氷の王子様と微笑みの男装令嬢

芯夜

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第四章 王立学院中等部三年生

206 プロローグ

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Side:アシェル14歳 春



ヒューナイト王国の中央にある、王都ナイトレイ。

その王都の高級住宅街エリアにあるメイディー公爵家のタウンハウスの自室で、アシェル・メイディーは今朝届いた手紙と睨めっこをしていた。

メイディー公爵家直系の証であるアメジスト色の瞳が、手紙の隅々まで何度も読み返している姿を横目に。アシェルの専属侍女であるイザベル・トラストは、主人が座れば床に着きそうなほど長く伸びた綺麗な銀髪に櫛を通していく。

朝陽を受けた銀髪は、櫛を通す度に少し青みがかった輝きでキラキラと艶めいている。
イザベルが拘りと時間をかけてお手入れしてくれている、アシェル自慢の髪の毛だ。

「アシェル様。本当に今日は魔道具を付けてお出かけになるのですか?」

乳兄妹で大切な侍女に問われ手紙から顔を上げると、鏡越しに若草色の瞳と目が合った。

お仕着せ姿の時はいつも綺麗なお団子にしているのに、今日のイザベルは王立学院で過ごす時と同じで、マルベリー色のロングヘアをポニーテールにしていた。

「うん。だって普段の洋服じゃなくて、今度アークやお兄様とダブルデートする時の服を買いに行くんでしょ?僕はこのまま女装で街を歩けないから、買い物もデートも魔道具必須だよ。お父様との約束を破ることになっちゃう。」

父アベルとの約束は、4歳のアシェルが男装したいと言った時まで遡る。

継母であるメアリーに好かれるために男装を希望し、貴族名鑑への写真も男の子の姿で。そして、外出や大切な幼馴染と出会った非公式お茶会の時も、メイディー公爵家の三男として振舞うことを前提に、男装の許可を貰ったのだ。

本来なら、一昨年の王立学院入学時には女装に戻らせたかったのではないかと思っているのだが、アシェルは今も、表向きメイディー公爵家の三男として生きている。

7人居る非公式お茶会で出会った幼馴染達には、去年アシェルが本当は女だったことを伝えてある。そして、前世の記憶持ちであることも。
それでも皆は仲良くしてくれて、態度も変わらない。大切な友人達だ。

「旦那様との約束でしたら仕方ありませんね。折角綺麗な御髪ですので、少々勿体なく感じますが。」

イザベルの手で左右の髪の毛が綺麗に編み込まれ、何かごそごそしているなと思ったらハーフアップの可愛らしい髪型に仕上げてくれた。

アシェルは一応貴族令嬢だが、普段は男装だし前世は児童養護施設出身の孤児だった。その上、今も昔もお洒落に興味が無い。
何をどうすれば今の髪型になるのか、アシェルにはさっぱりだ。

「相変わらずベルは器用だね。って、髪飾りも付けるの?ただの買い物だよ?」

一旦衣装部屋に引っ込んだイザベルが手に持ってきたものを見て、アシェルは肩を落とした。
これで完成で良いと思うくらい。今の髪型は複雑に編み込まれて綺麗に纏められているのに、飾りまで要らないんじゃないだろうか。

イザベルの手には数セットの装飾品たちが抱えられている。
今日の服や髪型に合わせて、いくつか当てがって確認してから最終決定するのだろう。

「アシェル様。貴族令嬢であれば、買い物に出かけるのに装飾品は必須です。……それと、先程から言葉遣いがなっていません。先日、女装時の立ち居振る舞いには気を付けると、お言葉を頂いたばかりだと思うのですが。」

「ごめんなさい。気を付けるわ。お父様に報告されたくないもの。」

「それは男装が出来なくなるからでしょう?お色を合わせますので、魔道具を付けてくださいませ。」

アシェルがアベルとした約束には、最低でも週に一度はドレスで過ごし、女装時の言葉使いや立ち居振る舞いを貴族令嬢らしくすることが条件に含まれている。
習い事も男女特有の内容を全て受けていたし、男装と女装時の使い分けと勉強は、男装をしていく上での必須条件だ。

王立学院は全寮制なので、流石に寮に居る間は週に一度ドレスの日を設けなくてはいけないという取り決めは、暗黙の了解で無くなっている。だが、実家に帰省している現在は有効だ。

アシェルは『ストレージ』から髪色を変えるためのピアスと、瞳の色を変えるためのブレスレットの魔道具を取り出す。

それらを身に付けると平民にはほとんどいない銀髪は、割とよく見かける亜麻色へ。
特徴的すぎるアメジスト色の瞳は、落ち着いた葡萄色へと変化する。

これらの魔道具は万能ではなく、あくまでも自分が元々持っている色に、更に色を加えて最終的な色を作り出すものだ。

カラコンを入れた時のように鮮やかな青や碧の瞳にしたいと思っても、アシェルの淡い紫色が邪魔をしてしまうので、それは出来ない。

その代わりアシェルのような銀髪であれば、何色にでも変化させることが出来た。
逆に、王族の直系には必ず黒髪が身体的特徴として出現するのだが、その黒髪は魔道具では色を変えることが出来ない。

普段アシェルがこの魔道具を使う時は、貴族であることを隠して冒険者活動をする時だ。

でも稀にこんな風に、女装で外出するための変装として使うこともある。

魔道具で変わった髪色と、アシェルの病的に見えてしまいそうなほど白い澄んだ肌。そして今日のお出かけの為に着せられたフィッシュテールの空色のワンピースの間で、イザベルの手が装飾品たちを持ち換えながら悩んでいる。

結局、最初に手に取った装飾品に落ち着いたようで、髪留めにネックレス、片耳だけのピアスに、控えめな宝石が付いた指輪まで付けられた。

ピアス穴は左耳に二つ、右耳に一つ空いているのだが、左耳の一つは幼馴染のアークエイドがくれた漆黒のお守りピアスだ。
本来ならピアスは二つ付けるのだが、魔道具のピアスをつけてしまったので、一つだけでもデザイン的に問題ないピアスを付けてくれたのだろう。

左耳でゆらゆらと揺れるピアスを見ながらイザベルからの指示を待っていると、今度は靴を渡された。

ソレは、いつもならお洒落をすると9cmのハイヒールを渡されるのに、7cmの一般的なサイズのものでも、背が低い女性や日常生活で履くような5cm程度のものでも無かった。

「ねぇ、ベル。本当にコレを履くの?」

「はい、こちらを。ヒールが無いと歩きにくいですか?スリッパのようなものだと思っていただければ良いのですが。」

「ううん。それは別に気にしてないのよ。薫はもっとぺらっぺらの、靴底しかついていないような靴を履いていたこともあるもの。あ、お金の問題じゃないわよ。ただ、女装でヒールが高くない靴を渡されたのが初めてだったから……。」

そう。今まで女性ものの靴は、なんだかんだで全てヒールが高いものだと認識していたのだ。
王立学院の女生徒の制服は年中編み上げブーツだし、私服で敷地内を歩いている女性が履いている靴も、使用人であろう女性が履いているローファーやブーツも、低くても4cmはヒールがありそうなものばかりだった。

それが今渡された靴は、靴底に僅かにヒール部分があるだけの——簡単に言ってしまえば、お洒落な見た目になったサンダルだった。

それもビーチサンダルのようにフラットなわけでも無く。お洒落で履くようなヒールが高かったり、厚底だったり、逆にぺったんこだったりといったサンダルではない。
レトロなイメージのゴムで出来た、つっかけや庭履きと呼ばれるようなサンダルである。

そんなゴム製の靴底に、お洒落な幅広のレースでつま先部分が覆ってあり、踵部分には編み上げにするためであろう長いレースが付いている。

もし前世でお洒落に興味があれば、きっと他に良い例えやレトロな先入観は持たなかったのかもしれない。
でもアシェルは前世の、施設の庭に出るために履いていたゴム製のつっかけのイメージが拭えず、お洒落すぎるつっかけに頭が混乱してしまう。

「基本的に貴族女性の靴は、どんなに低くてもある程度の高さがあるものです。ですがアシェル様を一番低いローヒールにしても、確実に私達三人のバランスは悪くなりますから。本来であれば平民の中でも地位の低いものが履くような高さの靴は、あまり履いていただきたくないのですが、妥協点です。……平民が履くような履物は、お気に召しませんでしたか?新しいものを——。」

「いいえ、これを履くわ。気に入ったとか気に入らないとか、そういうのじゃなくって、無駄な先入観と、目の前のイメージが紐づかないだけよ。こういうものだと思えば大丈夫だわ。それに、わたくしが身分での装いの違いを気にするわけないでしょう?」

そしてアシェルが気にするような性格ではないからこそ、イザベルは身長のバランスを考えてこの靴を用意したはずなのだ。
そんなイザベルの気遣いを無下にするつもりはない。

受け取った靴を履き、編み上げをふくらはぎに巻き付けて結んだ。

立ち上がって足踏みしてみる。
編み上げが付いているお陰でつっかけのように踵がカポカポしないし、レースの編み上げは装飾だけでなく、機能的にもあった方が良いもののようだ。
今は動く度にゴム製の靴底が毛足の長い絨毯に絡んでしまっていて地面に吸い付く感じがするが、恐らく外に出れば問題なく歩けるだろう。

「うん。歩くのも問題なさそうよ。ベルはここで着替えるのでしょう?わたくしは少し書庫に行ってくるから、待ち合わせの時間になったら呼んで頂戴。」

調べ物をするために書庫へと足を向けたアシェルだが、グイっと首根っこを捕まえられて、また椅子に座らされた。

「……アシェル様がお気にされていないのは、お洒落そのものだと分かりました。何故そんな左右ちぐはぐでデタラメな巻き方で準備完了と思っていらっしゃるのか、理解に苦しみます。そして今から出かけると言っていますよね?何故書庫に行くことが許されると思っているのですか。駄目に決まっています。」

邸の使用人でこんなことをしてくるのも、遠慮なく意見を言ってくるのも、間違いなくイザベルただ一人だろう。
アシェルの乳兄妹で、アシェルの兄妹たちからも義兄妹だと思われているイザベルだからこそ許される行為だ。

「別にこのままでも良くないかしら?ちゃんと歩きやすいし。書庫には、ちょっと調べ物をしに行きたいのよ。気になることがあって……。」

「書物に集中して、お買い物の約束を反故にされる未来が見えますので駄目です。帰ってきてからにしてくださいませ。……出来ましたよ。もし結び目が解けても、ご自身ではやり直さないで下さいませ。」

イザベルからお𠮟りを受けながら、大人しく靴の編み上げを撒き直してもらう。
これが完成しても、書庫に行くのは許されないらしい。

アシェルは左右の完成の高ささえ合っていれば良いだろうと思っていたが、イザベルは器用にクルクルと巻き上げ、左右対称の綺麗な編み上げが出来上がった。
アシェルがやったものとは雲泥の差だ。

結局出かける時間になるまで、アシェルは部屋を一歩も出させてもらえなかった。
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