ニコラ・ロウの華麗なる悪役生活

天乃律

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第四章 アロイシウス棟の秘密部屋

第7話 アロイシウス棟の秘密部屋

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 この世界の夜は明るい。

 大きな〈第一の月〉と、その周りを巡る〈第二の月〉の光に加えて、天海に浮かぶ神々の諸島から夜宴の灯りが齎されるからだ。
 それでも、灯りのついていない建物の中に入ってしまえば、自分の腕すら見えない闇に包まれる。

 杖の先の小さな火の揺らめきだけが頼りだ。

「さっきエウの見舞いに来た兄上に聞いたんだが、ロロフィリカの教えてくれた怪談話は、アロイシウス棟四階怪談の典型だそうだね、トラク」
「うん、そうだね。最も広く流布する原型、って感じ」

 圧し潰されそうな暗闇の中を、杖の先の頼りない灯りで照らしながら進む。
 消灯時間は十時。それまでには、生徒たちは全て寮に戻っていなければならない。規則を破れば罰則だ。

 現在、俺たちは規則破りの真っ只中。
 懐かしいぜこの背徳感。……いやニコラとしてだいぶ真っ当な感性を育んできたので、今はちょっと罪悪感のほうが強いか。

「そして最近多いという目撃談は、このオカルトブーム以降、肝試し目的でこの校舎を訪れた学生によるものだろう」
「それも是だね。『この四階で人影を見た』『あるいは声を聞いた』」

「だが誰も、秘密部屋に辿りついてはいない」
「それは……」

 トラクはぱちぱちと瞬いた。
 自分の仕入れた噂話を反芻して、「それは、うん、確かに」とうなずく。
 視線を向けられたアデルは「ぼくは然程」と前置きしつつ、

「ただ、知り合いの……ジャンの話を聞く限りでは、確かにそうかも」

 俺もそうだ。ロロフィリカだけじゃなく、他の寮生からも怪談話を聞いていたが、アロイシウス棟関連で『秘密部屋』が登場するのは原型の話のみ。
 生徒たちは実際に秘密部屋の存在を確かめていない。

「バルバディアに存在する無数の隠し部屋は多分、二種類に分かれる。純粋に作り手の魔法の練度に左右されるんだ。一つは、探そうと思えば見つかるもの。もう一つは、探そうと思っても特定の条件下でなければ見つからないもの」

 そう例えば、魔力のないリディアでなければ作動させることができなかった、イルザーク先生作・死ぬほど仕掛けのめんどくせぇ一人になりたい小部屋とか。


 魔法を行使する際の要素。
 魔力、祈詞。普通はこれだけで十分だ。

 隠された第三の要素とは、だから普通でないもの。例外。──特定条件。


「その秘密部屋の出現条件が、『時間』だとしたら?」


 階段を上りきる前の踊り場で立ち止まり、俺は杖を取り出した。

「……成る程ね。消灯時間のため早い時間にしか来なかった肝試し連中は、条件を満たせなかったのかもしれない、ってわけだ」
「そういうこと。仮説だけどね」

 姿を消す魔法なんて知らないけど、せめて足音くらい消さないとな。
 被るだけで透明になれる某マントみたいなアイテム、どっかにあったら便利なのに。誰か開発してくれ。

「”いと慈悲深き静寂の女神ユーフィリアよ、沈黙の帳を与えたまえかし”」

 目には視えないユーフィリアの帳が、俺たち三人を包み込む。
 防音魔法だ。
 以前リディアとともに閉じ込められた際、壁に貼ってあった羊皮紙で読んだもの。内緒話にいいだろうなと思って密かに習得していたのだ。魔法サイコー。

「足音も話し声も外に洩れないはずだけど、慣れない魔法だから完全じゃないかもしれない。できるだけ音を立てないようにね」

 シ、と人差し指を唇に当てると、トラクは口角を上げてうなずく。アデルもこっくり首を縦に振った。

 最後の階段を上りきると、俺たちはそっと角から顔を出した。見える範囲に人はいないし、話し声もない。
 ただ、暗闇がぽかりと口を開けて待ち構えている。

 生き物の気配は、俺とトラク、そしてアデルの三人ぶん。

 廊下のど真ん中を堂々と行ってもよかったが、本当に何か変なものに出くわしても困るので、教室の壁に沿ってコソコソと進んでいく。
 魔法史Ⅰで使用している教室を通り過ぎて、その奥、さらに奥にそれはあった。


 いつもは存在しないはずの、古びた木製の扉。


 ──エウレカ!

 思わずトラクと顔を見合わせて性悪な笑みになってしまった。
 いかんいかん、ニコラのお坊ちゃまモードは継続中だぞ。悪巧みをしているせいでつい悪ガキモードに……。慌てて顔を引き締める。

 怪談話では、薄く扉が開いてそこから声が洩れているということだったが、今日はぴったりと閉められていた。
 念のため耳を当ててみる。


 ──……、ん?


 ぱちぱちと瞬いた俺がさらに耳を澄ますと、即座に悟ったトラクも扉に片耳を当てた。

 何か、聞こえる。
 低い呻き声のようなものが。

 唇を軽く舐めて、トラクと視線を交わした。人影だの物音だの、肝試しにありがちな、恐怖ゆえの思い込み聞き間違いだとたかをくくっていたのだが──これは。

「……なんて言ってる?」

 ほぼ吐息にしか聞こえないほどの小声をトラクが洩らす。

「わからない。怪談では、古ベルティーナ語の呪いの言葉、だったか」
「そうだよ。俺、祈詞以外は正直あんまり……」

 アデルは俺たちの一歩後ろでやりとりを見ていたが、視線を向けると首を横に振った。
 ということは、家庭教師に習っていた俺が、一番マシに聞き取れるということになるだろう。

 集中してはみたものの、詳しい内容はやはりわからなかった。祈詞と違って呪いの言葉には節回しがある。言葉というよりは謡いに近いのだ。例えがあんまりよくないけど、お坊さんのお経みたいな。

「ねえ。……すこし、離れたほうが」

 アデルの提案に乗り、俺たちは一度、階段のそばまで後退した。
 古びた扉をじっと見つめたままじりじりと遠ざかり、階段に腰掛けて、ふぅと息を吐く。
 扉に耳をつけてようやく声が聞こえる程度だ。向こうにも、防音魔法つきのこっちの物音はほとんど聞こえていないはず。

 それなのに、少し距離を取った瞬間どっと汗が噴き出した。
 緊張か。同じように首筋を湿らせたトラクが眉を顰める。

「……やばくない? あれ。本当に呪いの儀式だったりする?」
「節回しは呪詛のように聞こえたけど……だとしたら大問題だな」

 よりよい生活のための智慧である魔法を、よりによってこのバルバディアに在籍する者が悪用して、あまつさえ呪いの儀式だなんて。不祥事以外の何ものでもない。

「アデル的には? 何か視えた……みたいだな、大丈夫?」
「……ちょっと気持ち悪い……」

 ぐったりと膝に顔を埋めるその背中をトラクが擦ってやる。
 どうやら一度退くように言ったのは、秘密部屋の儀式に対してではなく、俺達には感知できない何かが視えたかららしい。

 目から上だけこっそり覗かせるが、今のところ最奥の古い扉から人が出てくる気配はなかった。

「呪い、だと思う。扉の隙間から瘴気が洩れ出して……召喚された悪魔が、横をすり抜けていった。誰かを狙ってる」
「「悪魔!?」」

 トラクと声が重なった。
 慌てて口元に手を当てる。再びこっそりと廊下の先を窺うが、大丈夫、気づかれていない。防音魔法がちゃんと作動しているんだろう。

 俺は声を潜めて低く呻いた。

「──魔王軍の手の者じゃないか……!」
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