ニコラ・ロウの華麗なる悪役生活

天乃律

文字の大きさ
29 / 138
第三章 悪役と主人公は対峙する

第7話 withぽんこつ主人公

しおりを挟む
「いてて」
「痛ったぁい……」

 どうやらあいつが話していた展開通り、知らない隠し部屋に転がり込んだようだった。
 腕に抱えていたはずの猫はいなくなっていたので、転んだ拍子に逃げたのだろう。俺の上に覆いかぶさっていたリディアはハッと顔を上げた。

「あああああ、猫! あの猫は!?」

 耳元で叫ぶなウッセェな!!

「……いつまで人の上に跨っているつもりだ」
「あ」

 この隠し部屋にも窓がはめてある。二つの月明かりで室内は明るく、相手の双眸が薄い若草色に萌え上がるのがよく見えた。
 魔力はとんとないらしいが、眸の色はきれいだ。

 ……こいつ本当に日本人なんだよな?

 気まずそうに俺の上から退いたリディアの後ろ姿に、なんとなく懐疑的な気持ちになる。
 こっちの世界じゃ栗色の髪も黄緑の眸もなんてことない色合いだが、日本でもこの容姿だったとすると相当苦労しただろうな。

 日本人っぽくないリディアの容姿は、ベルティーナでは普通だ。
 逆に純日本人的なアデルの黒髪黒目が、こちらでは冥界色となる。

 ……所変われば品変わるってやつか。

「“火の精霊シルヴォよ。暗闇を導く灯火を与えたまえ”……」

 ぽ、と小さな火が杖の先に灯った。使い慣れた火魔法だ。

 四畳半ほどの広さのある部屋で、誰かが研究や自習に使っていたあとが見える。机や椅子、ソファまで持ち込んでいるようだ。ただけっこう埃っぽい。
 カンテラが部屋の隅に転がっていたので、火をそちらに移した。

「……あの猫、何を咥えていたんだ」
「あんたに関係ないでしょ」
「関係はないが、これなんじゃないのか」

 俺の爪先に転がっていた小さな石を指さす。
 リディアの眸と同じような色をしたそれからは、ごく微量の魔力を感じた。

 恐らく〈魔石〉だ。人間が魔素を体内に蓄えるための器官。
 持ち主の意思によって体外へ召喚することができるが、すると本人は魔力を喪って只人となる。ただし、一度外に出したら元には戻らない。


 ……だから人々は、今際の際に、遺品として家族へ手渡すことが多かった。


「よかった……」

 リディアはほっとしたように眉を下げて、世界で一番大切なものを押し戴くようにしてその石を拾う。

「……とっとと出よう。消灯時間になってしまう」
「あっ、そうだった」

 だが、扉がないんだよな。

 外に面した壁には窓とカーテン。机椅子が設えてある壁と、その対面の壁にはソファ。残る一方に扉があるはずなのだが、そこにはなぜか一枚の羊皮紙が貼ってあった。
 かなり古びている。
 しかも文字は古ベルティーナ語だ。

「……読めるか、これ」
「むり、さっぱり」
「だろうな」
「どういう意味よ」
「深い意味はない」

 魔法を使う際に唱える祈詞は確かに古ベルティーナ語なのだが、決まりきったフレーズ以外は普通習わない。
 入学してひと月を越えたところのリディアには読めるはずがなかった。

「……誤って、この部屋に、落ちた……転んだ……入った、か。“誤ってこの部屋に入った者たちへ”……。“色々あって一人になりたかったので、人避けと魔力障壁を組み込んだ結界を張っている”」

 どんだけ一人になりたかったんだよ。

「“部屋に入る際は魔力を完全に遮断する必要があり、出る際には以下の魔法を解除しなければならない”……」

 俺は魔力を遮断した覚えなんてないしそんな芸当できんぞ。こりゃ魔力のないリディアが壁に手でもついたんだな。

「”防音、人避け、視線避け”」

 読んでいるうちにどんどん自分の顔が強張っていくのを感じた。

「”魔力障壁の破壊。壁の分解と再構築”」

 いやだってこれ、一回生に解けるレベルの魔法じゃない。
 リディアもすんっと遠い目になった。

「……ねえ一応聞くけど、これ、できる?」
「できると思うか?」
「むりよね、ごめん。いくら私でもこの魔法ほとんど上級魔法なの知ってるもん。……続きは?」
「“解除が無理なら窓を開けて助けを呼ぶか、諦めて誰か来るまで待っていろ。以上”」

 窓……。
 二人揃って振り向くが、しんしんと二つの月が輝く消灯前、こんなところから声をかけて一体誰に届くというのか。

「あっ、私いいもの持ってる、伝書鳥!」

 リディアはぱっと明るい表情になって、肩から斜めにかけていたポシェットをごそごそ探った。
 取り出したのは小さな木彫りの鳥だ。

「魔力を込めたら鳥になって飛んでいくの。これで助けを呼ぼう」
「なんでそんなもの常備しているんだ」
「迷子になったらこれで呼べって先生が。あ、先生っていうのはイルザーク先生のことね。さーニコラこれで誰か呼んでちょうだい!」

 偉そうにしてるけどそうだよな、リディアには魔力がないもんな。
 じゃあなんで魔力を込めないといけないものを持ってんだ、とは突っ込まないほうがいいんだろう。指輪に関係あるのかもしれないし。

 そもそもこうなったのは、お前が前をよく見ずに走って突っ込んできたからだからな?

 ……とか色々心のなかで文句は言いつつ、表面上は涼しい顔して、俺は掌から渡すイメージで木彫りの鳥に魔力を込めた。
 すると鳥は透明な水色へと体の色を変え、ぱたぱたと羽搏き始める。
 リディアが開け放った窓から放すと、鳥はホワイトリリー寮の方角へ飛んでいった。

「……誰を呼んだの?」
「兄上」
「ギルバート先輩っ?」

 素っ頓狂な声を上げた彼女は、やや頬を赤らめていた。
 おまえも兄貴のほわほわっとした優しい雰囲気に絆されたうちの一人か。かわいそうに。残念、兄貴には婚約者がいます。

 俺は椅子に腰かけて、ソファを指さした。

「座ったらどうだい?」
「あ……そうね」

 あー、疲れた。
 あー気まずい。
 なんだって昼間に対立したばっかりの主人公と、こんな密室に閉じ込められないといけないんだ。

「あなた本当にギルバート先輩の弟なの? 顔は似てるけど」
「生憎、橋の下で拾われた記憶はないね」
「いちいち返事がむかつくんだから。優しくて素敵なギルバート先輩とは大違いねっ」

 精一杯の皮肉のつもりだろうが、別に俺自身は優しくて優秀な嫡男の兄貴に含むところなどないので、「そうだね」とだけ答えておいた。

 あまりに大人しい返事に、リディアはちょっと面食らったような表情になる。
 そしてほんのすこしばつが悪そうに身じろぐと、「ギルバート先輩ね」と声音を和らげた。

「……さっき、助けてくれたの」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

社畜サラリーマン、異世界でパンと魔法の経営革命

遊鷹太
ファンタジー
過労死寸前の30代サラリーマン・佐藤健は、気づけば中世ヨーロッパ風の異世界に転生していた。与えられたのは「発酵魔法」という謎のスキルと、前世の経営知識。転生先は辺境の寒村ベルガルド――飢えと貧困にあえぐ、希望のない場所。「この世界にパンがない…だと?」健は決意する。美味しいパンで、人々を笑顔にしよう。ブラック企業で培った根性と、発酵魔法の可能性。そして何より、人を幸せにしたいという純粋な想い。小さなパン屋から始まった"食の革命"は、やがて王国を、大陸を、世界を変えていく――。笑いあり、涙あり、そして温かい人間ドラマ。仲間たちとの絆、恋の芽生え、強大な敵との戦い。パン一つで世界を救う、心温まる異世界経営ファンタジー。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

【完結】憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

処理中です...