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第三章 王立学院中等部二年生
121 三の森二日目④
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Side:アシェル13歳 春
アシェル達四人揃って、アーニャとトーマの様子を見に行く。
「あ、アシェルさんー。お話合い終わりましたか??一個目は私もトーマさんもすんなり外せたんですけど、二つ目がどうしても解けなくて。キャンセルかけても外れないし、でもどこが分離できてないか解らないんですよ。」
涙目のアーニャと、真剣に頑張っているトーマの頭をポンポンと撫でる。
「二人とも、あと一か所解けてないだけなんだよ。見やすい隙間から入って、解したつもりになってるだけ。一度ゆっくりと全体を見直してごらん。」
アシェルのアドバイス通りに、二人の魔力が移動を始める。
「「あっ、ありました!」」
二人同時に叫び、僅かに早く解き終えたアーニャから二つ目の手錠を解除し、一拍置いてトーマが担当する二つ目も消えた。
ようやく手錠から解放された二人は、うーんと大きな伸びをした。
二人はマリクとエラートに連れていかれ、今からガルドとジンの訓練が始まるようだ。
「じゃあ、最後はユウナの手錠を外してみようか。」
ジンが座っていたユウナの隣の椅子に腰かけ、アークエイドをガルドが座っていた椅子に座らせる。
腕を動かせずに座っているだけのユウナは、こっくりこっくりと船を漕いでいた。
あまりにも暇だったのだろう。
ユウナにアーニャとトーマが群がったのを見ながら、今日はもう一人の訓練もだ。
「アークも僕のバインドをキャンセルする練習しよっか。」
「笑顔で言ってるが、あいつらとは違うメニューだろ。」
「当たり前でしょ。あんなの、アークはあっさり解いちゃうじゃない。」
そんなアシェルの言葉に、今そのバインドを解こうとしている二人は「え、これを?」と驚いている。
「ふふ、どんな構造と嫌がらせにしようかなぁ。制限時間なしだから、たっぷり遊べるもんね。アークの場合キャンセルの練習じゃなくて、魔力操作精度と僕の魔力を知覚するための訓練だから、とびっきり意地悪でもいいかな?」
うきうきと楽しそうなアシェルに、アークエイドは一言「やめてくれ。」とだけ伝えた。
アークエイドの訓練と称して、アシェルが遊ぶのが目に見えている。
名目は訓練だが、恐らくさっきの粗悪品のせいで、少なからずストレスが溜まっているのだろう。
「しょうがないなぁ。じゃあ、これくらいでどう?まずは、解くんじゃなくて、構造を見てもらっていいよ。解き始めたら邪魔するからね。」
こくりと頷いたアークエイドは、魔力を通して全体の構造を把握していく。
邪魔が無ければ、キャンセルするのは難しくない構造だ。
「良いか?」
「いつでも。」
アークエイドの魔力が、アシェルのバインドを解こうと抵抗を始めたのを感じた。
それをある程度解かせては修復して、時折構造が変わったように見せるように通路を塞いでみせ、時には手を引いて様子を見る。
「アーニャとトーマ、同じところで引っかかってるね。でもちゃんとそこに抜け道があるから、じっくり探してごらん。」
「俺は片手間をクリアできないのか。」
悔しそうに年相応の表情を見せるアークエイドが可愛くて、アシェルはとびきりの笑顔を浮かべた。
「ふふ、一生懸命なアークは可愛いね。片手間だなんてことはないよ。言ったでしょ、バインドには常に術者の魔力が流れてるって。あの二人が解いてるバインドにも、僕の魔力は流れ続けてるんだよ?状況が分からないわけないじゃない。」
「それは男にいうセリフじゃない。」
「でも、可愛いものは可愛いんだもん。頑張ってるのは分かるけど、これならメルが5分で解ける程度の攻防戦だよ。」
アシェルの与える新たな情報に、アークエイドが驚きの表情をわずかに浮かべる。
「メルティーが、これをか?」
「今、メイディーの血が入ってないのにって思わなかった?確かに僕らレベルには出来ないこともあるけど、訓練だけでどうにかなるレベルのことは、メルにも出来るんだよ。少なくとも、これくらいの邪魔が入る程度のバインドはキャンセルできるし、僕ら家族の魔力は識別がつくし、決まったレシピと手順さえあれば、きっちり良いモノを安定して作ることもできる。全工程を器具なしではやっぱり無理みたいだけど、一部は置き換えてるよ。僕らは体内魔力で不純物を見分けるけど、メルは代表的で手に入りやすい薬草や毒草は鼻と舌で分かるしね。とはいえ、解毒剤を飲まないとだけど。練習するって言って聞かなかったから、不本意ながら付きっきりで訓練してたんだ。僕らの義妹は、きっとアーク達が思ってるよりも気が強くて努力家だよ。——そして、メイディーの血筋でないことを気にしてるから。メルの前で、僕ら兄妹と区別するような発言はしないで。解った?」
言葉の最後で、いつもの軽い口調と微笑みで義妹自慢をしていたアシェルの表情が一瞬で抜け落ち、声にもヒヤリとした冷たい色が混じった。
まるで見えない刃を首元に突きつけられているかのような静かな殺気に、アークエイドはごくりと喉を鳴らす。
「……俺の言い方が悪かった。別に差別じゃなくて、メルティーは王族の護衛をするわけじゃないから、訓練してると思ってなかったんだ。」
理由を聞いたアシェルの雰囲気が一気に緩み、また微笑みを浮かべた。
「あーそっか。アークは僕らが王族の護衛の為に訓練してるって思ってるんだよね。まぁ、それも間違いではないけど。我が家では当たり前のように子供の遊びとして取り入れられてる訓練もあるし、その遊びの時は兄妹が揃うからさ。割と楽しんで遊んでるうちに訓練されてるって感じかな。ご飯とお茶の時と訓練しながら遊ぶ時にしか兄弟が揃わないってのも不思議な話だけど。」
アシェルの思い描く家族の兄妹は、他愛ない会話や遊びを一緒にするイメージだが、それぞれ家庭教師がついてみっちり勉強をしていた。
英才教育というやつなのか、公爵家という高位貴族であればそれが当たり前のことなのかは分からない。
だが正直なところ、王立学院という義務教育が必要ないと思うくらいには、勉強や礼儀作法を詰め込まれている。
一応淑女としての会話の仕方や言葉の選び方も学んだが、それはオマケという感じだった。
社交界での話術よりも、メイディーの一員としての責務を果たすために必要なことを、特に念入りに叩き込まれた。
「午後のお茶の時間だって、訓練のような遊びを取り入れてたしね。王族の護衛は、自分に出来ることをしてるだけ。自分だったら未然に防げたかもしれないって、あとから後悔したくないんだ。王弟殿下を事故で亡くした叔父さんは、ずっと後悔してるって聞いてるから。その時のことを思い出すから、王都に戻ってきたくないんだって。」
いつもと変わらないアシェルに、アークエイドはほっと胸を撫で下ろす。
メルティーの血筋に関することや兄妹と差をつけるような発言は、アシェルの特大の地雷だと、幼馴染達に早めに伝達しなくてはならない。
「だが、王太子は兄上に決まったんだ。わざわざ暗躍してるやつらの思惑通りに殺される気も、他国と婚姻を結ぶ気もないが。それを上手く退けられなかったんだとしたら、俺の実力が足りなかったというだけだ。アシェが気に病むことじゃない。叔父上には会ったことがないが、恐らく叔父上もアシェの叔父に同じようなことを言うと思うぞ。気にしないでくれって。」
「アークはそういうけど、アークは大事な幼馴染で、この国の第二王子なんだよ。ああ見えて、エトもマリクも。場所によってはかなり周囲に気を配って、アークに危険が及ばないように注意してるしね。騎士として訓練を積んで人を守ることに長けたエトに、獣人としての能力も活かして臨機応変に戦えるマリク、そして妨害や強化魔法を使うことに長けた僕。王都組って、実はアークを守るのにとっても良いメンバーが揃ってるんだよ。たまたまだけど、僕ら三人が揃ってれば、ちょっとやそっとのことではアークに傷一つ負わせないから。いい加減守られることに慣れてほしいな。」
「アシェの言う通りだぜ。俺達は確かに幼馴染で親友だけど、アークの臣下だからな。俺の剣は、アークに捧げるって決めてるんだ。俺らが守ることを拒否して、勝手に危険な目に合われるのは困るな。」
ガルド達と手合わせをしていたはずのエラートが、いつのまにかアークエイドとアシェルの椅子の間に立っていた。
「エト……お前までそういうのか。俺は守られるような——。」
「アークは考えすぎなんだよー。俺らは、俺らがやりたいからやってるだけー。別に誰にもめーわくかけてないし、いーでしょ?」
マリクはアシェルの元までやってきて、その長身をかがめて撫でてくれと言わんばかりに頭を押し付けてくる。
青灰色の跳ねっ毛を撫でてやりながらアークエイドを見る。
「お父様やお兄様達も居て僕だけが目立ちがちだけど、皆アークのことが心配だし大切なんだよ。それだけは分かって?それぞれが出来る範囲で、出来ることをしてるだけなんだからさ。」
「……急に考えを変えるのは難しいかもしれない。だが、アシェ達の気配りを受け入れられるようにする。」
「おー、そうしろ。それが上に立つ奴が気を配るところだからよ。」
エラートがにかっと笑って、アークエイドの肩をぽんぽんと叩いた。
この話はこれで終わりだ。
「ところで、稽古はもう終わったのか?それとアシェ……これだけ関係ないことを喋っているのに、全く手を抜いてくれてないだろ。」
「お喋りしててもバインドの維持くらい簡単だよ。精々頑張って足掻いて、僕を楽しませてよね。」
クスクスと楽しそうに笑うアシェルに、撫でられているマリクの顔も綻ぶ。
「アシェが楽しそーで良かったねー。」
「いや、これは良いのか?一応訓練なんだよな……??俺らの訓練は終わりっていうか、アシェが殺気を飛ばしたから中止した。敵襲じゃないみたいだが、何があった?」
エラート達はアシェル達の為に訓練を終えたらしい。
「あー……大したことないのに、訓練を中止させてごめんね。ただ、あんまり蒸し返したくないから気にしないで。」
それだけ答えてマリクを撫でることに集中する。
相変わらず大型犬なマリクの尻尾はぶんぶんと上機嫌だ。
もしかしたらアシェルの機嫌が悪いかもしれないと思って、こうやって撫でさせてくれているのかもしれない。
「エト。」
アークエイドが小声でエラートを呼んだので、エラートはさりげなく耳をアークエイドの口元に近づけた。
マリクの三角耳もピクピクと音を拾おうとしている。
「アシェの地雷を踏んだ。メルティーの血筋や、アシェや兄達と差別したように聞こえる発言は禁句だ。」
「なるほどな、了解。」
アークエイドとエラートがマリクを見れば、アシェルの死角で親指が立てられる。
ちゃんと聞こえたようだ。
「なんか、守るとか守られるとか。会話の次元が違いすぎて、吟遊詩人の詩を聞いてるみたいだな。いまいちピンとこねぇ。」
「だよな。別世界過ぎるのと、今見てる姿とが一致しないしな。」
「おい、ガルド、ジン。アシェ達の会話がどうこうより、まずは殺気に気付けなかったことを反省しろ。あれがお前らに向けられてたとしたら、抵抗する間もなく命を奪われてるってことだぞ。」
「いや、そうは言うけど。殺気なんて普通に生きてたら向けられねぇよ。」
エラートの言葉にガルドが反論するが、エラートは溜め息を吐いた。
「知らねぇかもしれないが、冒険者の死因の一部は殺人だぞ。何があったかまではわからないが、大抵は追剥にあった感じだな。下手したらギルドタグまで取られて、魔物の腹の中だ。食事中に見つけたとしても、タグが無くて頭からいかれてたら識別のしようがねぇ。そういう行方不明者が、一定数居るってことだけは覚えとけ。」
「え、は、殺人?それ、マジな話……なんだよな?」
「あぁ、マジな話だぜ。騎士団の詰所によく邪魔してたし、検分に立ち会ったこともあるからな。」
「でも、殺気に気付くってどうしたらいいんだ。撃ち合いで身に着くものでもないよな?」
「手伝ってあげようか?そういうのは、誰かに殺気を飛ばしてもらえば良いんだよ。」
アシェルの提案に、アークエイドが待ったをかけた。
この訓練は頭数を揃えることが多い。
アシェルからバインドを受けたまま訓練に参加させられたくはない。
「待て、アシェ。殺気を出すならバインドを解いてくれ。現状俺には解けないことだけ分かったから。アシェの魔力はなんとなくしか分からない。」
「ギブアップだね、了解。次はもう少し簡単なメニューにするね。ユウナは……寝てるか。アーニャとトーマもおいで。それはこの訓練のあとでコツを教えてあげる。もう二人だけの知恵じゃ、万策尽きたって顔してるよ。」
「そうなんですよー。次が分からないんです。」
半泣きのアーニャの頭をポンポンと撫で、他のメンバー達と一緒に横に一直線に並べさせた。
「10数える間のどこかで、誰か一人に分かりやすい殺気を向けるね。気付いたら僕から逃げる行動を取ること。理想は殺気が飛んだ先、脅威が襲い掛かる対象者からも距離を取ること。飛び込んで良いのは、守れる実力があるものだけだからね。」
この訓練はアシェルの家で行われていたものだが、非公式お茶会でも訓練がてら騎士達を交えてやったことがある。割と一般的な訓練内容のようだ。
「いーち。にー。さーん。よーん。」
4を言い始めた途端、マリクとエラート、アークエイドが飛びのく。
殺気を向けたのはガルドにだ。
そのガルドはガタガタと震えている。
空気が変わったことは分かったのだろうが、どこに殺気がとんだか判らなかったジンとアーニャとトーマは、とりあえずアシェルから距離を取っている。
幼馴染達はガルドとアシェルから逃れるように斜め後方に逃げていた。
そしてもう一人。
寝ていたはずのユウナが跳び起きて、アシェルから距離を取って姿勢を低くし、目を白黒させていた。
バインドの解けていない両手を背中に回そうとしているのは、弓を取ろうとしているようだ。
「敵襲!?え、は?あ、そっか、私の腕はまだこのままなのね。それに敵襲……じゃないみたい?」
「おはよう、ユウナ。ただの訓練だけど、嫌な起こし方をしちゃったね。お手をどうぞ、レディ。もう少しだけ手枷を着けさせててほしいんだ。でも、そのままじゃ立ち上がりにくいでしょ。」
姿勢を低くしたのは身を隠すためだろうが、両手が封じられているままだと立ち上がりにくい。
アシェルは膝を折り、手を差し出した。
「訓練……そっか、訓練か。でも、手って、レディって。え、え!?」
状況を飲み込んだユウナは、アシェルの差し出した手を取ることなく、今度は顔を真っ赤にして慌てだす。
「いつまでも地面に座ってると身体が冷えちゃうよ。失礼。」
ふわりとユウナの身体を横抱きにして『クリーン』をかけ、さきほどまでユウナが座っていた椅子に降ろしてあげる。
「今のでどこか擦りむいたりはしてない?もし傷が出来てるなら治してあげるから。」
しゃがんで目線を合わせて聞くと、真っ赤な顔がぶんぶんと左右に振られる。
「そっか、良かったよ。それにしても素晴らしい反応だね。ちゃんと僕からだけじゃなく、ガルドからも遠い位置に避難してたしね。今の感覚は大事だから、ちゃんと覚えておくんだよ。」
優しくユウナの頭を撫でて、アーニャとトーマを呼ぶ。
そろそろユウナのバインドを解いてあげないと可哀想だ。
二人に解除をしっかりと身に着けさせるため、丁寧に指導を開始した。
そんな四人を除いた男達5人は反省会だ。
「あれが殺気……あんなヤバいもんなのか。」
もろにアシェルからの殺気を向けられたガルドは、ようやく震えの落ち着いてきた身体で感想を述べる。
「ガルドがどう感じたか分からねぇけど、明らかに空気が変わったんだ。なんていうか。ひりつくっていうか、びりびりしてるっていうか。これのこと……なんだよな?」
「ジンが言うように表現する奴もいるな。まぁ、今のはすげぇ分かりやすい殺気だったが、実際は実力や状況によってかなり変わる。狙いを付けた段階からビシビシ殺気を飛ばしてくる奴から、近づいた段階や、いざ攻撃に移る段階で殺気を出す奴まで色々だ。殺気そのものの強弱もあるしな。一番厄介なのは、一切殺気も気配も漏らさないタイプの暗殺者だが、そういう手練れは市井の一般人には関係ないから気にするな。」
エラートがしっかりと指導を兼ねて、ガルドとジンに忠告する。
殺気に反応できるかどうかは、対人戦に於いて命を守れるかという一瞬の勝負をすることが出来るかどうかだ。
反応すらできなければ、その勝負にすら発展せずに命が散る。
「ねーアーク。アシェにさー、実験だって言って暗殺頼んだら、殺気は出ると思うー?」
「言いたいことは解るが、物騒な例えをするな。実験じゃなくても、必要なことなら笑顔で首を刎ねると思うぞ。……俺が思うにあの物騒な二つ名が付いたのは、一切殺気を出さずに、笑顔で魔物の首を落としまくってたからだ。普通は戦闘時か一撃与える瞬間くらい、少なからず一瞬は殺気が漏れるからな。」
あくまでもアークエイドの予想ではあるが、殺気も出さずに笑顔のまま首を狩る姿が、殺人人形と呼ばれるが所以なのではないと思う。
感情を持たない人形であれば、殺気を出すことは無いからだ。
「暗殺者こえーって思ったけど、もしかして魔法も使える分アシェルの方が怖かったりするか?」
「ガルド達は気に入られてるから、アシェの地雷踏まなきゃ大丈夫だろ。基本的に温厚だから、よっぽどのことが無い限り怒らねぇよ。」
そんなエラートのフォローを他所に、アークエイドとマリクは素直な感想を述べる。
「トーマを加えていて良かったな。トーマが居なかったら、アシェはガルド達を歯牙にもかけてないだろうし、ここまで訓練してやることもなかったと思うぞ。もちろん、俺達もな。」
「そーだねー。アシェがガルド達に死んでほしく無さそーだったから、俺達も稽古つけるようにしただけだしねー。」
なんせ、アシェルは一晩野営をしてガルド達と共に過ごしたことがあるとはいえ、アークエイド達は彼らとほぼ初対面だ。
人柄も知らない彼らの稽古をつける義務もなければ、頼まれたわけでもない。頼まれたとしても断っただろう。
辛うじて、一度だけ出会ったトーマの人柄の良さを知っているだけだ。
「アシェル達には本当に感謝してもしきれないな。俺達が付いていきたいって我儘を言った方なのに。」
「アーニャやトーマに魔法の稽古までつけてくれてるもんな。なんてお礼を言ったら良いのか。」
「気にするな。あれはアシェが楽しんでやってるから問題ない。礼を言ったところで受け取ってくれないぞ。それと、俺達が冒険者じゃなくて良かったな。」
アークエイドの言葉にガルドは心当たりがあり、ジンは意味が分からないという表情をする。
「恐らく初めて会った時から、トーマはアシェのお気に入りだ。わざわざ前のパーティーを抜けるアドバイスをしたくらいだしな。今も魔法を知らない人間が理解できるよう、丁寧に指導している。あんな丁寧な指導、俺達にすることは無いだろうな。俺達が冒険者なら、確実にトーマは引き抜いたか、最初の段階で拾ってたはずだ。」
「それは昨日アシェルに言われたよ。冒険者だったらトーマを引き抜いてたって。」
「トーマを引き抜かれるのは困るな。大事なパーティーメンバーだ。」
「アシェもそれは分かってる。だから、稽古をつけてるんだろ。リスクを伴う冒険の中で、少しでも生存率が上がるようにな。」
アークエイド達は、キャンセルする練習の指導をしているアシェルを見る。
楽しそうに、一つ一つ丁寧に教え込んでいる。
どうやら見えるようにしたバインドの解除ではなく、本来の見えないバインドの解除をさせているようだ。
「やったー!出来ましたっ。出来ましたよ、アシェルさん!!」
アーニャが両手を上げて、全身で喜びを表現している。
「おめでとう、アーニャ。今のが出来たら、渡した結界スクロールのキャンセルは簡単だからね。トーマもあと少しだよ。もしスクロールのキャンセルが難しかったら、さっきみたいに二人で知恵を絞ってごらん。元の術式の繋がりさえ切れればキャンセルは出来るから、その切る作業は二人で分担してもいいしね。」
「僕も出来ました。僕もこんな風に魔力を使えるなんて思ってませんでした……アシェルさんのお陰です。ありがとうございます。」
アシェルからの課題を無事に終えることが出来たトーマも、嬉しそうに笑っている。
「無意識でも身体強化を使ってたんだから、魔力を使えるのは当たり前だよ。さて、そろそろ仮眠取ったほうが良いかな。アーク達は……訓練はしてないみたいだね。僕はそろそろ仮眠取るけど、皆はどうする?」
アシェルの呼びかけに、全員が仮眠を取ることを選択すした。
警戒に当たるのは王都組で、昼間たっぷり働く【朱の渡り鳥】には熟睡しても構わないと告げてある。
今日も毛皮の敷物を一本の木の根元に敷いて、その上に四人固まって寝る。
「アシェー、久しぶりにくるまって寝るー?」
さっと狼の姿に獣化したマリクの言葉に甘え、もふもふの青灰色の毛皮に包まれた。
「相変わらずマリクの毛並みは気持ちいいね。テイル卿の気持も分かる気がする。キルル様の毛並みも気持ち良かったもんね。」
「かーさんの毛皮もきもちーよね。俺らと違って、とーさんの尻尾はつるっとしてるよー。」
「あぁ、テイル卿の尻尾はネコ科の尻尾だよね。確かにつやつやしてて綺麗な毛並みだった。失礼になるから言えなかったけど、ちょっと触ってみたかったくらい。」
「アシェになら触らせてくれると思うよー。今度頼んでみたらー?」
「うーん、機会があればね。さ、寝よう。おやすみ、皆。」
四人でおやすみの挨拶を言い合い、瞼を閉じ、静かな夜の森での仮眠を取った。
アシェル達四人揃って、アーニャとトーマの様子を見に行く。
「あ、アシェルさんー。お話合い終わりましたか??一個目は私もトーマさんもすんなり外せたんですけど、二つ目がどうしても解けなくて。キャンセルかけても外れないし、でもどこが分離できてないか解らないんですよ。」
涙目のアーニャと、真剣に頑張っているトーマの頭をポンポンと撫でる。
「二人とも、あと一か所解けてないだけなんだよ。見やすい隙間から入って、解したつもりになってるだけ。一度ゆっくりと全体を見直してごらん。」
アシェルのアドバイス通りに、二人の魔力が移動を始める。
「「あっ、ありました!」」
二人同時に叫び、僅かに早く解き終えたアーニャから二つ目の手錠を解除し、一拍置いてトーマが担当する二つ目も消えた。
ようやく手錠から解放された二人は、うーんと大きな伸びをした。
二人はマリクとエラートに連れていかれ、今からガルドとジンの訓練が始まるようだ。
「じゃあ、最後はユウナの手錠を外してみようか。」
ジンが座っていたユウナの隣の椅子に腰かけ、アークエイドをガルドが座っていた椅子に座らせる。
腕を動かせずに座っているだけのユウナは、こっくりこっくりと船を漕いでいた。
あまりにも暇だったのだろう。
ユウナにアーニャとトーマが群がったのを見ながら、今日はもう一人の訓練もだ。
「アークも僕のバインドをキャンセルする練習しよっか。」
「笑顔で言ってるが、あいつらとは違うメニューだろ。」
「当たり前でしょ。あんなの、アークはあっさり解いちゃうじゃない。」
そんなアシェルの言葉に、今そのバインドを解こうとしている二人は「え、これを?」と驚いている。
「ふふ、どんな構造と嫌がらせにしようかなぁ。制限時間なしだから、たっぷり遊べるもんね。アークの場合キャンセルの練習じゃなくて、魔力操作精度と僕の魔力を知覚するための訓練だから、とびっきり意地悪でもいいかな?」
うきうきと楽しそうなアシェルに、アークエイドは一言「やめてくれ。」とだけ伝えた。
アークエイドの訓練と称して、アシェルが遊ぶのが目に見えている。
名目は訓練だが、恐らくさっきの粗悪品のせいで、少なからずストレスが溜まっているのだろう。
「しょうがないなぁ。じゃあ、これくらいでどう?まずは、解くんじゃなくて、構造を見てもらっていいよ。解き始めたら邪魔するからね。」
こくりと頷いたアークエイドは、魔力を通して全体の構造を把握していく。
邪魔が無ければ、キャンセルするのは難しくない構造だ。
「良いか?」
「いつでも。」
アークエイドの魔力が、アシェルのバインドを解こうと抵抗を始めたのを感じた。
それをある程度解かせては修復して、時折構造が変わったように見せるように通路を塞いでみせ、時には手を引いて様子を見る。
「アーニャとトーマ、同じところで引っかかってるね。でもちゃんとそこに抜け道があるから、じっくり探してごらん。」
「俺は片手間をクリアできないのか。」
悔しそうに年相応の表情を見せるアークエイドが可愛くて、アシェルはとびきりの笑顔を浮かべた。
「ふふ、一生懸命なアークは可愛いね。片手間だなんてことはないよ。言ったでしょ、バインドには常に術者の魔力が流れてるって。あの二人が解いてるバインドにも、僕の魔力は流れ続けてるんだよ?状況が分からないわけないじゃない。」
「それは男にいうセリフじゃない。」
「でも、可愛いものは可愛いんだもん。頑張ってるのは分かるけど、これならメルが5分で解ける程度の攻防戦だよ。」
アシェルの与える新たな情報に、アークエイドが驚きの表情をわずかに浮かべる。
「メルティーが、これをか?」
「今、メイディーの血が入ってないのにって思わなかった?確かに僕らレベルには出来ないこともあるけど、訓練だけでどうにかなるレベルのことは、メルにも出来るんだよ。少なくとも、これくらいの邪魔が入る程度のバインドはキャンセルできるし、僕ら家族の魔力は識別がつくし、決まったレシピと手順さえあれば、きっちり良いモノを安定して作ることもできる。全工程を器具なしではやっぱり無理みたいだけど、一部は置き換えてるよ。僕らは体内魔力で不純物を見分けるけど、メルは代表的で手に入りやすい薬草や毒草は鼻と舌で分かるしね。とはいえ、解毒剤を飲まないとだけど。練習するって言って聞かなかったから、不本意ながら付きっきりで訓練してたんだ。僕らの義妹は、きっとアーク達が思ってるよりも気が強くて努力家だよ。——そして、メイディーの血筋でないことを気にしてるから。メルの前で、僕ら兄妹と区別するような発言はしないで。解った?」
言葉の最後で、いつもの軽い口調と微笑みで義妹自慢をしていたアシェルの表情が一瞬で抜け落ち、声にもヒヤリとした冷たい色が混じった。
まるで見えない刃を首元に突きつけられているかのような静かな殺気に、アークエイドはごくりと喉を鳴らす。
「……俺の言い方が悪かった。別に差別じゃなくて、メルティーは王族の護衛をするわけじゃないから、訓練してると思ってなかったんだ。」
理由を聞いたアシェルの雰囲気が一気に緩み、また微笑みを浮かべた。
「あーそっか。アークは僕らが王族の護衛の為に訓練してるって思ってるんだよね。まぁ、それも間違いではないけど。我が家では当たり前のように子供の遊びとして取り入れられてる訓練もあるし、その遊びの時は兄妹が揃うからさ。割と楽しんで遊んでるうちに訓練されてるって感じかな。ご飯とお茶の時と訓練しながら遊ぶ時にしか兄弟が揃わないってのも不思議な話だけど。」
アシェルの思い描く家族の兄妹は、他愛ない会話や遊びを一緒にするイメージだが、それぞれ家庭教師がついてみっちり勉強をしていた。
英才教育というやつなのか、公爵家という高位貴族であればそれが当たり前のことなのかは分からない。
だが正直なところ、王立学院という義務教育が必要ないと思うくらいには、勉強や礼儀作法を詰め込まれている。
一応淑女としての会話の仕方や言葉の選び方も学んだが、それはオマケという感じだった。
社交界での話術よりも、メイディーの一員としての責務を果たすために必要なことを、特に念入りに叩き込まれた。
「午後のお茶の時間だって、訓練のような遊びを取り入れてたしね。王族の護衛は、自分に出来ることをしてるだけ。自分だったら未然に防げたかもしれないって、あとから後悔したくないんだ。王弟殿下を事故で亡くした叔父さんは、ずっと後悔してるって聞いてるから。その時のことを思い出すから、王都に戻ってきたくないんだって。」
いつもと変わらないアシェルに、アークエイドはほっと胸を撫で下ろす。
メルティーの血筋に関することや兄妹と差をつけるような発言は、アシェルの特大の地雷だと、幼馴染達に早めに伝達しなくてはならない。
「だが、王太子は兄上に決まったんだ。わざわざ暗躍してるやつらの思惑通りに殺される気も、他国と婚姻を結ぶ気もないが。それを上手く退けられなかったんだとしたら、俺の実力が足りなかったというだけだ。アシェが気に病むことじゃない。叔父上には会ったことがないが、恐らく叔父上もアシェの叔父に同じようなことを言うと思うぞ。気にしないでくれって。」
「アークはそういうけど、アークは大事な幼馴染で、この国の第二王子なんだよ。ああ見えて、エトもマリクも。場所によってはかなり周囲に気を配って、アークに危険が及ばないように注意してるしね。騎士として訓練を積んで人を守ることに長けたエトに、獣人としての能力も活かして臨機応変に戦えるマリク、そして妨害や強化魔法を使うことに長けた僕。王都組って、実はアークを守るのにとっても良いメンバーが揃ってるんだよ。たまたまだけど、僕ら三人が揃ってれば、ちょっとやそっとのことではアークに傷一つ負わせないから。いい加減守られることに慣れてほしいな。」
「アシェの言う通りだぜ。俺達は確かに幼馴染で親友だけど、アークの臣下だからな。俺の剣は、アークに捧げるって決めてるんだ。俺らが守ることを拒否して、勝手に危険な目に合われるのは困るな。」
ガルド達と手合わせをしていたはずのエラートが、いつのまにかアークエイドとアシェルの椅子の間に立っていた。
「エト……お前までそういうのか。俺は守られるような——。」
「アークは考えすぎなんだよー。俺らは、俺らがやりたいからやってるだけー。別に誰にもめーわくかけてないし、いーでしょ?」
マリクはアシェルの元までやってきて、その長身をかがめて撫でてくれと言わんばかりに頭を押し付けてくる。
青灰色の跳ねっ毛を撫でてやりながらアークエイドを見る。
「お父様やお兄様達も居て僕だけが目立ちがちだけど、皆アークのことが心配だし大切なんだよ。それだけは分かって?それぞれが出来る範囲で、出来ることをしてるだけなんだからさ。」
「……急に考えを変えるのは難しいかもしれない。だが、アシェ達の気配りを受け入れられるようにする。」
「おー、そうしろ。それが上に立つ奴が気を配るところだからよ。」
エラートがにかっと笑って、アークエイドの肩をぽんぽんと叩いた。
この話はこれで終わりだ。
「ところで、稽古はもう終わったのか?それとアシェ……これだけ関係ないことを喋っているのに、全く手を抜いてくれてないだろ。」
「お喋りしててもバインドの維持くらい簡単だよ。精々頑張って足掻いて、僕を楽しませてよね。」
クスクスと楽しそうに笑うアシェルに、撫でられているマリクの顔も綻ぶ。
「アシェが楽しそーで良かったねー。」
「いや、これは良いのか?一応訓練なんだよな……??俺らの訓練は終わりっていうか、アシェが殺気を飛ばしたから中止した。敵襲じゃないみたいだが、何があった?」
エラート達はアシェル達の為に訓練を終えたらしい。
「あー……大したことないのに、訓練を中止させてごめんね。ただ、あんまり蒸し返したくないから気にしないで。」
それだけ答えてマリクを撫でることに集中する。
相変わらず大型犬なマリクの尻尾はぶんぶんと上機嫌だ。
もしかしたらアシェルの機嫌が悪いかもしれないと思って、こうやって撫でさせてくれているのかもしれない。
「エト。」
アークエイドが小声でエラートを呼んだので、エラートはさりげなく耳をアークエイドの口元に近づけた。
マリクの三角耳もピクピクと音を拾おうとしている。
「アシェの地雷を踏んだ。メルティーの血筋や、アシェや兄達と差別したように聞こえる発言は禁句だ。」
「なるほどな、了解。」
アークエイドとエラートがマリクを見れば、アシェルの死角で親指が立てられる。
ちゃんと聞こえたようだ。
「なんか、守るとか守られるとか。会話の次元が違いすぎて、吟遊詩人の詩を聞いてるみたいだな。いまいちピンとこねぇ。」
「だよな。別世界過ぎるのと、今見てる姿とが一致しないしな。」
「おい、ガルド、ジン。アシェ達の会話がどうこうより、まずは殺気に気付けなかったことを反省しろ。あれがお前らに向けられてたとしたら、抵抗する間もなく命を奪われてるってことだぞ。」
「いや、そうは言うけど。殺気なんて普通に生きてたら向けられねぇよ。」
エラートの言葉にガルドが反論するが、エラートは溜め息を吐いた。
「知らねぇかもしれないが、冒険者の死因の一部は殺人だぞ。何があったかまではわからないが、大抵は追剥にあった感じだな。下手したらギルドタグまで取られて、魔物の腹の中だ。食事中に見つけたとしても、タグが無くて頭からいかれてたら識別のしようがねぇ。そういう行方不明者が、一定数居るってことだけは覚えとけ。」
「え、は、殺人?それ、マジな話……なんだよな?」
「あぁ、マジな話だぜ。騎士団の詰所によく邪魔してたし、検分に立ち会ったこともあるからな。」
「でも、殺気に気付くってどうしたらいいんだ。撃ち合いで身に着くものでもないよな?」
「手伝ってあげようか?そういうのは、誰かに殺気を飛ばしてもらえば良いんだよ。」
アシェルの提案に、アークエイドが待ったをかけた。
この訓練は頭数を揃えることが多い。
アシェルからバインドを受けたまま訓練に参加させられたくはない。
「待て、アシェ。殺気を出すならバインドを解いてくれ。現状俺には解けないことだけ分かったから。アシェの魔力はなんとなくしか分からない。」
「ギブアップだね、了解。次はもう少し簡単なメニューにするね。ユウナは……寝てるか。アーニャとトーマもおいで。それはこの訓練のあとでコツを教えてあげる。もう二人だけの知恵じゃ、万策尽きたって顔してるよ。」
「そうなんですよー。次が分からないんです。」
半泣きのアーニャの頭をポンポンと撫で、他のメンバー達と一緒に横に一直線に並べさせた。
「10数える間のどこかで、誰か一人に分かりやすい殺気を向けるね。気付いたら僕から逃げる行動を取ること。理想は殺気が飛んだ先、脅威が襲い掛かる対象者からも距離を取ること。飛び込んで良いのは、守れる実力があるものだけだからね。」
この訓練はアシェルの家で行われていたものだが、非公式お茶会でも訓練がてら騎士達を交えてやったことがある。割と一般的な訓練内容のようだ。
「いーち。にー。さーん。よーん。」
4を言い始めた途端、マリクとエラート、アークエイドが飛びのく。
殺気を向けたのはガルドにだ。
そのガルドはガタガタと震えている。
空気が変わったことは分かったのだろうが、どこに殺気がとんだか判らなかったジンとアーニャとトーマは、とりあえずアシェルから距離を取っている。
幼馴染達はガルドとアシェルから逃れるように斜め後方に逃げていた。
そしてもう一人。
寝ていたはずのユウナが跳び起きて、アシェルから距離を取って姿勢を低くし、目を白黒させていた。
バインドの解けていない両手を背中に回そうとしているのは、弓を取ろうとしているようだ。
「敵襲!?え、は?あ、そっか、私の腕はまだこのままなのね。それに敵襲……じゃないみたい?」
「おはよう、ユウナ。ただの訓練だけど、嫌な起こし方をしちゃったね。お手をどうぞ、レディ。もう少しだけ手枷を着けさせててほしいんだ。でも、そのままじゃ立ち上がりにくいでしょ。」
姿勢を低くしたのは身を隠すためだろうが、両手が封じられているままだと立ち上がりにくい。
アシェルは膝を折り、手を差し出した。
「訓練……そっか、訓練か。でも、手って、レディって。え、え!?」
状況を飲み込んだユウナは、アシェルの差し出した手を取ることなく、今度は顔を真っ赤にして慌てだす。
「いつまでも地面に座ってると身体が冷えちゃうよ。失礼。」
ふわりとユウナの身体を横抱きにして『クリーン』をかけ、さきほどまでユウナが座っていた椅子に降ろしてあげる。
「今のでどこか擦りむいたりはしてない?もし傷が出来てるなら治してあげるから。」
しゃがんで目線を合わせて聞くと、真っ赤な顔がぶんぶんと左右に振られる。
「そっか、良かったよ。それにしても素晴らしい反応だね。ちゃんと僕からだけじゃなく、ガルドからも遠い位置に避難してたしね。今の感覚は大事だから、ちゃんと覚えておくんだよ。」
優しくユウナの頭を撫でて、アーニャとトーマを呼ぶ。
そろそろユウナのバインドを解いてあげないと可哀想だ。
二人に解除をしっかりと身に着けさせるため、丁寧に指導を開始した。
そんな四人を除いた男達5人は反省会だ。
「あれが殺気……あんなヤバいもんなのか。」
もろにアシェルからの殺気を向けられたガルドは、ようやく震えの落ち着いてきた身体で感想を述べる。
「ガルドがどう感じたか分からねぇけど、明らかに空気が変わったんだ。なんていうか。ひりつくっていうか、びりびりしてるっていうか。これのこと……なんだよな?」
「ジンが言うように表現する奴もいるな。まぁ、今のはすげぇ分かりやすい殺気だったが、実際は実力や状況によってかなり変わる。狙いを付けた段階からビシビシ殺気を飛ばしてくる奴から、近づいた段階や、いざ攻撃に移る段階で殺気を出す奴まで色々だ。殺気そのものの強弱もあるしな。一番厄介なのは、一切殺気も気配も漏らさないタイプの暗殺者だが、そういう手練れは市井の一般人には関係ないから気にするな。」
エラートがしっかりと指導を兼ねて、ガルドとジンに忠告する。
殺気に反応できるかどうかは、対人戦に於いて命を守れるかという一瞬の勝負をすることが出来るかどうかだ。
反応すらできなければ、その勝負にすら発展せずに命が散る。
「ねーアーク。アシェにさー、実験だって言って暗殺頼んだら、殺気は出ると思うー?」
「言いたいことは解るが、物騒な例えをするな。実験じゃなくても、必要なことなら笑顔で首を刎ねると思うぞ。……俺が思うにあの物騒な二つ名が付いたのは、一切殺気を出さずに、笑顔で魔物の首を落としまくってたからだ。普通は戦闘時か一撃与える瞬間くらい、少なからず一瞬は殺気が漏れるからな。」
あくまでもアークエイドの予想ではあるが、殺気も出さずに笑顔のまま首を狩る姿が、殺人人形と呼ばれるが所以なのではないと思う。
感情を持たない人形であれば、殺気を出すことは無いからだ。
「暗殺者こえーって思ったけど、もしかして魔法も使える分アシェルの方が怖かったりするか?」
「ガルド達は気に入られてるから、アシェの地雷踏まなきゃ大丈夫だろ。基本的に温厚だから、よっぽどのことが無い限り怒らねぇよ。」
そんなエラートのフォローを他所に、アークエイドとマリクは素直な感想を述べる。
「トーマを加えていて良かったな。トーマが居なかったら、アシェはガルド達を歯牙にもかけてないだろうし、ここまで訓練してやることもなかったと思うぞ。もちろん、俺達もな。」
「そーだねー。アシェがガルド達に死んでほしく無さそーだったから、俺達も稽古つけるようにしただけだしねー。」
なんせ、アシェルは一晩野営をしてガルド達と共に過ごしたことがあるとはいえ、アークエイド達は彼らとほぼ初対面だ。
人柄も知らない彼らの稽古をつける義務もなければ、頼まれたわけでもない。頼まれたとしても断っただろう。
辛うじて、一度だけ出会ったトーマの人柄の良さを知っているだけだ。
「アシェル達には本当に感謝してもしきれないな。俺達が付いていきたいって我儘を言った方なのに。」
「アーニャやトーマに魔法の稽古までつけてくれてるもんな。なんてお礼を言ったら良いのか。」
「気にするな。あれはアシェが楽しんでやってるから問題ない。礼を言ったところで受け取ってくれないぞ。それと、俺達が冒険者じゃなくて良かったな。」
アークエイドの言葉にガルドは心当たりがあり、ジンは意味が分からないという表情をする。
「恐らく初めて会った時から、トーマはアシェのお気に入りだ。わざわざ前のパーティーを抜けるアドバイスをしたくらいだしな。今も魔法を知らない人間が理解できるよう、丁寧に指導している。あんな丁寧な指導、俺達にすることは無いだろうな。俺達が冒険者なら、確実にトーマは引き抜いたか、最初の段階で拾ってたはずだ。」
「それは昨日アシェルに言われたよ。冒険者だったらトーマを引き抜いてたって。」
「トーマを引き抜かれるのは困るな。大事なパーティーメンバーだ。」
「アシェもそれは分かってる。だから、稽古をつけてるんだろ。リスクを伴う冒険の中で、少しでも生存率が上がるようにな。」
アークエイド達は、キャンセルする練習の指導をしているアシェルを見る。
楽しそうに、一つ一つ丁寧に教え込んでいる。
どうやら見えるようにしたバインドの解除ではなく、本来の見えないバインドの解除をさせているようだ。
「やったー!出来ましたっ。出来ましたよ、アシェルさん!!」
アーニャが両手を上げて、全身で喜びを表現している。
「おめでとう、アーニャ。今のが出来たら、渡した結界スクロールのキャンセルは簡単だからね。トーマもあと少しだよ。もしスクロールのキャンセルが難しかったら、さっきみたいに二人で知恵を絞ってごらん。元の術式の繋がりさえ切れればキャンセルは出来るから、その切る作業は二人で分担してもいいしね。」
「僕も出来ました。僕もこんな風に魔力を使えるなんて思ってませんでした……アシェルさんのお陰です。ありがとうございます。」
アシェルからの課題を無事に終えることが出来たトーマも、嬉しそうに笑っている。
「無意識でも身体強化を使ってたんだから、魔力を使えるのは当たり前だよ。さて、そろそろ仮眠取ったほうが良いかな。アーク達は……訓練はしてないみたいだね。僕はそろそろ仮眠取るけど、皆はどうする?」
アシェルの呼びかけに、全員が仮眠を取ることを選択すした。
警戒に当たるのは王都組で、昼間たっぷり働く【朱の渡り鳥】には熟睡しても構わないと告げてある。
今日も毛皮の敷物を一本の木の根元に敷いて、その上に四人固まって寝る。
「アシェー、久しぶりにくるまって寝るー?」
さっと狼の姿に獣化したマリクの言葉に甘え、もふもふの青灰色の毛皮に包まれた。
「相変わらずマリクの毛並みは気持ちいいね。テイル卿の気持も分かる気がする。キルル様の毛並みも気持ち良かったもんね。」
「かーさんの毛皮もきもちーよね。俺らと違って、とーさんの尻尾はつるっとしてるよー。」
「あぁ、テイル卿の尻尾はネコ科の尻尾だよね。確かにつやつやしてて綺麗な毛並みだった。失礼になるから言えなかったけど、ちょっと触ってみたかったくらい。」
「アシェになら触らせてくれると思うよー。今度頼んでみたらー?」
「うーん、機会があればね。さ、寝よう。おやすみ、皆。」
四人でおやすみの挨拶を言い合い、瞼を閉じ、静かな夜の森での仮眠を取った。
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