氷の王子様と微笑みの男装令嬢

芯夜

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第四章 王立学院中等部三年生

246 アシェルの欲しいもの⑤

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Side:アシェル14歳 夏



「リリィ……。僕ね、ちゃんとアークとムーラン皇女の婚約は、国同士の繋がりの為に必要だって、分かってる。ムーラン皇女がアークの部屋で寝泊まりしてるのも……警備上、とっても合理的な事だってことも分かってる。襲撃者が来てもアビー様が狙われてないことは分かったし。ムーラン皇女だけ別の場所に居たら、戦力が分断されてしまうから。護衛する側も、護衛対象はばらけてない方が守りやすいもの。それに二人とも寝支度を終えたら、朝まで顔を合わせてないのも知ってる……最近は分からないけど。二人の婚約の噂の広がりが早かったから、始業式から沢山の生徒に注目されていたし。アスラモリオンと仲が良いって示すためにも、アークとムーラン皇女が仲良くしてないといけないのも分かってる。去年会った時は、なんて非常識な人なんだろうって思ったけど、ちゃんと話せばムーラン皇女は素直過ぎるだけの良い子だった。今まで過ごしてきた環境のせいで我儘に見えるだけで、根はとても良い子だってことも分かってる。アークのこと大好きだってことも。」

「そうね。皇女のことは分からないけれど。国同士のことだもの。わたくし達にはどうしようも出来ないことが多いわ。それはきっと、この国の王子であるアークも一緒でしょうね。王子という立場だからこそ、言動に注意を払ったり制約も多いと思うわ。この世界は戦争という意味では平和だけれど、何がきっかけで国同士の戦争が起こるか分からないものね。」

相槌を打ちながら話を聞いてくれるリリアーデに、思っていることをぶちまける。

リリアーデならアシェルのこの醜い感情も、受け入れて理解してくれると思うから。

「うん。ちゃんと全部必要な事だって、仕方ないことなんだって分かってるのに。分かっててもずっと嫌だって思ってたの。あんな風に腕を組んだりしないけど、アークの隣には僕がずっといたのにって。でも二人の傍に僕が居れるのは、僕がメイディーっていう護衛で、表向き男だったからで。嫌だって気持ちに蓋をして、アークを守ろうって決めたの。それしか僕に出来ることは無いから。でも好きって気付いて、女だって発表することが決まって。発表自体は、これでも遅い方だから仕方ないって思った。でも……男ですら無かったら、アークの近くに居る事はできないんだって。どう考えても、僕じゃ二人の邪魔にしかならないもん。それに、モーリス皇子にも変な噂を立てるわけにもいかないもの。だから、ちゃんと距離を置こうって思ったの。」

ジワリと視界が涙で滲む。

アシェルの背中は、ずっとリリアーデが優しく撫で続けてくれている。

「アークが僕のこと好きじゃなくても、近くに居られなくても、せめて僕が守ってあげたいのに。いっそのこと、好きじゃないから嫌いになってくれたら良いと思ったから、パーティーの日にわざとアークの嫌がることして喧嘩したのに。アークが今日来てくれて、前みたいにお喋りしてくれて。いつもみたいに隣に寄り添って座ってくれて、たったそれだけのことで嬉しいって思っちゃった。もっとぎゅってしてて欲しかったし、キスもしてたかった。でもそんなこと言えないから、ちゃんといつも通り振舞ったの。“特別な好き”に気付く前の僕と同じように。アークが僕を襲うつもりが無いって分かってても、そのまま襲ってくれたらいいのにって思った。あわよくば赤ちゃんが出来たら、アークと離れ離れになっても、子供とは一緒に居れるのにって。なんでアークがわざとあんなことしたのか分かんないけど、それでも嬉しくて幸せだって思ったの。なのに、アークから全て落ち着いたら話したい事があるって言われて。ムーラン皇女との婚約がって言われて……ちゃんと全部聞いてないのに、聞きたくなくて叫んじゃった。考えないようにしてたのに、嫌だって気持ちばかり出てきて。頭の中ぐちゃぐちゃで。ちゃんと必要な事だって分かってるのに、見ないふりしてたのに、言っちゃいけないのに……。もし二人が婚約してついてきて欲しいって言われたら、僕はなんて答えたら良いの?二人のことずっと近くで見てるなんて嫌だよ……。僕だってアークのこと好きなのに。でも迷惑になるから言えないのに。アークが前みたいな眼で見てこないから、何も見返りをあげれてない僕のこと、好きじゃなくなっても仕方ないって思うのに……。ムーラン皇女と婚約してほしくないよ……。まだぼく、あーくから嫌いって言われてない……。嫌いって言われたら、ちゃんと諦めるのに……。何できょう、イベントに関係ないキスしたの……アークの目が見えないのに。アークがどんな目をしてるか分かんないから、もしかしたらって、へんな期待しちゃうじゃんかぁ……。」

途中からぐすぐすと泣き始めたアシェルを、リリアーデはただただ優しく抱きしめてくれる。

暫く泣いたアシェルが少し落ち着いたのを見計らって、リリアーデは口を開いた。

「アシェが嬉しかったのも、嫌だって思ったのも、何もおかしいことじゃないわ。アークとの子供が欲しいって言うのも、わたくしには分かるわ。でも……もしアークの代わりにするつもりなら、賛成は出来ないことよ。例えアークとそういうチャンスがあったとしても、わたくしは止めなさいとしか言えないわ。それは、アシェも子供も不幸にしてしまうだけだから。」

「分かってる……。アークと子供は別の人間だもの。アークが居なくても、自分の子供を守る為って思ったら……また色々頑張れるかなって。僕はお母さんを知らないけど……どれだけ辛くても、子供のためって思ったら頑張れるって。好きな人との子供だから、より愛おしいって。シングルになった施設の子が言ってたの。……こんな理由で、子供を欲しがっちゃダメ……かな?」

「生きていくための希望って意味じゃ、分からなくもないけど。それを聞いちゃうと、アシェが自殺しそうで怖いわ。アシェが子供をアークと混同せず、ちゃんと一人の人間として育てるって言うなら、わたくしは反対しないわ。ただ、子供って欲しいからって出来る物ではないわ。それこそ一か月毎日中出ししたところで、出来るとは限らないんだから。機会に恵まれたとしても、出来るかどうかは別の話よ。万が一チャンスが巡ってきて、それが新しい命を宿さなかったとしても……自分の命を粗末に扱わないって約束してちょうだい?」

「粗末に扱ってるつもりはないけど……ちゃんと約束する。何かあっても自分から命を捨てたりしないって。……そんなことしたら、家族が悲しんじゃうと思うから。」

「絶対よ?それと……仮に今日みたいなことがまた起きて。もしアシェに子供が出来たら……アークには言うの?婚外子だったとしても父親の認知があるかどうかで、かなり肩身の狭さが変わるわ。こっちじゃ、シングルって考えは一般的じゃないから。」

確かに子供は肩身の狭い思いをしてしまうかもしれない。
でも、それは貴族籍であればだ。

市井に出れば、魔物に旦那を殺されて未亡人になってしまって、女手一つで子育てをしていてもおかしくはない。
常に変装用の魔道具を付けて生活すれば、アシェルがメイディーだとはバレないだろう。

「言わない。もし子供が出来ても、僕の直系色も、アークの直系色も子供には遺伝しないもの。特にアークは髪も瞳も直系色が出てるから……。仮に妊娠がバレても、父親が誰かなんて分からないから。行きずりの相手とって言っておいた方が、余計な迷惑かけない。それに、本当に子供が出来たら貴族籍は抜ける。それなら、静かに暮らせると思うから。」

「まぁ、こっちの遺伝の法則じゃそうね。どちらにしても、今のままのアシェじゃ妊娠は厳しいわ。いくらこちらは発育が良いとはいえ、年齢もギリギリなのに、栄養も睡眠も足りてないんだもの。機会に恵まれてから改善しても遅いわ。」

「そもそも、もう機会に恵まれることも無いと思う。だけど、アークとの子供が欲しいって思ってるだけなら……自由かなって。ごめんね、リリィのお洋服、汚しちゃった。クリーンかけてあげたいけど、まだ魔法が使えないんだ。」

「そんなこと気にしなくて良いのよ。それにこういう時は、謝るんじゃなくてお礼を言えば良いのよ。少しはスッキリした?」

「うん、ありがとう。」

リリアーデの胸の中から身体を起こし、ゴシゴシと目元を擦るアシェルに、イザベルが冷たいタオルを差し出してくれる。

そのタオルを受け取って、腫れてしまっているであろう目元を冷やす。
ひんやりしていて気持ち良い。

情けない姿を見せてしまったと思うが、今まで溜め込んでいたものを吐き出して、泣いて。
リリアーデの言う通り、少しすっきりした気がする。

リリアーデもデュークも。いや、幼馴染たちは。
エラートがアークエイドから聞いた話を全て聞いた。

二人が両思いなのに、アスラモリオン帝国のせいで今の状態になってしまっていることを理解している。

アークエイドにはどうしようもないことも。

アシェルには理由を伝えられないことも聞いてしまった。

だからこそ余計に、ここまで疲弊しきったアシェルを見るのが辛い。

期日が設けられていれば良いが、いつこの状態が終わるのかすら分からない。
下手な気休めも言えない。

リリアーデに出来るのはアシェルにこうやって心中を吐露させて、少しでも心の負担を減らすことしか出来なかった。

「アシェル様。もし。条件が整えばチャンスが訪れるとしたら……。お食事や睡眠をとってもらえますか?」

何かを決意したようなイザベルの声に、タオルを避けてイザベルを見る。

「どういうこと?」

「そのままの意味でございます。多方面に協力を仰ぐ必要があるので、確約は出来ませんが。」

一体イザベルは何をしようというのだろうか。

「アークに言うのは嫌。」

「私からアークエイド殿下に、アシェル様のお気持ちを伝えるような真似は致しません。すぐには無理でも、アシェル様が体調を整える努力をして下さるのなら……。それと、アル様に相談しても良いのであれば。アークエイド様には分からないようにチャンスが訪れるよう、出来る限りのことは致します。」

わざわざアルフォードに伝えるということは、何かしらの調薬を頼むということだろう。
そうでなければ、わざわざアルフォードに伝える必要はない。

「アークに薬でも盛るの?……どんな薬か分からないのにアークに薬を使われるのは、例えアル兄様のだって嫌だよ。」

「アシェル様が錬金できる状態であれば、アシェル様に頼みますが……。現状マナポーションしか作れない状態で、納得のいく薬を作ることは出来ますか?味見も調整も出来ていないものを、実際に大切なモノにお使いになれますか?」

「うっ……それは……。」

どんな薬を求めているのか分からないが、少なくとも今のアシェルには新しい調薬は出来ない。
細かい調整も。

食事さえ摂れるようになればまた違うのかもしれないが、今は煎じた薬液の匂いですら受け付けるのかどうか分からない。
マナポーションは今まで沢山作ってきたから、見極めも味見が無くても完成させられるというだけだ。

理論値で良ければ調薬できなくはないが、実際に求める効果が出るかどうかは別だ。

そしてそんな不完全なものを大切なモノに使いたくないし、そもそも世に出したくない。

「無理でしょう?もし関係者に協力を取り付けることが出来て、アシェル様の生活も改善されているようでしたら詳細をお伝えします。お食事についても段階を踏みますが、せめて蛋白質を取れるようになって頂かないことには話になりません。最近貧血気味でいらっしゃるでしょう?それから夜は寝台でお休み下さい。」

「ご飯は頑張る……けど、夜はいつもの位置が良い……。眠れそうなら、ちゃんと寝るから。」

「アシェル様が物音に耳を傾けていても、戦闘への参加は禁じられております。そう約束されたのでしょう?それに……お帰りにならないことは、アシェル様が一番ご存知のはずです。」

ずっと、襲撃さえ終わればムーランは自分の部屋に戻るのではないかと思っていた。
——そんなことないと知りつつも、そう思いたかったのだ。

あくまでも一団体様の襲撃が終わっただけで、まだまだ襲撃のリスクがあるだろうことは分かっている。

護衛的にも、このまま二人が一緒の方が良いことは分かっている。

モーリスの部屋ではなくアークエイドの部屋なのも、アシェルという護衛が居るから真ん中が守りやすいというのも分かっている。
最悪、モーリスもアークエイドの部屋に押し込めば良いのだから。

戦力にはなれなくても、敵襲に気付けばアシェルにも出来ることがあるかもしれない。
アークエイドを守る手段が残されているのに、何もしないのは嫌だ。

リスクがあるのに観ることが出来ない不安な夜を過ごすには、そうやって物音に耳を傾けることでしか安心できないのだ。

自分の行動がとても非合理的なことは分かっているが、コレだけは譲ることが出来ない。

「それとコレは別だもん。絶対大丈夫ってなるまで、僕は寝るとこ変えないから。」

「お身体に触りますし、身体も冷えてしまいます。それに座ったままでは疲れが取れません。」

「じゃあ、寝台持ってくる。それがだめなら、ソファ引っ張ってくる。」

「扉の傍に居る限りお眠りにならないでしょう?駄目です。」

「じゃあチャンスなんて要らない。」

「そこまでして……アシェル様のお身体や望みまで犠牲にして、殿下に尽くす必要などありません!」

「尽くしてなんかない。僕がこうしてたいの!出来ることをしないのは嫌。どうせ寝台に入っても眠れないし落ち着かないだけだもの。だったら、何処に居ても一緒でしょ?ベルが心配してくれてるのは分かるけど、コレだけは譲れないから。夜はいつものところに居る。……観れないし戦力にもならない僕じゃ、出来ることが限られてるのは分かってる。マリクみたいに鼻や耳が良い訳じゃない。でも……変な音がしないか、聞くくらいしか出来ないんだもの。お願い。メイディーの役割を果たさせて。コレしか僕には出来ないの……。」

「二人とも、少し落ち着いてちょうだい。」

このままだと平行線を辿りそうな二人の言い合いに、リリアーデは口を挟んだ。

アシェルの体調を気遣うイザベルの気持ちは分かるが、アシェルの気持ちも分からないでもない。

専門で学んだわけではないが、アシェルの不安や周りから求められる役割をこなそうとするのは、薫だった頃の愛着障害を起因とするものではないかと思う。
見返りがないと愛情が貰えないという発言もそうだ。

普段は上手く隠しているし、きっとアシェル自身は愛情をたっぷりもらって生きてきたから、今まで表層化していなかったのだろう。

リリアーデと同じように、赤ん坊の頃から記憶が残っていたのなら。その頃のアシェルは、もう既に大人の感性を持っていたはずだ。
全て思い出したのが最近だとしても、周囲の子供と同じという訳にはいかなかっただろう。

となると、アシェルが赤ん坊の時に保護者から愛情を貰ったかどうかの影響は、前世にまで遡るはずだ。
幼馴染の咲と健斗に依存していたのだって、愛着障害の症状の一つと言える。

こんな時、もっと色々なことを学んでおけば良かったと思ってしまう。

「アシェ。とりあえず、寝る場所についてはイザベルを説得してあげるわ。でも、イザベルはアシェのことを心配しているっていうのは、分かってるわよね?アークとどうこうは抜きにしても、食事だけは頑張ってみて。それと寝る場所も、もし眠れそうだと思ったら、ちゃんと寝台に移動して寝てね?イザベルだけじゃなくて、わたくし達もアシェのこと心配なんだから。」

「……皆に、心配かけちゃってごめんなさい。」

「もう。それは謝らなくて良いのよ。アシェの調子が良くなれば、それだけで十分だわ。それと、今日くらいは寝台で寝てあげてくれるかしら?魔法が使えないって言ってたし、イザベルのためにも。アシェが心配だって言うなら、今日くらいはわたくしが代わりに廊下を見張っておくわ。寝れないって言うなら、たっぷり魔力を籠めたスリープをかけてあげる。スリープの睡眠で疲れが取れるかは分からないけど、ずっとウトウトしてうなされてるよりマシなはずよ。」

「知ってたの?……毎日デュークとお出かけしてるから、知っててもおかしくないか。」

「そういうこと。わたくし達の部屋からだと、アシェの部屋の扉が開いてるのは見えちゃうのよね。覗いてるみたいでごめんね。」

「ううん。開けてるのはこっちだし。まだダニエル殿の魔力が一杯残ってて、今夜は魔法が使えないと思う……。だから今日だけ、寝台で寝るよ。ちゃんとダニエル殿が、僕が観てたところもカバーしてくれるはずだから。リリィが見張らなくて良いし、リリィの魔力がたっぷり籠められたスリープは、永眠しそうで怖い。」

アシェルは毎日廊下の物音を聞いていたから、リリアーデとデュークが夜の散歩に行き始めたことも、毎日出かけているのも知っている。

その時間は観れないアシェルには、二人がどこに行ってるのかまでは分からないが、大体一時間は二人でゆっくりしているようだ。

もしリリアーデに魔力マシマシのスリープをかけられたら、効果が強すぎて息が止まってしまいそうだと思ってしまう。

確かにリリアーデは魔力をたっぷり持っているが、基本的に面倒くさがりの大雑把なのだ。
細かい調整はせずに、コレだけ魔力を注げば起きないでしょうとか言いながら、過剰すぎる程の魔力を籠めそうな気がする。

睡眠による呼吸抑制で永眠なんて、絶対に避けたい案件だ。

「そう思うんだったら時間は早いけれど、さっさと寝てらっしゃい。わたくし達は、出していただいてるお茶を頂いたら帰るから。今日はいっぱい泣いて、普段は口にしない考えを言葉にして。とても疲れてるはずよ。泣くのって結構体力使うんだから。あ、一応これ、渡しておくわ。ストレージが使えないんじゃ、護身用のナイフも取り出せないでしょ?一本くらい、サイドチェストとかに入れておいた方が良いわよ。」

リリアーデが『ストレージ』から取り出した、鞘付きのダガーを受け取る。
アークエイドが懐剣を仕舞う様に、今日は枕の下に入れて眠ろう。

「うん、そうだね。武器がストレージの中だけにしかないと、咄嗟の時に困っちゃうよね。明日返すね。ベル……今日は金曜日だけど、必要なら明日お風呂にちゃんと入るから。今日はもう布団に入って良い?」

「えぇ、眠れるときに寝られるのが一番ですから。寝支度のお手伝いは?」

「要らない。リリィにスリープかけられたくないから寝室に行くけど、ベルは皆を見送ってあげて。ちゃんと明日の朝まで、大人しくしてるから。リリィも、デュークもエトも。僕の為に時間取ってくれてありがとう。それと、見苦しいところ見せてごめんなさい。」

アシェルがぺこりと頭を下げると、ずっと黙って話を聞いていたデュークとエラートは苦笑する。

「気にしなくて良い。それに、リリィのスリープをかけられたくない気持ちも分かる。」

「別に見苦しくなんかねぇよ。気にすんな。おやすみ。今日はゆっくり眠れると良いな。」

「うん、おやすみなさい。」

もう一度頭を下げたアシェルが、寝室へと消える。

「もう、皆して酷いわ。そんなにわたくしがスリープをかけるのが嫌なの?こんなにあっさりと、アシェが寝台で寝てくれるとは思わなかったのだけれど。」

「魔力の籠め方の問題だ。適切に魔力を籠められるなら、多分アシェもあそこまで言わないからな?……ちゃんと寝たか?」

「えぇ。アシェは大丈夫よ。さて、次はイザベルね。少しアシェの状態についてお話ししましょう?今のアシェから、メイディーの役割を取り上げるのは良くないわ。アークに尽くしてるっていうより、役割に固執しているような気がするから。少なからず、動向が気になるって言うのもあるとは思うけれどね。せっかく家族から見返りのない愛情を貰えているのに、家族から与えられた役目をこなせなかったら。アシェはその愛情を貰う資格が無いと思ってしまうわよ?」

探査魔法サーチ』でアシェルが寝台に入ったのを見届けたリリアーデは、イザベルに忠告する。

きっとリリアーデ達よりも近くにいるイザベルは、アシェルの不安定さを誰よりも理解しているだろう。

「リリアーデ様は……アシェル様が今、どのような状態にあるのか分かるのですか?私には、アシェル様が情緒不安定になっていることと。小さな子供が母親に縋るように、私が傍を離れるのを嫌がるということだけです。」

「専門的に習ってないから、ざっくりとしか分からないわよ。でもイザベルのその例えは、間違ってないと思うわ。お勉強会するほど、わたくしも詳しくないし。ざっくりだけれど……。アシェは小さい時に……アシェというより薫ね。本来なら必要だった親からの愛情を貰っていないでしょう?だから親友の二人に依存しきっていたし、二人が望む行動を取り続けてたんじゃないかと思うのよね。二人には嫌われたくなくて。今のアシェだって、メイディーでたっぷり愛情を貰っていると思うけれど。愛着形成の記憶は薫まで遡るはずだわ。ある程度人生を生きてきた記憶がある分、きっと世渡りは上手くなっていると思うけれど……。今みたいに疲れたり、何か負荷がかかって出てきているのは、大事な時に保護者の愛情を貰えなかった影響が強いと思うわ。そういう子って、他人からの愛情を貰うためには、何か見返りを渡さないと愛情を貰えないって思うの。親兄弟からの愛情だって無条件に貰えるものではなくて、言いつけを守ったり良い子にしていないと愛して貰えないって思ったり。周囲の望む行動を取って嫌われないように動いたり。極端に自己評価が低かったりね。アシェは少なくともお兄さん達から、たっぷりと愛情を貰っているはずなのに、見返りって言葉を口にしたから……多分、わたくしの予想はある程度的を得ていると思うわ。アシェの体調を気にして心配しているのなら……少しだけそこにも注意してあげて?今のアシェの中で、一番近くに居る無償の愛情を与えてくれる可能性がある人は、きっとイザベルだけだから。イザベルにまで見放されたと感じてしまったら、アシェがどんな行動を取るのか分からないわ。」

リリアーデの説明のどれもが、イザベルには心当たりのあるものだった。

そしてアシェルの悲しい過去の記憶は、こんなところまで付き纏って来るのかと思ってしまう。

「ソレは……どうにかして、アシェル様の状況を改善できないのですか?」

「出来なくはないと思うけど……。今すぐには難しいかもしれないわね。にわか知識の予想でしかないけど、少なくとも今回みたいなことになるまでは、改善傾向にあったか、改善していたんじゃないかと思うのよ。あくまでも状況証拠だけだけれどね。家族は愛情を与えてくれるし、わたくし達とだって自然に過ごせていたと思うし。それにアークだって愛情を与えていたでしょう?それにアシェは錬金の道ではもう名前が売れてて、お薬の発注だって個人宛てに来てるくらいだし……。そういう、誰かが自分のことを認めてくれる、受け入れてくれる、頼ってくれるような環境が大事なのよ。自分はそこに居ても良いって思えるようにね。でも今年はその土台が崩れたから……。落ち着いたら、自覚させて意識させるのが一番早いとは思うんだけれどね。……ここまで言っておいてなんだけど、あくまでも可能性の一つと思ってちょうだいね。小児やメンタルなんて全く専門じゃないし、看護師に診断は出来ないから。子育てに関してだけなら、きっとパティさんの方が詳しいわ。」

「パトリシア様ですか?」

「えぇ。前世では三人の子持ちだったらしいから。わたくしよりも長く生きていたし、育児に関してはパティさんの方が詳しいわ。“授け子”だから、思い出そうと思えば育児書の内容も、ある程度は思い出せるはずだしね。わたくしだって、授業で習った内容をなんとか引っ張ってきて、アセスメントしてるだけだし。」

「今のアシェル様のことで分からない事があれば……リリアーデ様とパトリシア様に相談させていただきます。宜しいでしょうか?」

不安そうに問うイザベルに、リリアーデは大人びた笑顔を浮かべる。

「えぇ。わたくしも、きっとパティさんも相談して貰うのは問題ないわ。イザベルも溜め込んじゃダメよ。貴女まで倒れちゃうわ。わたくし達も、可能な限り協力するから。」

「ありがとうございます。」

「さて、わたくし達はそろそろお暇しましょう。あんまり人の気配があると、アシェが気にして起きてきちゃうかもしれないから。」

リリアーデの言葉を合図に解散する。

デュークとエラートはただ話を聞いていただけだが、こういう時の頼りがいがあるように見えるリリアーデは、やはり生きてきた年数が違うのだと感じてしまう。
“授け子”だから、では説明の付かない着眼点を持っている気がするのだ。これが人生経験の差というやつなのだろうか。



救いも解決策も見つからない日々が、ゆっくりと過ぎていく。





******

次話冒頭。少し作者の考えの補足を入れます。

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