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第三章 悪役と主人公は対峙する
第5話 VSぽんこつ主人公
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幸いここが最後列なので、被害を受けたのはリディアと俺だけで済んだ。
そのこと自体は、もう、うん、本当に不幸中の幸いなのだが。
隣に座っていたせいで被害を受けたアデルは俺を振り返り、「あっ」と気まずそうな顔になる。
当然びしょ濡れのリディアも恐る恐る俺のほうに顔を向けた。
水魔法を使ったイリーナ先生も真っ青になっている。
「あの、ロウくんごめんなさい、私の魔法がトンチキなせいで。その、あの、慌ててしまって、本当にごめんなさいね」
「いいえ。イリーナ先生」
魔術学の授業でリディアに対する嫌味が爆発、ってなんのこっちゃと思ってたけどこれかよ……。
とんだとばっちりだぜ。
「先生は一切、全く、これっぽっちも悪くありません。そこの、魔力がないと自分で言うくせに魔術も使えない色々オンチなリディアさんが悪いのです」
「わっ、悪かったわよー! どうせセンスないわよ!」
自分でわかってんのか。
というか謝るのはそこじゃねえよ。
「どうして花の精への語りかけで火が出る? 心底理解できないな。本当にきみはなぜバルバディアに入学できたんだ。ありえないけど不正か、不正なのか?」
「なっ、違うもん、ちゃんと入学許可証もらったわよ!」
「へえええ。それは全く不思議なことだね」
只人というと、どうしても俺はシリウスを思わずにいられない。
「バルバディアは魔法を学び、魔法の腕を磨き、新たな魔法を創造する人材を育成するための研究機関……。百歩譲って、魔術の研究に力を入れることになったため、只人の入学が特例で許可されたのだとしてもだ」
シリウス。二つ年上の友人。
生まれつき魔力を持たないというだけで、普通の子どもではいられなかった。
只人の子は産まれた時点で殺されるか棄てられるかするのが普通だ。
自分は父母に育ててもらえた。
家族の一員でいさせてもらえた。
帰る家があることそれ自体が幸せだ。
それなのにニコラに会えて仕事まで紹介してもらえた。
俺は世界一幸せな只人だ──
そう言って、嘘でなく本当に幸せそうに微笑むあの……クソガキ。
「花の精に一輪恵みを頂く程度、港町を駆け回っている悪ガキにだって使える魔術だと思うけど?」
「はっ、はああああっ!?」
リディアは椅子を蹴飛ばしながら立ち上がった。イリーナ先生がその後ろで「二人とも、ケンカは」と慌てているが、俺は構わずリディアを睨みつける。
他人に当然できることが自分にはできない、その断固とした現実は死ぬまで彼らに付き纏う。
差別の自覚のない差別。害意なき悪意。
自己否定感。
貧困。
死。
きっとそんなものを振り払うために、最初の誰かは魔術を考案した。
シリウスだってそうだ。自分が学校に通えなくても下の弟妹はちゃんとしてやりたいって、そのためには魔術程度でも使えたほうがいいって、安い日雇いの力仕事で稼いだ金をはたいて触媒を手に入れて、ほとんど独学で魔術を習得したんだ。
俺が初めて使った魔法よりも、ずっとずっと弱いもの。
簡単な火や風を起こし、妹のために花の恵みを乞い、悪夢に泣く弟の穏やかな眠りを祈る。
そのシリウスに、はっきり言って遥かに劣る主人公。
「そりゃ入学式に出席して制服も貰えているんだから、どうにかして入学したんだろうけどね。正直言って真面目に心の底からどうしてきみがここにいるのか疑問だよ」
「なっ……」
顔を赤くしてわなわな震えるリディア、その右中指にはまった赤い指輪。
入学式のあの日、駕篭という密閉空間にいたときが一番強烈だった。以降はそこまであの指輪の魔力は気にならないし、エウも中てられていない。
……ただ、そうか。あの指輪だ。
恐らくは魔王に対抗しうる何らかの鍵なのだ。だから、魔力もない魔術のセンスもないあの少女が、バルバディアに入学することになった。
主人公だから。
そういうことか。
「このバルバディアの席の重みをきみは全然理解していない。少なくともきみ以上に魔術が使えて、それでも不当に虐げられまともな職に就けないまま、心の底から教育を受けたがっている只人が、この国に一体何人いると思ってる!?」
リディアは多分、悪い子じゃない。
だけどそうして無理やり納得するにしては、この世界に大切なものが多すぎた。
ついに口を噤んで黙ってしまったリディアの、細い顎先から滴がぽたぽたと垂れる。
長く真っ直ぐな栗色の髪。透き通る若草色の双眸。
きゅっと噛みしめられた唇。びしょ濡れになって色を変えたオールドローズのシャツ。
魔法を使えない。魔術も使えない。得体の知れない指輪をコントロールできない。
現時点で何も持たない、力のない主人公。
「リディア、座って」
隣の席のアデルが、その頼りない肩を叩く。
「アデル……」
「今のところ全部彼の言うとおりだ。見返したいなら実力をつけるしかない。魔術のセンスが皆無で苦労するのは、入学前から解ってたことだよ」
意外と話がわかるやつだ、アデル。
第一印象はお互い最悪だが、第二印象はほんのちょっとだけ上方に修正しておいた。
制服の内側に備えつけてあるホルダーから杖を取り出す。
「……“火と風の精霊よ。加護を与えたまえかし”」
ふわりと暖かい風が吹き抜ける。びしょ濡れの制服は瞬く間に乾燥した。
ドライヤー要らずの便利な魔法だ、俺は九歳でマスターしたしエウだってできる。バルバディアに入学できなかったオスカーでさえ。
確かに前提条件が違う。リディアたちはもともと日本に生まれ育って、こちらの世界に迷い込んできた。
それにしたって、こんな簡単な魔法もできないぽんこつ主人公に世界の命運がかかっているのか……。
なんだかウンザリしてしまうのも事実だった。
政宗ゴメン俺やっぱ〈最適解〉通りに死ぬの腹立つかも……。
そのこと自体は、もう、うん、本当に不幸中の幸いなのだが。
隣に座っていたせいで被害を受けたアデルは俺を振り返り、「あっ」と気まずそうな顔になる。
当然びしょ濡れのリディアも恐る恐る俺のほうに顔を向けた。
水魔法を使ったイリーナ先生も真っ青になっている。
「あの、ロウくんごめんなさい、私の魔法がトンチキなせいで。その、あの、慌ててしまって、本当にごめんなさいね」
「いいえ。イリーナ先生」
魔術学の授業でリディアに対する嫌味が爆発、ってなんのこっちゃと思ってたけどこれかよ……。
とんだとばっちりだぜ。
「先生は一切、全く、これっぽっちも悪くありません。そこの、魔力がないと自分で言うくせに魔術も使えない色々オンチなリディアさんが悪いのです」
「わっ、悪かったわよー! どうせセンスないわよ!」
自分でわかってんのか。
というか謝るのはそこじゃねえよ。
「どうして花の精への語りかけで火が出る? 心底理解できないな。本当にきみはなぜバルバディアに入学できたんだ。ありえないけど不正か、不正なのか?」
「なっ、違うもん、ちゃんと入学許可証もらったわよ!」
「へえええ。それは全く不思議なことだね」
只人というと、どうしても俺はシリウスを思わずにいられない。
「バルバディアは魔法を学び、魔法の腕を磨き、新たな魔法を創造する人材を育成するための研究機関……。百歩譲って、魔術の研究に力を入れることになったため、只人の入学が特例で許可されたのだとしてもだ」
シリウス。二つ年上の友人。
生まれつき魔力を持たないというだけで、普通の子どもではいられなかった。
只人の子は産まれた時点で殺されるか棄てられるかするのが普通だ。
自分は父母に育ててもらえた。
家族の一員でいさせてもらえた。
帰る家があることそれ自体が幸せだ。
それなのにニコラに会えて仕事まで紹介してもらえた。
俺は世界一幸せな只人だ──
そう言って、嘘でなく本当に幸せそうに微笑むあの……クソガキ。
「花の精に一輪恵みを頂く程度、港町を駆け回っている悪ガキにだって使える魔術だと思うけど?」
「はっ、はああああっ!?」
リディアは椅子を蹴飛ばしながら立ち上がった。イリーナ先生がその後ろで「二人とも、ケンカは」と慌てているが、俺は構わずリディアを睨みつける。
他人に当然できることが自分にはできない、その断固とした現実は死ぬまで彼らに付き纏う。
差別の自覚のない差別。害意なき悪意。
自己否定感。
貧困。
死。
きっとそんなものを振り払うために、最初の誰かは魔術を考案した。
シリウスだってそうだ。自分が学校に通えなくても下の弟妹はちゃんとしてやりたいって、そのためには魔術程度でも使えたほうがいいって、安い日雇いの力仕事で稼いだ金をはたいて触媒を手に入れて、ほとんど独学で魔術を習得したんだ。
俺が初めて使った魔法よりも、ずっとずっと弱いもの。
簡単な火や風を起こし、妹のために花の恵みを乞い、悪夢に泣く弟の穏やかな眠りを祈る。
そのシリウスに、はっきり言って遥かに劣る主人公。
「そりゃ入学式に出席して制服も貰えているんだから、どうにかして入学したんだろうけどね。正直言って真面目に心の底からどうしてきみがここにいるのか疑問だよ」
「なっ……」
顔を赤くしてわなわな震えるリディア、その右中指にはまった赤い指輪。
入学式のあの日、駕篭という密閉空間にいたときが一番強烈だった。以降はそこまであの指輪の魔力は気にならないし、エウも中てられていない。
……ただ、そうか。あの指輪だ。
恐らくは魔王に対抗しうる何らかの鍵なのだ。だから、魔力もない魔術のセンスもないあの少女が、バルバディアに入学することになった。
主人公だから。
そういうことか。
「このバルバディアの席の重みをきみは全然理解していない。少なくともきみ以上に魔術が使えて、それでも不当に虐げられまともな職に就けないまま、心の底から教育を受けたがっている只人が、この国に一体何人いると思ってる!?」
リディアは多分、悪い子じゃない。
だけどそうして無理やり納得するにしては、この世界に大切なものが多すぎた。
ついに口を噤んで黙ってしまったリディアの、細い顎先から滴がぽたぽたと垂れる。
長く真っ直ぐな栗色の髪。透き通る若草色の双眸。
きゅっと噛みしめられた唇。びしょ濡れになって色を変えたオールドローズのシャツ。
魔法を使えない。魔術も使えない。得体の知れない指輪をコントロールできない。
現時点で何も持たない、力のない主人公。
「リディア、座って」
隣の席のアデルが、その頼りない肩を叩く。
「アデル……」
「今のところ全部彼の言うとおりだ。見返したいなら実力をつけるしかない。魔術のセンスが皆無で苦労するのは、入学前から解ってたことだよ」
意外と話がわかるやつだ、アデル。
第一印象はお互い最悪だが、第二印象はほんのちょっとだけ上方に修正しておいた。
制服の内側に備えつけてあるホルダーから杖を取り出す。
「……“火と風の精霊よ。加護を与えたまえかし”」
ふわりと暖かい風が吹き抜ける。びしょ濡れの制服は瞬く間に乾燥した。
ドライヤー要らずの便利な魔法だ、俺は九歳でマスターしたしエウだってできる。バルバディアに入学できなかったオスカーでさえ。
確かに前提条件が違う。リディアたちはもともと日本に生まれ育って、こちらの世界に迷い込んできた。
それにしたって、こんな簡単な魔法もできないぽんこつ主人公に世界の命運がかかっているのか……。
なんだかウンザリしてしまうのも事実だった。
政宗ゴメン俺やっぱ〈最適解〉通りに死ぬの腹立つかも……。
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