ニコラ・ロウの華麗なる悪役生活

天乃律

文字の大きさ
18 / 138
第二章 王立バルバディア魔法学院

第6話 開幕ベルが鳴る

しおりを挟む

 ロロフィリカの自己紹介トークを左から右へ聞き流しているうちに時間がきたらしい。礼拝堂の扉が閉まった音とともに、昂揚した新入生のお喋りがぴたりと止んだ。
 二階と三階部分の廊下に、いつの間にか上級生たちが揃っている。

「ニコ、あそこ……」
「ああ。兄上とルウだね」
「プリンス!?」

 ロロフィリカ声がでけぇ。

 次に主祭壇の前に続々と人影が現れた。あれは多分、教員だろう。このべルティーナ王国の至宝ともいうべき魔法のスペシャリストたちだ。
 音も気配もなく、何もなかったところからすぅっと下りてくる。空間転移魔法だ。

 最後に、白い鳥が羽搏いた。
 天井に現れた鳥がゆっくりと祭壇中央に下りてきて、くるりと一回転したと思ったら、ローブ姿の老人に変身する。


「諸君、入学おめでとう」


 深い常盤に染まる森のような、しんとした声だった。

「わたくしは、バルバディア魔法学院第九代学院長、ゴラーナと申します」

 バルバディア魔法学院の歴史は、創立より数えておよそ千年。
 九代というとずいぶん少なく聞こえるが、力ある魔法使いはとんでもなく長命だから、在任期間がそれぞれ長いのだ。恐らく祭壇前に並ぶ教師陣のうち、外見通りの年齢をしている人はほとんどいない。

「諸君らはこれからこの学び舎で四年間を過ごし、寝食をともにし、そして研鑽しあってゆくことでしょう。この世を震撼させた〈魔王〉を、わたくしと仲間たちが封印してから、二十年──」

 学院長はそこで言葉を止めた。
 僅かな沈黙だった。

「束の間の安息でありました」

 隣に座っているエウフェーミアの横顔を一瞥する。
 かたく唇を引き結んではいたが、どこか遠い話だと思っているようだ。

「諸君らへ入学許可証をお届けしてから四の月を数えた頃、魔王の第一配下を名乗る魔法使いが現れました。みなは魔王封印後の安息の世に生まれた幸運の世代でありますが、ご両親やご親族には魔王の恐怖を覚える人も多く、また直接被害を受けたかたもいたかもしれません。魔王復活に向けて、その手の者が動き始めていることは、残念ながら確かです」

 礼拝堂のなかに緊張感が漂う。
 ロロフィリカは「ひえ」と小さく声を洩らした。喋んな、空気読め!

「だからこそ、これからの世界を担う諸君らには、より強く結束し、自らの魔法を磨き、暗黒の八百年の再来を阻止するために、よりよき〈隣人たち〉との関係を構築し、新たな魔法の創造に挑戦して頂かねばなりません。上級生、教職員、魔法教会一同、みなのよき学びを心より支援いたします」


 昨年、四の月。
 かつて八百年の長きに渡り世界を震撼させ、二十年前に封印されたばかりの魔王、その第一配下〈黒き魔法使い〉が復活したという報が王国中を駆け巡った。

 目撃情報は王国の南に集中していたが、領地に〈暁降あかときくたちの丘〉をもつオーレリー辺境伯の親父殿は対応に追われた。
 魔法教会の要請で砦の騎士団も出動する事態になり、何日も邸に帰ってこなかったのだ。

 結局、第一配下を名乗るただの贋者だったらしい。
 親父殿もヴェレッダ騎士団も、直接交戦することなく帰ってきた。しかし未だに領地では厳戒態勢が続いている。


 ──没落にゃ無縁、魔王は封印されたばかり、英雄は存命。とっとと独立してマッタリ魔法の研究でもしようと思ってたが、アテが外れたよなぁ。

 学院長に続いて進み出た在校生代表を眺めながら心の中で独り言つ。
 入学許可証が届いて、『本編開始』って感じだなぁなどと呑気に構えていた一年前の俺、殴りたい。

 ──あ~~~さっさと原作の展開思い出して対策立ててぇ。早く終われ入学式。どいつもこいつも話が長げぇんだよ寝るぞ!

 と、内心荒れ狂う俺を宥めたのは、司会を務める女性教師のこの一言だった。


「続いて、新入生代表挨拶。アデル・サクマ」


 ……サクマって、佐久間とか作間とかのサクマ?
 やたら耳馴染みのある苗字に驚いていると、新入生の席の中ですっと立ち上がったのは黒髪眼鏡のあのアデルだった。

「なんか野暮ったーい。ニコラの方が絶対、画的によかったよね」

 いいからロロフィリカお前は黙っとれ。──と言えない悲しいお坊ちゃまモード。
 代わりにエウがきゅっと眉間に皺を寄せて、唇に人差し指を当てながら「しっ」と窘めた。あざとかわいい。

 右脚を僅かに引きずりながら壇上に上がったアデルの挨拶はそつがなかった。
 淡々と、棒読みでない程度に抑揚は薄く、されどつっかえたり噛んだりすることもなく読み終える。

 黒い髪に、暗い色の目に、サクマという苗字。あいつ、もしかして日本人なのか?
 目を細めてじぃぃっと見つめてみたが、『主人公』にそんな設定があったかすらサッパリ思い出せん。
 ぼんやりしているうちにアデルが挨拶を締めくくり、一礼して壇を下りる。

 すると、天井から色とりどりの花びらが降りはじめた。
 赤、白、ピンク、オレンジ、ブルー。わぁ、と新入生たちから歓声が零れ、隠しきれない喜びや期待が満ち満ちる。

「これから寮の配属を発表します。式場入口で配布したバラを杖腕に持ってください」

 司会の指示に従い、兄貴が胸に挿してくれたバラを右手に持った。
 ぽんっ、と煙を噴いた次の瞬間、バラが姿を変えてブローチになる。

「いま手の中にあるそれが所属寮を表す徽章となるので失くさないように。まず白いユリの徽章ホワイトリリー寮の生徒は、寮監とともに退場」

 俺とエウの徽章は青いバラだ。ロロフィリカもそう。
 ちなみに兄貴とルウはホワイトリリー寮所属である。

「あー、プリンスとは別なのかぁ。でもエウフェーミアと一緒で嬉しい!」
「よろしくね、ロロフィリカ」

 着席していた新入生たちの四分の一ほどが立ち上がり、寮監の先生を先頭にして出口へと向かっていく。
 ……主人公コンビは、いない。

「これで部屋も一緒なら嬉しいのになぁ。寮とか部屋ってどう決まるんだろ。ニコラ知ってる?」
「基本的には魔力の相性だね。寮生活では寝食をともにするから、相性の悪い魔力の者と四六時中一緒では、中毒や反発を起こすことになる。あとは得意の魔法や性格などを総合的に判断すると、兄上が言っていたよ」

 魔力は、その色の透明度が高いほど純度が高いとされる。
 その中でも薄紫色は、ベルティーナ王国がまだ皇国であった時代に存在した救世の聖女と同じ色ということで、至高の魔力とみる向きがあった。
 早い話が、同系色だったり相性の悪くない色同士が同室にされるのだ。

「次、青いバラ徽章のヒュースローズ寮の生徒は、寮監に続いて退場」
「行こう」

 二人を促して立ち上がり、同じ寮となる新入生の顔を確認しながら歩きだす。

 視界の端で動いた黒髪と栗毛に、ゲ、と顔が引き攣ってしまった。
 こっちの金髪に気づいた栗毛も同様に「うわ」と盛大に顔を顰める。

『物語』の主人公、リディアとアデル。
 その左胸につけられた青いバラ徽章。

「……どーやら一緒の寮のようですわねぇ。魔力の相性がどーとか仰ってましたけど、ごめんあそばせー」
「リディア。わざとらしいよ」


 ……厄介な気配しかしねぇな。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

社畜サラリーマン、異世界でパンと魔法の経営革命

遊鷹太
ファンタジー
過労死寸前の30代サラリーマン・佐藤健は、気づけば中世ヨーロッパ風の異世界に転生していた。与えられたのは「発酵魔法」という謎のスキルと、前世の経営知識。転生先は辺境の寒村ベルガルド――飢えと貧困にあえぐ、希望のない場所。「この世界にパンがない…だと?」健は決意する。美味しいパンで、人々を笑顔にしよう。ブラック企業で培った根性と、発酵魔法の可能性。そして何より、人を幸せにしたいという純粋な想い。小さなパン屋から始まった"食の革命"は、やがて王国を、大陸を、世界を変えていく――。笑いあり、涙あり、そして温かい人間ドラマ。仲間たちとの絆、恋の芽生え、強大な敵との戦い。パン一つで世界を救う、心温まる異世界経営ファンタジー。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

処理中です...