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第四章 王立学院中等部三年生
249 アシェルを狙うもの③
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Side:アシェル14歳 夏
アシェルの合図を受けて、イザベルが来客を通してくれる。
アークエイド、ムーラン、モーリス。
そして護衛はダニエルとダーガとクーフェだけだ。
近衛の一人と、ムーランの護衛の一人でデビュー祝いの時について来てくれた護衛は、先程の不届き物を護送していた。
一人残されたムーランの護衛は、ダーガとクーフェ的に信用が置けないということなのだろう。
護衛達は壁際に控えて、残る三人はデュークが横たわるソファの向かいへ促される。
それなのにアークエイドは一人こちらまで寄ってきて、何処に座るか迷っていたアシェルを抱きしめた。
予想外の温もりに包まれて、思考が停止する。
「アシェ……アシェが強いのは知ってる。でも、お願いだから無茶しないでくれ……。」
「……公務中は、友達に近づいちゃダメなんでしょ。」
どうにかそれだけ言葉を絞り出す。
心配してくれているのは分かるが、それでアークエイドにお咎めがいってしまうのは嫌だ。
「それについてもちゃんと説明する。」
何を説明されるのかは分からない。
でもアシェルを抱えてソファに座るのは、その話と関係ないことは分かる。
「僕を抱える意味が分からない。ちゃんと一人で座れる。僕は怪我してないんだから。」
「アシェが怪我をしてるなんて思ってない。俺がこうしてたいんだ。潜在消費してるんだろ?イザベル、何か水分を用意してくれるか?あれだけ魔力の大盤振る舞いしてたんだ、水筒一つだけじゃ足りないだろ。」
「アークエイド殿下……一言申し上げますが、私はアシェル様の侍女であって、殿下の侍女ではございません。アシェル様のためですので、ご用意はしますが。」
アークエイドの言葉に言い返したイザベルに、ムーランとモーリスが驚いた表情になった。
ただの侍女が、王族に口答えするとは思っていなかったのだろう。
全員の前に紅茶と、アークエイドの前には珈琲が置かれる。
アシェルを抱えるアークエイドの前には、牛乳や各種果実水が置かれた。
しれっとココアまで出してくるあたり、水分と一緒に糖分も摂れということだろう。
ムーランとモーリスが居るから公務中のはずなのに、アークエイドがアシェルを離してくれる気配がない。
注意をしそうなダニエルも何も言ってこない。
こんなよく分からない状況なのに、ムーランがアークエイドにくっついていなくて、アシェルが一番近くに居ることが嬉しいと思ってしまう。
その考えを押し込める。
話があると言っていたし、アシェルが逃げないようにしているだけなのかもしれない。
それよりもまず、アシェルは謝らなくてはいけない。
本当は、さっき廊下で声を掛けられた時点で謝るべきだったことだ。
「アーク……約束破っちゃった。ごめんなさい。」
「気にするな。状況的に仕方なかったことも、アシェが進んで約束を破ったわけじゃないことも知ってる。ただ……今からアシェに話したい事がある。でも、話を聞く前に約束して欲しいし、それだけは破らないで欲しい。」
「……アークも。リリィみたいに無茶するなって言うの?」
アシェルの言葉に、アークエイドはリリアーデを見た。
リリアーデは肩を竦めながら、その無言の質問に答える。
「具体的には何も言ってないわよ。アークがどこまで話すつもりか分からないもの。さっきみたいな無茶をしないでって、約束してもらっただけよ。でも、それだけでアシェは答えに近づいちゃったけどね。」
「やっぱりか……出来たら話したくないんだが……。」
「中途半端に隠すほうが危険です。」
「分かってる。」
ダニエルまで口を挟んだ。
本当に一体何の話なのだろうか。
「ねぇ、ちゃんと話は聞くから、降ろして。」
「嫌だ。離さない。」
ジッとアークエイドの瞳を見つめるが、これはアシェルが何を言っても腕の中から解放してくれないだろうという、強い意志を感じる。
「はぁ……分かった。でも、あとでムーラン皇女と揉めても知らないから。で、アークが約束させたい内容は何なの?内容が分からないのに約束はできない。」
「話を全部聞いても、アスラモリオンの人間には手を出すな。さっきみたいに襲ってくる相手を返り討ちにするのは良いが、無力化までだ。それ以上の手出しはしないでくれ。」
「……アスラモリオンなの?ドーグラフトじゃなくて?……それが話を聞くために必要な事なら約束する。」
首を傾げたアシェルの言葉に、その場に居る人たちも首を傾げる。
「アシェル、なぜドーグラフトが出てくるの?それと……いつもみたいに喋ってもらうのは無理かしら。なんだか、アシェルじゃない子と喋ってるみたいで……さっきの怖かったアシェルを思い出してしまうわ。」
「ごめんなさい、ムーラン皇女。これで、いつも通りのつもりなんだけど……。」
「じゃあ、せめて今日は皇女は止めてちょうだい。余所余所しいわ。それで、何故ドーグラフトが出てくるのか教えてくれるかしら?」
「さっきの男が使っていた毒は、ドーグラフトの特定地域でしか手に入らない、かなり希少な毒なんだ。素材の希少さもだけど、その精製方法はその地域の一部の人間しか知らない。普通なら存在すら知らないような猛毒。僕はお父様の伝手で、素材とその精製された単品の毒を味見したことがあったから。そして、特徴的だったから覚えていたけど。それをベースに、アスラモリオンの特有素材も混ぜて調薬してあった。その地域でも原液で使うことはまずない猛毒だし、入手経路が限られているにも関わらず足が付きにくい毒薬。知らない人間がアイツの言動だけを聞いたのなら、皇帝陛下に罪を擦り付けるには十分すぎるくらいの。」
そこまで言って、グラスを傾ける。
ついでにイザベルが差し出してくれたマナポーションも飲む。
もう戦闘終了から30分以上経っているらしい。
「それが、アスラモリオンの手のものじゃないと判断した理由か?」
アークエイドに問われ頷く。
「アイツ自体は、間違いなくアスラモリオン出身。肌の色だけじゃなく、魔法の使い方がそうだから。でも、ドーグラフトの息がかかってる。……ピースが揃わない。」
「待った、アシェル殿……いや、アシェル嬢は、魔法の使い方でどこの出身かまで分かるのか!?」
何かヒントになるパズルのピースは無かっただろうかと思考が沈みかけた耳に、モーリスの驚いた声が届く。
そんなにおかしなことを言っただろうか。
「アシェル殿って呼んで。……分かる。というよりも、アスラモリオンの魔法の構築方法だけが独特なの。きっと、術式についての理解を深めてから、魔法を使うようになる影響だと思う。……ムーラン嬢の使い方は、あまりアスラモリオンっぽくないけど。」
「術式は難しいのよっ。」
「話が逸れてしまうのは分かってるけど、何がどう違うのか聞いても?」
モーリスの大切な話を遮ってしまってでも、知的好奇心を満たしたい気持ちはよく分かる。
「基本的にどの国でも、魔法は詠唱して使うことを前提に教えられる。だから呪文から連想したイメージに魔力を纏って、それが形になる。術式を理解すれば、イメージの補完や応用も効くようになる。けど、基本的なイメージに魔力を乗せる工程は変わらない。でも、アスラモリオンの場合、術式の理解を深めてから魔法を使う。だからイメージが術式ありきになって、綺麗な術式に魔力を纏って形になる。アスラモリオンの人間で詠唱する人間がほぼ居ないのは、イメージを補う呪文を唱える必要が無いから。魔力の形が観える様になれば、アスラモリオンの魔法はとても解除しやすい。知ってる術式を用いた魔法なら、術式を繋ぐ魔力のパスがどこにあるか、直ぐに分かるから。」
「なるほど……物凄く興味深い話だ。話を遮ってしまってごめんよ。」
「僕が伝えなきゃいけないことは、もう伝えたから。」
またちまちまと水分を口に含む。
喋っていない間は水分を口にしないと、水分への渇望に思考が囚われてしまいそうだ。
「アシェの説明で、少し現状を打開できそうだ。」
「アークは、僕が持ってないピースを持ってるってことだね。……それが、アスラモリオンの人間に手を出すなって言ったことと関係あるの?」
「そうだ。説明するから、最後まで聞いてくれ。」
アークエイドがゆっくりと、ムーランとモーリスが留学してきた経緯から、アスラモリオンと交わした密約。
アークエイドに課せられた制限や、どうしてアシェルが襲われそうになったのかまで。
それとエラートとマリクが、何も知らないアシェルの護衛をしてくれていたことも。
ムーランとの婚約を取り下げるために出されている条件も。
一つ一つ順番に説明してくれる。
一部の内容については、ムーランとモーリスも先程知ったばかりだったという。
リリアーデとデュークは、7月に入ってからエラートが聞いた詳しい話を共有していたので事情を知っていたようだ。
イザベルはそこまで詳しい話しは知らないまでも、ファンクラブイベントにアークエイドが来た日に、簡単に事情を聞いていたらしい。
本当に今まで何も知らなかったのは、アシェルだけだった。
「——これで全部だ。公務だから友人と一緒に居れなかったわけじゃない。公務の中の条件で、アシェに近づくことを止められていた。」
「事情は分かった……。つまり僕に敵の目が向かないように、モーリス殿に嫁ぐことが無いように。それと、僕が皇帝陛下を手にかけないように。僕には情報が伏せられていたし、アークは僕から距離を取ろうとしていた。って事で良いの?」
確認するようなアシェルの言葉に、アークエイドは頷いた。
確かに話を聞いた今。
顔も知らないアスラモリオンの皇帝を、アークエイドに害を為す人間だと認識してしまった。
約束が無ければ、確かにアークエイドの止める声は聞こえなかったかもしれない。
さっきアークエイドが止めてくれても、話を聞く気が起きなかったように。
それと同時に、アークエイドに嫌われていなかったのだと喜ぶ自分が居る。
人前だからか控えめだが、ほんのりと熱の籠ったサファイアブルーの瞳が目の前にあるだけで心が温かくなる。
「あくまでも今ある情報での予想だけど……。間違いなくあの男の繋がりは、その貴族だと思う。謀反を企む背後にドーグラフトの傍流が嚙んでるんじゃないかな。わざわざ自分のところの毒を提供してるくらいだし、あれって簡単には持ち出せないから。皇帝の座を乗っ取りたいのは、どちらかというとドーグラフトの人間かもね。あの男は貴族の下ってより、ドーグラフト寄りだと思う。成功したら何かしらの地位でも確約されてたのかな。貴族の方は、利用されていることにも気付かない道化ってところかな。皇帝が気付いてるくらい野心があって、操りやすい使い捨てのコマ。」
話を聞いて埋めたピースから組み立てた予想を話す。
少しでも早く、アークエイド達が公務から解き放たれるように。
その情報に、王族と皇族、それからそれぞれの護衛達が各所へ連絡するために打ち合わせを行った。
アークエイドが解放してくれる気配がないので、アシェルにはどうしようも出来ないのだが。
アークエイドの膝の上でそんな真剣な話を聞いている自分は、とても場違いな気がする。
「アークエイド殿、アシェル殿。父上に……アスラモリオン皇帝陛下に代わって、謝罪を。本当に申し訳ないことをした。まさか、アシェル殿を僕の妾にする話が出ていたなんて……。僕にはそんなつもりは一切ないと。そんなことになっても、絶対に拒否すると伝えておきます。今の婚約者以外を娶る気はありませんから。」
「モーリス殿は知らなかったんだ。仕方がない。それに、結局アスラモリオンの言いなりになるしかなかったのは、こちらの落ち度だ。」
「わたくしからも謝罪を……。そもそも、わたくしが我儘を言ってしまったのが発端だわ。本来なら、国の中で片付けなくてはいけない問題なのに。アークエイド様だけじゃなくて、アシェルまで巻き込んでいたなんて……。ごめんなさい、アシェル。わたくしのせいで、アシェルの友人を傷つけてしまったわ。それも、わたくしの護衛が……。」
「謝罪は僕じゃなくて、デュークとリリィに。」
「シルコットのお二方、巻き込んでしまって申し訳ありませんでした。」
ムーランが何の躊躇いもなく下げた頭に、デュークもリリアーデも驚いた。
謝罪を口にしても、頭まで下げるとは思っていなかったのだ。
「別に……皇女に謝られても困る。悪いのは暗躍してるやつらだろ。」
「そうね、皇女の命令だったなら分かるけど……。現状、謝罪してもらうなら皇帝陛下と、皇女を娶りたい貴族の方よ。特に皇帝の方は、一発くらい殴ってやりたいわ。」
「リリィ……本当にしそうだから、冗談でも言わないでくれ。」
「もう、流石にそんなことしないわよ。家に迷惑をかけたくないもの。」
「つまり、シルコットに迷惑がかからなければやるってことだろ。」
「そうとも言うわ。どれだけ地位があろうと、ただの人間であることに変わりは無いもの。そもそもアッチが悪いんだから、それくらい甘んじて受けるべきよ。命まで取ろうって訳じゃないんだから。」
「あぁ、もうお願いだから黙ってくれ。こっちは地位が重視されてるんだ。前世と同じ感覚で喋ってるから、あっちが困惑してるだろ。」
「あら、ごめんなさい。アシェに約束させた手前、本当に殴り掛かったりしないから安心してちょうだい。殴りたいくらい怒ってるってだけだから。」
「なんのフォローにもなってないからな……ソレ。気持ちは分かるけど。」
双子のいつもの掛け合いに、ムーランとモーリスは置いてけぼりだ。
「アシェル様。ホルスターのストックはこれで最後です。」
「ありがとう。衝動って言っても喉が渇くだけだし、とりあえずこれで様子見るよ。……もう少しストックしておけば良かったかな。」
最近のアシェルは錬金がまともにできないし、ホルスターのマナポーションだけを期日が過ぎる前に更新していただけだ。
攻撃手段の薬液は薬じゃないと自分に言い聞かせて、更新日を過ぎてもそのままにしていた。
他の薬品は基本的にストレージの中だ。ストック分をホルスターに補充していた。
今までサボっていたつけが回ってきてしまった。
「ですが……かなりお辛いのでは?もしお許しいただけるのであれば、邸に戻って旦那様からマナポーションを預かってまいりますが。」
「こんなに遅くにベルが外に出るのはダメ。大丈夫。ちゃんと魔力は回復してるから。少し辛いけど、僕の衝動は水飲んでれば良いだけだから。」
「畏まりました……。わたくしも魔力の譲渡が出来たら良かったのですが……。」
「ベルの魔力量じゃ、逆に枯渇させちゃうから。手からの変換効率って良くないし。」
「つまり、それだけ潜在消費していらっしゃるという訳ですね?……今回は仕方ありませんが、無茶をなさらないでください。」
地味に墓穴を掘ってしまったが、とりあえずイザベルからのお説教は免れた。
ホッとしたのも束の間。
アークエイドのキスが耳元に降ってきて、そのまま囁かれる。
「マナポーションが無いならキスするか?前みたいに唾液に魔力を混ぜたら、少しは回復の役に立つだろ?」
「っ!馬鹿言わないでよっ。」
「さっきデュークともしてただろ。」
「あれは治療でっ。」
「なら問題ないな。」
キスなんてしなくても、アシェルの魔力は時間が経てば回復するのだ。
衝動暴発しないように、喉の渇きを癒していればいい。
アークエイドのことを好きだと公言しているムーランの前で、何故唇を重ねなくてはいけないのか。
それにムーランとの婚約話はまだ片付いていない。結果が出るまでどちらに転ぶのか分からないのだ。
アークエイドの瞳には、熱の奥に嫉妬の色も垣間見える。
絶対にしつこいやつだ。
「やだっ、その眼のアークはしつこいからっ。キスだけで終わるとは思えないっ。それに、魔力の乗った唾液はダメ……衝動に抗えなくなるからっ。」
助けを求めてリリアーデを見れば、にっこりと笑みが返ってくる。
その笑みにはようやくアシェルがいつものように喋って、瞳に感情が宿ったからというのも含まれているのだが、そもそも自覚のなかったアシェルは気付かない。
「治療だったら誰も文句言わないし、良いんじゃないかしら。魔力の籠った体液って美味しいから、抗えなくなるって思う気持ちも分かるけど……。アークなら別に良いでしょ?」
「美味しいからダメなのっ。頑張って抑えてるのに……止まんなくなっちゃう。」
そうでなくても思い出してしまったせいで、あの甘くて美味しい液体が欲しくてたまらなくなってくる。
でも、衝動に負けた情けない姿を晒したくない。
「マナポーションもないなら、欲しいだけアークに貰えば良いんじゃないかしら?アークなら魔力もたっぷり持ってるし、上手く魔力を混ぜてくれるでしょ。」
「でも……。」
「例え治療でも、俺とキスするのは嫌か?」
少しだけ傷ついたような瞳で問われるが、嫌じゃないから困っているのだ。
恋心と衝動が相まって、アークエイドが欲しいという思考に埋め尽くされそうになる。
「嫌じゃない。けど、駄目なの……。我慢しないと……アークが欲しくてたまんないの……。キスしたら、止まんなくなっちゃう……。」
「……治療で止めるつもりなんだ、煽らないでくれ。」
伏せていた顔を上げられ、アークエイドの唇と重なる。
少しずつ流し込まれる果実水には、たっぷりと魔力と唾液が混じっているようで、どろりと思考を溶かしてしまいそうな甘さが広がる。
駄目だと思うのに、その思考すら霞んでしまう。
渇きを癒すその甘い雫がもっと欲しい。
甘さが喉を通るたびに、衝動に捕らわれていく。
果実水が無くなっても、口の中に残る甘さに吸い付こうとした唇が離される。
「やだ……足りない……。甘いのもっと欲しい。あーく、もっとちょうだい。もっと……。」
衝動に捕らわれ蕩けてどこか焦点の定まっていない瞳で、アシェルはもっと甘い雫が欲しくておねだりする。
アークエイドは、以前リリアーデの衝動暴発の後にアシェルとキスして与えた分くらいは、唾液に魔力を籠めたつもりだ。
魔力過多を起こしてしまったのかと錯覚してしまいそうな蕩けた表情で、衝動のままにおねだりをしてくる姿は、簡単に理性を崩してしまいそうになる。
「今のでも結構魔力を籠めたのに……どれだけ使ったんだ。アシェが満足するまでやるから、少し待ってくれ。」
アークエイドがまた果実水を口に含み、アシェルに口付ける。
その与えられた水分を、アシェルが恍惚とした表情で喉を鳴らして飲み込んでいく。
それが何度も繰り返される。
「思ったよりも潜在消費してくれてたみたいだわ。衝動も、物凄く我慢してくれてたのね……少し申し訳ないかも……。アークの魔力、大丈夫かしら?」
「けしかけておいて今更だろ。まぁ、アークなら喜ぶことはあっても、嫌がりはしないから良いんじゃないの?僕らより魔力量は多いはずだし、一応加護持ちだし。……そんなに魔力の籠った体液って美味しいの?」
「わたくしの場合はお互いの魔力と体液が混じらないと回復出来ないけど……混じってなくても魔力が多いほど、物凄く美味しそうな匂いがしてるのよ。アシェの場合、体液っていうか液体であることが重要なんじゃないかしら。体液なら持ち主の魔力が混ざりやすいから、魔力をたっぷり含んだ液体って考えると、今のアシェにはご馳走のはずだわ。……部屋に戻った方が良いかしら?」
「今ギャラリーがいなくなると、アークの理性が持たないだろ。……好きな女にあれだけ思わせぶりなセリフで求められて、我慢できてるのが奇跡的なくらいなんだから。アシェにそのつもりが無くても、襲ってくれって言ってるようなものだよ。」
「そうなの?……ああいうセリフ、学んだ方がデュークも嬉しいかしら?」
「これ以上余計な知識を付けないでくれ。リリィも同類だからな?」
「どういう意味よ。」
「そのまんまの意味だ。」
アシェルとアークエイドのキスシーンを前にしても、いつも通りの双子に対して。
ムーランもモーリスも、他人の情事に慣れてもいなければ、当たり前のようにこの状況を受け入れているヒューナイト王国の感性についていけてなかった。
加護と潜在消費、衝動については簡単には聞いた事がある。
だがあくまでもそういうものがある、という話しだけだ。他国のデリケートな問題なので、知っている情報は少ない。
そもそも口付け一つとっても、人前でするものではない。
二人っきりの時にこっそりとするものだし、婚約してなければ口付けすら許されない。
それにアークエイドがアシェルを抱えて座っているのだって、アスラモリオン的にはあり得ない光景だ。
こういうのもやっぱり、二人っきりで行うものである。
それなのに、アークエイドは明らかにアシェルを抱き抱え慣れていて。
アシェルも嫌だと口にするものの、抵抗することもなく。
アークエイドとのアイコンタクトで何を悟ったのか、大人しく抱かれている。
というよりも、幼馴染という間柄だからなのか。
アークエイドとアシェルだけではなく、リリアーデとデュークもお互いの表情を読み取っているように見える。
あれだけ幼馴染が沢山居るのに、こんな風にアイコンタクトだけで会話が成立するのだろうか。
——特別親しい間柄の人間が居ないムーランには分からない。
それにアークエイドとのキスを拒否したのだって、人前で見られることが嫌なのではなく、衝動に抗えなくなるのが嫌だと言った。
アシェルのキリっとした優しい姿しか見たことのなかったムーランには、衝動のせいなのかアークエイドの腕の中で甘えているようなアシェルの姿も、先程の不審者に対峙していた時の冷たい氷で出来た刃のようなアシェルも。
どちらも全く知らない、別人のような気すらしてしまう。
そもそも女性だと言われても、あまりにも男前な言動が目立ちすぎて半信半疑なのだから。
それなのに、アークエイド達はあの冷たいアシェルの姿を当たり前のように受け入れていた。アークエイドの近衛騎士たちも。
あの残酷な拷問のような景色を見たのにだ。
そもそも。
アークエイドやアシェルを巻き込んでしまっているのはアスラモリオンのせいだったのに、そのアシェルがアスラモリオンの皇族を暗殺する可能性が高いからと情報が伏せられていた。
ヒューナイト側は、そうなる可能性が高いと危惧していたのだ。
ムーランの護衛達も、アシェルの部屋は覗けないと言っていた。
無理に覗こうとしても、全て丁寧に弾き返されるのだと。
夕方に来訪者があるようだが来客が移動する間は、オートロックの扉付近や廊下すらアシェルの領域になってしまうと。
それだけの魔法の使い手なら、きっと宮殿に忍び込むことなんて造作もないことだろう。
寮の部屋なんて、護衛が居ても居なくても変わらないに違いない。
アシェルの身の安全を守る為だと思っていたのに、実際はムーランたちを守る為だったのだ。
アークエイドは愛する女性をモーリスに嫁がせたくないというのは、もちろんあっただろうが。
それこそ無理やりにでもアークエイドとアシェルが婚約式を上げてしまえば、アスラモリオンからは手出しが出来なくなる。
先程の様に約束をさせて、洗いざらい伝えて、婚約してしまえば良い。
婚約式は神への誓いの儀式だ。
例え権力者でも、その儀式の内容を覆すことは出来ない。
まずないことだが、婚約破棄ともなればかなり大掛かりな儀式を行わなくてはいけなくなる。
それくらい婚約式の儀式は重要なものだ。
結婚式は、これから一緒に暮らしますという節目のお披露目でしかない。
それでもそうしなかったのは、アークエイドがアシェルの意志を尊重しているのだろうと思う。
王宮で仲良く過ごす二人を見て、ムーランには可能性が無いことは分かっていたが、それでもアシェルが男なら万が一にもと思えた。
今はその僅かな希望すらない。
それにムーランには、アークエイドの取り繕った表情の下を覗くことが出来ない。
決してムーランに本心を見せてくれることは無い。
公務を言い訳に、一時の夢を見ていただけだ。
それくらい分かっていたのに、アークエイドとアシェルの姿を見ていると胸が張り裂けそうだ。
「……モーリス、帰りましょう。これ以上居ても迷惑をかけるだけだわ。今日は貴方の部屋に泊めてちょうだい。わたくしの部屋に帰るわけにはいかないでしょうから。」
「そうですね。イザベル嬢、我々はお暇させていただきます。もしアスラモリオンへの苦情や要求がありましたら、私の元へお願いします。」
「かしこまりました。お気をつけてお戻りくださいませ。」
イザベルに見送られて、ムーランとモーリス達が退室した。
このあと部屋に戻るなりムーランが大泣きし、モーリスは一晩中慰め続けたのだった。
アシェルの合図を受けて、イザベルが来客を通してくれる。
アークエイド、ムーラン、モーリス。
そして護衛はダニエルとダーガとクーフェだけだ。
近衛の一人と、ムーランの護衛の一人でデビュー祝いの時について来てくれた護衛は、先程の不届き物を護送していた。
一人残されたムーランの護衛は、ダーガとクーフェ的に信用が置けないということなのだろう。
護衛達は壁際に控えて、残る三人はデュークが横たわるソファの向かいへ促される。
それなのにアークエイドは一人こちらまで寄ってきて、何処に座るか迷っていたアシェルを抱きしめた。
予想外の温もりに包まれて、思考が停止する。
「アシェ……アシェが強いのは知ってる。でも、お願いだから無茶しないでくれ……。」
「……公務中は、友達に近づいちゃダメなんでしょ。」
どうにかそれだけ言葉を絞り出す。
心配してくれているのは分かるが、それでアークエイドにお咎めがいってしまうのは嫌だ。
「それについてもちゃんと説明する。」
何を説明されるのかは分からない。
でもアシェルを抱えてソファに座るのは、その話と関係ないことは分かる。
「僕を抱える意味が分からない。ちゃんと一人で座れる。僕は怪我してないんだから。」
「アシェが怪我をしてるなんて思ってない。俺がこうしてたいんだ。潜在消費してるんだろ?イザベル、何か水分を用意してくれるか?あれだけ魔力の大盤振る舞いしてたんだ、水筒一つだけじゃ足りないだろ。」
「アークエイド殿下……一言申し上げますが、私はアシェル様の侍女であって、殿下の侍女ではございません。アシェル様のためですので、ご用意はしますが。」
アークエイドの言葉に言い返したイザベルに、ムーランとモーリスが驚いた表情になった。
ただの侍女が、王族に口答えするとは思っていなかったのだろう。
全員の前に紅茶と、アークエイドの前には珈琲が置かれる。
アシェルを抱えるアークエイドの前には、牛乳や各種果実水が置かれた。
しれっとココアまで出してくるあたり、水分と一緒に糖分も摂れということだろう。
ムーランとモーリスが居るから公務中のはずなのに、アークエイドがアシェルを離してくれる気配がない。
注意をしそうなダニエルも何も言ってこない。
こんなよく分からない状況なのに、ムーランがアークエイドにくっついていなくて、アシェルが一番近くに居ることが嬉しいと思ってしまう。
その考えを押し込める。
話があると言っていたし、アシェルが逃げないようにしているだけなのかもしれない。
それよりもまず、アシェルは謝らなくてはいけない。
本当は、さっき廊下で声を掛けられた時点で謝るべきだったことだ。
「アーク……約束破っちゃった。ごめんなさい。」
「気にするな。状況的に仕方なかったことも、アシェが進んで約束を破ったわけじゃないことも知ってる。ただ……今からアシェに話したい事がある。でも、話を聞く前に約束して欲しいし、それだけは破らないで欲しい。」
「……アークも。リリィみたいに無茶するなって言うの?」
アシェルの言葉に、アークエイドはリリアーデを見た。
リリアーデは肩を竦めながら、その無言の質問に答える。
「具体的には何も言ってないわよ。アークがどこまで話すつもりか分からないもの。さっきみたいな無茶をしないでって、約束してもらっただけよ。でも、それだけでアシェは答えに近づいちゃったけどね。」
「やっぱりか……出来たら話したくないんだが……。」
「中途半端に隠すほうが危険です。」
「分かってる。」
ダニエルまで口を挟んだ。
本当に一体何の話なのだろうか。
「ねぇ、ちゃんと話は聞くから、降ろして。」
「嫌だ。離さない。」
ジッとアークエイドの瞳を見つめるが、これはアシェルが何を言っても腕の中から解放してくれないだろうという、強い意志を感じる。
「はぁ……分かった。でも、あとでムーラン皇女と揉めても知らないから。で、アークが約束させたい内容は何なの?内容が分からないのに約束はできない。」
「話を全部聞いても、アスラモリオンの人間には手を出すな。さっきみたいに襲ってくる相手を返り討ちにするのは良いが、無力化までだ。それ以上の手出しはしないでくれ。」
「……アスラモリオンなの?ドーグラフトじゃなくて?……それが話を聞くために必要な事なら約束する。」
首を傾げたアシェルの言葉に、その場に居る人たちも首を傾げる。
「アシェル、なぜドーグラフトが出てくるの?それと……いつもみたいに喋ってもらうのは無理かしら。なんだか、アシェルじゃない子と喋ってるみたいで……さっきの怖かったアシェルを思い出してしまうわ。」
「ごめんなさい、ムーラン皇女。これで、いつも通りのつもりなんだけど……。」
「じゃあ、せめて今日は皇女は止めてちょうだい。余所余所しいわ。それで、何故ドーグラフトが出てくるのか教えてくれるかしら?」
「さっきの男が使っていた毒は、ドーグラフトの特定地域でしか手に入らない、かなり希少な毒なんだ。素材の希少さもだけど、その精製方法はその地域の一部の人間しか知らない。普通なら存在すら知らないような猛毒。僕はお父様の伝手で、素材とその精製された単品の毒を味見したことがあったから。そして、特徴的だったから覚えていたけど。それをベースに、アスラモリオンの特有素材も混ぜて調薬してあった。その地域でも原液で使うことはまずない猛毒だし、入手経路が限られているにも関わらず足が付きにくい毒薬。知らない人間がアイツの言動だけを聞いたのなら、皇帝陛下に罪を擦り付けるには十分すぎるくらいの。」
そこまで言って、グラスを傾ける。
ついでにイザベルが差し出してくれたマナポーションも飲む。
もう戦闘終了から30分以上経っているらしい。
「それが、アスラモリオンの手のものじゃないと判断した理由か?」
アークエイドに問われ頷く。
「アイツ自体は、間違いなくアスラモリオン出身。肌の色だけじゃなく、魔法の使い方がそうだから。でも、ドーグラフトの息がかかってる。……ピースが揃わない。」
「待った、アシェル殿……いや、アシェル嬢は、魔法の使い方でどこの出身かまで分かるのか!?」
何かヒントになるパズルのピースは無かっただろうかと思考が沈みかけた耳に、モーリスの驚いた声が届く。
そんなにおかしなことを言っただろうか。
「アシェル殿って呼んで。……分かる。というよりも、アスラモリオンの魔法の構築方法だけが独特なの。きっと、術式についての理解を深めてから、魔法を使うようになる影響だと思う。……ムーラン嬢の使い方は、あまりアスラモリオンっぽくないけど。」
「術式は難しいのよっ。」
「話が逸れてしまうのは分かってるけど、何がどう違うのか聞いても?」
モーリスの大切な話を遮ってしまってでも、知的好奇心を満たしたい気持ちはよく分かる。
「基本的にどの国でも、魔法は詠唱して使うことを前提に教えられる。だから呪文から連想したイメージに魔力を纏って、それが形になる。術式を理解すれば、イメージの補完や応用も効くようになる。けど、基本的なイメージに魔力を乗せる工程は変わらない。でも、アスラモリオンの場合、術式の理解を深めてから魔法を使う。だからイメージが術式ありきになって、綺麗な術式に魔力を纏って形になる。アスラモリオンの人間で詠唱する人間がほぼ居ないのは、イメージを補う呪文を唱える必要が無いから。魔力の形が観える様になれば、アスラモリオンの魔法はとても解除しやすい。知ってる術式を用いた魔法なら、術式を繋ぐ魔力のパスがどこにあるか、直ぐに分かるから。」
「なるほど……物凄く興味深い話だ。話を遮ってしまってごめんよ。」
「僕が伝えなきゃいけないことは、もう伝えたから。」
またちまちまと水分を口に含む。
喋っていない間は水分を口にしないと、水分への渇望に思考が囚われてしまいそうだ。
「アシェの説明で、少し現状を打開できそうだ。」
「アークは、僕が持ってないピースを持ってるってことだね。……それが、アスラモリオンの人間に手を出すなって言ったことと関係あるの?」
「そうだ。説明するから、最後まで聞いてくれ。」
アークエイドがゆっくりと、ムーランとモーリスが留学してきた経緯から、アスラモリオンと交わした密約。
アークエイドに課せられた制限や、どうしてアシェルが襲われそうになったのかまで。
それとエラートとマリクが、何も知らないアシェルの護衛をしてくれていたことも。
ムーランとの婚約を取り下げるために出されている条件も。
一つ一つ順番に説明してくれる。
一部の内容については、ムーランとモーリスも先程知ったばかりだったという。
リリアーデとデュークは、7月に入ってからエラートが聞いた詳しい話を共有していたので事情を知っていたようだ。
イザベルはそこまで詳しい話しは知らないまでも、ファンクラブイベントにアークエイドが来た日に、簡単に事情を聞いていたらしい。
本当に今まで何も知らなかったのは、アシェルだけだった。
「——これで全部だ。公務だから友人と一緒に居れなかったわけじゃない。公務の中の条件で、アシェに近づくことを止められていた。」
「事情は分かった……。つまり僕に敵の目が向かないように、モーリス殿に嫁ぐことが無いように。それと、僕が皇帝陛下を手にかけないように。僕には情報が伏せられていたし、アークは僕から距離を取ろうとしていた。って事で良いの?」
確認するようなアシェルの言葉に、アークエイドは頷いた。
確かに話を聞いた今。
顔も知らないアスラモリオンの皇帝を、アークエイドに害を為す人間だと認識してしまった。
約束が無ければ、確かにアークエイドの止める声は聞こえなかったかもしれない。
さっきアークエイドが止めてくれても、話を聞く気が起きなかったように。
それと同時に、アークエイドに嫌われていなかったのだと喜ぶ自分が居る。
人前だからか控えめだが、ほんのりと熱の籠ったサファイアブルーの瞳が目の前にあるだけで心が温かくなる。
「あくまでも今ある情報での予想だけど……。間違いなくあの男の繋がりは、その貴族だと思う。謀反を企む背後にドーグラフトの傍流が嚙んでるんじゃないかな。わざわざ自分のところの毒を提供してるくらいだし、あれって簡単には持ち出せないから。皇帝の座を乗っ取りたいのは、どちらかというとドーグラフトの人間かもね。あの男は貴族の下ってより、ドーグラフト寄りだと思う。成功したら何かしらの地位でも確約されてたのかな。貴族の方は、利用されていることにも気付かない道化ってところかな。皇帝が気付いてるくらい野心があって、操りやすい使い捨てのコマ。」
話を聞いて埋めたピースから組み立てた予想を話す。
少しでも早く、アークエイド達が公務から解き放たれるように。
その情報に、王族と皇族、それからそれぞれの護衛達が各所へ連絡するために打ち合わせを行った。
アークエイドが解放してくれる気配がないので、アシェルにはどうしようも出来ないのだが。
アークエイドの膝の上でそんな真剣な話を聞いている自分は、とても場違いな気がする。
「アークエイド殿、アシェル殿。父上に……アスラモリオン皇帝陛下に代わって、謝罪を。本当に申し訳ないことをした。まさか、アシェル殿を僕の妾にする話が出ていたなんて……。僕にはそんなつもりは一切ないと。そんなことになっても、絶対に拒否すると伝えておきます。今の婚約者以外を娶る気はありませんから。」
「モーリス殿は知らなかったんだ。仕方がない。それに、結局アスラモリオンの言いなりになるしかなかったのは、こちらの落ち度だ。」
「わたくしからも謝罪を……。そもそも、わたくしが我儘を言ってしまったのが発端だわ。本来なら、国の中で片付けなくてはいけない問題なのに。アークエイド様だけじゃなくて、アシェルまで巻き込んでいたなんて……。ごめんなさい、アシェル。わたくしのせいで、アシェルの友人を傷つけてしまったわ。それも、わたくしの護衛が……。」
「謝罪は僕じゃなくて、デュークとリリィに。」
「シルコットのお二方、巻き込んでしまって申し訳ありませんでした。」
ムーランが何の躊躇いもなく下げた頭に、デュークもリリアーデも驚いた。
謝罪を口にしても、頭まで下げるとは思っていなかったのだ。
「別に……皇女に謝られても困る。悪いのは暗躍してるやつらだろ。」
「そうね、皇女の命令だったなら分かるけど……。現状、謝罪してもらうなら皇帝陛下と、皇女を娶りたい貴族の方よ。特に皇帝の方は、一発くらい殴ってやりたいわ。」
「リリィ……本当にしそうだから、冗談でも言わないでくれ。」
「もう、流石にそんなことしないわよ。家に迷惑をかけたくないもの。」
「つまり、シルコットに迷惑がかからなければやるってことだろ。」
「そうとも言うわ。どれだけ地位があろうと、ただの人間であることに変わりは無いもの。そもそもアッチが悪いんだから、それくらい甘んじて受けるべきよ。命まで取ろうって訳じゃないんだから。」
「あぁ、もうお願いだから黙ってくれ。こっちは地位が重視されてるんだ。前世と同じ感覚で喋ってるから、あっちが困惑してるだろ。」
「あら、ごめんなさい。アシェに約束させた手前、本当に殴り掛かったりしないから安心してちょうだい。殴りたいくらい怒ってるってだけだから。」
「なんのフォローにもなってないからな……ソレ。気持ちは分かるけど。」
双子のいつもの掛け合いに、ムーランとモーリスは置いてけぼりだ。
「アシェル様。ホルスターのストックはこれで最後です。」
「ありがとう。衝動って言っても喉が渇くだけだし、とりあえずこれで様子見るよ。……もう少しストックしておけば良かったかな。」
最近のアシェルは錬金がまともにできないし、ホルスターのマナポーションだけを期日が過ぎる前に更新していただけだ。
攻撃手段の薬液は薬じゃないと自分に言い聞かせて、更新日を過ぎてもそのままにしていた。
他の薬品は基本的にストレージの中だ。ストック分をホルスターに補充していた。
今までサボっていたつけが回ってきてしまった。
「ですが……かなりお辛いのでは?もしお許しいただけるのであれば、邸に戻って旦那様からマナポーションを預かってまいりますが。」
「こんなに遅くにベルが外に出るのはダメ。大丈夫。ちゃんと魔力は回復してるから。少し辛いけど、僕の衝動は水飲んでれば良いだけだから。」
「畏まりました……。わたくしも魔力の譲渡が出来たら良かったのですが……。」
「ベルの魔力量じゃ、逆に枯渇させちゃうから。手からの変換効率って良くないし。」
「つまり、それだけ潜在消費していらっしゃるという訳ですね?……今回は仕方ありませんが、無茶をなさらないでください。」
地味に墓穴を掘ってしまったが、とりあえずイザベルからのお説教は免れた。
ホッとしたのも束の間。
アークエイドのキスが耳元に降ってきて、そのまま囁かれる。
「マナポーションが無いならキスするか?前みたいに唾液に魔力を混ぜたら、少しは回復の役に立つだろ?」
「っ!馬鹿言わないでよっ。」
「さっきデュークともしてただろ。」
「あれは治療でっ。」
「なら問題ないな。」
キスなんてしなくても、アシェルの魔力は時間が経てば回復するのだ。
衝動暴発しないように、喉の渇きを癒していればいい。
アークエイドのことを好きだと公言しているムーランの前で、何故唇を重ねなくてはいけないのか。
それにムーランとの婚約話はまだ片付いていない。結果が出るまでどちらに転ぶのか分からないのだ。
アークエイドの瞳には、熱の奥に嫉妬の色も垣間見える。
絶対にしつこいやつだ。
「やだっ、その眼のアークはしつこいからっ。キスだけで終わるとは思えないっ。それに、魔力の乗った唾液はダメ……衝動に抗えなくなるからっ。」
助けを求めてリリアーデを見れば、にっこりと笑みが返ってくる。
その笑みにはようやくアシェルがいつものように喋って、瞳に感情が宿ったからというのも含まれているのだが、そもそも自覚のなかったアシェルは気付かない。
「治療だったら誰も文句言わないし、良いんじゃないかしら。魔力の籠った体液って美味しいから、抗えなくなるって思う気持ちも分かるけど……。アークなら別に良いでしょ?」
「美味しいからダメなのっ。頑張って抑えてるのに……止まんなくなっちゃう。」
そうでなくても思い出してしまったせいで、あの甘くて美味しい液体が欲しくてたまらなくなってくる。
でも、衝動に負けた情けない姿を晒したくない。
「マナポーションもないなら、欲しいだけアークに貰えば良いんじゃないかしら?アークなら魔力もたっぷり持ってるし、上手く魔力を混ぜてくれるでしょ。」
「でも……。」
「例え治療でも、俺とキスするのは嫌か?」
少しだけ傷ついたような瞳で問われるが、嫌じゃないから困っているのだ。
恋心と衝動が相まって、アークエイドが欲しいという思考に埋め尽くされそうになる。
「嫌じゃない。けど、駄目なの……。我慢しないと……アークが欲しくてたまんないの……。キスしたら、止まんなくなっちゃう……。」
「……治療で止めるつもりなんだ、煽らないでくれ。」
伏せていた顔を上げられ、アークエイドの唇と重なる。
少しずつ流し込まれる果実水には、たっぷりと魔力と唾液が混じっているようで、どろりと思考を溶かしてしまいそうな甘さが広がる。
駄目だと思うのに、その思考すら霞んでしまう。
渇きを癒すその甘い雫がもっと欲しい。
甘さが喉を通るたびに、衝動に捕らわれていく。
果実水が無くなっても、口の中に残る甘さに吸い付こうとした唇が離される。
「やだ……足りない……。甘いのもっと欲しい。あーく、もっとちょうだい。もっと……。」
衝動に捕らわれ蕩けてどこか焦点の定まっていない瞳で、アシェルはもっと甘い雫が欲しくておねだりする。
アークエイドは、以前リリアーデの衝動暴発の後にアシェルとキスして与えた分くらいは、唾液に魔力を籠めたつもりだ。
魔力過多を起こしてしまったのかと錯覚してしまいそうな蕩けた表情で、衝動のままにおねだりをしてくる姿は、簡単に理性を崩してしまいそうになる。
「今のでも結構魔力を籠めたのに……どれだけ使ったんだ。アシェが満足するまでやるから、少し待ってくれ。」
アークエイドがまた果実水を口に含み、アシェルに口付ける。
その与えられた水分を、アシェルが恍惚とした表情で喉を鳴らして飲み込んでいく。
それが何度も繰り返される。
「思ったよりも潜在消費してくれてたみたいだわ。衝動も、物凄く我慢してくれてたのね……少し申し訳ないかも……。アークの魔力、大丈夫かしら?」
「けしかけておいて今更だろ。まぁ、アークなら喜ぶことはあっても、嫌がりはしないから良いんじゃないの?僕らより魔力量は多いはずだし、一応加護持ちだし。……そんなに魔力の籠った体液って美味しいの?」
「わたくしの場合はお互いの魔力と体液が混じらないと回復出来ないけど……混じってなくても魔力が多いほど、物凄く美味しそうな匂いがしてるのよ。アシェの場合、体液っていうか液体であることが重要なんじゃないかしら。体液なら持ち主の魔力が混ざりやすいから、魔力をたっぷり含んだ液体って考えると、今のアシェにはご馳走のはずだわ。……部屋に戻った方が良いかしら?」
「今ギャラリーがいなくなると、アークの理性が持たないだろ。……好きな女にあれだけ思わせぶりなセリフで求められて、我慢できてるのが奇跡的なくらいなんだから。アシェにそのつもりが無くても、襲ってくれって言ってるようなものだよ。」
「そうなの?……ああいうセリフ、学んだ方がデュークも嬉しいかしら?」
「これ以上余計な知識を付けないでくれ。リリィも同類だからな?」
「どういう意味よ。」
「そのまんまの意味だ。」
アシェルとアークエイドのキスシーンを前にしても、いつも通りの双子に対して。
ムーランもモーリスも、他人の情事に慣れてもいなければ、当たり前のようにこの状況を受け入れているヒューナイト王国の感性についていけてなかった。
加護と潜在消費、衝動については簡単には聞いた事がある。
だがあくまでもそういうものがある、という話しだけだ。他国のデリケートな問題なので、知っている情報は少ない。
そもそも口付け一つとっても、人前でするものではない。
二人っきりの時にこっそりとするものだし、婚約してなければ口付けすら許されない。
それにアークエイドがアシェルを抱えて座っているのだって、アスラモリオン的にはあり得ない光景だ。
こういうのもやっぱり、二人っきりで行うものである。
それなのに、アークエイドは明らかにアシェルを抱き抱え慣れていて。
アシェルも嫌だと口にするものの、抵抗することもなく。
アークエイドとのアイコンタクトで何を悟ったのか、大人しく抱かれている。
というよりも、幼馴染という間柄だからなのか。
アークエイドとアシェルだけではなく、リリアーデとデュークもお互いの表情を読み取っているように見える。
あれだけ幼馴染が沢山居るのに、こんな風にアイコンタクトだけで会話が成立するのだろうか。
——特別親しい間柄の人間が居ないムーランには分からない。
それにアークエイドとのキスを拒否したのだって、人前で見られることが嫌なのではなく、衝動に抗えなくなるのが嫌だと言った。
アシェルのキリっとした優しい姿しか見たことのなかったムーランには、衝動のせいなのかアークエイドの腕の中で甘えているようなアシェルの姿も、先程の不審者に対峙していた時の冷たい氷で出来た刃のようなアシェルも。
どちらも全く知らない、別人のような気すらしてしまう。
そもそも女性だと言われても、あまりにも男前な言動が目立ちすぎて半信半疑なのだから。
それなのに、アークエイド達はあの冷たいアシェルの姿を当たり前のように受け入れていた。アークエイドの近衛騎士たちも。
あの残酷な拷問のような景色を見たのにだ。
そもそも。
アークエイドやアシェルを巻き込んでしまっているのはアスラモリオンのせいだったのに、そのアシェルがアスラモリオンの皇族を暗殺する可能性が高いからと情報が伏せられていた。
ヒューナイト側は、そうなる可能性が高いと危惧していたのだ。
ムーランの護衛達も、アシェルの部屋は覗けないと言っていた。
無理に覗こうとしても、全て丁寧に弾き返されるのだと。
夕方に来訪者があるようだが来客が移動する間は、オートロックの扉付近や廊下すらアシェルの領域になってしまうと。
それだけの魔法の使い手なら、きっと宮殿に忍び込むことなんて造作もないことだろう。
寮の部屋なんて、護衛が居ても居なくても変わらないに違いない。
アシェルの身の安全を守る為だと思っていたのに、実際はムーランたちを守る為だったのだ。
アークエイドは愛する女性をモーリスに嫁がせたくないというのは、もちろんあっただろうが。
それこそ無理やりにでもアークエイドとアシェルが婚約式を上げてしまえば、アスラモリオンからは手出しが出来なくなる。
先程の様に約束をさせて、洗いざらい伝えて、婚約してしまえば良い。
婚約式は神への誓いの儀式だ。
例え権力者でも、その儀式の内容を覆すことは出来ない。
まずないことだが、婚約破棄ともなればかなり大掛かりな儀式を行わなくてはいけなくなる。
それくらい婚約式の儀式は重要なものだ。
結婚式は、これから一緒に暮らしますという節目のお披露目でしかない。
それでもそうしなかったのは、アークエイドがアシェルの意志を尊重しているのだろうと思う。
王宮で仲良く過ごす二人を見て、ムーランには可能性が無いことは分かっていたが、それでもアシェルが男なら万が一にもと思えた。
今はその僅かな希望すらない。
それにムーランには、アークエイドの取り繕った表情の下を覗くことが出来ない。
決してムーランに本心を見せてくれることは無い。
公務を言い訳に、一時の夢を見ていただけだ。
それくらい分かっていたのに、アークエイドとアシェルの姿を見ていると胸が張り裂けそうだ。
「……モーリス、帰りましょう。これ以上居ても迷惑をかけるだけだわ。今日は貴方の部屋に泊めてちょうだい。わたくしの部屋に帰るわけにはいかないでしょうから。」
「そうですね。イザベル嬢、我々はお暇させていただきます。もしアスラモリオンへの苦情や要求がありましたら、私の元へお願いします。」
「かしこまりました。お気をつけてお戻りくださいませ。」
イザベルに見送られて、ムーランとモーリス達が退室した。
このあと部屋に戻るなりムーランが大泣きし、モーリスは一晩中慰め続けたのだった。
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