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第三章 悪役と主人公は対峙する
第8話 遺品としての魔石
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「……さっき、助けてくれたの」
「兄上は人助けが趣味なんだ」
「そうみたいね。『魔力のない只人がバルバディアに何しに来た』なーんて、いつも通り文句言われてたら、間に入って仲裁してくれたのよ。……でも魔力がないのは本当だから、庇ってもらったことが、却って申し訳なくて」
窓の外をそっと見やったリディアは、申し訳ないと口にしながらも、けっして背筋を丸めはしなかった。
凛と、でも少し痛みを堪えるように、口元を歪める。
日本ではなくこちらで生きることを決めた少女。
主人公ゆえに、多くの困難に立ち向かうことを定められた、魔力のない只人の子。
「……五限のときはついカッとなっちゃったけど、全部ぜんぶ、あなたの言う通りだわ。私の他にバルバディアで学ぶべき人はたくさんいる。でも私もなんとかして、ここで、呪いを解く方法を見つけなきゃ。そのためにも、只人只人ってやかましいやつらを黙らせてやらなくちゃね」
呪い、と口にした瞬間、リディアは右手の中指をそっと撫でた。
例の指輪だ。
「只人ガーってバカにされるのはジャンで慣れてるし、色々センスないのも入学前からわかってたことだし。だから全然気にしてないんだけど、ギルバート先輩があまりにも親身になってくれるものだから、逆に落ち込んじゃうわ」
えへへと笑った瞬間、先程まで彼女が纏っていた凛とした美しさは消え失せた。
リディアの『主人公』らしい表情を垣間見てしまった俺は、自分でも意外なくらい冷静に視線を逸らす。
リディアは悪いやつじゃない。
ニコラの立場や感情と喰い違うところが多いだけだ。
「……例えば、さっきの魔石」
魔素を体に蓄えて魔力に変換するための器官。
持ち主の意思に応じて体外に召喚し、人に手渡すことができて──渡されたその人は、魔石を吸収することができる。
魔力の譲渡。
天海のくじらの三原則に抵触するが、他の二つに較べれば昔から行われてきたものだ。
「きみが吸収すれば魔力を持つことになる。それでもごく微量だろうけど」
そもそもこれは、私利私欲に駆られた悪質な受け渡しを禁ずるものであって、当人の意思が伴えば支障はない、とするのが魔法教会の見解。ただし魔力には相性があるので推奨はされないが。
このことを、彼女が知らないはずがない。
事実リディアは静かに瞬きをした。
さっき「イルザーク先生」と口にしたので点と点がつながった。
日本人の子ども二人を保護した魔法使いはイルザーク先生だ。
あの、見た目が魔王っぽすぎて逆に味方のような気がしていた、黒ずくめの魔法薬学基礎担当。
「先生にも言われた。ココおばあちゃん……この魔石の持ち主は、私に、って最期にくれたんだって」
色素の薄い睫毛がそっと伏せられて、すべらかな頬に濃い翳を落とした。
スカートのポケットから取り出した魔石を握りしめる。
「でも、形見なの。血のつながっていないココおばあちゃんが、私やアデルのこと、家族みたいに深く愛してくれた証。……まだ触れられるように、残しておきたくて」
突然大人びた表情で愛おしげにつぶやいたリディアは、次の瞬間ぱっと笑った。
ころころ表情の変わるやつだな。
トラクの言う通りだ。
「って、なんか湿っぽい話になっちゃったー。関係ない話してゴメン! まあ、落第寸前でヤバイってなったらそうしようかな、元々そのつもりで残してくれたものなんだし」
「いや」
知らず、俺の指先は胸元をなぞっていた。
エバーグリーンのネクタイの下。シャツに隠されたそこには、ロウ家の男三人衆が肌身離さず身につけているお守りがある。
リディアはすっと口を閉ざして俺を見つめた。
「……わかるよ」
俺が三歳のとき天に召された、母の魔石のかけら。
現在の、親父殿との不仲のきっかけと思われるその死。
これもまた、物語に必要な死だったのだろう。
だって母が生きていれば、ロウ家はきっと当主と次男の微妙な距離感なんぞ抱えずに済んだ。ニコラが円満な家庭でのびのび育ったとしたら、騎士団長の父や監督生の兄を持ちながら魔王軍に傾倒する隙ができるはずがない。
母の死ひとつで環境はこんなにも変化する。
なら、俺は?
俺が死ぬ気で死亡フラグを回避した結果、世の中どうなる?
今だって。もし俺が物語の展開を避けようとしてリディアと出くわさないようにしていたら、魔力のないリディアは常備している伝書鳥を飛ばすこともできず、誰にも見つけてもらえなかったかも。
アデルとイルザーク先生がいる。死ぬようなことはないだろうが、きっとこの変化はまた別の何かに作用する。
あるいは俺とこうして面と向かって会話した言葉の一つひとつが、いつかの伏線になっているのだとしたら。
悪役の道を踏み外すことに対する壮絶な恐怖が、静かに背筋を撫で上げた。
黙りこくった俺をリディアが気まずそうにちらちら窺っているうちに、コツコツと足音が近づいてくる。
「ニコ? ここにいるのかい?」
兄貴の声だ。
深呼吸をして立ち上がった俺は、羊皮紙の貼られた辺りに近寄って声をかける。
「兄上」
「ん……? ああ、防音魔法がかかっているんだね。ニコ、そこにいるなら少し離れていなさい」
どうやらこっちの声が聞こえていないようだ。
壁際から離れて、リディアも俺の後ろに下げさせた。ひとまず防音魔法を解くだけだろうが、兄貴はあれで豪快な一面もあるので念のためだ。
ややあって、さあっと大きな天蓋が取り払われたような感覚があった。
「兄上、聞こえますか」
「聞こえるよ。全く、なんだってこんな複雑な仕掛けのある部屋に……それじゃあイルザーク先生、お願いできますか」
今度はリディアが「先生ー!!」と大声を上げた。
すると、壁に貼られていた羊皮紙が扉くらいの大きさに広がり、その範囲の壁がぼろぼろと剥がれて消えていく。
この部屋に転がり込んだときと同じように大きな入口が開いたかと思うと、その向こうに立つ兄貴とイルザーク先生が見えた。
「兄上は人助けが趣味なんだ」
「そうみたいね。『魔力のない只人がバルバディアに何しに来た』なーんて、いつも通り文句言われてたら、間に入って仲裁してくれたのよ。……でも魔力がないのは本当だから、庇ってもらったことが、却って申し訳なくて」
窓の外をそっと見やったリディアは、申し訳ないと口にしながらも、けっして背筋を丸めはしなかった。
凛と、でも少し痛みを堪えるように、口元を歪める。
日本ではなくこちらで生きることを決めた少女。
主人公ゆえに、多くの困難に立ち向かうことを定められた、魔力のない只人の子。
「……五限のときはついカッとなっちゃったけど、全部ぜんぶ、あなたの言う通りだわ。私の他にバルバディアで学ぶべき人はたくさんいる。でも私もなんとかして、ここで、呪いを解く方法を見つけなきゃ。そのためにも、只人只人ってやかましいやつらを黙らせてやらなくちゃね」
呪い、と口にした瞬間、リディアは右手の中指をそっと撫でた。
例の指輪だ。
「只人ガーってバカにされるのはジャンで慣れてるし、色々センスないのも入学前からわかってたことだし。だから全然気にしてないんだけど、ギルバート先輩があまりにも親身になってくれるものだから、逆に落ち込んじゃうわ」
えへへと笑った瞬間、先程まで彼女が纏っていた凛とした美しさは消え失せた。
リディアの『主人公』らしい表情を垣間見てしまった俺は、自分でも意外なくらい冷静に視線を逸らす。
リディアは悪いやつじゃない。
ニコラの立場や感情と喰い違うところが多いだけだ。
「……例えば、さっきの魔石」
魔素を体に蓄えて魔力に変換するための器官。
持ち主の意思に応じて体外に召喚し、人に手渡すことができて──渡されたその人は、魔石を吸収することができる。
魔力の譲渡。
天海のくじらの三原則に抵触するが、他の二つに較べれば昔から行われてきたものだ。
「きみが吸収すれば魔力を持つことになる。それでもごく微量だろうけど」
そもそもこれは、私利私欲に駆られた悪質な受け渡しを禁ずるものであって、当人の意思が伴えば支障はない、とするのが魔法教会の見解。ただし魔力には相性があるので推奨はされないが。
このことを、彼女が知らないはずがない。
事実リディアは静かに瞬きをした。
さっき「イルザーク先生」と口にしたので点と点がつながった。
日本人の子ども二人を保護した魔法使いはイルザーク先生だ。
あの、見た目が魔王っぽすぎて逆に味方のような気がしていた、黒ずくめの魔法薬学基礎担当。
「先生にも言われた。ココおばあちゃん……この魔石の持ち主は、私に、って最期にくれたんだって」
色素の薄い睫毛がそっと伏せられて、すべらかな頬に濃い翳を落とした。
スカートのポケットから取り出した魔石を握りしめる。
「でも、形見なの。血のつながっていないココおばあちゃんが、私やアデルのこと、家族みたいに深く愛してくれた証。……まだ触れられるように、残しておきたくて」
突然大人びた表情で愛おしげにつぶやいたリディアは、次の瞬間ぱっと笑った。
ころころ表情の変わるやつだな。
トラクの言う通りだ。
「って、なんか湿っぽい話になっちゃったー。関係ない話してゴメン! まあ、落第寸前でヤバイってなったらそうしようかな、元々そのつもりで残してくれたものなんだし」
「いや」
知らず、俺の指先は胸元をなぞっていた。
エバーグリーンのネクタイの下。シャツに隠されたそこには、ロウ家の男三人衆が肌身離さず身につけているお守りがある。
リディアはすっと口を閉ざして俺を見つめた。
「……わかるよ」
俺が三歳のとき天に召された、母の魔石のかけら。
現在の、親父殿との不仲のきっかけと思われるその死。
これもまた、物語に必要な死だったのだろう。
だって母が生きていれば、ロウ家はきっと当主と次男の微妙な距離感なんぞ抱えずに済んだ。ニコラが円満な家庭でのびのび育ったとしたら、騎士団長の父や監督生の兄を持ちながら魔王軍に傾倒する隙ができるはずがない。
母の死ひとつで環境はこんなにも変化する。
なら、俺は?
俺が死ぬ気で死亡フラグを回避した結果、世の中どうなる?
今だって。もし俺が物語の展開を避けようとしてリディアと出くわさないようにしていたら、魔力のないリディアは常備している伝書鳥を飛ばすこともできず、誰にも見つけてもらえなかったかも。
アデルとイルザーク先生がいる。死ぬようなことはないだろうが、きっとこの変化はまた別の何かに作用する。
あるいは俺とこうして面と向かって会話した言葉の一つひとつが、いつかの伏線になっているのだとしたら。
悪役の道を踏み外すことに対する壮絶な恐怖が、静かに背筋を撫で上げた。
黙りこくった俺をリディアが気まずそうにちらちら窺っているうちに、コツコツと足音が近づいてくる。
「ニコ? ここにいるのかい?」
兄貴の声だ。
深呼吸をして立ち上がった俺は、羊皮紙の貼られた辺りに近寄って声をかける。
「兄上」
「ん……? ああ、防音魔法がかかっているんだね。ニコ、そこにいるなら少し離れていなさい」
どうやらこっちの声が聞こえていないようだ。
壁際から離れて、リディアも俺の後ろに下げさせた。ひとまず防音魔法を解くだけだろうが、兄貴はあれで豪快な一面もあるので念のためだ。
ややあって、さあっと大きな天蓋が取り払われたような感覚があった。
「兄上、聞こえますか」
「聞こえるよ。全く、なんだってこんな複雑な仕掛けのある部屋に……それじゃあイルザーク先生、お願いできますか」
今度はリディアが「先生ー!!」と大声を上げた。
すると、壁に貼られていた羊皮紙が扉くらいの大きさに広がり、その範囲の壁がぼろぼろと剥がれて消えていく。
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