ニコラ・ロウの華麗なる悪役生活

天乃律

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第四章 アロイシウス棟の秘密部屋

第6話 隠密肝試し開始

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 共用スペースの談話室に下りてみるが、もう誰も残っていなかった。
 この時間に外出するところを見られるのは都合が悪い。目撃されないうちに寮を出て、いかにも「忘れ物を取りに行きます」「メッチャ急いでいます」といった素振りで、俺とトラクは学院の敷地内を駆け抜けた。

 寮を出る前に確認した懐中時計によると、消灯時間まではあと十五分程度。
 全力疾走で往復すれば間に合わない距離ではないが、生憎、間に合わせる気はあまりない。


 アロイシウス棟の玄関を視界に入れた瞬間、並走していたトラクが俺の腕を掴んで茂みに隠れた。
 思わず間抜けな悲鳴を上げそうになったのを根性で堪える。

「だっ……誰かいたのか?」
「アデルだ。暗くてよく見えなかったけど、多分……」

 アデル?
 リディアといつも一緒にいる主人公コンビの片割れ。第一印象はお互いに頗る悪いので、会話したこともほとんどない。

 ただ、彼は右脚を引き摺っていたはずだ。歩行に支障がある。

 俺たちでさえ走らないと消灯に間に合わない距離。
 つまり、アデルも端から間に合わせる気がないということになるな。

 茂みの間から顔だけ出すと確かに、不自由そうなリズムで、アロイシウス棟の床を叩く足音が僅かに聞こえた。

「彼もオカルトブームに乗っかって肝試しか? そんな性格じゃあないように思うけど」
「う──ん……。おかしいな。アロイシウス棟にはあまり近寄りたくない、って言ってたはずなんだけど」

 トラクは顎に手をやって、不思議そうに首を傾げている。

 ──いや、待て。「アロイシウス棟にはあまり近寄りたくない」……?
 それってなんだか、政宗みたいだ。

 あいつもよくそんな言い方をした。絶対無理ではないけどやめたほうがいい、くらいの場所に来たとき、「俺あんま近寄りたくないからおまえ一人で行けよ」って。

「じゃあ、アデルはそういう体質なんだろうか」

「体質の話はあまりしないけど、たまに変なとこ見てるなーとは思うよ。あと、足が悪いのにわざわざ遠回りしたり、何かを払うような仕草をしたりする。視えてるんじゃないかな」

 いやホントよく見てんなこいつ。
 俺も記憶のこととかバレないようにしねえと。

 違うとこで肝を冷やしながら、俺はトラクを連れて校舎の中に足を踏み入れた。
 アデルの足音は、億劫そうにゆっくりと、入り口すぐ横の階段を上っている。

「合流する?」

 見上げたトラクの問いに、若干苦い気持ちでうなずいた。

「ああ。……いや正直、合流したくはないんだが、どうせ行く先は同じだろうから。あとで鉢合わせてややこしくなるよりは、今のほうがマシだろう」

「案外、アデルが噂の正体だったりして?」
「突飛な説だね。だったら話は早いんだけどな」

 そして二人同時に階段に足をかけた。
 で、わざとらしく大きめの声で会話する。

「それにしても暗いな、さすがに灯りがいるか。──”いと慈悲深き火の精霊シルヴォよ。暗闇を導く灯を与えたまえかし”」

 ぽ、と杖の先に小さな火が灯る。
 窓から光が洩れないように大きさを絞って、足元だけを照らした。

「前から思ってたけど、ニコラって魔法がうまいなぁ。扱いに慣れてる」

「魔法、好きなんだ。そういうトラクも如才ないよね。授業では手を抜いてるだろう?」

「あれーバレた? だって初日のガイダンスで周りから期待されまくってるニコラを見たらさー、あんま目立つのも考えものだなって」

 気配を殺すこともせず淡々と上りはじめると、こちらの物音を聞きつけたアデルの足音が止まった。
 十五段上り、踊り場で折り返してもう十五。二階から三階に上がる途中の踊り場で、アデルが待っていた。

 どこかにいると解っていても、暗闇の中突っ立っていられるとさすがに驚く。

 野暮ったい黒縁眼鏡、その奥の黒っぽい眸。
 顔や目にかかる黒髪、白い肌、華奢な体躯。
 私服なのか、黒い上下を身につけているせいで、ほぼ闇と同化している。

 口火を切ったのはアデルと仲のいいトラクだ。

「や、アデル。きみも忘れ物?」

「……『も』ってことは、そちらも?」

「まあね。あとついでに噂を確かめようと思ってさ。それにしても珍しいなあ、しっかり者のアデルが忘れ物なんて。普段のきみなら、消灯時間の間際に外出したりしないはずだろ?」

 ずけずけと踏み込むトラクには慣れているのだろう。
 存外柔らかい表情をしているアデルが、困ったように溜め息をついた。

「……同郷の知り合いが、ああいう怪談話が苦手なんだ。『このままじゃ魔法史の単位を落としかねないからどうにかしろ』って、ずいぶん上から目線で頼まれて」

 同郷の知り合いというのは、多分リディアではないのだろう。
 以前トラクが話していた、同郷三人組のうち最後の一人か。確か普通に魔法が使えて、ダリアヴェルナ寮所属の。

「どうにかしろって、無茶苦茶な知り合いだなぁ。それで一人でこんなとこに来て、どうするつもり?」
「……ぼくが視えることを、彼は知ってるからね」
「やっぱり〈精霊のまなこ〉持ちなんだ」

 トラクの言葉に、アデルは無言で肩を竦めた。

〈精霊の眼〉、ざっくり言やぁ霊感だ。
 本来目に視えない〈隣人たち〉を視覚で捉えることができる体質のこと。

 別に視えなくても魔法は使えるが、視線を合わせることを好む精霊や神々からは気に入られやすい。
 逆に、人の視線が毒となる種族もいるため、彼らを視てしまった場合は呪いを受けることもあるという。

「成る程ね。只人にしては本当に魔術の扱いが巧いと思っていたが、それも関係していたわけか……」

「そういえばニコラは知り合いに只人がいるんだっけ。アデルとは違うの?」

「違うね。魔術は基本的に、ごく弱い魔法と同程度の効果しかない。バルバディアの授業についてくることができるのは、はっきり言って異常だよ。でも腑に落ちた」

「へえ、そうなんだ」

 とにかくアデルの事情はわかった。

「目的が同じならいい。行こう」言葉少なに促し、俺はアデルを追い越して階段を上りはじめた。
 後ろの二人は、横に並んでゆっくりついてくる。
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