぁ。」

「サーニャ、ベルお疲れ様。今日はもう休んで良いよ。」

アシェルが声を掛ければ、壁際で待機していた二人がペコリと頭を下げる。

「寝る前のお飲み物だけ用意してまいります。」

「うん、お願い。」

二人が自室から出ていくと、アークエイドはアシェルの銀髪に指を絡め始める。
相変わらず熱の籠った瞳だ。

「まさか、アシェの私室に入れるなんて思ってなかった。」

「まぁ、普通は私室にお客様を泊めたりしないからね。今日の警備的にも、僕の安心のためにも仕方ないかな。」

「兄上も姉上も、兄達と一緒か傍にいるのが当たり前なんだな。今日の警備はどうなってるんだ?俺は聞いてないんだが。」

「目に見えてるものが全てだよ。ビックリするくらいスッキリしてる。」

「それは……。」

どう見ても護衛らしい護衛はロバートだけだ。
そのロバートすらお酒を飲んでアベルたちと談笑していたので、護衛と呼んでいいのか分からないが。

「まぁ、僕としては情報が少ないほうが楽なんだけどね。」

コンコンと扉が叩かれる。
入室を許可すると、トレイを持ったイザベルが入ってきた。

「アークエイド様の分も作ってまいりました。アシェル様の方にはラムを入れてあります。」

「ありがとう。」

ほかほかと湯気を上げるマグカップを受け取る。
ラム酒の良い香りが湯気と共に立ち昇っている。

「エッグノッグですが、アークエイド様はリキュールを入れますか?ラム酒、ブランデー、ウイスキーを御用意しておりますが。」

「ブランデーを少しだけ。」

「承りました。」

小さなボトルから中身を注ぎクルクルとかき混ぜた後、アークエイドの前にマグカップが置かれる。

「それではこれで下がらせていただきます。御用がありましたらお呼びください。」

「うん、ありがとう。おやすみ、ベル。」

「おやすみなさいませ。」

今度こそ本当にイザベルは出ていき、アークエイドと二人っきりになった。

ラム酒をたっぷり入れたエッグノッグは、飲めば身体がぽかぽかと温まってくる。

ドレスを着た日は寝つきが悪くなるアシェルの為に、サーニャがエッグノッグを作ってくれ出したのが始まりだ。
冒険者登録をしたあたりから、リキュールもいれてくれるようになった。

飲酒は16歳からだが、こういう飲み物や菓子に混ぜている分には問題ないらしい。
なんとなく、お菓子売り場に売っていたアルコール入りのチョコレートを思い出してしまう。

「メイディー家では、寝る前にエッグノッグを飲むのか?」

「ううん、僕だけ。毎日飲むわけじゃないしね。」

「そっちも少し貰ってもいいか?」

「どうぞ。」

アシェルのマグカップを受け取って口をつけたアークエイドは、一口飲んで眉を顰める。

「酒精が強くないか?」

「寝やすくなるから、これくらいの方が好きなんだよね。」

「寝やすく?アシェは寝つきが良いほうだと思うが。」

マグカップを返してもらって、また口に含む。
今日は熟睡するわけじゃないが、それでもこのエッグノッグは欠かせない。
サーニャやイザベルの気遣いが伝わってくる、アシェルの癒しの時間だ。

「普段はね。でもこういう日はダメなんだ。ドレスじゃなければ、今日もこれは要らなかったんだけどね。」

「ドレス……アシェの嫌な眼のせいか?」

「うん、そうみたい。気にしてないつもりなんだけどね。あまりにも僕の寝つきが悪くなるから、邸でドレスを着た日はこうやって、サーニャかベルがエッグノッグを作ってくれるようになったんだ。美味しいでしょ?」

「あぁ。」

甘くて滑らかで、ラム酒で少し辛いエッグノッグを飲み干すと、身体がぽかぽかして心まで温まる。

アークエイドも飲み干したのを確認して、マグカップの中に『水』を少し入れておく。
明日イザベルが片付けてくれるが、玉子と牛乳を使ったエッグノッグのカップは乾くと汚れが取れにくくなるのだ。

「さ、寝よう。お布団一緒で良いでしょ?嫌なら僕はソファで寝るけど。」

「嫌なわけないだろ。でも良いのか?」

「何を今更。お父様も好きにしろって言ってたし大丈夫だよ。」

寝台へアークエイドを追いやり、部屋の灯を落とす。
入り口付近の足元だけがほんのりと明るいだけの部屋を、寝台まで移動して布団に潜り込んだ。

横になると、当然のようにアークエイドの腕の中に閉じ込められた。

「アシェの身体がいつもより温かいな。」

「エッグノッグのお陰だよ。」

「アシェの白い肌が朱色に染まってて綺麗だ。」

チュッと唇にキスをされる。
かなり間近にあるアークエイドの表情は見えるが、部屋はかなり薄暗い。
ほんのり紅くはなっているだろうが、そんなに良く見えるものだろうか。

「くくっ、アシェの事はしっかり見えてるぞ。これでも王家は夜目が効く方なんだ。このくらいの明るさなら、部屋の中を自由に動けるくらいだ。闇魔法と相性が良いのも関係してるのかもな。」

「それって、僕があまり見えないくらい暗くても、アークなら見えるかなんとなく分かるってことだよね。なんかズルい。」

「体質だ。アシェだって分解するのは体質だろ。」

「そう言われると……。って、話してたらアークが寝れないでしょ。おやすみ。」

なんとなくお喋りを続けているが、もう良い時間のはずだ。
いくら明日の朝ご飯が遅めとはいえ、喋り続けているとアークエイドの睡眠時間が無くなってしまう。

「どうせアシェは寝ないんだろ。なら、もう少し起きてこうしていたい。」

「仮眠は取るよ。お父様は寝るつもりないみたいだけどね。」

アシェルの部屋の外は、アベルの密度が高い魔力の波が満ちている。

アレリオンとアルフォードの魔力は少し落ち着いたものになったので、それぞれの自室までは観てないが、もう仮眠を取ってるのだろう。

「結局、探査魔法サーチは使いっぱなしなんだろ。それは寝てないのと一緒だ。なんでそこまでしてくれるんだ?」

「なんでって……こういうものだと思ってるから、理由なんて考えたことないよ。魔力操作の精度を上げる訓練やこういったことも、きっちり小さい時から訓練してるし、出来るだけの実力もあると思ってるし。王族って命を狙われやすいんでしょ。陛下も色々大変だったらしいって聞いてるし、王弟殿下は事故で命を落としてるって聞いてるよ。まぁ、強いて理由を付けるなら、自分が安心するためかな。出来ることをしないで、後で後悔したくないしね。」

「そんなことまで聞いてるのか。……アシェと一緒なら大丈夫だとは思うが、枕の下に懐剣だけ入れておいても良いか?普段寝る時には入れてるんだが、今までは流石に失礼かと思って入れてなかったんだ。」

アークエイドはちょっぴり申し訳なさそうに言うが、むしろ身を守るものなので必要なら用意しておいてほしいものだ。

「あ、やっぱりそういう習慣はあるんだね。気にせずにどうぞ。緊急時はストレージから出すのかなとか思ってたけど、咄嗟の時だと慣れた位置にないと困るもんね。」

アシェルが許可を出すと、アークエイドは『ストレージ』から懐剣を取り出し、枕の下に仕舞いこむ。

「今までに何度か世話になってるからな。まぁ、ある意味厳重な警備の中、ここまで辿り着けたら大したもんだが。」

「まぁ、まずお父様の魔力に気付くか気付かないかで結果は変わるよね。気付かなければあっさり捕まるだろうし、気付いたなら悩むと思うよ。少なくとも僕は足を踏み入れたくないかな……今日くらい濃密だと、偽装もかなり神経使わないと駄目だもの。若干ゆとりがある場所は、魔力を抑えるってよりも僕達に譲ってくれてるだけだしね。」

「アシェがどんな世界を観てるのか、俺にはさっぱり分からないな。自分に近いところの、アシェの魔力なら少しは判別がつくようになったんだが。」

「ほんとに?凄いじゃない。訓練しても誰の魔力か判らなかったり、そもそも知覚できない人も多いってお父様が言ってたよ。僕以外の魔力は観えないの?」

「判るのはアシェの魔力だけだ。他の魔力は少しなら分かるが、誰のものかまでは判らないしな。それにアシェの魔力が判ると言っても、アシェから伸びている分だけだ。持続的に使ってないと判らない。」

それでも誰かの魔力を知覚するには、センスも努力も必要だ。
アークエイドならアシェルの魔力だけでも、訓練を積めばしっかり判るようになるかもしれない。

「ねぇ、アーク。たまにで良いから、僕の魔力を観る訓練がてら遊ばない?魔力操作の訓練にもなるよ。」

「遊び……内容は?」

「バインドを解くだけだよ。隙間を解く時に、僕の魔力が邪魔をするでしょ?魔力の知覚が出来れば、どんな動きで邪魔してくるかが分かるから、それに対応しつつキャンセルまで持っていくんだ。本来は時間制限有りでやるんだけど、アークにそれはまだ無理だからね。まずは観ることに慣れるために、一回にじっくり時間をかける感じになるかな。」

この遊びはバインドをかけた術者が優位だ。
時間さえかければ上手く相手のバインドをキャンセルできるが、時間制限有りだと如何に相手の妨害をかい潜って、素早く精密に解きにかかるかが重要だ。

メルティーとイザベルも、この遊びで兄妹の魔力だけは識別できるようになっている。魔力操作の練度も上がった。

「前にアシェが楽しそうに俺の邪魔をしたのを、忘れてないぞ。つまりは、あれをやるって事だろ?」

「前……あぁ、味見の時のか。あんな感じかな。でもあの時はかなり手を抜いてた方だよ?ちゃんと解ける寸前まではいけてたでしょ?」

兄妹間であんなことをすれば一瞬でキャンセルされてしまう。

クスクスと笑うアシェルの目の前で、小さな溜め息が吐かれた。

「あぁ、かなり意地悪だった。わざとだろ。」

「だって、あの時はあれでも頑張って自制してたんだよ。それにガチガチに固めちゃうと、解く気すら起きないでしょ?頑張って抵抗してくれないと、めちゃくちゃにしちゃいそうだったんだもん。」

我ながらよくあれだけで、アークエイドを解放してあげようという気になったなと思うくらいだ。
その気遣いはアークエイドに見事に無視されたわけだが。

「めちゃくちゃって……なにするつもりだったんだ。割と……マニアックだったと思うんだが。」

「まぁ、初心者にはちょっぴりハードだったかなって思ったけど、そこまでマニアックなことはしてないと思うんだけどな。」

「人に口を開かせて唾液を飲ませたり、俺が出したのをわざわざ見せつけて飲み込むのが、マニアックじゃないって言うのか?」

「どっちもアークが恥ずかしそうな表情をしてくれて、僕は満足だったよ。」

「……俺はアシェが蕩けた表情をするのが見たい。」

腰に回されている腕に身体を引き寄せられ、足を絡められて二人の身体が密着する。
近かったアークエイドの顔がさらに近くなり、暗がりでも澄んで見えるサファイアブルーの熱を持った瞳が、じっとアシェルを見つめている。

「僕はアークが気持ち良くなってくれたら、それで良いんだけど。……んっ……。」

「くくっ。そうは言うが、アシェの弱いところは知ってるからな。」

不意に耳から首筋を指で撫でられ声が漏れた。
それを見たアークエイドは楽しそうに笑っている。

「全部忘れて。」

「無理な相談だな。」

チュッと唇に啄むようなキスが何度か落とされて舌が入ってくる。
その舌に応じながら、ゆっくりとアークエイドの口の中へ侵入していく。

初めての頃のぎこちなさがなくなり上達したなと思うが、まだまだアシェルの方が上だ。

「……っ、はぁ……。……キスだけは、アシェに勝てる気がしない。」

「ふふ、これだけは負ける気はないからね。」

少し荒い息のアークエイドにぎゅうっと抱きしめられる。
かなり力が入っていて痛いくらいだ。

「ちょ、さすがに苦しいっ。」

「あぁ、悪い。俺の腕の中にいるのに、俺のモノじゃないんだなと思うと。」

「僕は誰のモノでもないからね。アークが僕を恋人としてじゃなく、戦友や主治医として隣に立って欲しいって言うなら、二つ返事で頷いたと思うんだけどね。」

「それは俺の望む関係じゃない。」

「知ってる。でも、僕には特別な好きが解らないし、家庭を持つビジョンも見えないんだよね。リリィ的に言うなら、精神年齢はプラス20位なんだけどね。」

いつ自分が死んだかなんて覚えてないが、大体20年くらいは生きていたと思う。

「前世は関係ないだろ。家庭を持つと言っても難しい話じゃない。普通に結婚して、恵まれれば子供が居て。こうやって一緒に過ごす存在だ。」

「その普通が解らないんだよ。我が家は仲が良いほうだと思うけど、僕の知ってる家族像とはちょっと違うし。貴族だからかもだけど。」

「アシェの思う家族像ってどんなのだ?」

「お父さんとお母さんが居て、兄妹はいたりいなかったりで。お休みの日には家族で遊びに出かけたり、ご飯の時間以外でもテレビとか見ながら、リビングで一家団欒するイメージ。」

「てれび?」

そういえばこの世界にテレビはない。
アシェルの描く家族像は前世の影響をしっかり受けているので、つい口にしてしまった。

「映像が映る娯楽かな。劇が誰の家でも手軽に楽しめる感じだと思って。」

「なるほどな……アシェのイメージは貴族というより、平民の家庭に近いんだろうな。貴族で遊びに出掛けるとなると、視察を兼ねた旅行だったり、どこかのパーティーに出たりお茶会をしたり……そういうのになるんじゃないかと思う。」

「やっぱり貴族ってちょっと違うんだね。なんとなく思ってたけど。あとは、子供を産んで育てる自信が全くない。孤児院出身だから、小さい子のお世話は得意なはずなんだけど、なんでか忌避感があるんだよね……。ずっと母親が居ない生活してるからかなって思ってるけど、原因を探ろうとすると頭痛がするんだよね……だから、原因不明。」

それこそ乳飲み子から思春期まで。
色々な世代の子供と過ごして、お世話もしてきたのだ。

育児についても、図書館で本を借りて勉強した覚えがある。

子供が出来てたら育てたいとは思うのに、積極的に生みたいとは思わないのだ。
そこに何かが引っかかっているのに、やっぱりアシェルの記憶には蓋がされていて、考えようとすると頭痛がしてくる。

「頭痛って……あんまり良くないんじゃないか?アベル医務官長には相談したのか??」

「してないよ。何て説明するのさ、授け子でもないのに。まぁそんなわけで、今の僕は特別な好きも分からなければ、結婚っていうのもなぁって状態。今年に入ってから、なんか昔の記憶を思い出すと、頭が痛くなる時があるんだよね……。でも、共通点もないし、ただ単に思い出せないだけなのかなって思うけど。それもなんか違う気がして、釈然としないんだよね。」

「無理に思い出す必要はないと思うが。この前の幼馴染が見えたって言ってた時……頭痛がしてたんじゃないか?」

「……してた。アークが声をかけてくれて頭痛は収まったけど。気にしないようにしてるんだけど、どうしても今まで思い出してた記憶の、靄みたいな中にある感じと違って。蓋がしてあるような……全く片鱗も見えないし、記憶に拒絶されてるみたいな……。今も昔も、物覚えは悪くなかったはずなのに、思い出せないことがあるのが気持ち悪いのかもしれない。思い出したところで、僕には関係ないことなんだと思うんだけどね。」

「アシェがどこか違うところを見てたら、俺が連れ戻してやる。ただ、あまり頭痛が酷いようなら、記憶のことも含めてアベル医務官長に相談したほうが良い。そのハードルが高いなら、長兄に相談してみろ。アシェが言うことを疑ったりしないだろうから。」

「うーん……お父様に話すと、僕がモルモットになりそう……。モルモットってこっちにはいないんだっけ?実験動物……実験に使う生き物扱いされそう。多分、どこまで思い出せて思い出せないのか、何に対して頭痛がするのか、根掘り葉掘り聞かれて纏められると思うんだよね……。お父様が王宮に出仕しなくても良いなら話すけど?」

心配はしてくれるだろうが、どちらかというと精神的なモノへのアプローチだとか、記憶についてだとかを研究し始める気がする。
アシェルも他人事だったらやる可能性があるので、きっとアベルも同じような発想に辿り着くはずだ。
当事者として、モルモットにはなりたくない。

「それは困るな。アベル医務官長は腕が良いんだ。来賓がある時は必ずいて貰わないといけないくらいだからな。実の娘なら、心配が先に来て親身になってくれるんじゃないのか?」

「くるわけないじゃん。僕だったら、じっくり調書取るもん。緊急性がないから、治療やケアなんてしっかり考察が終わってからだよ。お父様も絶対同じこと思うと思うよ。実験と研究に対する取り組み方は、僕とお父様の考えが一番近いから、確実だと思う。」

「アシェ……その自信はどうなんだ。まぁ、アシェらしいと言えば、アシェらしいか。なぁ、一つ聞いておきたいんだが。もし結婚して貴族としてじゃなく平民のように暮らすのなら、結婚は考えられるのか?」

話が唐突に変わって、少し思案して答える。

「子供産んで育てるのに忌避感があるのに、難しくない?それに、アークが平民にはなれないでしょ。その全く誤魔化しようがない髪の毛で平民なんて、無理がありすぎるよ。食事や衣類なんかも全部ランク落とさないといけないんだよ?着るもの一つとっても、肌触りから違うんだから。一般的な平民の暮らしを知ってるけど、かなり質素だからね?」

平民の暮らしについてはリサーチ済みだ。
孤児院への寄付との兼ね合いで、しっかり平民の底辺から上流階級まで調べた事がある。

魔道具があるのでライフライン的にはしっかりしているが、食事や衣類は上等とは言い難い。
そこは前世の方が充実していたと思う。

衣類は古着がメインで売られていたりするし、食事はお肉と野菜が少し入ったスープにパンだけだったりする。
それも三食じゃなくて、二食しか食べない家もあった。

リスクが付きまとう分、冒険者をやっている者の方が食事に関しては豪華なくらいだ。

「もしもだ。別にアシェと一緒になれるなら、子供はいなくてもいいし、質素でも構わない。まぁ、稼いで質素な暮らしなんてさせないけどな。アシェとの子供は可愛いだろうが、それよりはアシェの方が大事だ。ところで、なんでそんなこと知ってるんだ?」

「王族の愛って凄いね……。アンジェラ様が厄介って言ってたけど、ちょっと納得しそうかも。平民の暮らしについては、寄付とかの兼ね合いで知ってるだけだよ。平均を知っておかないとね。過剰な寄付は毒にしかならないから。」

「家を出て市井に下る為、とかじゃないんだな?」

それは夏休みのストレス発散の時に少し考えたが、トータルで考えて却下したやつだ。
メイディー邸の庭にある素材の宝庫を捨てることは出来ない。

「ちょっとストレス発散しに行った時に考えなくもなかったけど、それはないって結論に至ったから大丈夫だよ。」

「理由は?」

「心配性だなぁ。市井に下りちゃうと貴族籍じゃなくなるから、邸に戻ってこれなくなるでしょ。我が家の庭の素材が入手できなくなるのは、損失でしかないと思うんだよね。せっかく庭師が良い状態に保ってくれてる素材がタダで手に入るし。状態を見て自分好みの収穫も加工も出来るしね。買っても良いんだけど、やっぱり地域的に入手しづらいものもあるし、状態が良くないのもあるから、手摘みが一番だよね。」

「結局は錬金関連が一番の理由なのか……。」

「当たり前じゃん。僕の生き甲斐で、資金源だよ。何百何千とある組み合わせで、自分なりの最高傑作が出来たと思ったら、ある時不意にそれより良いモノが出来たりして。それすらも楽しくて止められないよね。時間と素材さえあれば、ずっと実験室に引きこもっていたいもの。」

「それは……冬休みも籠るのか?できたらデートに誘いたいんだが。」

「そこは未定。ベル次第かなぁ……アークに見てもらうって言っておいたら大丈夫かな……。考えておくから、また冬休みに入る直前くらいに誘ってくれる?それまでには結論出しておくから。」

「分かった。」

「ん……ちょっと集中するから、静かにしててね。あ、敵襲とかじゃないから。」

廊下や庭に張り巡らせているアシェルの探査魔法サーチを、アベルの魔力の波が塗り潰そうとしているのを感じる。

暇潰しに遊びに誘われたのかと抵抗してみるが、抵抗した部分はスッと魔力が引かれる。
ならばと範囲を狭くすれば、そこを埋めるように魔力が覆っていった。

「これは……もう寝ろってことかな……。」

一気に寝台だけを覆う形に密度を上げて、周囲にアベルの魔力を感知するためだけの波を出すと、寝台以外は覆われた。
寝台の中にまで入ってくる気はないようだ。

薄く広げた魔力で確認すれば、アレリオンやアルフォードの部屋も同じような現象が起きている。
二人の魔力の波は消えてるので、探査魔法サーチを使ってないようだ。

アシェルもアベルに甘えて魔力の放出を止めた。

「うん、やっぱりそうだね。お父様がもう寝なさいって言ってるみたい。仮眠じゃなくて、しっかり寝ろって。」

「なんでそう思うんだ?話してたわけじゃないよな?」

「魔力の具合で。干渉してきたから、最初は暇潰しに遊ぶのかなって思ったけど、そうじゃなかったから。この寝台以外は、部屋の中にお父様の魔力が満ちてるよ。寝台の中にまで干渉するつもりはないみたい。」

「それは……安心していいのか?色々と。」

「大丈夫だよ。きっちり陛下達と同じくらいの警戒度だから。」

「そういう意味じゃなくてだな……。魔力の波で観えるんだろ?寝台まで魔力を伸ばしたら、俺がアシェを抱きしめてるのも分かるわけだろ。」

それは確実に観える。
だがアベルは部屋の中でのことは無かったことにするようだし、わざわざそこまで干渉してくることは無いだろう。

「ふふ、観ようと思えば観れるけど、それはしないよ。部屋割り決めた時にも言ってたし、魔力の感じもそうだしね。あんまり時間はないかもだけど、せっかくだし寝ちゃおう。明日は多分、良い時間にベルが起こしてくれるから。」

「そうだな。おやすみアシェ。」

チュッと頬にキスをもらったので、アシェルからも返しておく。

「おやすみ、アーク。」

アークエイドの腕の中で瞳を閉じれば、温かな温もりにすぐに睡魔はやってくる。
相変わらずの速さで寝入ったアシェルに、アークエイドは安堵しつつ寝入ったのだった。

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