氷の王子様と微笑みの男装令嬢

芯夜

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第三章 王立学院中等部二年生

205 エピローグ

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Side:アシェル14歳 春



今年の冬休みは寮に帰らず邸で過ごすようにと言われたので、実験部屋の道具たちと一緒に帰省している。

どちらにせよ、メルティーとイザベルと買い物に出かける予定もあるし、イザベルからはダブルデートをすると言われている。
イザベルもサーニャも長期休暇を取らなかったので、邸ではいつも通り、イザベルとサーニャが身の回りの世話をしてくれている。

「ねぇ、ベル……。」

「どうされましたか?」

寝台に寝ころんだままイザベルを呼べば、仕事の手を休めて近くまで来てくれた。

「記憶持ちって、なんなんだろ……。」

「メルティー様の婚約式に同席できなかったことを、まだ気にされているのですか?」

サーニャとイザベルには、記憶持ちは同席できなかったことと理由を話してある。

「ううん。それは仕方のないことだもん。でも、同じように記憶がある授け子には影響がないのに、何故か記憶持ちは……それも記憶が残っているほど、儀式の間では体調が悪くなるって……。なんでなのかなって。」

「その症例をたくさん見て来たであろう神官様たちが分からないものを、私が分かるわけありません。……前世の記憶が。他の人とは違う記憶があることが嫌なのですか?」

イザベルに問われて少し悩むが、記憶があるから嫌だと思ったことは無い。むしろ小さい頃は、寂しいと思わないように神様が与えてくれた贈り物だとすら思っていた。
人とは違う記憶があることで嫌われてしまうんじゃないかと気にしたことはあったが、それだけだ。

そしてその記憶があったからこそ、アシェルは周りに馴染むという大事さを知っていたし、こうして孤独にならずに生きていくことが出来ている。

「ううん。別に薫の記憶があっても無くても、僕の本質は変わらないから。むしろ、そのお陰でこれだけ楽しく生きてこれたとすら思ってるくらいだよ。」

「でしたら、それで良いのではないのでしょうか。例えどんな記憶があろうと、前世が極悪人だったとしても。アシェル様はアシェル様です。私の大切な乳兄妹で、大切な主であることに変わりありません。」

「極悪人って……。ふふっ、でもそうだね。悩んでも仕方ないことだもんね。そんな答えのないことで悩むより、僕はアークにこのことを伝えないとだよなぁ……。神官様曰く、記憶持ちって割といるらしいし、メアリーお義母様も社交界の噂で聞くって言ってたし。【シーズンズ】の仲が良い子達に記憶持ちだって話したら……受け入れてくれるかな?」

「確信をもって言わせていただきますが、間違いなく受け入れられる上に、リリアーデ様やパトリシア様のように根掘り葉掘りあれこれ聞かれると思いますよ。ですが、そうなると女性であることも話さなくては、情報がちぐはぐになってしまうのではないですか?」

確かに、前世は女性で今世は男だった……のだとしたら、じゃあ性別が変わるってどんな感じですか?とか聞かれそうだ。
なんなら、男と女でどんなふうに身体の具合や、気持ちに違いがあるのかと聞かれそうな気がする。

咲だったらきっと聞いてくると思うから、咲だったらこういう反応をするだろうなと思うことは、【シーズンズ】のメンバーが同じことをする可能性があると思っていたほうが良いだろう。

「うーん……それもそうか。伸びちゃったけど来年にはデビュタントがあるし、本格的に三男として生きていくのか、それともどこかのタイミングで長女だったって言うのか……決めないとだよね。お父様だって本当は、王立学院に入る時点で貴族令嬢として過ごさせたかったのかなって思うし。」

「そうなのですか?」

「うん。僕が入学前にパニックを起こしちゃったから。お兄様達が男として通えるようにお父様に掛け合ってくれたみたい。男装したいって言った時に、普段は表向き三男として過ごして、社交界デビューと王立学院に入る時には、その時どうするかを決めるって言ってたから。」

「旦那様のお考えは分かりませんが……最終的にはアシェル様のご意見を尊重してくれると思いますよ。」

「僕の意見か……。僕としては男の子の方が楽だけど、アークからの求婚のこともあるし、身体だってどんどん女性らしくなってきてしまったし。やっぱり皆と一緒に居ると男女の差を感じてしまうから、このまま隠し続けることができるのかなって不安もあるんだよね。」

珍しく聞いたわけでも無いのに自分から不安を口にするアシェルに、少しだけイザベルは驚く。
そして、良い変化だとも感じた。

こんな些細な事でも、普段は隠し通してしまうのだ。
もっとこうやって素直に不安や愚痴を口にしても、誰もアシェルのことを嫌ったりしないと言うのに。

「私から申し上げられるのは、現状を見てだけでございますが……。アシェル様の発育がよろしいのは、間違いないことです。普段から学院ではホルスターベストを着用されていますので、そこまで目立ちませんが……。恐らくシャツ一枚だと、そろそろ胸潰しを着けていても、身体のラインがおかしいことに気付く人が出てきてもおかしくないかと思います。ちなみに立ち居振る舞いですが、こちらでアシェル様が女性だと気付くことは無いと断言できます。」

「それは……褒めてくれてる?」

アシェルが問えば、イザベルからじとっとした視線が飛んでくる。

「褒めておりません。むしろ学院に入られてから、ドレスやネグリジェを着ていても貴族令嬢らしく振舞うことを止めておられますよね?本来であれば、旦那様への報告案件です。」

「わわっ、お父様に報告はしないでっ。気を付けるから。」

「そうおっしゃると思いましたので、報告はしておりません。ですが、今後女性だと公開するかもしれないと思っていらっしゃるのでしたら、もっとお気をつけくださいませ。このままですと、ドレスを着ても普段の言葉が出てしまいますよ。それと、お願いですから寝衣のまま殿方達の前に出ようとしないで下さいませ。スタンピードの前など、気が気ではありませんでした。」

確かにリリアーデとイザベルと一緒に寝ていて、枕投げをしたいという話になった時には、イザベルに全力で止められたなと思いだす。

「でもガウンは着るようにしてるし……それにリリィも一緒だけど、デュークに寝間着のまま会ったことあるよ?アークは泊ってるから知ってると思うけど。別に何かするわけでもされるわけでも無いんだし、気にしなくて良いと思うんだけどなぁ。」

「アシェル様?前にも申し上げましたが、ガウンを着ているかどうかは関係ないと言いましたよね?それにデューク様に寝衣のままお会いしたのですか?リリアーデ様がいらっしゃるので慣れていらっしゃるとは思いますが、本来であれば貴族令嬢としてあるまじき行動ですからね?もし今後もそのようなことをしでかすのであれば、問答無用で私もアシェル様のお部屋で寝泊まりさせていただきます。幸い使用人室は空いておりますので、寝る場所にも困りませんし、本来であればそうさせていただくつもりだったんですから。」

入学前にどうにかこうにか一人の夜をもぎ取ったのに、それでは本末転倒だ。
イザベルの休まる時間が無くなってしまうし、アシェルだって夜や休日はゆっくりしたい。

「分かった。もし寝間着だったら、ちゃんと着替えるようにするから。あの……リリィだけだったら大丈夫……かな?」

お怒り気味なイザベルに問えば、本来であれば好ましくないが、授け子であるリリアーデが相手なら妥協点だと言われる。

こちらでは友人同士でお泊り会などはしないのだろうか。
でも、スタンピード中は【シーズンズ】の女性たちは一緒のテントで寝ていたし、女子会のお泊り会という概念が無いわけではないと思うのだが。
どういう線引きかよく分からない。

「そういえば……アビゲイル様からの依頼はいつから取り掛かるのですか?必要そうな素材があれば、可能な限り取り寄せますが。」

「特殊素材系は手元にあるから大丈夫だよ。ありがとうベル。手元になかった汎用性の高い薬草は、ちゃんと邸に在庫があるみたいだし。あとは処方箋の中身を見てみないことには、かな。……もしかして、アビー様からの依頼があるから、お休み取ってくれなかったの?」

「それだけではありませんけどね。一つの理由ではあります。どうせ納得がいくものが出来上がるまで実験室から離れないでしょうし、母ではアシェル様の実験小屋に入れませんから。」

「毒薬じゃ無いし、ノアのところに嫁いでも困らないように確認するのが目的だから、そんなに時間はかからないと思うよ?」

「それでも納得がいくまで、私がいなければ食事も摂らずに籠りっきりになってしまわれるでしょう?旦那様もお義兄様方も、誰一人。実験を中断させようとはしませんので。」

つまりアシェルの食事と睡眠管理のためのお目付け役として残ったということだ。
大丈夫と言いたいところだが、集中してしまうと疎かにしてしまう自信しかないし、嘘をついたところで無理なことはイザベルも分かり切っているだろう。

「分かった。アビー様から処方箋の写しが届いて、もし必要そうな素材があればベルにお願いするね。」

「えぇ、そうしてくださいませ。」

なんだかんだで、色々な出来事があった一年間はあっという間だった。

きっと予定が色々ある冬休みも、あっという間に過ぎていくのだろう。






第三章 王立学院中等部二年生 完
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