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第三章 王立学院中等部二年生
169 メイディーへの大量発注①
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Side:アシェル13歳 夏
メイディー邸の別館であるパーティーホールは、多くの使用人が行きかっていた。
使用人が慌ただしく出入りしているのはパーティーのためではない。
大きな実験室と化したパーティーホールには、大小さまざまな錬金に使う道具が並べられており、そのどれもが普段個人で使うものより大きなものだ。
そんな非日常的な風景の片隅で、メイディーの五人は顔を付き合わせて相談していた。
「今回の発注書だよ。王宮、王立病院、各種ギルドからの合同発注という形で、王都内全域に十分量を行き渡らせる。その上でいくつかの救護テントと冒険者たちにも、一定数持たせることを前提としている。」
アベルから渡された紙束は一部ずつ手に取りそのままアレリオン、アルフォード、アシェル、メルティーへと回っていく。
それぞれが手渡されたその内容に、一通り目を通していく。
一か所に依頼を出すには膨大な数だが、それだけメイディーへの信頼が厚いということだろう。
資料の束はどんな材料と手技で作ったものがいくつ必要か、その手技についても書き留められている。
一つ一つ資料がついているので、そこそこ分厚い紙束だ。
「メルにはヒールポーションとマナポーションをお願いしても良いかい?一番数は多いけれど工程は複雑じゃないし、瓶詰作業は使用人達がやるからね。薬草を刻んだりの使用人にお願いできそうな部分は、お願いしても良いからね。」
「分かりましたわ。ということは、一番こちら側のラインですわね。さっそく作り始めますわ。」
ペコリと頭を下げたメルティーは、ヒールポーションとマナポーションを作るための材料や器具が置かれた場所へと去っていく。
「アルは造血剤と止血剤、気付け薬をお願いするよ。」
「分かりました。ってことは、メルの隣か。俺も早速作り始めますね。」
アベルに指示を出されたアルフォードも、与えられた仕事をこなすために移動する。
「さて、私達は抗麻痺薬と解毒剤作りだよ。完成品の瓶詰は頼めるけれど、こればっかりは途中で使用人に手伝わせるわけにもいかないからね。」
アベルの言葉に、アシェル達も錬金器具の置かれた場所へ移動する。
各種毒物は瓶詰にされて並べられていて、それ以外はこんもりと山を築いている。
「アシェは、毒をそれぞれ弱毒化してくれるかい?釜はそこのを使っておくれ。そうだね……蜘蛛毒の一番強いものから、解毒剤を作ろうか。」
「あの釜だと……必要量の三分の一ずつ作成になります。良いですか?」
「勿論。三分の一だね。こちらもそれで準備を進めるよ。」
共同で何かを作ることは滅多にないので、こういった場合は何をどれくらい作るかなど、明確に伝達しなければ、完成品の効果が変わってきてしまう。
もう一度資料に目を落とし、手順を確認してから、瓶詰された蜘蛛毒を手に取る。
今からアシェルがやるのは、ひたすら毒物と薬草と水を大きな釜で煮込んで、丁度いいころ合いに急冷する作業だ。
熱を加えることで毒自体の作用を弱くして、薬草でその弱くする助けを行う。
煮込みすぎても煮込まなさ過ぎても良くないので、気を遣う作業だ。
その弱毒化された毒は、今度は解毒作用を持たすための各種素材と合わせられて、ぬるめでじっくり成分を出して、濾過して、ようやく完成になる。
そのどの工程も、タイミングをしっかりと見極めなくてはいけない。
こうして、メイディー邸での大量のポーション作りは始まった。
連日大量の素材が消費され、絶え間なく瓶詰されたポーションが各地に配達されていく。
それでも緊急性はないので声を掛けられれば食事も摂ったし、睡眠もきっちり取った。
逆に声を掛けて貰わないと誰も作業を中断しようとしないので、そのタイミングを見て声を掛けるのはメアリーの仕事だ。
それぞれの作業のキリが良いところを見極めて声をかけてくれるので、中途半端な仕事を残すことが無い。
メアリー自身が錬金をしている姿を見たことは無いが、本当にいいタイミングで声を掛けてくれるので、休憩も取りやすかった。
そんな生活がまるっと三週間続いた。
メイディーの人間が三週間錬金にかかりっきりだったわりには、かなり健康的な生活を送ったのではないかと思う。
「皆様、お疲れさまでした。片付けは使用人達にさせますので、旦那様たちはゆっくりお休みくださいませ。」
最終的に数の多いヒールポーションとマナポーションを五人がかりで作っていたところに、メアリーがやってきて言った。
アシェル達のやることが、丁度何も無くなったタイミングだ。
既に他の器具たちは片付けが終わっていて、ここは薬液の濾過が終わって瓶詰すれば終了だ。
「メア、ありがとう。君のお陰で不規則な生活にならなくて済んだよ。」
アベルがメアリーを抱擁し頬にキスするのを、どこか不思議な気分で眺める。
これだけ長く一緒に暮らしていながら、アベルとメアリーがこんな風に触れあっているところを、初めて見たのだ。
でも確かに夫婦なのだし、アシェル達だっておやすみやおはようの挨拶の時にハグすることはある。
別におかしいことではないし、今まで見たことが無いのが奇跡的だったのだと思う。
「旦那様っ、子供の前ではおやめくださいと……。」
「いつまでそう言ってるつもりだい?そんなことを言ってたら、子供達が皆家を出てしまうまで、メアに触れなくなってしまうだろう?それは私が寂しいよ。もう子供達だって、理解している年頃なんだから。」
「でもっ、せめてお部屋でしてくださいませっ。」
顔を真っ赤にしたメアリーが抗議の声をあげているが、アベルはにこにこと嬉しそうにメアリーを抱きしめている。
どうやらこんな姿を見たことが無かったのは、メアリーの希望だったのだろう。
夫婦とは、こんな風に触れ合うものなのだろうか。
「お義父様も、お義兄様達と一緒ですのね。」
「なぁに、メルもして欲しいの?」
アシェルがメルティーを抱きしめると、一番背が低いのでアシェルの胸に顔が埋まってしまっている。
「アシェ義姉様っ!そのままのお胸で前からはっ、みぎゅぅ……。」
アシェルの身体もメルティーごと、アレリオンとアルフォードに包まれる。
「アシェだけズルいよ。僕らもいれてよね。」
「そーだぞ。あー。流石に疲れたな。錬金は好きだけど、決まったものを延々作り続けるのって、割としんどいよな。新しいものを作る時は、すっごくわくわくするんだけどな。」
「アル兄様の言う意味わかります。タイミングの見極めで気は使うのに、やってることは錬金っていうより、ただの作業ですものね。」
「~~~っ!!~~っ!!」
狭い空間で、メルティーが一生懸命ぽかぽかとアシェルを叩いてくる。
それに合わせて三人とも力を緩めれば、メルティーはまた埋まらないように顔を横に向けて荒い息を吐いている。
「ぷはぁ……アシェ義姉様の胸は凶器ですわ。」
「邪魔なだけなんだけどね。ごめんね、メル。男の子の恰好なのに、ベルがブラつけろって煩くて。」
「邪魔だなんて羨ましい限りですわ。」
「別に胸なんてあってもなくても、メルは可愛いからそれで良いんだよ。」
「それに、メルの背でアシェくらいあったら、流石にデカすぎると思うしな。バランスは大事だぞ。」
「お義兄様達……それって慰めてますの?貶してますの??」
笑いが零れる兄妹たちに、そっとイザベルが声を掛ける。
「皆様……いい加減片付けの邪魔ですので、お部屋にお帰り下さいませ。もしくは談話室に向かってくださいませ。それとアシェル様……お部屋に戻られたからと言って、肌着は脱がれませんようにお願いしますね。」
アシェル達に堂々と邪魔だと言う使用人は、イザベルくらいなものだろう。
兄妹同然に育って、仲が良いからこそ許される言葉だ。
「えー……窮屈なんだけど。」
「普段の胸潰しより面積は狭いんです。こんな時くらいしっかりつけておいてください。それでは、私も仕事がございますので。」
「怒られちゃったね。名残惜しいけど、夕飯の時間も近いだろうし、部屋に戻ろうか。」
アレリオンがアシェルとメルティーの額にキスを落として離れる。
真っ先にアルフォードにキスしようとしていたのだが、それは拒否されていた。
「二人とも夕飯までしっかり休んでな。お疲れ様。」
アルフォードもアレリオン同様にキスをして離れていく。
「メルもお疲れ様。初めて一人で最初から沢山作るのは大変だったでしょ。よく頑張ったね。」
アシェルもメルティーの額にキスを落として離れる。
アベルとメアリーは、いつの間にか居なくなっていた。
自室に戻ると、今日も手紙がサイドチェストの上に置いてある。
邸に戻った一週間後から、毎日アークエイドから手紙が届くのだ。
王家の家紋のついた封蝋を開けて中を見ると、今日も体調を気遣う言葉から始まり、授業のことなど他愛もないことが書かれている。
そして最後には必ず返事は不要だという旨と、会えなくて寂しいとか、愛してるだとかの歯の浮くようなセリフが並べられている。
一応ラブレターということになるのだろうか。
手紙が来た初日は驚いたし返事もきちんと送ったのだが、こうも連日送って来られても書くことがない。
リリアーデ達と文通をしていた時は一か月に一度だったので、筆不精なアシェルにも返事を書くことが出来ただけだ。
依頼分は一旦終了したと、返事を出すべきだろうか。
でも何もなければ学院に戻るが、状況を見て不足分があれば追加発注もあるかもしれない。
ぬか喜びさせるのは可哀想だ。
立ったままどうするか悩んでいるとコンコンと扉が叩かれ、許可を出せばイザベルが入ってくる。
「本日もアークエイド様からお手紙が来てましたか。お返事はどうされますか?」
ここ最近、イザベルから毎日言われている言葉だ。
「いつもなら書かないって言うところなんだけど……どうしたらいいと思う?」
「どう、とは?」
「依頼が終わったって書いたら、学院に戻ってくるって思うでしょ?でも、現状いつ帰れるかはっきりしてないし。追加発注があるかどうかハッキリするまで僕らは学院に戻らないし、もし発注があればまた時間がかかるでしょ。かと言って、忙しいと思って返事は要らないって書いてるだろうし、手が空いたのに返事をしないのもおかしいかなって。」
アシェルが何に悩んでいるのかを聞いて、イザベルはなるほど、と納得がいった。
正直なところ、アークエイドならアシェルから返事が来ただけで喜ぶだろう。
それがたった一文でも。
「でしたら、邸に招くのは如何でしょうか?ひと段落致しましたし、週末にお招きするくらいは大丈夫かと思いますよ。アークエイド様はお手紙を毎日返してもらうより、一時間でもアシェル様にお会いできた方が喜ぶかと思います。」
「そっか……ちょっとお父様に確認してくるよ。ありがとう、ベル。」
「お供いたします。」
イザベルが扉を開けてくれ、一緒にアベルの私室へと向かう。
イザベルが用件を伝えてくれ、久しぶりのアベルの部屋に通される。
イザベルは壁際で待機だ。
「落ち着いたところにすみません。」
「アシェが私の部屋に来るってことは、何か用事があるんだろう?さぁ、ソファに座って。」
部屋にはメアリーも居て、二人でゆっくりしていたところをお邪魔してしまったようだ。
申し訳ない気持ちのまま、促されたソファに座る。
「実は連日アークから手紙を貰っているのですが……ひと段落付きましたし、我が家に招いても良いでしょうか?返事を出そうと思うのですが、すぐに学院に帰れるわけじゃないですし、この後のスケジュールは未定なので……。」
「殿下をかい?アシェが招きたいなら招くと良いよ。ただ邸の中はまだバタバタしているし、業者の出入りもあるから、アシェの実験室で会いなさい。あそこなら周囲に気を配らなくても安心だろう。」
すんなりと許可が出たことにほっとする。
「ありがとうございます。午後から夕食前あたりまでの時間帯で良いでしょうか?」
「食事は一緒じゃなくて良いのかい?」
「忙しいのに、さらに使用人に迷惑をかけるわけにはいかないですから。」
「アシェル……こういう時は遠慮なんてしなくて良いのよ?」
メアリーが気遣ってくれるが、アシェルは首を横に振る。
「いいえ、大丈夫です。それに夕飯まで食べさせたら、アークが泊まるとか言いかねませんので。」
アシェルは大真面目に言ったのに、アベルがふふっと笑みを溢した。
「そうだね。モニアよりは分別があるようだけれど、アークエイド殿下もアシェから離れたくないだろうからね。ラブレターもきっと色々書いてあるんだろう?」
アークエイドからの手紙としか言っていないのに、アベルの中ではしっかりラブレターと認識されているようだ。
グリモニアも同じようなことをしていたのだろうか。
「よく毎日こんなに書くことがあるなって感じです。僕には到底真似できません。」
「ふふ、そうなんだね。殿下を泊めてあげても良いんだよ?」
その言葉に、メアリーがアベルへとジトっとした眼を向けた。
メアリーがアベルにこんな視線を向けているのは、初めて見たかもしれない。
「旦那様……アシェルは貴族令嬢だって分かっておいでですか?前回は警備上仕方ありませんでしたが、まだ婚約もしていない男女を同じ部屋で寝かせるのはダメだと、説明いたしましたよね?」
「うーん……アシェ達の場合は、そこを気にしても無駄だと思うんだけどね。殿下なら、やろうと思えば寮で夜這いも出来るんだし。ちなみにモニアは何度かやって、アンジーの使用人に叩き出されていたけどね。別に襲いたいというよりは、一緒に過ごしていたいんだって言ってたけど、アンジーから何度かモニアを回収しに来てくれって伝達が来ていたからね。」
アンジェラは恐らく、女子寮の2号棟に居たのではないだろうか。
よく女子寮に忍び込めたなと思う。どんな時間でも男が歩いていたら目立って仕方ないだろう。
「それとこれとは別です。口さがない使用人だって、少なからず居るでしょう。変な噂が出回れば傷つくのはアシェルなんですよ?言ってますでしょう。社交界の噂は怖いと。根も葉もない尾ひれがついて、面白おかしく言いふらす人間は居るんですからね。」
「メアは神経質だね。私としては、アシェ達が良いなら、別に気にしなくても良いと思うんだけどね。アシェがものすごく嫌がってるなら別だけれど。アシェは気にしないだろう?」
アベルは今のアークエイドとアシェルの微妙な関係を知っていて、メアリーは知らないのだろう。
貞操観念のしっかりしているメアリーが、今のアシェル達の状態を聞いたら失神してしまいそうだなんて思う。
そしてメアリーがこうしてアシェルのことを心配している言葉を聞くのは、どこかこそばゆい気持ちがする。
「まぁ、アークはよく部屋に来てますし。今はメルたちと一緒に、大抵僕の部屋で晩御飯を食べていきますし。僕が好きなことしてたら大人しくしてるんで、アークが部屋に居て嫌だって思ったことは無いですね。」
アシェルの言葉に、メアリーが驚いた表情をした。
「思っていたよりも仲が良いのね。アシェルは殿下のことが好きなの?」
「好きですけど、幼馴染の皆や家族と同じ好きです。僕にはまだ“特別な好き”がどういうものか分からないので……。一度は振ってるんですが、僕が答えに辿り着くまで待ってくれるらしいので、求婚の返事は保留中です。家の為にアークと結婚したほうが良いのなら、婚約するのは問題ありませんよ?」
「アシェ、我が家はわざわざ相手を選んで縁を結ぶ必要なんてないから、そんなことは気にしなくて良いんだよ。アシェが望む相手なら、例え平民だったとしても反対はしないからね。殿下なんて待たせておけば良いんだよ。どうせ無下にされても、諦めずにしつこいだろうからね。アシェ自身の言葉じゃなく家の為に家の意向で返事をしたら、殿下が悲しんでしまうよ。逆にアシェがしっかり悩んで出した答えなら、どちらであっても殿下は受け入れてくれるから。ゆっくり悩むと良い。」
曲がりなりにも貴族の端くれなので、アシェルだって政略結婚はあるかもしれないと思っていたが、アベルはそんなつもりはなさそうだ。
確かにアークエイドはしつこいだろうし、アシェルの意思でなければ喜んでくれない気がする。
「そんなにお待たせして大丈夫なのかしら?」
「メアは王族のしつこさを見たことが無いから、そう言えるんだよ。大丈夫。王家は一目惚れした相手にはかなりしつこくアプローチするし、どうにかして傍にいる時間を確保しようとするからね。それに相手が本気で嫌がることはしないよ。きっとアシェが手紙で招いたら、喜んで飛んでくると思うよ。」
アシェルもアベルの言葉にうんうん、と頷く。
イザベルも言っていたが、手紙の返事だけよりも少しでも会える時間が取れるなら飛んできそうだ。
アベルとアシェルの様子に、ようやく心配そうだったメアリーがほっと息を吐く。
「そうですか。……アシェルが嫌な思いをしないのであれば、お忍びで来ていただくのも、泊っていただくのも構いません。視察などで変装されますよね?」
「しているはずだよ。まぁ泊めるかどうかは、アシェが決めたら良いよ。その時の食事はイザベルに頼んで、実験室か部屋で摂って良いからね。」
「分かりました。ありがとうございます。アークから返事が来たら、日時はウィルに伝えますね。お時間を頂いてありがとうございました。」
「気にしなくて良いよ。アシェは用事が無いと来てくれないからね。」
用事もないのに忙しいアベルを捕まえるのは、流石に気が引ける。
苦笑するアベルとメアリーに立ち上がって礼をして、イザベルと共に部屋を出る。
私室に戻れば、イザベルが手紙を書く準備をしてくれて、書き物机に向かう。
「別に泊めてあげなくても良いよね?午後いっぱい会えたら、アークは満足するかなって思うんだけど……。」
「それはアシェル様が決めることですよ。一言申し上げるのであれば、アークエイド様は泊りだともっと喜ぶだろうということだけですね。看病をしている間もリハビリ中も、一切ご自分のお部屋にお戻りになりませんでしたから。」
「それ聞くと、アークの使用人達に怒られちゃいそうな気がするね。せっかくアークのお世話をするために、寮に居るのに。」
「使用人的には気が楽だと思いますよ。主人の機嫌を伺う必要がありませんから。」
「ベルに機嫌を伺われたことあったっけ?」
「ないかもしれませんね。」
軽口にふふっとお互い笑い合って、アシェルはペンを滑らせる。
連日届いた手紙へのお礼。
依頼が一旦終わったこと。
まだ学院に帰れる時期は未定な事。
アークエイドが良いのであれば、邸に招くこと。
昼食後から夕食前までの予定だが、一応泊ることも出来ること。
その時は冒険者スタイルで、アシェルの部屋の出入りをして欲しいことを書き連ねる。
泊りについては迷ったがアベルもメアリーも許可をくれたので、アークエイド任せにすることにする。
なんとか手紙を書き終え、封筒に詰めて封蝋をする。
——イザベルから見るアシェルの手紙は業務連絡のような、必要なことが書き連ねられている無駄のない文章だ。普段のような飾った言葉は、文字になったのを見たことが無い。
「ベル。これお願いできる?」
「かしこまりました。」
イザベルに手紙を渡せば、それを手にイザベルは部屋を出て行く。
配達の手配をしてくれるのだ。
きっとアークエイドの返事は早いんだろうな、なんて思いながら大きく伸びをする。
「流石に疲れたな。」
靴を脱いで寝台に上がれば、身体が重たくなったような気がする。
少しだけ。そう思いつつ瞼を閉じた。
思いのほか疲れていたらしい身体は、すぐに眠りの中に落ちていった。
メイディー邸の別館であるパーティーホールは、多くの使用人が行きかっていた。
使用人が慌ただしく出入りしているのはパーティーのためではない。
大きな実験室と化したパーティーホールには、大小さまざまな錬金に使う道具が並べられており、そのどれもが普段個人で使うものより大きなものだ。
そんな非日常的な風景の片隅で、メイディーの五人は顔を付き合わせて相談していた。
「今回の発注書だよ。王宮、王立病院、各種ギルドからの合同発注という形で、王都内全域に十分量を行き渡らせる。その上でいくつかの救護テントと冒険者たちにも、一定数持たせることを前提としている。」
アベルから渡された紙束は一部ずつ手に取りそのままアレリオン、アルフォード、アシェル、メルティーへと回っていく。
それぞれが手渡されたその内容に、一通り目を通していく。
一か所に依頼を出すには膨大な数だが、それだけメイディーへの信頼が厚いということだろう。
資料の束はどんな材料と手技で作ったものがいくつ必要か、その手技についても書き留められている。
一つ一つ資料がついているので、そこそこ分厚い紙束だ。
「メルにはヒールポーションとマナポーションをお願いしても良いかい?一番数は多いけれど工程は複雑じゃないし、瓶詰作業は使用人達がやるからね。薬草を刻んだりの使用人にお願いできそうな部分は、お願いしても良いからね。」
「分かりましたわ。ということは、一番こちら側のラインですわね。さっそく作り始めますわ。」
ペコリと頭を下げたメルティーは、ヒールポーションとマナポーションを作るための材料や器具が置かれた場所へと去っていく。
「アルは造血剤と止血剤、気付け薬をお願いするよ。」
「分かりました。ってことは、メルの隣か。俺も早速作り始めますね。」
アベルに指示を出されたアルフォードも、与えられた仕事をこなすために移動する。
「さて、私達は抗麻痺薬と解毒剤作りだよ。完成品の瓶詰は頼めるけれど、こればっかりは途中で使用人に手伝わせるわけにもいかないからね。」
アベルの言葉に、アシェル達も錬金器具の置かれた場所へ移動する。
各種毒物は瓶詰にされて並べられていて、それ以外はこんもりと山を築いている。
「アシェは、毒をそれぞれ弱毒化してくれるかい?釜はそこのを使っておくれ。そうだね……蜘蛛毒の一番強いものから、解毒剤を作ろうか。」
「あの釜だと……必要量の三分の一ずつ作成になります。良いですか?」
「勿論。三分の一だね。こちらもそれで準備を進めるよ。」
共同で何かを作ることは滅多にないので、こういった場合は何をどれくらい作るかなど、明確に伝達しなければ、完成品の効果が変わってきてしまう。
もう一度資料に目を落とし、手順を確認してから、瓶詰された蜘蛛毒を手に取る。
今からアシェルがやるのは、ひたすら毒物と薬草と水を大きな釜で煮込んで、丁度いいころ合いに急冷する作業だ。
熱を加えることで毒自体の作用を弱くして、薬草でその弱くする助けを行う。
煮込みすぎても煮込まなさ過ぎても良くないので、気を遣う作業だ。
その弱毒化された毒は、今度は解毒作用を持たすための各種素材と合わせられて、ぬるめでじっくり成分を出して、濾過して、ようやく完成になる。
そのどの工程も、タイミングをしっかりと見極めなくてはいけない。
こうして、メイディー邸での大量のポーション作りは始まった。
連日大量の素材が消費され、絶え間なく瓶詰されたポーションが各地に配達されていく。
それでも緊急性はないので声を掛けられれば食事も摂ったし、睡眠もきっちり取った。
逆に声を掛けて貰わないと誰も作業を中断しようとしないので、そのタイミングを見て声を掛けるのはメアリーの仕事だ。
それぞれの作業のキリが良いところを見極めて声をかけてくれるので、中途半端な仕事を残すことが無い。
メアリー自身が錬金をしている姿を見たことは無いが、本当にいいタイミングで声を掛けてくれるので、休憩も取りやすかった。
そんな生活がまるっと三週間続いた。
メイディーの人間が三週間錬金にかかりっきりだったわりには、かなり健康的な生活を送ったのではないかと思う。
「皆様、お疲れさまでした。片付けは使用人達にさせますので、旦那様たちはゆっくりお休みくださいませ。」
最終的に数の多いヒールポーションとマナポーションを五人がかりで作っていたところに、メアリーがやってきて言った。
アシェル達のやることが、丁度何も無くなったタイミングだ。
既に他の器具たちは片付けが終わっていて、ここは薬液の濾過が終わって瓶詰すれば終了だ。
「メア、ありがとう。君のお陰で不規則な生活にならなくて済んだよ。」
アベルがメアリーを抱擁し頬にキスするのを、どこか不思議な気分で眺める。
これだけ長く一緒に暮らしていながら、アベルとメアリーがこんな風に触れあっているところを、初めて見たのだ。
でも確かに夫婦なのだし、アシェル達だっておやすみやおはようの挨拶の時にハグすることはある。
別におかしいことではないし、今まで見たことが無いのが奇跡的だったのだと思う。
「旦那様っ、子供の前ではおやめくださいと……。」
「いつまでそう言ってるつもりだい?そんなことを言ってたら、子供達が皆家を出てしまうまで、メアに触れなくなってしまうだろう?それは私が寂しいよ。もう子供達だって、理解している年頃なんだから。」
「でもっ、せめてお部屋でしてくださいませっ。」
顔を真っ赤にしたメアリーが抗議の声をあげているが、アベルはにこにこと嬉しそうにメアリーを抱きしめている。
どうやらこんな姿を見たことが無かったのは、メアリーの希望だったのだろう。
夫婦とは、こんな風に触れ合うものなのだろうか。
「お義父様も、お義兄様達と一緒ですのね。」
「なぁに、メルもして欲しいの?」
アシェルがメルティーを抱きしめると、一番背が低いのでアシェルの胸に顔が埋まってしまっている。
「アシェ義姉様っ!そのままのお胸で前からはっ、みぎゅぅ……。」
アシェルの身体もメルティーごと、アレリオンとアルフォードに包まれる。
「アシェだけズルいよ。僕らもいれてよね。」
「そーだぞ。あー。流石に疲れたな。錬金は好きだけど、決まったものを延々作り続けるのって、割としんどいよな。新しいものを作る時は、すっごくわくわくするんだけどな。」
「アル兄様の言う意味わかります。タイミングの見極めで気は使うのに、やってることは錬金っていうより、ただの作業ですものね。」
「~~~っ!!~~っ!!」
狭い空間で、メルティーが一生懸命ぽかぽかとアシェルを叩いてくる。
それに合わせて三人とも力を緩めれば、メルティーはまた埋まらないように顔を横に向けて荒い息を吐いている。
「ぷはぁ……アシェ義姉様の胸は凶器ですわ。」
「邪魔なだけなんだけどね。ごめんね、メル。男の子の恰好なのに、ベルがブラつけろって煩くて。」
「邪魔だなんて羨ましい限りですわ。」
「別に胸なんてあってもなくても、メルは可愛いからそれで良いんだよ。」
「それに、メルの背でアシェくらいあったら、流石にデカすぎると思うしな。バランスは大事だぞ。」
「お義兄様達……それって慰めてますの?貶してますの??」
笑いが零れる兄妹たちに、そっとイザベルが声を掛ける。
「皆様……いい加減片付けの邪魔ですので、お部屋にお帰り下さいませ。もしくは談話室に向かってくださいませ。それとアシェル様……お部屋に戻られたからと言って、肌着は脱がれませんようにお願いしますね。」
アシェル達に堂々と邪魔だと言う使用人は、イザベルくらいなものだろう。
兄妹同然に育って、仲が良いからこそ許される言葉だ。
「えー……窮屈なんだけど。」
「普段の胸潰しより面積は狭いんです。こんな時くらいしっかりつけておいてください。それでは、私も仕事がございますので。」
「怒られちゃったね。名残惜しいけど、夕飯の時間も近いだろうし、部屋に戻ろうか。」
アレリオンがアシェルとメルティーの額にキスを落として離れる。
真っ先にアルフォードにキスしようとしていたのだが、それは拒否されていた。
「二人とも夕飯までしっかり休んでな。お疲れ様。」
アルフォードもアレリオン同様にキスをして離れていく。
「メルもお疲れ様。初めて一人で最初から沢山作るのは大変だったでしょ。よく頑張ったね。」
アシェルもメルティーの額にキスを落として離れる。
アベルとメアリーは、いつの間にか居なくなっていた。
自室に戻ると、今日も手紙がサイドチェストの上に置いてある。
邸に戻った一週間後から、毎日アークエイドから手紙が届くのだ。
王家の家紋のついた封蝋を開けて中を見ると、今日も体調を気遣う言葉から始まり、授業のことなど他愛もないことが書かれている。
そして最後には必ず返事は不要だという旨と、会えなくて寂しいとか、愛してるだとかの歯の浮くようなセリフが並べられている。
一応ラブレターということになるのだろうか。
手紙が来た初日は驚いたし返事もきちんと送ったのだが、こうも連日送って来られても書くことがない。
リリアーデ達と文通をしていた時は一か月に一度だったので、筆不精なアシェルにも返事を書くことが出来ただけだ。
依頼分は一旦終了したと、返事を出すべきだろうか。
でも何もなければ学院に戻るが、状況を見て不足分があれば追加発注もあるかもしれない。
ぬか喜びさせるのは可哀想だ。
立ったままどうするか悩んでいるとコンコンと扉が叩かれ、許可を出せばイザベルが入ってくる。
「本日もアークエイド様からお手紙が来てましたか。お返事はどうされますか?」
ここ最近、イザベルから毎日言われている言葉だ。
「いつもなら書かないって言うところなんだけど……どうしたらいいと思う?」
「どう、とは?」
「依頼が終わったって書いたら、学院に戻ってくるって思うでしょ?でも、現状いつ帰れるかはっきりしてないし。追加発注があるかどうかハッキリするまで僕らは学院に戻らないし、もし発注があればまた時間がかかるでしょ。かと言って、忙しいと思って返事は要らないって書いてるだろうし、手が空いたのに返事をしないのもおかしいかなって。」
アシェルが何に悩んでいるのかを聞いて、イザベルはなるほど、と納得がいった。
正直なところ、アークエイドならアシェルから返事が来ただけで喜ぶだろう。
それがたった一文でも。
「でしたら、邸に招くのは如何でしょうか?ひと段落致しましたし、週末にお招きするくらいは大丈夫かと思いますよ。アークエイド様はお手紙を毎日返してもらうより、一時間でもアシェル様にお会いできた方が喜ぶかと思います。」
「そっか……ちょっとお父様に確認してくるよ。ありがとう、ベル。」
「お供いたします。」
イザベルが扉を開けてくれ、一緒にアベルの私室へと向かう。
イザベルが用件を伝えてくれ、久しぶりのアベルの部屋に通される。
イザベルは壁際で待機だ。
「落ち着いたところにすみません。」
「アシェが私の部屋に来るってことは、何か用事があるんだろう?さぁ、ソファに座って。」
部屋にはメアリーも居て、二人でゆっくりしていたところをお邪魔してしまったようだ。
申し訳ない気持ちのまま、促されたソファに座る。
「実は連日アークから手紙を貰っているのですが……ひと段落付きましたし、我が家に招いても良いでしょうか?返事を出そうと思うのですが、すぐに学院に帰れるわけじゃないですし、この後のスケジュールは未定なので……。」
「殿下をかい?アシェが招きたいなら招くと良いよ。ただ邸の中はまだバタバタしているし、業者の出入りもあるから、アシェの実験室で会いなさい。あそこなら周囲に気を配らなくても安心だろう。」
すんなりと許可が出たことにほっとする。
「ありがとうございます。午後から夕食前あたりまでの時間帯で良いでしょうか?」
「食事は一緒じゃなくて良いのかい?」
「忙しいのに、さらに使用人に迷惑をかけるわけにはいかないですから。」
「アシェル……こういう時は遠慮なんてしなくて良いのよ?」
メアリーが気遣ってくれるが、アシェルは首を横に振る。
「いいえ、大丈夫です。それに夕飯まで食べさせたら、アークが泊まるとか言いかねませんので。」
アシェルは大真面目に言ったのに、アベルがふふっと笑みを溢した。
「そうだね。モニアよりは分別があるようだけれど、アークエイド殿下もアシェから離れたくないだろうからね。ラブレターもきっと色々書いてあるんだろう?」
アークエイドからの手紙としか言っていないのに、アベルの中ではしっかりラブレターと認識されているようだ。
グリモニアも同じようなことをしていたのだろうか。
「よく毎日こんなに書くことがあるなって感じです。僕には到底真似できません。」
「ふふ、そうなんだね。殿下を泊めてあげても良いんだよ?」
その言葉に、メアリーがアベルへとジトっとした眼を向けた。
メアリーがアベルにこんな視線を向けているのは、初めて見たかもしれない。
「旦那様……アシェルは貴族令嬢だって分かっておいでですか?前回は警備上仕方ありませんでしたが、まだ婚約もしていない男女を同じ部屋で寝かせるのはダメだと、説明いたしましたよね?」
「うーん……アシェ達の場合は、そこを気にしても無駄だと思うんだけどね。殿下なら、やろうと思えば寮で夜這いも出来るんだし。ちなみにモニアは何度かやって、アンジーの使用人に叩き出されていたけどね。別に襲いたいというよりは、一緒に過ごしていたいんだって言ってたけど、アンジーから何度かモニアを回収しに来てくれって伝達が来ていたからね。」
アンジェラは恐らく、女子寮の2号棟に居たのではないだろうか。
よく女子寮に忍び込めたなと思う。どんな時間でも男が歩いていたら目立って仕方ないだろう。
「それとこれとは別です。口さがない使用人だって、少なからず居るでしょう。変な噂が出回れば傷つくのはアシェルなんですよ?言ってますでしょう。社交界の噂は怖いと。根も葉もない尾ひれがついて、面白おかしく言いふらす人間は居るんですからね。」
「メアは神経質だね。私としては、アシェ達が良いなら、別に気にしなくても良いと思うんだけどね。アシェがものすごく嫌がってるなら別だけれど。アシェは気にしないだろう?」
アベルは今のアークエイドとアシェルの微妙な関係を知っていて、メアリーは知らないのだろう。
貞操観念のしっかりしているメアリーが、今のアシェル達の状態を聞いたら失神してしまいそうだなんて思う。
そしてメアリーがこうしてアシェルのことを心配している言葉を聞くのは、どこかこそばゆい気持ちがする。
「まぁ、アークはよく部屋に来てますし。今はメルたちと一緒に、大抵僕の部屋で晩御飯を食べていきますし。僕が好きなことしてたら大人しくしてるんで、アークが部屋に居て嫌だって思ったことは無いですね。」
アシェルの言葉に、メアリーが驚いた表情をした。
「思っていたよりも仲が良いのね。アシェルは殿下のことが好きなの?」
「好きですけど、幼馴染の皆や家族と同じ好きです。僕にはまだ“特別な好き”がどういうものか分からないので……。一度は振ってるんですが、僕が答えに辿り着くまで待ってくれるらしいので、求婚の返事は保留中です。家の為にアークと結婚したほうが良いのなら、婚約するのは問題ありませんよ?」
「アシェ、我が家はわざわざ相手を選んで縁を結ぶ必要なんてないから、そんなことは気にしなくて良いんだよ。アシェが望む相手なら、例え平民だったとしても反対はしないからね。殿下なんて待たせておけば良いんだよ。どうせ無下にされても、諦めずにしつこいだろうからね。アシェ自身の言葉じゃなく家の為に家の意向で返事をしたら、殿下が悲しんでしまうよ。逆にアシェがしっかり悩んで出した答えなら、どちらであっても殿下は受け入れてくれるから。ゆっくり悩むと良い。」
曲がりなりにも貴族の端くれなので、アシェルだって政略結婚はあるかもしれないと思っていたが、アベルはそんなつもりはなさそうだ。
確かにアークエイドはしつこいだろうし、アシェルの意思でなければ喜んでくれない気がする。
「そんなにお待たせして大丈夫なのかしら?」
「メアは王族のしつこさを見たことが無いから、そう言えるんだよ。大丈夫。王家は一目惚れした相手にはかなりしつこくアプローチするし、どうにかして傍にいる時間を確保しようとするからね。それに相手が本気で嫌がることはしないよ。きっとアシェが手紙で招いたら、喜んで飛んでくると思うよ。」
アシェルもアベルの言葉にうんうん、と頷く。
イザベルも言っていたが、手紙の返事だけよりも少しでも会える時間が取れるなら飛んできそうだ。
アベルとアシェルの様子に、ようやく心配そうだったメアリーがほっと息を吐く。
「そうですか。……アシェルが嫌な思いをしないのであれば、お忍びで来ていただくのも、泊っていただくのも構いません。視察などで変装されますよね?」
「しているはずだよ。まぁ泊めるかどうかは、アシェが決めたら良いよ。その時の食事はイザベルに頼んで、実験室か部屋で摂って良いからね。」
「分かりました。ありがとうございます。アークから返事が来たら、日時はウィルに伝えますね。お時間を頂いてありがとうございました。」
「気にしなくて良いよ。アシェは用事が無いと来てくれないからね。」
用事もないのに忙しいアベルを捕まえるのは、流石に気が引ける。
苦笑するアベルとメアリーに立ち上がって礼をして、イザベルと共に部屋を出る。
私室に戻れば、イザベルが手紙を書く準備をしてくれて、書き物机に向かう。
「別に泊めてあげなくても良いよね?午後いっぱい会えたら、アークは満足するかなって思うんだけど……。」
「それはアシェル様が決めることですよ。一言申し上げるのであれば、アークエイド様は泊りだともっと喜ぶだろうということだけですね。看病をしている間もリハビリ中も、一切ご自分のお部屋にお戻りになりませんでしたから。」
「それ聞くと、アークの使用人達に怒られちゃいそうな気がするね。せっかくアークのお世話をするために、寮に居るのに。」
「使用人的には気が楽だと思いますよ。主人の機嫌を伺う必要がありませんから。」
「ベルに機嫌を伺われたことあったっけ?」
「ないかもしれませんね。」
軽口にふふっとお互い笑い合って、アシェルはペンを滑らせる。
連日届いた手紙へのお礼。
依頼が一旦終わったこと。
まだ学院に帰れる時期は未定な事。
アークエイドが良いのであれば、邸に招くこと。
昼食後から夕食前までの予定だが、一応泊ることも出来ること。
その時は冒険者スタイルで、アシェルの部屋の出入りをして欲しいことを書き連ねる。
泊りについては迷ったがアベルもメアリーも許可をくれたので、アークエイド任せにすることにする。
なんとか手紙を書き終え、封筒に詰めて封蝋をする。
——イザベルから見るアシェルの手紙は業務連絡のような、必要なことが書き連ねられている無駄のない文章だ。普段のような飾った言葉は、文字になったのを見たことが無い。
「ベル。これお願いできる?」
「かしこまりました。」
イザベルに手紙を渡せば、それを手にイザベルは部屋を出て行く。
配達の手配をしてくれるのだ。
きっとアークエイドの返事は早いんだろうな、なんて思いながら大きく伸びをする。
「流石に疲れたな。」
靴を脱いで寝台に上がれば、身体が重たくなったような気がする。
少しだけ。そう思いつつ瞼を閉じた。
思いのほか疲れていたらしい身体は、すぐに眠りの中に落ちていった。
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