氷の王子様と微笑みの男装令嬢

芯夜

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第三章 王立学院中等部二年生

182 スタンピードの始まり⑤

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Side:アシェル13歳 秋



ほとんどが顔見知りの貴族たちの食卓はスタンピードの最中だと言うのに、本当にキャンプをしているかのように話が盛り上がっていた。

人数も立場も色々なので、余計に各所で会話が盛り上がるのかも知れない。

「いやー。なんつーか、色々なものが生徒会室以上だな。」

「ダリル兄は普段何を見てるんすか?これくらいなら、多分メイディーの平常運転ですよ。」

「そういや、お茶会ではアシェル君の膝の上に、末っ子を乗せてたんだっけか。」

「ですです。アシェの膝の上にメルを乗っけて、アシェがずっと焼き菓子食べさせてましたよ。」

「アルフォード先輩やアシェル君が充電の時に、メルティー嬢を乗せているのは見た事があるが、流石にそれは見たことが無いな。」

「今日はメルの味見をしてないのが珍しいくらいっすよ。まぁ、メルもアシェが食べたのと同じ皿からしか手に取ってないんで、そこが妥協点なんだと思うんですけど。」

「エト……お前よく見てるな。少し気持ち悪いぞ。」

「気持ち悪いってなんなんすか。アシェは学食すらメルの食事の味見をしてるし、夜だって部屋に招いて夕食にしてるんですよ?そのアシェがメルの味見をしてないから、不思議に思って見てただけですって。」

「学食は噂で聞いた事があるし、見かけたこともあるが。まさか夕飯もなのか。なるほど。アビゲイル先輩が、メイディーは過保護だという意味が分かる気がするな。」

「兄弟ってこんなもんなんすか?」

「別に俺は、グラハムをあんな風に甘やかしたいと思ったことも、世話を焼こうと思ったことも無いぞ。」

「まぁ、グラハムも気ぃ強いし、負けず嫌いですもんね。」

「エトもだからな。」

「負けず嫌いってとこだけは認めときます。」

ダリルとエラートは幼馴染というよりは親戚だ。
親同士も同じ第一騎士団所属で仲が良いし、ダリルの母親がロバートの妹なので、よくコンラートのタウンハウスに預けられていた。

ダリルの弟のグラハムを含め、三人は軽口を叩き合えるくらいには仲が良い。

「なぁ、キルル。盾持ちは要らないと言っていたが、お前達三人はばらけたほうが良くないか?明らかに過剰戦力だろう。」

「なんだい、ロバート。あたしは弱い奴の尻拭いなんてごめんだよ。」

「キルル姫は相変わらずだな。まぁ【月夜の白銀】がスタンピードに参加してくれるだけで、かなり助かっているんだが。」

「ダンテ。姫はやめとくれよ。あたしはこっちの姫さんみたいに、大人しくは無いからね。」

「だが、キルル嬢という年齢でも柄でもないだろう?」

「ロバートみたいに呼び捨てで良いでしょう?ダンテの方が年上なんだし、国を出たあたしを、いつまでも姫扱いしないでおくれよ。」

キルルとロバートは同じクラスで仲が良かったが、ロバートと仲の良かったダンテ・コンラートともキルルはよく話していた。
獣人は武力を尊ぶので、ロバートとダンテとはよく手合わせをした仲だ。

「ビースノート帝国の姫相手に恐れ多いが、まぁそれが妥当なところか。息子は、言われなければ純血に見えるな。」

「ふふ、あたしとニクスの子だからね。少しはニクスみたいな黒豹の特徴も出るかと思ったけど、あたしの狼ばっかり受け継いだみたいだね。度々獣人の血が混じっているテイル公爵家でニクスにも尻尾だけとは言え特徴が出てるから、人間の血よりも獣人の血が濃いんだろうね。」

「ダリルが言っていたが、その自慢の息子の姿をアベルの子は眼で追えるんだろう?隣で見ていたが、逸材だな。表だけで見るなら、是非騎士団に誘いたいくらいだ。」

「ダンテ義兄さん、勧誘すると間違いなくアベルが怒るぞ。」

「そーね。アベルはアシェルのことだけはべた褒めするから。表向きがどうであれ、錬金と縁のない道にはいかせないと思うわよ。」

「それは恐ろしいな。だが、メイディーの体質があって、あれだけ動けて、なおかつアベルと同じように視ることが出来るんだろう?近衛にするには、これ以上ない人材なんだがな。」

「それはアークエイドが許さないんじゃないかしら?アシェルは強いけど、あまり危険には晒したくなさそうだしねぇ。」

「アークエイド殿下の望む形ではないだろうからな。ある程度アベルや陛下に近い人間しか、アシェル殿のことも殿下のことも知らないが。何処に落ち着いたとしても、アシェル殿が騎士団入りすることはないだろうな。次男が入るだけ良いだろ?」

「まぁな。と言っても、近衛じゃなくて従軍医師希望だがな。次男もなかなか動きが良かったぞ。」

「あたしらをばらけさせるより、もう少しうちとアルフォードのチームでのカバーエリアを広げて、左右の王立学院生のエリアを2パーティーで1エリア対応させたらどうだい?ダンテとロバートの息子の守るパーティーはこのままで良いだろうけど、明らかに1パーティーあたりの火力不足だよ。今回は事前準備もしっかりしていて、後続が居るけど……本来なら最前線でどんどん殲滅しなきゃいけないのがスタンピードだからね。しかも、後続の結界から魔法も飛んでいってるでしょう?既に間引かれているのに、残ってる魔物が多すぎよ。」

「キルルから見てもそう思うか。騎士団員達からも、戦力不足だと報告が上がっている。ダリルたちのパーティーは問題ないんだな?ダリルもエラートも、二人とも報告なんてする気が全くなかったみたいでな。」

ダンテはちらりと、親たちからは遠いところに座って喋っている息子達を見る。

騎士団は仕事なのでダンテの元へ報告に来たが、ダリルもエラートも報告にはこなかった。

エラートが連れてきたガルドという冒険者の相方はダンテだったので、情報が上がってきてないパーティーは騎士団の居なかったそのパーティーだけだ。
撤退はスムーズに行えたようなので、問題は無かったのだとは思う。

キルルたちのパーティーについては、そもそも戦力不足は無いと分かっているし、逆に隣で暇そうに雑魚を片付けていた三人が不憫なくらいだった。
盾持ちのタンク役を配置しなくて正解だった。

「あいつ……すまない。その辺りも仕込んでおくべきだった。」

「まぁ、騎士団員じゃ無いし、うちの息子もだからな。こうしてると、メイディーの美男子たちを崇めに来たファンの集まりなんだがな。まぁ、こうやって戦場でも休むときにはしっかり休めるというのも強みだな。」

「ミルルはうちの地方の子だけど、獣人の特徴が出てない割には、獣人らしい戦い方をする子よ。耳だけでも付いてたらもっと上手く立ち回り出来ただろうに、惜しいわ。」

「なんだかんだで高位貴族が、こうやって集まってくれるだけでも有り難いものだ。お陰で、こうして少し休めるわけだしな。」

「夜はあたしは出なくて大丈夫なのかい?少し仮眠を取ればいけるわよ。」

「前線の状況を見て、後続の冒険者たちからそれなりに戦える人員を回してもらっている。結界近くまできたやつはそいつらが討ち取っているし、配置した魔法使いたちもローテーションしながら戦っているから大丈夫だろう。メイディーの作ったマナポーションも大盤振る舞いされているからな。日中の最大火力は、しっかり身体を休めてくれ。」

「じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかね。ほんと、至れり尽くせりなスタンピードだね。」

「被害が少ないのは良いことだがな。」

食事と情報交換を終えた大人達は、わいわいと何処で寝るのか相談している子供達を見守る。
結界のすぐそこでは魔法の煌めきがチカチカしているが、結界の中は静かなものだ。
本当にただのキャンプや遊びに来ているかのようである。

「リリアーデさん、今日はわたくし達と一緒に寝てくださいませんか?新しい同士を見つけましたのよ。」

「新しい同士?」

カナリアもリリアーデも最初に極大魔法で大量に魔力を消費したので、明日の夕方までは非番だ。
魔法部隊だったユーリとアビゲイル、そしてアレリオンとグレイニールの魔力まで注いだ魔法は、広範囲の敵の殲滅と同時に、後続の各部隊に前線の武術部隊の撤退を告げる合図にもなっている。
しっかり三か所の武術部隊が帰還してからの発動だ。

「えぇ、サクラで働いていた一年生のパトリシアさんよ。リリアーデさんとはお知り合いだと言っていたわ。」

「あぁ、パトリシアさんのことね。授け子だとは聞いてたけど、同士だなんて知らなかったわ。」

「ファンクラブに加入してくれるかは分からないけれど、是非色々なお話を聞けたらと思って、テントを一つ借りましたのよ。今夜からしばらくは女子会ですわ。」

「ほどほどで切り上げましょうね。わたくし達は良いけれど、昼間に戦うティエリア先輩とミルル先輩にはしっかりとした休息が必要だわ。」

「えぇ、時間は決めて、寝る時間にはしっかり身体を休めるようにしますわ。そうだわ、アシェル様もいらっしゃいませんこと?そうすればイザーク君がテントで寝ても、問題ありませんわよね?」

「カナリア嬢!アシェル君を巻き込むのは止めてください!!ですから、何度も言ってるように。いくら仮眠とはいえ、テントの中で男女が一緒に寝るのは良くないんですって!」

「あら、間違いが無ければ良いんだから、別にいいじゃありませんか。それに、イザーク君だって語り合いたいでしょう?」

「語り合いたいけど、それとこれとは別です!そこまで気にしてくれるなら、昼間に話してくださいよ。」

「だって、皆の時間が合うのはここだけなんだもの。イザーク君はどちらにしてもダメなのね。ねぇ、アシェル様。如何かしら?」

イザークはどうも、既に何度かカナリアからの誘いを断った後だったらしい。

カナリアが男だと思っているアシェルを女性ばかりのテントに誘うのは、きっとイザークと同じで手出しはしないと信じているからだろう。

「二人っきりのお誘いなら嬉しいけれど今日は仮眠だし、僕は別で寝るよ。皆の可愛い寝顔を眺めているうちに、朝になっちゃいそうだからね。」

「まぁ、アシェル様ったらお上手ですわ。アシェル様の身体が休まらないのは問題なので、お誘いは止めておきますわね。ですが、是非また学院のサロンでお喋りしてくださいませ。時間がゆっくり取れる時で構いませんわ。」

「ふふ、そうだね。また皆とご一緒させてもらえると嬉しいよ。集会にも顔を出した方が良い?」

「アシェル様さえ宜しければ是非!皆喜びますわ。」

「じゃあ、後期のどこかでお邪魔させてもらうよ。」

アシェルが優しく微笑んで言った言葉に、【シーズンズ】の面々はガッツポーズをする。お淑やかなユーリもいつも反応は控えめだが、しっかり反応している。
スタンピードが終わったら、領地に帰らなければならないティエリアだけは嘆いているが。

「アシェ。こんなところでまで女性を口説くな。」

「口説いてないってば。それに、ちゃんと断ったんだから正解でしょ?」

「確かに正解だが、もう少し断り方があるだろ?」

アシェルはちゃんと女性テントで寝ないように断ったのに、何故かアークエイドに小言を言われてしまう。
今日一日【シーズンズ】と一緒に遊びすぎた自覚はあるので、我慢の限界だったのだろうか。

そしてもう一人、小言を言う人物が居る。

「リリィが気にしないのは分かるが、カナリア嬢もなのか……。もしイザークが一緒のテントで寝ると言ったら、リリィはそこでは寝せないつもりだった。」

「デュークったら何の心配しているの?イザーク君がわたくしに手を出してくるわけないじゃない。」

「そう言う問題じゃない。」

リリアーデとデュークのやり取りもいつものことで、リリアーデは全く気にしていないようだ。

前世の感覚から言えば、大人数で男女混合で雑魚寝して何がダメなの?という感じだろうか。
非常識かマニアックな性癖の人間なら手を出してくる可能性が無くはないが、イザークに限ってそれは無いだろう。

「ふふ、アシェ達はたっぷり動いた後なのに元気だね。僕達はもう仮眠を取りに行くけど、ちゃんとテントは借りたかい?もしなければ、補給部隊に伝えれば新しく建てて貰えるからね。」

「テントじゃない場所で寝るにしても、しっかり仮眠は取れよ?」

「アン兄様、アル兄様。お二人はどちらで眠られるんですか?」

「僕はグレイや騎士団員たちと一緒にだね。」

「俺もだ。隣のテントに、アビーやメル。それから、補給部隊の貴族出身女性だな。イザベル達は使用人向けのテントがあるから、そのどこかに居ると思うぞ。」

「そうなんですね。別にテントに拘りはないので、どこか適当な場所を探して寝ます。テントで知らない人と一緒は嫌ですし。」

小さめのテントもあるが、それぞれ借り手がついたテントから灯が点っているようだ。

騎士団員の出入りしている大きめのテントが建っている一帯に、メルティー達の寝るテントもあるのだろう。

「そう言うんじゃないかなと思っていたよ。いつもの野営の時は、ちゃんと仮眠を取れている?」

「いつもですか?はい。流石に熟睡は無理ですけど、うつらうつら位は出来ていますよ。」

「それなら良かった。テントの灯が消える前に僕らは戻らないとだから。おやすみ、アシェ。」

「おやすみ、アシェ。また明日な。」

「おやすみなさい、アン兄様、アル兄様。」

チュッと頬におやすみのキスをくれる二人に、アシェルもお返しのキスをする。
アシェルが仮眠を取らないかもしれないと、心配してくれていたのかもしれない。

「メイディーは、ここでもおやすみのキスをするのか。」

「おやすみの挨拶なんだから、おかしくないでしょ?」

「……そうだな。ところで、何処で寝るつもりだ?」

「可能ならテントを推奨だけどな。疲れの取れ具合が変わる。」

「まぁ、最低でも二、三日だもんな。俺はどっちでもいいぜ。別れて寝ても良いしな。」

「俺は外がいーなー。人が少ない良い場所あるかなー?」

「僕もマリクと一緒に外で寝る。知らない人がいる知らない場所で寝るより、マリクの毛皮の方が落ち着くし。最初からどこか良い場所探して寝るつもりだったし。」

「俺はアシェの傍で寝るつもりだ。」

「まぁ、アークはそうだよな。んじゃ別れるか?俺とデュークだけなら、騎士団のテントに入れて貰えるだろうし。」

「そうだな。ただ、三人ともいい場所が見つからなかったら、小さいテントでも借りて寝るんだぞ?布一枚隔てるだけでもかなり違うからな。」

「わかったー。」

お互いにおやすみを言い合い、人気の少ない場所を探す。
割と見通しのいい平原なのだが、一応小さな丘のようなものがあったり少しだけ木が生えていたりして、テントを建てるのに向いていない傾斜がある場所は、ぽっかりと空いている。
そう言った場所が仮眠の狙い目だ。

「マリク。寝床を探してるんでしょう?ついておいで。」

アシェル達の前に現れた白灰色の毛並みを持つ大きな狼は、キルルが獣化した姿だ。

【月夜の白銀】の二つ名が示す通り、月明かりを浴びた白灰色の毛は、まるで銀糸のように輝いて見える。

「かーさん。もーいーとこ見つけたのー?」

「何年この辺りをうろついてると思ってるのよ。」

狼姿のキルルに案内され、少し小高い丘の上の真ん中にぽつんと大き目の木が生えている根元に案内される。
平原に生えている木は細かったり高さが短かったりで、これだけ仮眠向きの木はなかなか見つからないだろう。

「かーさん、ありがとー。アークもアシェも、ここでいーい?」

「あぁ。」

「うん。」

アシェル達の返事を聞いたマリクは、いつものようにポイポイと衣服を脱ぎ捨てていく。
アシェルもいつも通り脱ぎ散らかされた衣服を拾い集め、『ストレージ』から取り出した折り畳みテーブルの上に簡単に畳んで置いておく。

アシェルが衣類をまとめている間に、青灰色の狼が現れた。
純血のキルルよりは一回り小さいが、それでも人間を二人くらい乗せて走れそうな大きさだ。

木の根元にウルフの毛皮の敷物を広めに敷けば、キルルとマリクが丸くなり横たわる。
多分二人は敷物が無くても気にしないのかもしれないが、朝方の地面は冷えるのでアシェルとアークエイドには必須だ。

「アシェルはこっちで寝なさい。アークエイドはマリクに寝ると良いわ。」

「わざわざすまない。アシェ、寝れそうか?」

アークエイドもアシェルが寝れないことを心配してくれているが、以前キルルと一緒に仮眠したことがあるので大丈夫だろう。

「うん。キルル様の毛皮もとても気持ち良いから。熟睡しないようにしなきゃだね。」

「くくっ、本当にアシェは包まれて寝るのが好きだな。熟睡しても良いと思うぞ。休めるなら休んだ方が良いからな。おやすみ、アシェ。」

チュッとアークエイドからもおやすみのキスを貰い、アシェルも頬にお返しをする。
さっき兄達とおやすみのキスをしたのを、ここでもかと言っていたのはどの口だっただろうか。

「アークもおやすみのキスするの?おやすみ、アーク。マリクとキルル様もおやすみなさい。キルル様、お邪魔しますね。」

「おやすみー。」

「おやすみ。遠慮しないでおいで。」

アークエイドがマリクに包まれたのを見届けてから、アシェルもキルルの身体に包まれる。

相変わらずとても心地よい毛皮だ。
毎日キルルの毛皮に包まれて寝ているらしいニクスが、とても羨ましいと思う。

マリクよりも大きくて明るい毛並みのキルルは、マリクの毛質より少しだけ柔らかい毛質だ。

とても温かくて落ち着くのに、気が立っているのか、離れていても多くの人の気配があるせいなのか。目を閉じても上手く仮眠を取ることが出来ない。

それでも身体を休めないとと思ってジッとしていたが、結界の外では魔法部隊が魔物の対応をしてくれていて、ぴかぴかと光っているし、後方から飛んでくる明かりも見える。
まるで流星群みたいだ。

しばらく仮眠を取れないかとじっとしていたが、どうせ眠れないのなら少しでも魔物を倒した方が有意義な時間だろうと、ゆっくりと身体を動かす。
熟睡まではしていないだろうが、仮眠している三人を起こすわけにはいかない。

そーっとキルルの温もりの中から抜け出して、足を結界の外に向けて踏み出したところで、ぱくんと首辺りが甘噛みされた。

親が子犬や子猫を連れ歩くように、キルルがアシェルを咥えてぶらさげ、また元の寝床へと連れ戻される。そしてキルルの毛皮に包まれた。

なんだかキルルの子供になった気分だ。この場合は子狼だろうか。

「何処に行くつもり?お手洗いって感じじゃなかったでしょ。」

キルルが鼻先と尻尾でアシェルが寝やすいように体勢を整えてくれながら、小声で問いかけてくる。

「えっと……寝れないから手伝いに行こうかなって。起こしてしまってすみません。」

「やっぱりね。眩しいんだったら、しっかり尻尾にでも埋もれて寝なさい。寝やすいように寝て貰っていーから。アシェルは遠慮しすぎなのよ。」

キルルにされるがままになっていると、座っているというよりほぼ寝転がっているような体勢にされ、抱き枕のように大きな尻尾が目の前にやってくる。
キルルの凛々しい狼の顔は、尻尾の向こうでアシェルの顔のすぐ傍だ。

「ありがとうございます。」

「これくらい気にしないの。ほら、目を閉じなさい。仮眠じゃなく、寝てしまっても良いから。」

大人しく目を閉じれば、キルルが鼻先でだろう。背中をポンポンとゆっくりとしたリズムで叩いてくれる。

小さな子供を寝かしつけるような行動をさせてしまっているのが申し訳ない。
だが大人しく仮眠しようとしなかったアシェルは、キルルから見たら小さな子供と一緒なのかもしれない。

温かく優しいキルルの中で横たわったアシェルの身体は、微睡ではなく深い眠りに落ちるのに時間はかからなかった。

5分もしないうちに、アシェルのすぅすぅという規則的な寝息が聞こえ始める。
野営では絶対に聞くことのない、ゆっくりと規則的な呼吸だ。

しっかりとアシェルが寝入ったのを確認して、アークエイドは小声で話す。
マリクも起きているし、二人とも耳が良いので、小声で十分だ。

「テイル夫人、助かった。」

「別にこれくらい良いわよ。それよりも、アークエイドが言ってたことが的中したことに驚きよ。もう喋って大丈夫なの?」

「こうなったアシェは朝まで起きない。少しくらい喋ってても平気だ。俺としては、アシェがここまで寝入った方が驚きだ。」

「きのーも寝れてなかったんだろーね。お昼寝タイムの前に鐘がなっちゃったからなー。」

アシェルはお昼寝のことを知っているのはアークエイドとイザベル、そしてリリアーデだけだと思っているようだったが、しっかりリリアーデによってマリク達にも伝達されている。

アシェルのお昼寝タイムを確保するためと、単純に自分たちのストレス発散の為に。毎日決まった時間に2時間ほど演習場に行ってくれていたのだ。

最近のアシェルは昼夜逆転気味だったので、今夜も寝ずに討伐に行くのではないかと懸念していたが、そのアークエイドの予想は当たったのだ。

キルルが鮮やかな手際で野営中にも関わらずしっかりとアシェルを寝かしつけたことが、素直に凄いと思う。
まさかアシェルが外で、こんな風に寝入るとは思わなかった。

「アシェルは嫌がらなかったからねぇ。マリクと違って聞き分けのイイ子だよ。」

「えー俺ー?」

「あんたを寝かしつけるのが、どれだけ大変だったと思ってるんだい。連れ戻してもよたよたとどっかに行こうとするし。寝やすいようにしてやっても、直ぐ脱出しようとしてたんだからね。咥えて運んでやったら暴れるし……。」

「もー、ちーさいころのことは、しょーがないだろー。」

「ふふ。久しぶりに子育てしていたころを思い出したよ。マリクも手がかからなくなったし、もう一人くらい産んでもいいかもねぇ。」

「んー、いもーとかおとーとが出来るのはいーけど、歳の差がありすぎて現実味がないかもー。」

「冗談だよ。さ、あんたたちもしっかり身体を休めな。明日は今日より忙しいわよ。」

「はーい、おやすみー。」

「テイル夫人、本当にありがとう。おやすみ。」

キルルは子供達が仮眠したのを見届けて、自分の中ですやすやと寝ているアシェルを見る。

子供扱いすると嫌がるかと思っていたが、全く抵抗なく受け入れていた。

アベルはアシェルのことを、大人びているとか甘えない子だとか言っていたが、単純にアベルの子どもに対する対応の仕方が問題なのではないかと思う。

アベルも忙しかったのだと分かっているが、兄達は上手く甘えさせる方法を確立しているようだ。アベルも会いに来てくれないことを嘆くのではなく、自分からアシェルに会いに行けばいいのにと思う。
メアリーとの兼ね合いもあるので、なかなか難しいのかもしれないが。

アシェルが魔法の光で目覚めないように、尻尾で少し目隠ししてあげる。
尻尾に抱き着かれても良かったのだが、アシェルは自分の身体を抱き込むようにして寝ている。

果たしてアベルは、こんな風にあどけない表情で眠るアシェルを見た事があるのだろうか。
スタンピードが終わったらアベルに自慢してやろうと心の片隅で思いながら、キルルも身体を休めるために目を閉じた。
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