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第二章 王立バルバディア魔法学院
第7話 とある総長さんの初恋
しおりを挟む中学二年の夏のことだ。
「これ面白かった。続きある?」
「六冊くらいあった。じゃー今度借りてくる」
先輩や兄貴から譲ってもらったバイクで走りだしたり、卒業式には刺繍ランで派手に決めたり、そういう文化が二十一世紀にもまだ残るド田舎で俺は『総長』なんて呼ばれていた。──具体的にいうと、『インテリヤンキー』から『番長』に昇格してその後『総長』に落ち着いていた。
そんな本格的なアレじゃなかったよ?
ちょっとやんちゃ坊主だっただけ。ホントホント。
それで、隣の地区でデカい顔してたダッセェ高校生グループと正面衝突。勝つには勝ったが左脚を折られ、ツレの運転するバイクの後ろに乗って病院に行き、即入院のち、緊急手術。
そこで出逢ったのが、あいつ。
「やったー! でもこれ表紙めちゃくちゃ女の子向けだよ、大丈夫? 不良がこんなの借りててイメージ崩れない?」
「べっつにー。気にせんわ」
あいつはなにか、重い病気を患っているようだった。
もう顔もはっきりと思い出せないが、華奢で、白くて、俺なんかが触ったらポキッと折れてしまいそうなくらい細くて、穏やかで優しい女の子。
仲良くなったきっかけもサッパリ憶えていない。
初恋だった。
自分が退院し、脚が完治したあともお見舞いで病院に通った。
中学校に通ったことがないというあいつに、当時やんちゃ坊主のくせに学年トップ争いをしていた俺は教科書を見せてやり、勉強を教えた。
病院に置いてある本をあらかた読み終えて退屈だというあいつのために、学校の図書室で本を借りてきた。
そのなかの一冊が、リディアとアデルの物語だったのだ。
「どんな話、これ」
司書の先生には「ファンタジーが好きな女子が暇つぶしに読む本」と伝えている。俺自身は中身をちらっとも読んでいなかった。
「んっとねー、日本で不幸な目に遭ってた女の子と男の子が、魔法の世界に迷い込んじゃうの。最初に拾ってくれた魔法使いの弟子として暮らして大きくなるのね。それから何年も経ったある日、突然、もとの世界に帰れるかもしれないことが判明するの」
「ふーん。主人公、日本人なんか」
「そう。二人はもとの世界に帰る帰らないでケンカになっちゃうんだけど、そんななか、何年も前に封印された魔王の復活を目論むやつらに狙われるわけ。そいつらと戦いながら、色々あって結局、日本ではなく魔法の世界で生きていくことを決める。ここまでが一巻だった」
正直これっぽっちも惹かれなかった。俺の趣味じゃない。
ただ、ここでリディアがこう、あそこでアデルがこう言うの、魔法使いの先生の言葉にはこういう意図があってね、という解説を聞くのは面白かった。
何より、いまにも死にそうなほど細いあいつが、小説の話をするときだけ生き生きと頬を紅潮させるのが嬉しかった。
「続き読むまで死ねない!」
それがあいつの口癖だった。
どんな小説やマンガを読むときも、いつも。
◇ ◇ ◇
「……続き読むまで死ねない、っつって、確か最終巻は読まずに……」
窓に映る俺は中学二年生のやんちゃ坊主ではなく、バルバディア魔法学院一回生のニコラ・ロウ。
茶金髪のツーブロックにしていた頭は、さらっさらのバターブロンド。
いかにも日本人だった焦げ茶色の双眸は、透明度の高いブルーアイズ。
この世界では魔力の性質が髪や眸の色に影響するため、いろどり豊かな人が多い。特に眸の色は魔力の純度を表すので重要な指標となる。
エバーグリーンのネクタイを締め終えたところで、洗面室の扉が開いた。
同室のトラクがタオルで顔を拭きながら出てくる。
深い藍色の髪の毛と、琥珀色の眸。鼻の周りに散ったそばかすがなんとも素朴だ。昨日駕篭に乗り合わせたうちの一人で、人懐っこい性格をしている。
「支度が早いねー、ニコラ」
孤児だから苗字はない、と昨晩の顔合わせで言われたのだが、不思議と上品な身のこなしの野郎だった。
それなりに苦労もしてきただろうから、単に大人びているだけなのかもしれないが。
「普通だよ。……人を待たせているから先に行く」
「はーい。行ってらっしゃい」
寮はそれぞれ二人部屋だ。
部屋の左右にカーテン付きのベッドと勉強用机、チェストがある。洗面室は備え付けだが、トイレや風呂は全部共用だった。
ヒュースローズ寮は中心の塔から左右に袖廊を伸ばす形をしている。
地上九階建てで、南側が女子寮、北側が男子寮、中心の塔部分には談話室や娯楽室、自習室などの共用スペース。異性の寮には当然、立ち入り禁止だ。
談話室に下りると、ソファに腰掛けてルームメイトとお喋りしていたエウがぱっと笑顔になった。
「おはよう、ニコ」
「おはよう、エウフェーミア。よく眠れたか? 体調は?」
「よく眠れたし、体調は良好です」
「それは何よりだ」
朝一発目のお坊ちゃまスマイルに対して、エウは奇妙なかたちに唇を歪めた。
こいつ笑うの堪えてるな。いい加減慣れろ。
「ルームメイトとは仲良くやれそうかな?」
「とってもいい子よ。あとで紹介するね。ニコは?」
「悪いやつではなさそうだ。機会があれば紹介するよ」
学院生の食事は三食全て、大食堂で振舞われる。寮ごとに分けられたテーブルの上に用意された食事を各自で皿に取るビュッフェスタイルで、食べ物は減った先から勝手に追加されていくのだ。
空間転移とかそういう魔法なのだろうが、魔法使いのタマゴの俺には仕組みが全然わからん。
「今日から早速ガイダンスだけど、ニコはもうどの授業にするか決めてるの?」
温かいポタージュを一口飲んだエウが首を傾げた。
「興味のあるものは一通り。エウは?」
「全然。授業を自分で決めるっていうのがよくわからなくて」
バルバディアは前の日本でいうところの単位制だ。
寮別に受けることとされているいくつかの科目を除き、自分で興味のある授業を選択していくかたちになる。基礎と発展では基礎から順番に単位をとること、最低限履修する必要のある単位数等の規定など、昨日の入寮式で一応ざっと教えられた。
あとは各自、不明な点は寮監の先生や上級生に訊ねること。ほぼ丸投げである。
学校に通っておらず、『時間割』という概念もいまいちしっくりきていないエウにはチンプンカンプンだろう。
「じゃあ今日は僕と一緒に受けようか。履修登録の締め切りは二週間後だし、ゆっくり考えればいい」
「うん」
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