183 / 313
第三章 王立学院中等部二年生
182 スタンピードの始まり⑤
しおりを挟む
Side:アシェル13歳 秋
ほとんどが顔見知りの貴族たちの食卓はスタンピードの最中だと言うのに、本当にキャンプをしているかのように話が盛り上がっていた。
人数も立場も色々なので、余計に各所で会話が盛り上がるのかも知れない。
「いやー。なんつーか、色々なものが生徒会室以上だな。」
「ダリル兄は普段何を見てるんすか?これくらいなら、多分メイディーの平常運転ですよ。」
「そういや、お茶会ではアシェル君の膝の上に、末っ子を乗せてたんだっけか。」
「ですです。アシェの膝の上にメルを乗っけて、アシェがずっと焼き菓子食べさせてましたよ。」
「アルフォード先輩やアシェル君が充電の時に、メルティー嬢を乗せているのは見た事があるが、流石にそれは見たことが無いな。」
「今日はメルの味見をしてないのが珍しいくらいっすよ。まぁ、メルもアシェが食べたのと同じ皿からしか手に取ってないんで、そこが妥協点なんだと思うんですけど。」
「エト……お前よく見てるな。少し気持ち悪いぞ。」
「気持ち悪いってなんなんすか。アシェは学食すらメルの食事の味見をしてるし、夜だって部屋に招いて夕食にしてるんですよ?そのアシェがメルの味見をしてないから、不思議に思って見てただけですって。」
「学食は噂で聞いた事があるし、見かけたこともあるが。まさか夕飯もなのか。なるほど。アビゲイル先輩が、メイディーは過保護だという意味が分かる気がするな。」
「兄弟ってこんなもんなんすか?」
「別に俺は、グラハムをあんな風に甘やかしたいと思ったことも、世話を焼こうと思ったことも無いぞ。」
「まぁ、グラハムも気ぃ強いし、負けず嫌いですもんね。」
「エトもだからな。」
「負けず嫌いってとこだけは認めときます。」
ダリルとエラートは幼馴染というよりは親戚だ。
親同士も同じ第一騎士団所属で仲が良いし、ダリルの母親がロバートの妹なので、よくコンラートのタウンハウスに預けられていた。
ダリルの弟のグラハムを含め、三人は軽口を叩き合えるくらいには仲が良い。
「なぁ、キルル。盾持ちは要らないと言っていたが、お前達三人はばらけたほうが良くないか?明らかに過剰戦力だろう。」
「なんだい、ロバート。あたしは弱い奴の尻拭いなんてごめんだよ。」
「キルル姫は相変わらずだな。まぁ【月夜の白銀】がスタンピードに参加してくれるだけで、かなり助かっているんだが。」
「ダンテ。姫はやめとくれよ。あたしはこっちの姫さんみたいに、大人しくは無いからね。」
「だが、キルル嬢という年齢でも柄でもないだろう?」
「ロバートみたいに呼び捨てで良いでしょう?ダンテの方が年上なんだし、国を出たあたしを、いつまでも姫扱いしないでおくれよ。」
キルルとロバートは同じクラスで仲が良かったが、ロバートと仲の良かったダンテ・コンラートともキルルはよく話していた。
獣人は武力を尊ぶので、ロバートとダンテとはよく手合わせをした仲だ。
「ビースノート帝国の姫相手に恐れ多いが、まぁそれが妥当なところか。息子は、言われなければ純血に見えるな。」
「ふふ、あたしとニクスの子だからね。少しはニクスみたいな黒豹の特徴も出るかと思ったけど、あたしの狼ばっかり受け継いだみたいだね。度々獣人の血が混じっているテイル公爵家でニクスにも尻尾だけとは言え特徴が出てるから、人間の血よりも獣人の血が濃いんだろうね。」
「ダリルが言っていたが、その自慢の息子の姿をアベルの子は眼で追えるんだろう?隣で見ていたが、逸材だな。表だけで見るなら、是非騎士団に誘いたいくらいだ。」
「ダンテ義兄さん、勧誘すると間違いなくアベルが怒るぞ。」
「そーね。アベルはアシェルのことだけはべた褒めするから。表向きがどうであれ、錬金と縁のない道にはいかせないと思うわよ。」
「それは恐ろしいな。だが、メイディーの体質があって、あれだけ動けて、なおかつアベルと同じように視ることが出来るんだろう?近衛にするには、これ以上ない人材なんだがな。」
「それはアークエイドが許さないんじゃないかしら?アシェルは強いけど、あまり危険には晒したくなさそうだしねぇ。」
「アークエイド殿下の望む形ではないだろうからな。ある程度アベルや陛下に近い人間しか、アシェル殿のことも殿下のことも知らないが。何処に落ち着いたとしても、アシェル殿が騎士団入りすることはないだろうな。次男が入るだけ良いだろ?」
「まぁな。と言っても、近衛じゃなくて従軍医師希望だがな。次男もなかなか動きが良かったぞ。」
「あたしらをばらけさせるより、もう少しうちとアルフォードのチームでのカバーエリアを広げて、左右の王立学院生のエリアを2パーティーで1エリア対応させたらどうだい?ダンテとロバートの息子の守るパーティーはこのままで良いだろうけど、明らかに1パーティーあたりの火力不足だよ。今回は事前準備もしっかりしていて、後続が居るけど……本来なら最前線でどんどん殲滅しなきゃいけないのがスタンピードだからね。しかも、後続の結界から魔法も飛んでいってるでしょう?既に間引かれているのに、残ってる魔物が多すぎよ。」
「キルルから見てもそう思うか。騎士団員達からも、戦力不足だと報告が上がっている。ダリルたちのパーティーは問題ないんだな?ダリルもエラートも、二人とも報告なんてする気が全くなかったみたいでな。」
ダンテはちらりと、親たちからは遠いところに座って喋っている息子達を見る。
騎士団は仕事なのでダンテの元へ報告に来たが、ダリルもエラートも報告にはこなかった。
エラートが連れてきたガルドという冒険者の相方はダンテだったので、情報が上がってきてないパーティーは騎士団の居なかったそのパーティーだけだ。
撤退はスムーズに行えたようなので、問題は無かったのだとは思う。
キルルたちのパーティーについては、そもそも戦力不足は無いと分かっているし、逆に隣で暇そうに雑魚を片付けていた三人が不憫なくらいだった。
盾持ちのタンク役を配置しなくて正解だった。
「あいつ……すまない。その辺りも仕込んでおくべきだった。」
「まぁ、騎士団員じゃ無いし、うちの息子もだからな。こうしてると、メイディーの美男子たちを崇めに来たファンの集まりなんだがな。まぁ、こうやって戦場でも休むときにはしっかり休めるというのも強みだな。」
「ミルルはうちの地方の子だけど、獣人の特徴が出てない割には、獣人らしい戦い方をする子よ。耳だけでも付いてたらもっと上手く立ち回り出来ただろうに、惜しいわ。」
「なんだかんだで高位貴族が、こうやって集まってくれるだけでも有り難いものだ。お陰で、こうして少し休めるわけだしな。」
「夜はあたしは出なくて大丈夫なのかい?少し仮眠を取ればいけるわよ。」
「前線の状況を見て、後続の冒険者たちからそれなりに戦える人員を回してもらっている。結界近くまできたやつはそいつらが討ち取っているし、配置した魔法使いたちもローテーションしながら戦っているから大丈夫だろう。メイディーの作ったマナポーションも大盤振る舞いされているからな。日中の最大火力は、しっかり身体を休めてくれ。」
「じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかね。ほんと、至れり尽くせりなスタンピードだね。」
「被害が少ないのは良いことだがな。」
食事と情報交換を終えた大人達は、わいわいと何処で寝るのか相談している子供達を見守る。
結界のすぐそこでは魔法の煌めきがチカチカしているが、結界の中は静かなものだ。
本当にただのキャンプや遊びに来ているかのようである。
「リリアーデさん、今日はわたくし達と一緒に寝てくださいませんか?新しい同士を見つけましたのよ。」
「新しい同士?」
カナリアもリリアーデも最初に極大魔法で大量に魔力を消費したので、明日の夕方までは非番だ。
魔法部隊だったユーリとアビゲイル、そしてアレリオンとグレイニールの魔力まで注いだ魔法は、広範囲の敵の殲滅と同時に、後続の各部隊に前線の武術部隊の撤退を告げる合図にもなっている。
しっかり三か所の武術部隊が帰還してからの発動だ。
「えぇ、サクラで働いていた一年生のパトリシアさんよ。リリアーデさんとはお知り合いだと言っていたわ。」
「あぁ、パトリシアさんのことね。授け子だとは聞いてたけど、同士だなんて知らなかったわ。」
「ファンクラブに加入してくれるかは分からないけれど、是非色々なお話を聞けたらと思って、テントを一つ借りましたのよ。今夜からしばらくは女子会ですわ。」
「ほどほどで切り上げましょうね。わたくし達は良いけれど、昼間に戦うティエリア先輩とミルル先輩にはしっかりとした休息が必要だわ。」
「えぇ、時間は決めて、寝る時間にはしっかり身体を休めるようにしますわ。そうだわ、アシェル様もいらっしゃいませんこと?そうすればイザーク君がテントで寝ても、問題ありませんわよね?」
「カナリア嬢!アシェル君を巻き込むのは止めてください!!ですから、何度も言ってるように。いくら仮眠とはいえ、テントの中で男女が一緒に寝るのは良くないんですって!」
「あら、間違いが無ければ良いんだから、別にいいじゃありませんか。それに、イザーク君だって語り合いたいでしょう?」
「語り合いたいけど、それとこれとは別です!そこまで気にしてくれるなら、昼間に話してくださいよ。」
「だって、皆の時間が合うのはここだけなんだもの。イザーク君はどちらにしてもダメなのね。ねぇ、アシェル様。如何かしら?」
イザークはどうも、既に何度かカナリアからの誘いを断った後だったらしい。
カナリアが男だと思っているアシェルを女性ばかりのテントに誘うのは、きっとイザークと同じで手出しはしないと信じているからだろう。
「二人っきりのお誘いなら嬉しいけれど今日は仮眠だし、僕は別で寝るよ。皆の可愛い寝顔を眺めているうちに、朝になっちゃいそうだからね。」
「まぁ、アシェル様ったらお上手ですわ。アシェル様の身体が休まらないのは問題なので、お誘いは止めておきますわね。ですが、是非また学院のサロンでお喋りしてくださいませ。時間がゆっくり取れる時で構いませんわ。」
「ふふ、そうだね。また皆とご一緒させてもらえると嬉しいよ。集会にも顔を出した方が良い?」
「アシェル様さえ宜しければ是非!皆喜びますわ。」
「じゃあ、後期のどこかでお邪魔させてもらうよ。」
アシェルが優しく微笑んで言った言葉に、【シーズンズ】の面々はガッツポーズをする。お淑やかなユーリもいつも反応は控えめだが、しっかり反応している。
スタンピードが終わったら、領地に帰らなければならないティエリアだけは嘆いているが。
「アシェ。こんなところでまで女性を口説くな。」
「口説いてないってば。それに、ちゃんと断ったんだから正解でしょ?」
「確かに正解だが、もう少し断り方があるだろ?」
アシェルはちゃんと女性テントで寝ないように断ったのに、何故かアークエイドに小言を言われてしまう。
今日一日【シーズンズ】と一緒に遊びすぎた自覚はあるので、我慢の限界だったのだろうか。
そしてもう一人、小言を言う人物が居る。
「リリィが気にしないのは分かるが、カナリア嬢もなのか……。もしイザークが一緒のテントで寝ると言ったら、リリィはそこでは寝せないつもりだった。」
「デュークったら何の心配しているの?イザーク君がわたくしに手を出してくるわけないじゃない。」
「そう言う問題じゃない。」
リリアーデとデュークのやり取りもいつものことで、リリアーデは全く気にしていないようだ。
前世の感覚から言えば、大人数で男女混合で雑魚寝して何がダメなの?という感じだろうか。
非常識かマニアックな性癖の人間なら手を出してくる可能性が無くはないが、イザークに限ってそれは無いだろう。
「ふふ、アシェ達はたっぷり動いた後なのに元気だね。僕達はもう仮眠を取りに行くけど、ちゃんとテントは借りたかい?もしなければ、補給部隊に伝えれば新しく建てて貰えるからね。」
「テントじゃない場所で寝るにしても、しっかり仮眠は取れよ?」
「アン兄様、アル兄様。お二人はどちらで眠られるんですか?」
「僕はグレイや騎士団員たちと一緒にだね。」
「俺もだ。隣のテントに、アビーやメル。それから、補給部隊の貴族出身女性だな。イザベル達は使用人向けのテントがあるから、そのどこかに居ると思うぞ。」
「そうなんですね。別にテントに拘りはないので、どこか適当な場所を探して寝ます。テントで知らない人と一緒は嫌ですし。」
小さめのテントもあるが、それぞれ借り手がついたテントから灯が点っているようだ。
騎士団員の出入りしている大きめのテントが建っている一帯に、メルティー達の寝るテントもあるのだろう。
「そう言うんじゃないかなと思っていたよ。いつもの野営の時は、ちゃんと仮眠を取れている?」
「いつもですか?はい。流石に熟睡は無理ですけど、うつらうつら位は出来ていますよ。」
「それなら良かった。テントの灯が消える前に僕らは戻らないとだから。おやすみ、アシェ。」
「おやすみ、アシェ。また明日な。」
「おやすみなさい、アン兄様、アル兄様。」
チュッと頬におやすみのキスをくれる二人に、アシェルもお返しのキスをする。
アシェルが仮眠を取らないかもしれないと、心配してくれていたのかもしれない。
「メイディーは、ここでもおやすみのキスをするのか。」
「おやすみの挨拶なんだから、おかしくないでしょ?」
「……そうだな。ところで、何処で寝るつもりだ?」
「可能ならテントを推奨だけどな。疲れの取れ具合が変わる。」
「まぁ、最低でも二、三日だもんな。俺はどっちでもいいぜ。別れて寝ても良いしな。」
「俺は外がいーなー。人が少ない良い場所あるかなー?」
「僕もマリクと一緒に外で寝る。知らない人がいる知らない場所で寝るより、マリクの毛皮の方が落ち着くし。最初からどこか良い場所探して寝るつもりだったし。」
「俺はアシェの傍で寝るつもりだ。」
「まぁ、アークはそうだよな。んじゃ別れるか?俺とデュークだけなら、騎士団のテントに入れて貰えるだろうし。」
「そうだな。ただ、三人ともいい場所が見つからなかったら、小さいテントでも借りて寝るんだぞ?布一枚隔てるだけでもかなり違うからな。」
「わかったー。」
お互いにおやすみを言い合い、人気の少ない場所を探す。
割と見通しのいい平原なのだが、一応小さな丘のようなものがあったり少しだけ木が生えていたりして、テントを建てるのに向いていない傾斜がある場所は、ぽっかりと空いている。
そう言った場所が仮眠の狙い目だ。
「マリク。寝床を探してるんでしょう?ついておいで。」
アシェル達の前に現れた白灰色の毛並みを持つ大きな狼は、キルルが獣化した姿だ。
【月夜の白銀】の二つ名が示す通り、月明かりを浴びた白灰色の毛は、まるで銀糸のように輝いて見える。
「かーさん。もーいーとこ見つけたのー?」
「何年この辺りをうろついてると思ってるのよ。」
狼姿のキルルに案内され、少し小高い丘の上の真ん中にぽつんと大き目の木が生えている根元に案内される。
平原に生えている木は細かったり高さが短かったりで、これだけ仮眠向きの木はなかなか見つからないだろう。
「かーさん、ありがとー。アークもアシェも、ここでいーい?」
「あぁ。」
「うん。」
アシェル達の返事を聞いたマリクは、いつものようにポイポイと衣服を脱ぎ捨てていく。
アシェルもいつも通り脱ぎ散らかされた衣服を拾い集め、『ストレージ』から取り出した折り畳みテーブルの上に簡単に畳んで置いておく。
アシェルが衣類をまとめている間に、青灰色の狼が現れた。
純血のキルルよりは一回り小さいが、それでも人間を二人くらい乗せて走れそうな大きさだ。
木の根元にウルフの毛皮の敷物を広めに敷けば、キルルとマリクが丸くなり横たわる。
多分二人は敷物が無くても気にしないのかもしれないが、朝方の地面は冷えるのでアシェルとアークエイドには必須だ。
「アシェルはこっちで寝なさい。アークエイドはマリクに寝ると良いわ。」
「わざわざすまない。アシェ、寝れそうか?」
アークエイドもアシェルが寝れないことを心配してくれているが、以前キルルと一緒に仮眠したことがあるので大丈夫だろう。
「うん。キルル様の毛皮もとても気持ち良いから。熟睡しないようにしなきゃだね。」
「くくっ、本当にアシェは包まれて寝るのが好きだな。熟睡しても良いと思うぞ。休めるなら休んだ方が良いからな。おやすみ、アシェ。」
チュッとアークエイドからもおやすみのキスを貰い、アシェルも頬にお返しをする。
さっき兄達とおやすみのキスをしたのを、ここでもかと言っていたのはどの口だっただろうか。
「アークもおやすみのキスするの?おやすみ、アーク。マリクとキルル様もおやすみなさい。キルル様、お邪魔しますね。」
「おやすみー。」
「おやすみ。遠慮しないでおいで。」
アークエイドがマリクに包まれたのを見届けてから、アシェルもキルルの身体に包まれる。
相変わらずとても心地よい毛皮だ。
毎日キルルの毛皮に包まれて寝ているらしいニクスが、とても羨ましいと思う。
マリクよりも大きくて明るい毛並みのキルルは、マリクの毛質より少しだけ柔らかい毛質だ。
とても温かくて落ち着くのに、気が立っているのか、離れていても多くの人の気配があるせいなのか。目を閉じても上手く仮眠を取ることが出来ない。
それでも身体を休めないとと思ってジッとしていたが、結界の外では魔法部隊が魔物の対応をしてくれていて、ぴかぴかと光っているし、後方から飛んでくる明かりも見える。
まるで流星群みたいだ。
しばらく仮眠を取れないかとじっとしていたが、どうせ眠れないのなら少しでも魔物を倒した方が有意義な時間だろうと、ゆっくりと身体を動かす。
熟睡まではしていないだろうが、仮眠している三人を起こすわけにはいかない。
そーっとキルルの温もりの中から抜け出して、足を結界の外に向けて踏み出したところで、ぱくんと首辺りが甘噛みされた。
親が子犬や子猫を連れ歩くように、キルルがアシェルを咥えてぶらさげ、また元の寝床へと連れ戻される。そしてキルルの毛皮に包まれた。
なんだかキルルの子供になった気分だ。この場合は子狼だろうか。
「何処に行くつもり?お手洗いって感じじゃなかったでしょ。」
キルルが鼻先と尻尾でアシェルが寝やすいように体勢を整えてくれながら、小声で問いかけてくる。
「えっと……寝れないから手伝いに行こうかなって。起こしてしまってすみません。」
「やっぱりね。眩しいんだったら、しっかり尻尾にでも埋もれて寝なさい。寝やすいように寝て貰っていーから。アシェルは遠慮しすぎなのよ。」
キルルにされるがままになっていると、座っているというよりほぼ寝転がっているような体勢にされ、抱き枕のように大きな尻尾が目の前にやってくる。
キルルの凛々しい狼の顔は、尻尾の向こうでアシェルの顔のすぐ傍だ。
「ありがとうございます。」
「これくらい気にしないの。ほら、目を閉じなさい。仮眠じゃなく、寝てしまっても良いから。」
大人しく目を閉じれば、キルルが鼻先でだろう。背中をポンポンとゆっくりとしたリズムで叩いてくれる。
小さな子供を寝かしつけるような行動をさせてしまっているのが申し訳ない。
だが大人しく仮眠しようとしなかったアシェルは、キルルから見たら小さな子供と一緒なのかもしれない。
温かく優しいキルルの中で横たわったアシェルの身体は、微睡ではなく深い眠りに落ちるのに時間はかからなかった。
5分もしないうちに、アシェルのすぅすぅという規則的な寝息が聞こえ始める。
野営では絶対に聞くことのない、ゆっくりと規則的な呼吸だ。
しっかりとアシェルが寝入ったのを確認して、アークエイドは小声で話す。
マリクも起きているし、二人とも耳が良いので、小声で十分だ。
「テイル夫人、助かった。」
「別にこれくらい良いわよ。それよりも、アークエイドが言ってたことが的中したことに驚きよ。もう喋って大丈夫なの?」
「こうなったアシェは朝まで起きない。少しくらい喋ってても平気だ。俺としては、アシェがここまで寝入った方が驚きだ。」
「きのーも寝れてなかったんだろーね。お昼寝タイムの前に鐘がなっちゃったからなー。」
アシェルはお昼寝のことを知っているのはアークエイドとイザベル、そしてリリアーデだけだと思っているようだったが、しっかりリリアーデによってマリク達にも伝達されている。
アシェルのお昼寝タイムを確保するためと、単純に自分たちのストレス発散の為に。毎日決まった時間に2時間ほど演習場に行ってくれていたのだ。
最近のアシェルは昼夜逆転気味だったので、今夜も寝ずに討伐に行くのではないかと懸念していたが、そのアークエイドの予想は当たったのだ。
キルルが鮮やかな手際で野営中にも関わらずしっかりとアシェルを寝かしつけたことが、素直に凄いと思う。
まさかアシェルが外で、こんな風に寝入るとは思わなかった。
「アシェルは嫌がらなかったからねぇ。マリクと違って聞き分けのイイ子だよ。」
「えー俺ー?」
「あんたを寝かしつけるのが、どれだけ大変だったと思ってるんだい。連れ戻してもよたよたとどっかに行こうとするし。寝やすいようにしてやっても、直ぐ脱出しようとしてたんだからね。咥えて運んでやったら暴れるし……。」
「もー、ちーさいころのことは、しょーがないだろー。」
「ふふ。久しぶりに子育てしていたころを思い出したよ。マリクも手がかからなくなったし、もう一人くらい産んでもいいかもねぇ。」
「んー、いもーとかおとーとが出来るのはいーけど、歳の差がありすぎて現実味がないかもー。」
「冗談だよ。さ、あんたたちもしっかり身体を休めな。明日は今日より忙しいわよ。」
「はーい、おやすみー。」
「テイル夫人、本当にありがとう。おやすみ。」
キルルは子供達が仮眠したのを見届けて、自分の中ですやすやと寝ているアシェルを見る。
子供扱いすると嫌がるかと思っていたが、全く抵抗なく受け入れていた。
アベルはアシェルのことを、大人びているとか甘えない子だとか言っていたが、単純にアベルの子どもに対する対応の仕方が問題なのではないかと思う。
アベルも忙しかったのだと分かっているが、兄達は上手く甘えさせる方法を確立しているようだ。アベルも会いに来てくれないことを嘆くのではなく、自分からアシェルに会いに行けばいいのにと思う。
メアリーとの兼ね合いもあるので、なかなか難しいのかもしれないが。
アシェルが魔法の光で目覚めないように、尻尾で少し目隠ししてあげる。
尻尾に抱き着かれても良かったのだが、アシェルは自分の身体を抱き込むようにして寝ている。
果たしてアベルは、こんな風にあどけない表情で眠るアシェルを見た事があるのだろうか。
スタンピードが終わったらアベルに自慢してやろうと心の片隅で思いながら、キルルも身体を休めるために目を閉じた。
ほとんどが顔見知りの貴族たちの食卓はスタンピードの最中だと言うのに、本当にキャンプをしているかのように話が盛り上がっていた。
人数も立場も色々なので、余計に各所で会話が盛り上がるのかも知れない。
「いやー。なんつーか、色々なものが生徒会室以上だな。」
「ダリル兄は普段何を見てるんすか?これくらいなら、多分メイディーの平常運転ですよ。」
「そういや、お茶会ではアシェル君の膝の上に、末っ子を乗せてたんだっけか。」
「ですです。アシェの膝の上にメルを乗っけて、アシェがずっと焼き菓子食べさせてましたよ。」
「アルフォード先輩やアシェル君が充電の時に、メルティー嬢を乗せているのは見た事があるが、流石にそれは見たことが無いな。」
「今日はメルの味見をしてないのが珍しいくらいっすよ。まぁ、メルもアシェが食べたのと同じ皿からしか手に取ってないんで、そこが妥協点なんだと思うんですけど。」
「エト……お前よく見てるな。少し気持ち悪いぞ。」
「気持ち悪いってなんなんすか。アシェは学食すらメルの食事の味見をしてるし、夜だって部屋に招いて夕食にしてるんですよ?そのアシェがメルの味見をしてないから、不思議に思って見てただけですって。」
「学食は噂で聞いた事があるし、見かけたこともあるが。まさか夕飯もなのか。なるほど。アビゲイル先輩が、メイディーは過保護だという意味が分かる気がするな。」
「兄弟ってこんなもんなんすか?」
「別に俺は、グラハムをあんな風に甘やかしたいと思ったことも、世話を焼こうと思ったことも無いぞ。」
「まぁ、グラハムも気ぃ強いし、負けず嫌いですもんね。」
「エトもだからな。」
「負けず嫌いってとこだけは認めときます。」
ダリルとエラートは幼馴染というよりは親戚だ。
親同士も同じ第一騎士団所属で仲が良いし、ダリルの母親がロバートの妹なので、よくコンラートのタウンハウスに預けられていた。
ダリルの弟のグラハムを含め、三人は軽口を叩き合えるくらいには仲が良い。
「なぁ、キルル。盾持ちは要らないと言っていたが、お前達三人はばらけたほうが良くないか?明らかに過剰戦力だろう。」
「なんだい、ロバート。あたしは弱い奴の尻拭いなんてごめんだよ。」
「キルル姫は相変わらずだな。まぁ【月夜の白銀】がスタンピードに参加してくれるだけで、かなり助かっているんだが。」
「ダンテ。姫はやめとくれよ。あたしはこっちの姫さんみたいに、大人しくは無いからね。」
「だが、キルル嬢という年齢でも柄でもないだろう?」
「ロバートみたいに呼び捨てで良いでしょう?ダンテの方が年上なんだし、国を出たあたしを、いつまでも姫扱いしないでおくれよ。」
キルルとロバートは同じクラスで仲が良かったが、ロバートと仲の良かったダンテ・コンラートともキルルはよく話していた。
獣人は武力を尊ぶので、ロバートとダンテとはよく手合わせをした仲だ。
「ビースノート帝国の姫相手に恐れ多いが、まぁそれが妥当なところか。息子は、言われなければ純血に見えるな。」
「ふふ、あたしとニクスの子だからね。少しはニクスみたいな黒豹の特徴も出るかと思ったけど、あたしの狼ばっかり受け継いだみたいだね。度々獣人の血が混じっているテイル公爵家でニクスにも尻尾だけとは言え特徴が出てるから、人間の血よりも獣人の血が濃いんだろうね。」
「ダリルが言っていたが、その自慢の息子の姿をアベルの子は眼で追えるんだろう?隣で見ていたが、逸材だな。表だけで見るなら、是非騎士団に誘いたいくらいだ。」
「ダンテ義兄さん、勧誘すると間違いなくアベルが怒るぞ。」
「そーね。アベルはアシェルのことだけはべた褒めするから。表向きがどうであれ、錬金と縁のない道にはいかせないと思うわよ。」
「それは恐ろしいな。だが、メイディーの体質があって、あれだけ動けて、なおかつアベルと同じように視ることが出来るんだろう?近衛にするには、これ以上ない人材なんだがな。」
「それはアークエイドが許さないんじゃないかしら?アシェルは強いけど、あまり危険には晒したくなさそうだしねぇ。」
「アークエイド殿下の望む形ではないだろうからな。ある程度アベルや陛下に近い人間しか、アシェル殿のことも殿下のことも知らないが。何処に落ち着いたとしても、アシェル殿が騎士団入りすることはないだろうな。次男が入るだけ良いだろ?」
「まぁな。と言っても、近衛じゃなくて従軍医師希望だがな。次男もなかなか動きが良かったぞ。」
「あたしらをばらけさせるより、もう少しうちとアルフォードのチームでのカバーエリアを広げて、左右の王立学院生のエリアを2パーティーで1エリア対応させたらどうだい?ダンテとロバートの息子の守るパーティーはこのままで良いだろうけど、明らかに1パーティーあたりの火力不足だよ。今回は事前準備もしっかりしていて、後続が居るけど……本来なら最前線でどんどん殲滅しなきゃいけないのがスタンピードだからね。しかも、後続の結界から魔法も飛んでいってるでしょう?既に間引かれているのに、残ってる魔物が多すぎよ。」
「キルルから見てもそう思うか。騎士団員達からも、戦力不足だと報告が上がっている。ダリルたちのパーティーは問題ないんだな?ダリルもエラートも、二人とも報告なんてする気が全くなかったみたいでな。」
ダンテはちらりと、親たちからは遠いところに座って喋っている息子達を見る。
騎士団は仕事なのでダンテの元へ報告に来たが、ダリルもエラートも報告にはこなかった。
エラートが連れてきたガルドという冒険者の相方はダンテだったので、情報が上がってきてないパーティーは騎士団の居なかったそのパーティーだけだ。
撤退はスムーズに行えたようなので、問題は無かったのだとは思う。
キルルたちのパーティーについては、そもそも戦力不足は無いと分かっているし、逆に隣で暇そうに雑魚を片付けていた三人が不憫なくらいだった。
盾持ちのタンク役を配置しなくて正解だった。
「あいつ……すまない。その辺りも仕込んでおくべきだった。」
「まぁ、騎士団員じゃ無いし、うちの息子もだからな。こうしてると、メイディーの美男子たちを崇めに来たファンの集まりなんだがな。まぁ、こうやって戦場でも休むときにはしっかり休めるというのも強みだな。」
「ミルルはうちの地方の子だけど、獣人の特徴が出てない割には、獣人らしい戦い方をする子よ。耳だけでも付いてたらもっと上手く立ち回り出来ただろうに、惜しいわ。」
「なんだかんだで高位貴族が、こうやって集まってくれるだけでも有り難いものだ。お陰で、こうして少し休めるわけだしな。」
「夜はあたしは出なくて大丈夫なのかい?少し仮眠を取ればいけるわよ。」
「前線の状況を見て、後続の冒険者たちからそれなりに戦える人員を回してもらっている。結界近くまできたやつはそいつらが討ち取っているし、配置した魔法使いたちもローテーションしながら戦っているから大丈夫だろう。メイディーの作ったマナポーションも大盤振る舞いされているからな。日中の最大火力は、しっかり身体を休めてくれ。」
「じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかね。ほんと、至れり尽くせりなスタンピードだね。」
「被害が少ないのは良いことだがな。」
食事と情報交換を終えた大人達は、わいわいと何処で寝るのか相談している子供達を見守る。
結界のすぐそこでは魔法の煌めきがチカチカしているが、結界の中は静かなものだ。
本当にただのキャンプや遊びに来ているかのようである。
「リリアーデさん、今日はわたくし達と一緒に寝てくださいませんか?新しい同士を見つけましたのよ。」
「新しい同士?」
カナリアもリリアーデも最初に極大魔法で大量に魔力を消費したので、明日の夕方までは非番だ。
魔法部隊だったユーリとアビゲイル、そしてアレリオンとグレイニールの魔力まで注いだ魔法は、広範囲の敵の殲滅と同時に、後続の各部隊に前線の武術部隊の撤退を告げる合図にもなっている。
しっかり三か所の武術部隊が帰還してからの発動だ。
「えぇ、サクラで働いていた一年生のパトリシアさんよ。リリアーデさんとはお知り合いだと言っていたわ。」
「あぁ、パトリシアさんのことね。授け子だとは聞いてたけど、同士だなんて知らなかったわ。」
「ファンクラブに加入してくれるかは分からないけれど、是非色々なお話を聞けたらと思って、テントを一つ借りましたのよ。今夜からしばらくは女子会ですわ。」
「ほどほどで切り上げましょうね。わたくし達は良いけれど、昼間に戦うティエリア先輩とミルル先輩にはしっかりとした休息が必要だわ。」
「えぇ、時間は決めて、寝る時間にはしっかり身体を休めるようにしますわ。そうだわ、アシェル様もいらっしゃいませんこと?そうすればイザーク君がテントで寝ても、問題ありませんわよね?」
「カナリア嬢!アシェル君を巻き込むのは止めてください!!ですから、何度も言ってるように。いくら仮眠とはいえ、テントの中で男女が一緒に寝るのは良くないんですって!」
「あら、間違いが無ければ良いんだから、別にいいじゃありませんか。それに、イザーク君だって語り合いたいでしょう?」
「語り合いたいけど、それとこれとは別です!そこまで気にしてくれるなら、昼間に話してくださいよ。」
「だって、皆の時間が合うのはここだけなんだもの。イザーク君はどちらにしてもダメなのね。ねぇ、アシェル様。如何かしら?」
イザークはどうも、既に何度かカナリアからの誘いを断った後だったらしい。
カナリアが男だと思っているアシェルを女性ばかりのテントに誘うのは、きっとイザークと同じで手出しはしないと信じているからだろう。
「二人っきりのお誘いなら嬉しいけれど今日は仮眠だし、僕は別で寝るよ。皆の可愛い寝顔を眺めているうちに、朝になっちゃいそうだからね。」
「まぁ、アシェル様ったらお上手ですわ。アシェル様の身体が休まらないのは問題なので、お誘いは止めておきますわね。ですが、是非また学院のサロンでお喋りしてくださいませ。時間がゆっくり取れる時で構いませんわ。」
「ふふ、そうだね。また皆とご一緒させてもらえると嬉しいよ。集会にも顔を出した方が良い?」
「アシェル様さえ宜しければ是非!皆喜びますわ。」
「じゃあ、後期のどこかでお邪魔させてもらうよ。」
アシェルが優しく微笑んで言った言葉に、【シーズンズ】の面々はガッツポーズをする。お淑やかなユーリもいつも反応は控えめだが、しっかり反応している。
スタンピードが終わったら、領地に帰らなければならないティエリアだけは嘆いているが。
「アシェ。こんなところでまで女性を口説くな。」
「口説いてないってば。それに、ちゃんと断ったんだから正解でしょ?」
「確かに正解だが、もう少し断り方があるだろ?」
アシェルはちゃんと女性テントで寝ないように断ったのに、何故かアークエイドに小言を言われてしまう。
今日一日【シーズンズ】と一緒に遊びすぎた自覚はあるので、我慢の限界だったのだろうか。
そしてもう一人、小言を言う人物が居る。
「リリィが気にしないのは分かるが、カナリア嬢もなのか……。もしイザークが一緒のテントで寝ると言ったら、リリィはそこでは寝せないつもりだった。」
「デュークったら何の心配しているの?イザーク君がわたくしに手を出してくるわけないじゃない。」
「そう言う問題じゃない。」
リリアーデとデュークのやり取りもいつものことで、リリアーデは全く気にしていないようだ。
前世の感覚から言えば、大人数で男女混合で雑魚寝して何がダメなの?という感じだろうか。
非常識かマニアックな性癖の人間なら手を出してくる可能性が無くはないが、イザークに限ってそれは無いだろう。
「ふふ、アシェ達はたっぷり動いた後なのに元気だね。僕達はもう仮眠を取りに行くけど、ちゃんとテントは借りたかい?もしなければ、補給部隊に伝えれば新しく建てて貰えるからね。」
「テントじゃない場所で寝るにしても、しっかり仮眠は取れよ?」
「アン兄様、アル兄様。お二人はどちらで眠られるんですか?」
「僕はグレイや騎士団員たちと一緒にだね。」
「俺もだ。隣のテントに、アビーやメル。それから、補給部隊の貴族出身女性だな。イザベル達は使用人向けのテントがあるから、そのどこかに居ると思うぞ。」
「そうなんですね。別にテントに拘りはないので、どこか適当な場所を探して寝ます。テントで知らない人と一緒は嫌ですし。」
小さめのテントもあるが、それぞれ借り手がついたテントから灯が点っているようだ。
騎士団員の出入りしている大きめのテントが建っている一帯に、メルティー達の寝るテントもあるのだろう。
「そう言うんじゃないかなと思っていたよ。いつもの野営の時は、ちゃんと仮眠を取れている?」
「いつもですか?はい。流石に熟睡は無理ですけど、うつらうつら位は出来ていますよ。」
「それなら良かった。テントの灯が消える前に僕らは戻らないとだから。おやすみ、アシェ。」
「おやすみ、アシェ。また明日な。」
「おやすみなさい、アン兄様、アル兄様。」
チュッと頬におやすみのキスをくれる二人に、アシェルもお返しのキスをする。
アシェルが仮眠を取らないかもしれないと、心配してくれていたのかもしれない。
「メイディーは、ここでもおやすみのキスをするのか。」
「おやすみの挨拶なんだから、おかしくないでしょ?」
「……そうだな。ところで、何処で寝るつもりだ?」
「可能ならテントを推奨だけどな。疲れの取れ具合が変わる。」
「まぁ、最低でも二、三日だもんな。俺はどっちでもいいぜ。別れて寝ても良いしな。」
「俺は外がいーなー。人が少ない良い場所あるかなー?」
「僕もマリクと一緒に外で寝る。知らない人がいる知らない場所で寝るより、マリクの毛皮の方が落ち着くし。最初からどこか良い場所探して寝るつもりだったし。」
「俺はアシェの傍で寝るつもりだ。」
「まぁ、アークはそうだよな。んじゃ別れるか?俺とデュークだけなら、騎士団のテントに入れて貰えるだろうし。」
「そうだな。ただ、三人ともいい場所が見つからなかったら、小さいテントでも借りて寝るんだぞ?布一枚隔てるだけでもかなり違うからな。」
「わかったー。」
お互いにおやすみを言い合い、人気の少ない場所を探す。
割と見通しのいい平原なのだが、一応小さな丘のようなものがあったり少しだけ木が生えていたりして、テントを建てるのに向いていない傾斜がある場所は、ぽっかりと空いている。
そう言った場所が仮眠の狙い目だ。
「マリク。寝床を探してるんでしょう?ついておいで。」
アシェル達の前に現れた白灰色の毛並みを持つ大きな狼は、キルルが獣化した姿だ。
【月夜の白銀】の二つ名が示す通り、月明かりを浴びた白灰色の毛は、まるで銀糸のように輝いて見える。
「かーさん。もーいーとこ見つけたのー?」
「何年この辺りをうろついてると思ってるのよ。」
狼姿のキルルに案内され、少し小高い丘の上の真ん中にぽつんと大き目の木が生えている根元に案内される。
平原に生えている木は細かったり高さが短かったりで、これだけ仮眠向きの木はなかなか見つからないだろう。
「かーさん、ありがとー。アークもアシェも、ここでいーい?」
「あぁ。」
「うん。」
アシェル達の返事を聞いたマリクは、いつものようにポイポイと衣服を脱ぎ捨てていく。
アシェルもいつも通り脱ぎ散らかされた衣服を拾い集め、『ストレージ』から取り出した折り畳みテーブルの上に簡単に畳んで置いておく。
アシェルが衣類をまとめている間に、青灰色の狼が現れた。
純血のキルルよりは一回り小さいが、それでも人間を二人くらい乗せて走れそうな大きさだ。
木の根元にウルフの毛皮の敷物を広めに敷けば、キルルとマリクが丸くなり横たわる。
多分二人は敷物が無くても気にしないのかもしれないが、朝方の地面は冷えるのでアシェルとアークエイドには必須だ。
「アシェルはこっちで寝なさい。アークエイドはマリクに寝ると良いわ。」
「わざわざすまない。アシェ、寝れそうか?」
アークエイドもアシェルが寝れないことを心配してくれているが、以前キルルと一緒に仮眠したことがあるので大丈夫だろう。
「うん。キルル様の毛皮もとても気持ち良いから。熟睡しないようにしなきゃだね。」
「くくっ、本当にアシェは包まれて寝るのが好きだな。熟睡しても良いと思うぞ。休めるなら休んだ方が良いからな。おやすみ、アシェ。」
チュッとアークエイドからもおやすみのキスを貰い、アシェルも頬にお返しをする。
さっき兄達とおやすみのキスをしたのを、ここでもかと言っていたのはどの口だっただろうか。
「アークもおやすみのキスするの?おやすみ、アーク。マリクとキルル様もおやすみなさい。キルル様、お邪魔しますね。」
「おやすみー。」
「おやすみ。遠慮しないでおいで。」
アークエイドがマリクに包まれたのを見届けてから、アシェルもキルルの身体に包まれる。
相変わらずとても心地よい毛皮だ。
毎日キルルの毛皮に包まれて寝ているらしいニクスが、とても羨ましいと思う。
マリクよりも大きくて明るい毛並みのキルルは、マリクの毛質より少しだけ柔らかい毛質だ。
とても温かくて落ち着くのに、気が立っているのか、離れていても多くの人の気配があるせいなのか。目を閉じても上手く仮眠を取ることが出来ない。
それでも身体を休めないとと思ってジッとしていたが、結界の外では魔法部隊が魔物の対応をしてくれていて、ぴかぴかと光っているし、後方から飛んでくる明かりも見える。
まるで流星群みたいだ。
しばらく仮眠を取れないかとじっとしていたが、どうせ眠れないのなら少しでも魔物を倒した方が有意義な時間だろうと、ゆっくりと身体を動かす。
熟睡まではしていないだろうが、仮眠している三人を起こすわけにはいかない。
そーっとキルルの温もりの中から抜け出して、足を結界の外に向けて踏み出したところで、ぱくんと首辺りが甘噛みされた。
親が子犬や子猫を連れ歩くように、キルルがアシェルを咥えてぶらさげ、また元の寝床へと連れ戻される。そしてキルルの毛皮に包まれた。
なんだかキルルの子供になった気分だ。この場合は子狼だろうか。
「何処に行くつもり?お手洗いって感じじゃなかったでしょ。」
キルルが鼻先と尻尾でアシェルが寝やすいように体勢を整えてくれながら、小声で問いかけてくる。
「えっと……寝れないから手伝いに行こうかなって。起こしてしまってすみません。」
「やっぱりね。眩しいんだったら、しっかり尻尾にでも埋もれて寝なさい。寝やすいように寝て貰っていーから。アシェルは遠慮しすぎなのよ。」
キルルにされるがままになっていると、座っているというよりほぼ寝転がっているような体勢にされ、抱き枕のように大きな尻尾が目の前にやってくる。
キルルの凛々しい狼の顔は、尻尾の向こうでアシェルの顔のすぐ傍だ。
「ありがとうございます。」
「これくらい気にしないの。ほら、目を閉じなさい。仮眠じゃなく、寝てしまっても良いから。」
大人しく目を閉じれば、キルルが鼻先でだろう。背中をポンポンとゆっくりとしたリズムで叩いてくれる。
小さな子供を寝かしつけるような行動をさせてしまっているのが申し訳ない。
だが大人しく仮眠しようとしなかったアシェルは、キルルから見たら小さな子供と一緒なのかもしれない。
温かく優しいキルルの中で横たわったアシェルの身体は、微睡ではなく深い眠りに落ちるのに時間はかからなかった。
5分もしないうちに、アシェルのすぅすぅという規則的な寝息が聞こえ始める。
野営では絶対に聞くことのない、ゆっくりと規則的な呼吸だ。
しっかりとアシェルが寝入ったのを確認して、アークエイドは小声で話す。
マリクも起きているし、二人とも耳が良いので、小声で十分だ。
「テイル夫人、助かった。」
「別にこれくらい良いわよ。それよりも、アークエイドが言ってたことが的中したことに驚きよ。もう喋って大丈夫なの?」
「こうなったアシェは朝まで起きない。少しくらい喋ってても平気だ。俺としては、アシェがここまで寝入った方が驚きだ。」
「きのーも寝れてなかったんだろーね。お昼寝タイムの前に鐘がなっちゃったからなー。」
アシェルはお昼寝のことを知っているのはアークエイドとイザベル、そしてリリアーデだけだと思っているようだったが、しっかりリリアーデによってマリク達にも伝達されている。
アシェルのお昼寝タイムを確保するためと、単純に自分たちのストレス発散の為に。毎日決まった時間に2時間ほど演習場に行ってくれていたのだ。
最近のアシェルは昼夜逆転気味だったので、今夜も寝ずに討伐に行くのではないかと懸念していたが、そのアークエイドの予想は当たったのだ。
キルルが鮮やかな手際で野営中にも関わらずしっかりとアシェルを寝かしつけたことが、素直に凄いと思う。
まさかアシェルが外で、こんな風に寝入るとは思わなかった。
「アシェルは嫌がらなかったからねぇ。マリクと違って聞き分けのイイ子だよ。」
「えー俺ー?」
「あんたを寝かしつけるのが、どれだけ大変だったと思ってるんだい。連れ戻してもよたよたとどっかに行こうとするし。寝やすいようにしてやっても、直ぐ脱出しようとしてたんだからね。咥えて運んでやったら暴れるし……。」
「もー、ちーさいころのことは、しょーがないだろー。」
「ふふ。久しぶりに子育てしていたころを思い出したよ。マリクも手がかからなくなったし、もう一人くらい産んでもいいかもねぇ。」
「んー、いもーとかおとーとが出来るのはいーけど、歳の差がありすぎて現実味がないかもー。」
「冗談だよ。さ、あんたたちもしっかり身体を休めな。明日は今日より忙しいわよ。」
「はーい、おやすみー。」
「テイル夫人、本当にありがとう。おやすみ。」
キルルは子供達が仮眠したのを見届けて、自分の中ですやすやと寝ているアシェルを見る。
子供扱いすると嫌がるかと思っていたが、全く抵抗なく受け入れていた。
アベルはアシェルのことを、大人びているとか甘えない子だとか言っていたが、単純にアベルの子どもに対する対応の仕方が問題なのではないかと思う。
アベルも忙しかったのだと分かっているが、兄達は上手く甘えさせる方法を確立しているようだ。アベルも会いに来てくれないことを嘆くのではなく、自分からアシェルに会いに行けばいいのにと思う。
メアリーとの兼ね合いもあるので、なかなか難しいのかもしれないが。
アシェルが魔法の光で目覚めないように、尻尾で少し目隠ししてあげる。
尻尾に抱き着かれても良かったのだが、アシェルは自分の身体を抱き込むようにして寝ている。
果たしてアベルは、こんな風にあどけない表情で眠るアシェルを見た事があるのだろうか。
スタンピードが終わったらアベルに自慢してやろうと心の片隅で思いながら、キルルも身体を休めるために目を閉じた。
0
あなたにおすすめの小説
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
【ご報告】
2月28日より、第五章の連載を再開いたします。毎週金・土・日の20時に更新予定です。
また、誤字脱字の修正および一部表現の見直しを行いました。ただし、記載内容の趣旨に大きな変更はございません。
引き続きよろしくお願いいたします。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました
星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎
王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝――
路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。
熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。
「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」
甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。
よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、
気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて――
しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!?
「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」
年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。
ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。
世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない
二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。
ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。
当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。
だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。
――君の××××、触らせてもらえないだろうか?
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
大金で買われた少女、狂愛の王子の檻で宝石になる ―無自覚な天才調合師は第二王子の婚約者(虫除け)を演じることになりました―
甘塩ます☆
恋愛
「君を金貨三十枚で買ったのは、安すぎたかな」
酒浸りの父と病弱な母に売られた少女・ユナを救ったのは、国中から「放蕩王子」と蔑まれる第二王子・エルフレードだった。
「虫除けの婚約者になってほしい」というエルの言葉を受け、彼の別邸で暮らすことになったユナ。しかし、彼女には無自覚の天才調合師だった。
ユナがその才能を現すたび、エルの瞳は暗く濁り、独占欲を剥き出しにしていく。
「誰にも見せないで。君の価値に、世界が気づいてしまうから」
これは、あまりに純粋な天才少女と、彼女を救うふりをして世界から隠し、自分の檻に閉じ込めようとする「猛禽」な王子の物語。
獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない
たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。
何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる