氷の王子様と微笑みの男装令嬢

芯夜

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第四章 王立学院中等部三年生

222 留学生の居る生活②

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Side:アシェル14歳 春



「クリストファー先輩。お話しって何ですか?」

生徒会室の扉を開けたアシェルがソファに座るでもなく単刀直入に聞いてきた言葉に、クリストファーは苦笑した。

「紅茶を淹れてあるから、せめて座って話をしないかい?あまり声を大にして言える話でも無いしね。」

アシェルの分も紅茶を淹れてくれていて、クリストファーの隣に置かれている。
内緒話をしたいから隣に座れということなのだろう。仕方なくクリストファーの隣に腰掛けた。

「で、お話しって何ですか?」

「うーん……そんなに警戒しないでくれるかな?アシェル君とのお喋りは楽しいけど、今は無理に手を出すつもりはないからね。とりあえず紅茶を飲んでよ。折角アシェル君の為に淹れたんだから。」

「あったら困ります。……甘い。」

先にマナポーションを飲んで、それから紅茶に口をつける。

紅茶の中に何か入れてるのかと注意しながら口に含んだが、ただ砂糖の甘さが広がるだけだった。
カモミールティーに砂糖を入れているようで、青リンゴのような甘くて爽やかな香りに、少し多すぎると感じる砂糖の甘さが美味しい。
甘党じゃなければ、即ごめんなさいしたくなるくらい駄々甘い。

「最近まもとに食事も摂ってないだろう?あぁ。毒見は食事の内に入らないからね。」

なんでクリストファーがそんなことを知っているのだろうか。

紅茶に砂糖がたっぷり入っているのは、栄養を摂っていないであろうアシェルを気遣ってのことらしい。その好意は素直に受け取っておく。

「ねぇ、アシェル君。殿下の護衛は、アシェル君が身を削ってまでやらなきゃいけないことなのかな?」

自治会とやらについての話かと思っていたのに、さっきからアシェルのことばかりだ。

「別に身を削っているつもりはありませんよ。僕は僕に出来ることをしているだけです。」

「そうかな。ちゃんと寝てないみたいだし、食事も摂れてない。それで身を削ってないって言うのは、少し無理があると思うけどね。普段はしない化粧までして、そこまで殿下の眼を誤魔化してでも護衛をしたいの?」

「しないと落ち着かないだけで、アークは関係ありません。メイディーについて学んだなら、それも知ってるんでしょう?」

「まぁね。でも、こんな生活を一年も続けるつもりかい?そんなことしてたら、アシェル君の方が先に倒れてしまうよ。」

今日のクリストファーは腹の探り合いをしかけてくるわけではなく、単純にアシェルのことを心配してくれているようだ。
それともそれは、自治会としてのクリストファーの役目なのだろうか。

「自分の身体です。どこが限界かくらい分かります。」

「ほんとにメイディーは護衛対象のことになると硬くなだね。アシェル君には僕から言っても、聞いてはくれなさそうだし……本題に入ろうか。」

ようやく呼び出した本題に入ってくれるらしい。

「アシェル君は今年デビュタントって聞いたけど、間違いないかな?本当は去年だって聞いてたけど、実習中の事故で延期になっていただろう。」

「なんでクリストファー先輩がソレを知ってるんですか?」

ジトっとした眼を向けられたクリストファーが苦笑した。
いつもなら、苦笑なんてせずただ笑顔を浮かべるだけなのに。

「さっき自治会があるって言っただろう?それも、うちは社交系のフォローがメインだって。アシェル君はどっちでデビューするつもりだい?それによってフォローの仕方も変わってくるから、是非とも知っておきたいんだよね。」

どうやら真面目なお話しらしい。
どういうフォローをしてくれるのか分からないが、社交界とは他人のフォローが居る程殺伐としたところなのだろうか。

「僕への個人依頼を受け付けられるようにするためにも、今年のデビューは確定ですね。アン兄様のように女装することは決まってます。アークの公務に付き合えるようにという意味もあるので。パートナーはアークの予定でしたが、どうなるのか分からないので。必要ならアン兄様かお父様にお願いします。」

「んー……それは分かってるんだよ。ただするのか、しないのかが知りたいんだよね。」

「……何をですか?」

「アシェル君は質問の意味を分かっているだろう?あぁ、最初の一年はアシェル君のことを男の子だと信じて疑っていなかったし、知っているのは自治会の侯爵家当主と妻、成人を迎えた跡取りだけだよ。僕の場合は、アシェル君がデビューしそうだからって一年早めに教えられたけど。そもそもアシェル君が産まれた時点で、関わりの深い家には出産報告が届いているんだ。女の子だと聞いていたのに、貴族名鑑に男の子として写真が載っていた時は驚いたらしいけどね。ただ事実がどうであれ、それはアシェル君のためだと認識されているよ。今まででは在り得ないメイディーらしい長女を、世間の目から守る為だろうってね。実績が出来る前に目立つと、心無い人間に才能を摘まれる恐れもあるからね。誓ってシオンは何も知らないし、このまま公表しないのだとしたら、うちの家の人間が教えることは無いから安心しておくれ。」

つまりはクリストファーはアシェルが女だと知ったうえで、正式に女だと公表するのか、このままメイディーの三男として生きていくのかを聞いてきているのだ。
これが本題なら食堂で話したがらなかったのも頷ける。

王立学院には男として通い始めてしまったし、もしアシェルが女であると公表するのなら、一番いいのはデビューするタイミングでだろう。

周知のためにも、発表のきっかけとしても悪くない環境だ。

ただアシェルがどちらを望むとしても、まずはアベルの意見が大切だ。
最終的にはアベルの判断に任せることになるだろう。

「僕の一存では答えかねます。お父様と相談しなくてはいけないことですし、最終的にはお父様が決める事なので。」

「まぁ、それもそうか。とりあえず現状はどちらになるか分からないってことだね。7月まであっという間だから、どちらでも対応できるようにしておくよ。なるべく近くに居るようにするから、困った事があったり会場を抜けたくなったら声を掛けておくれ。僕が抜けても誰も不思議に思わないからね。」

にこりとクリストファーがいつもの笑顔を浮かべた。
その明らかに余所行きの顔と、先程の言葉に。ちょっとした疑問が浮かぶ。

「……もしかしてクリストファー先輩の男好きは、お芝居ですか?」

「クスクス、さぁどうだろうね。流れに持って行くまでの掛け合いも攻防も楽しいけど、別に男を抱きたい訳じゃないからね。あぁ、気の強い男が好きってのは本当だよ?攻防を楽しめるし、落とした時の達成感が好きだからね。」

クリストファーは身体や性欲処理目当てではなく、掛け合いを楽しみたいだけらしい。
人の唇を奪うのは、掛け合いの内だということだろうか。

「でもミルトン兄弟は男好きで、お持ち帰りもしてるって有名ですよね?」

「シオンはお持ち帰りされてるほうだけどね。メイディーは基本男が産まれるから、その方が都合が良いんだよ。信憑性を高めるために、引っかけた男には気持ち良くなってもらうけど、最後までしたことは無いしね。まぁ相手はそれには気付いてないと思うけど。」

行為に至ったなら、相手には挿れられたかどうかくらいわかるだろう。
玩具ニセモノ男性器ホンモノでは熱量も硬さも違うのだから。

だがクリストファーが童貞だと聞くと、遊び人の噂の割にはあまりキスが上手くなかったのも頷ける。

「どうやってって思ってる?」

「まぁ。いくら相手が男性経験が無かったとしても、流石に本物じゃなければ気づくでしょうから。」

「教えてあげるよ。」

「えっ……んっ……!?」

グイっと頭を引き寄せられ、不意打ちを食らったアシェルの口の中にクリストファーの舌が侵入してくる。

無理に手を出すつもりはないと言っていたのはどの口かと思うが、と言ってたことも思い出す。
いつものクリストファーと様子が違ったので、言葉の細かいところに注意するのを失念していた。

しかしクリストファーは、アシェルにはキスの技術で負けることは忘れているのだろうか。

別にクリストファーとキスをしたい訳ではないが、やり返してやろうと舌を押し込んだ所で、プチっと小さな音が響いた。
同時に口の中に、僅かにしか感じない仄かに甘さを持つ苦味が広がり、体内の魔力が反応しだす。

少量しか体内に入っていないのに、分解しようとしてもすぐには出来そうにない。
かなり濃縮された睡眠薬と栄養剤のようだ。栄養剤は、すんなりと睡眠薬を分解されない為だろうか。

クリストファーに薬を盛られると思っていなかったが、これくらいなら直ぐに寝てしまうほどではない。

体内の睡眠薬の分解に意識を割いていると、またプチっと音がして、口の中を強烈な苦味が襲ってくる。
更には、唾液を通してクリストファーの魔力が流されている不快感を感じる。体内での分解を邪魔する気なのだろう。

キッとクリストファーを睨みつけると、ようやく唇が離れていく。

クリストファーに邪魔をされたせいで、分解が追い付かない。
身体がどんどん怠くなってくる。

苦味の強いものはかなり強力な睡眠薬だ。口移しで渡してきたクリストファーに影響が出ないわけが無いのに、何故人の身体を抱きしめてきているこの男は平気そうなのか。

「それが答えだよ。まぁ普通は一つ目しか使わないし、それで朦朧としたところに快楽だけかな。」

「ひとに、くすりもって……なにいってるんですか。」

「クス……やっぱりアシェル君のその眼はいいねぇ。そそられるよ。というか、二つ目はかなり強力な奴だし、魔力を乱したのにまだ喋れるのかい?もう少しかな。」

「っや!?……なん、で……?」

アシェルの腰を抱いていた手の平から魔力が流れてきているのだろう。
腰からゾワゾワとした不快感が襲ってくる。

アシェルにクリストファーの魔力は入ってくるばかりで、アシェルの魔力をかき乱していく。

瞼が下がってきているのに中々寝落ちないアシェルに、クリストファーはもう少しだけ時間がかかりそうだと考えながら、質問の答えを口にする。

「どちらへの質問か分からないけど、睡眠薬を飲ませたのはアシェル君を無理やりにでも寝せるため。安心して。アシェル君が起きるか、保護者が迎えに来るまで。僕はアシェル君に絶対手を出さないと約束するから。まぁ、保護者が余計なものを連れてくるなら、少しソレっぽく見せるけど。抱きしめる以上のことはしないから安心して。それから僕が平気な理由も、多分気になっているんだよね?引っかけた後に寝かせたり口を割らせやすくするために、うちでは良く使う手段なんだよね。あぁ、シオンには言わないでおくれよ?家族の常備薬だとは思っているようだけど、それを使って何かしているのは知らないから。だから睡眠薬だけは耐性をつけさせられるし、拮抗薬も予め飲んでるよ。それでも強いほうは、やっぱり少し身体が怠くなるけどね。」

少し申し訳なさそうな顔をしたクリストファーの説明が、ぼんやりとした頭の中で辛うじて意味を持っている。

それでももう返事も出来ないし、身体が怠すぎて大人しくクリストファーに身体を預けることしか出来ないのが悔しい。

ただこうでもしないとアシェルが寝ないだろうと、わざわざ睡眠薬を盛ったことも分かる。
凄く分かりにくいクリストファーの優しさなのだろうとも。
——これでは目が覚めても、クリストファーのことを怒るに怒れない。

それに保護者がどうのと言っているが、一体誰が来ると言うのだろうか。
生物の授業に間に合わなければ、もしかしたらリリアーデが心配してデュークと一緒に探してくれるかもしれない。でもそれくらいだ。

アークエイドはムーランの相手で忙しいのだから。
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