ニコラ・ロウの華麗なる悪役生活

天乃律

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第四章 アロイシウス棟の秘密部屋

第8話 黄金の右拳

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 八百年の長きに渡り、ベルティーナ王国を苦しめた〈魔王〉。
 冥界に眠る悪魔や魔物を従えて、罪なき人々を蹂躙した史上最悪の大災禍。魔王軍の手の者である悪魔や魔物を召喚するということは、つまり、そちら側の人間である可能性が高くなる。

 トラクは顎に手をやって険しい表情になった。

「……学院にまだ内通者が?」

 項垂れたアデルの後頭部がびくりと強張る。
 俺はというと、「まだ、って。今までにもいたのか?」とまずそこからだ。

「単なる噂だけどね。イルザーク先生の前任の魔法薬学教師は、魔王軍の第四配下である悪魔と契約を交わしていたらしい。そのうえ天海のくじらの三原則、第一項を破る研究をしていたことが発覚して追放されたとか」

「……魔王を封印した英雄一行の一員であるゴラーナ大賢者のお膝元で、堂々と裏切りか」
「あくまで噂」

 トラクは言い張るが、アデルの様子を見るに信憑性は高い。
 しかも、学校の先生が実は敵──なんていかにも『物語』にありがちだ。

 そして。



───この内通者が四巻で大騒動を巻き起こすわけですよ。リディアは命の危機に見舞われ、最後その手引きによって魔王が復活してしまうの。



 あれが本当にその内通者なら、ここで捕まえてしまえば。
 魔王復活が、阻止できるのでは───


 そんな淡い欲を抱いた瞬間、ぎぃぃぃ、と古い蝶番の軋む音がした。
 全員、息を呑む。

 杖の先に灯していた火を消した。

「トラク。教員寮へ」

 余計な指示はいらなかった。相手が何者であろうと、とにかく学院内で呪いの儀式をしていたのは事実だ。暗闇の中、トラクは瞬時に立ち上がる。
 走れないアデルを動かすのは危険だ。

 まずった。階段まで下がるんじゃなかった。教室の中に避難していれば、多分やり過ごせたのに。

 ──というか、どうする!?
 これは本編中にもあるイベントなのか? だとしたら悪役坊ちゃんニコラ的にはどう動くべきだ? 真っ先に逃げ出すのが正解だったか?

 それとも今からアデルを生贄にして逃げるか!?

 いやいやいや、無理!!
 ニコラにはできたか知らんが俺は無理。昔のやんちゃ坊主歴が長すぎて、もうそういうの無理な風にできてる。足の悪いやつ突き飛ばして逃げるとか腰抜けすぎる。論外。クソダサ。腑抜けにも程がある。

 目まぐるしく回転する脳みそに比例するかのように、心臓がバクバクいいだした。指先が震える。防音魔法はまだ効いているはずだ。立ち上がって杖を握り直した。
 黒装束でよく見えないが、アデルは手ぶらだったはず。魔術の行使に必要な媒介など持っているはずがない。戦力に数えてはならない。


 俺がやるしかない。


 ぎし、みし、と古い木造の床を踏みしめながら、秘密部屋で呪いの儀式を行っていた何者かが近づいてくる。

 そいつがぶつぶつと何かつぶやいているのが聞こえてきた。
 今度は聴き取れる。

「……あいつ……、……ろす」

 若い男の声だ。
 まだ少年か?

「ギル……ト・ロウ……」

「──アァ?」


 ギルバート・ロウっつったか、今?


 思っくそ治安の悪い顔をしてしまった。
 暗くてよかった。アデルに見られたら終わってたぞ。

 足音が近づくにつれて独り言の内容も鮮明になってくる。兄貴の名前を聞いた瞬間から、震えていた指先はしっかりと拳を握っていた。

 魔王軍の手先がわざわざ兄貴を狙う意味がない。
 つまりあいつは内通者ではない。


「ギルバート・ロウ、あいつ、殺してやる、ちくしょう……!」


 内容を理解するや否や、俺は防音魔法を解いて、足音高く廊下のど真ん中に姿を現した。

「───そこで止まれ! この卑怯者!!」

「なっ、なんだお前!? 幽霊か!?」

「幽霊だとぉぉ? 生まれた頃から神の愛し仔とヨイショされ続けたこの顔をよく見るといい。……おまえが呪い殺したがっているギルバート・ロウが弟、ニコラ・ロウの名を知らないとは言うまいな!!」

「“火よ”!」怒鳴りつけるように略祈詞を唱えて、杖の先に炎を呼ぶ。

 揺らめく赤い光に照らされたのは小太りの少年だった。
 団子っ鼻に丸眼鏡。茶色い鳥の巣頭のもじゃもじゃ髪。身長は俺より低い。全然違うけど、幽霊の正体見たり枯れ尾花な気分だ。

 兄貴とよく似た俺のバターブロンドを直視して、「げぇっ」と俺より悪役らしい声で呻く。……今度、参考にしよう。

「やっぱこいつ置いて逃げたほうがいいかなとか色々考えてたけど」

「考えたんだ……」というアデルのツッコミは無視!

「兄上の名を聞いては引き下がるわけにもいかないな! 吐け貴様、この隠れてチマチマ呪うくらいしかできない腰抜け野郎、兄上になんの恨みがあって斯様な真似をした!!」

 兄貴は優秀だ。
 こんなモブ顔生徒の呪いごとき、軽くいなしているに違いない。きっと今頃寮の自室で悪魔を華麗に撃退して、ぬくぬくと布団にでも入っているはずだ。

 それでもやっぱり気に入らん。
 ムカつくことがあるなら陰でコソコソ呪ってねえでタイマンしろ!!

「チッ……一年の分際で調子に乗るなぁっ!」

 少年は自棄気味に吠えると杖を大きく一振りした。
 祈詞もなく、身の丈以上の風の爪が廊下を抉りながら駆けてくる。嘘だろオイこいつ魔法で攻撃しやがったしかも無言魔法だよ!

 一瞬反応が遅れた俺の前に、じっとしていたはずのアデルが滑り込む。

「──”木よ”!」

 手に握っていた小瓶の中から何かを振り撒いたかと思うと、風に抉られた廊下の木材が次々に盛り上がり、俺たちの眼前に盾と化した。
 少年の放った風は木の盾に直撃し、爆風となって駆け抜ける。

 粉砕された木の盾を飛び越え、俺は少年に向かって右腕を振りかぶった。

 彼の杖が俺を向く。

「”いと慈悲深き火の神ラウラよ”──」
「遅いっ!!」

 ばっこーん、と俺の黄金の右拳が少年の左頬にクリーンヒット。
 彼は数メートル吹っ飛び、教室の壁にぶつかり、ひっくり返って、きゅうと伸びた。
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