Hearty Beat

いちる

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「え?」
 自分の事務所の人間を怒らせたのに葛城は気を害した風では無い。
「ナオと一緒にって……どうなの?」
「……光栄ですけども。……なんで俺なんでしょう?」
 そうだよ。
 そもそも、なんで俺なんだ?
 この世の中俺レベルの歌う奴なんてネットにも掃いて捨てるほどいる。
   俺じゃなきゃ駄目な理由があるのか?
「ま、それは直接ナオに聞いてみれば?君が彼とやってくれるって言うのであればもう一度会うセッティングは私の方でなんとかしよう。ただ、彼の機嫌を直すのは、君ががんばってくれないかな?」
 頑固でね。
 一度気に食わないことがあるとなかなか機嫌が直らない。
 ちょっと気位の高い猫みたいなやつなんだよね。
 葛城が苦笑いを浮かべた。
 でも。
「でも。彼が今回せっかくまた音楽をやりたいって思ったんなら私たちも応援したくて。……三年ひきこもってたから。君の声をきいて、やっと天の岩戸から顔を出してくれたわけだ」
 昔絵本で読んだことのある神話を思い浮かべる。それにしても神様をひきこもりと同じにしていいのか……と圭は思ったが口に出さなかった。
 それにあの神様をみんなはどうやって引きずり出したんだっけ?
「はあ」
 曖昧に頷く。
「ミドリ。あんたがメジャーでデビューできる最初で最後のチャンスかもよ」
 ハナコがしたり顔で追従する。
「それはひどいです。ハナコさん、自分がスカウトしたくせに」
「まあ、それは事務所わたしたちの力も足りないけどね。だったらやっぱりこれは大きなチャンスよ。あんただけじゃなくうちの事務所にも」
  ハナコはバンバンと圭の肩を叩く。
「演歌は一曲売れれば一生食べられるんだから、あんたもその一曲、当てるわよ!」
「俺がやってるの演歌じゃないですよ」
  もう叩かれないようにやんわりと身体を避ける。
「演歌じゃなくても一曲売れて毎年紅白に出てるバンドもいるでしょ!」
「一曲って、ハナコさん、少なくとも御堂さんの曲ですよ?一曲以上は売れますよ」
「ぶっ!」
二人のやり取りに我慢が出来なくなったのか、とうとう葛城が吹き出し、笑い始めた。
涙が滲むほど笑い、すみませんと肩を上下させている。
「じゃあ、君が一生食うに困らなくなる為にナオに謝ろうか。ミドリくん」
 落ちついたにっこりと、しかし、銀フレームのメガネの奥には何か企んでいるような瞳の色を称えて葛城は言った。
 謝るって……どうすれば?
 普通に謝って許してくれるとは思わない。
 多分今自分は世界一情けない顔をしているんだろうと思いながら圭は首を傾げた。
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