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第四章 アロイシウス棟の秘密部屋
第9話 兄上、お怒りあそばす
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あ……ああああ危なかったぁぁぁ!!
遅いとは恰好つけてみたけどあと半歩遅かったら俺が丸焦げになってた!!
魔法って怖ぇなぁ……。
──などと内心ビビリ散らかしつつ、偉そうに「フン」と鼻を鳴らすと、俺は再び杖の先に火を灯した。
トラクを教員寮に向かわせたことだし、もうコソコソ隠れる意味もない。一定間隔に設置されている掛燭に杖の先を向け、四階一帯に火を入れた。
アデルを振り返る。
最終的に拳でカタをつけた俺に、若干呆れたような顔をしていた。
「魔術を使う準備があるなら先に言っておけ」
「……相談する前にきみが飛び出したんだけどね?」
ウッセェ。
あの温厚でぽやぽやしてて基本的に人畜無害な兄貴が呪われたと聞いて、黙って辛抱できるほど俺は薄情じゃねーんだよ。
あ、これいいかも。悪役っぽい。
「尊敬する兄が呪われたと聞いて、黙っていられるほど薄情じゃないんだ。ま、幼なじみが誰とやり合おうと助け舟を出さないきみには、解らないかもしれないけど」
「…………」
ああ、俺、だからアデルが苦手なんだよな。
初日に「友人くらい自分で択べます」と俺をすっぱり斬り伏せたくせに、リディアのこと大事じゃないわけがないのに、彼女がニコラ派に絡まれていても一歩退いて見てるだけ。
言い返すのは全部リディア。
リディアのこともアデルのことも、全部リディアが噛みついている。
相手にするだけ無駄だって思ってんのかもしれないけど、大事な幼なじみばかり矢面に立たせるアデルの態度には、どうしても納得がいかんのだ。
そして今も、あからさまに嫌味を言われたというのに、アデルは涼しい顔で俺を見ている。
「……きみってちょっとリディアに似てる」
「ハァァ!? やめてくれないか。本気で。心の底から」
あ、ちょっと巻き舌になっちゃった。
いかんいかん……とお坊ちゃまモードを手繰り寄せていると、階下から「ニコ!!」と、馴染みのある声が俺を呼んだ。
「兄上?」
らしくなく乱暴な足取りで階段を上りきった兄貴は、俺の顔を見るなり全身全霊で突っ込んできた。
ぎゅうぎゅう抱きしめられる。苦しい。あと人前。
このブラコン兄貴め、やっぱり無事だったか。それでこそギルバート・ロウだぜ。
「兄上、どうしてここに?」
「アキ先生から緊急の伝書鳥を頂いて。怪我はないかい?」
「はい。無傷です」
学院のプリンスの名に相応しい美形を泣きそうに歪めて、兄貴は俺の顔をぺたぺたと触りまくる。
その後ろから「ギルバートくん早すぎぃ」とぜーぜーいいながらアキ先生がやってきた。トラクも一緒だ。
「報せを受けたときは心臓が止まるかと思ったよ……。ちょうど部屋に侵入してきた悪魔を叩きのめして、送り返したところだったんだ」
さらっとすげーこと言ってんぞこいつ。
「そしたらニコがアロイシウス棟で呪術師と遭遇だなんて、ああもう無事でよかった、この……このばか! ばか!」
穏やかなロウ家で育った兄貴には、悪口の語彙がたいへん乏しい。
こっそり笑いながら「はい」「すみません」「ご心配おかけしました」と、兄貴の安堵の声に相槌を返していく。
すると、アキ先生に無事を確認されていたアデルが、あっと声を上げた。
蚊か蝿の動きでも追うように、ある一点から倒れている少年へと視線を動かしていく。
「悪魔が。戻ってきました……」
その声と同時、昏倒していた術者が起き上がる。
兄貴のもとへとけしかけられた悪魔は、ホワイトリリー寮の一室で見事に叩きのめされ、ようやくここまで帰ってきたのだ。
アキ先生は、掛燭に照らされた少年の顔を見て眉を下げる。
「ホーディーくん……。きみだったんですね」
一年生三人組で兄貴を見やると、想像できた相手だったのか、特に驚いた様子はなかった。
「色々と誤解があってね。少し前から夜な夜な、呪いや悪魔のプレゼントを受けていたんだよ」
「なにが誤解だぁっ!! 目障りなんだよ貴様……! いつもいつもリシに纏わりつきやがって!」
ホーディーは唾を飛ばしながら怒鳴りつける。
「リシ?」と首を傾げたアデルに、情報通のトラクが眉を上げた。
「『リシお姉さま』だよ。知らないのかアデル」
「……逆に知ってると思う?」
「きみの友だちのとこの監督生」
ダリアヴェルナ寮の三回生監督生、リシ・フィオーレ。簡単にいえば、女子にたいそうおモテになるイケメンお姉さまだ。
ショートカットが抜群に似合う派手めの美形。すらっと背が高く、剣の腕に秀でたフィオーレ公爵家のご令嬢。
遠目に見かけたことしかないが、バルバディアでは兄貴に並ぶ有名人である。
「だから誤解だと言っているのに。リシとはいい友人で、僕には婚約者がいるんだってば」
「婚約者がありながらリシを誑かすなんてそれこそ悪魔だ!!」
「誑かしたつもりはないし、彼女も誑かされた覚えはないと思うよ……」
あーつまり、リシお姉さまと仲のいい兄貴に嫉妬したホーディーの、恋心の暴走ってことなんだな。
……兄貴も大変なんだなぁ……。
日本語通じないやつとは話し合いできないよな(日本語じゃないけど)。もう兄貴、真正面からブチのめしてやればいいのに。
心の底からの労わりを込めて、困りきった様子の彼の背中を撫でた。
するとホーディーは俺を睨み、杖を振って激しく喚く。
「くそ、兄弟揃って忌々しい……! やれぇっ!!」
「あぶな……」
悪魔を視認しているアデルが声を上げるよりも早く。
──兄貴の足元から純白の炎が立ち昇り、轟音を立ててホーディーを呑み込んだ。
涼しげな目元に浮かぶ激怒の色は、生まれてこの方ギルバート・ロウの弟をしている俺ですら見たことがないほど。
その怒りの激しさを物語るように、白い炎はばちばちと火花まで散らしながら、ホーディーを足元から舐め尽くした。
炎のように燃えているが実際は可視化した魔力だ。本当に火傷を負うわけではないが、ホーディーの魔力はこの兄貴の白い炎に悉く潰し散らされることだろう。
意識も保ってはいられまい。
「あ、兄上……」
……やりすぎ、では?
その威力にドン引きしている面々を代表して、恐る恐る兄貴の袖を引く。
彼は、俺に対しては優しく微笑んだ。
「ニコは優しいね」
「いや優しいとかではなくぅ……」
床に膝をついたホーディーを一瞥する、その瞬間。
ド派手に魔力を放出した名残で揺れる金髪の隙間から、絶対零度の双眸がちらついた。
「僕のみならず……。このギルバート・ロウの可愛い弟に害成すというのならば、いくらでも相手になるし、容赦はしないよ、ホーディー」
……こいつの弟になって十五年経つけど、知らなかったナァ。
「もう聞こえていないだろうけれどね」
この兄貴、マジ怖い。
遅いとは恰好つけてみたけどあと半歩遅かったら俺が丸焦げになってた!!
魔法って怖ぇなぁ……。
──などと内心ビビリ散らかしつつ、偉そうに「フン」と鼻を鳴らすと、俺は再び杖の先に火を灯した。
トラクを教員寮に向かわせたことだし、もうコソコソ隠れる意味もない。一定間隔に設置されている掛燭に杖の先を向け、四階一帯に火を入れた。
アデルを振り返る。
最終的に拳でカタをつけた俺に、若干呆れたような顔をしていた。
「魔術を使う準備があるなら先に言っておけ」
「……相談する前にきみが飛び出したんだけどね?」
ウッセェ。
あの温厚でぽやぽやしてて基本的に人畜無害な兄貴が呪われたと聞いて、黙って辛抱できるほど俺は薄情じゃねーんだよ。
あ、これいいかも。悪役っぽい。
「尊敬する兄が呪われたと聞いて、黙っていられるほど薄情じゃないんだ。ま、幼なじみが誰とやり合おうと助け舟を出さないきみには、解らないかもしれないけど」
「…………」
ああ、俺、だからアデルが苦手なんだよな。
初日に「友人くらい自分で択べます」と俺をすっぱり斬り伏せたくせに、リディアのこと大事じゃないわけがないのに、彼女がニコラ派に絡まれていても一歩退いて見てるだけ。
言い返すのは全部リディア。
リディアのこともアデルのことも、全部リディアが噛みついている。
相手にするだけ無駄だって思ってんのかもしれないけど、大事な幼なじみばかり矢面に立たせるアデルの態度には、どうしても納得がいかんのだ。
そして今も、あからさまに嫌味を言われたというのに、アデルは涼しい顔で俺を見ている。
「……きみってちょっとリディアに似てる」
「ハァァ!? やめてくれないか。本気で。心の底から」
あ、ちょっと巻き舌になっちゃった。
いかんいかん……とお坊ちゃまモードを手繰り寄せていると、階下から「ニコ!!」と、馴染みのある声が俺を呼んだ。
「兄上?」
らしくなく乱暴な足取りで階段を上りきった兄貴は、俺の顔を見るなり全身全霊で突っ込んできた。
ぎゅうぎゅう抱きしめられる。苦しい。あと人前。
このブラコン兄貴め、やっぱり無事だったか。それでこそギルバート・ロウだぜ。
「兄上、どうしてここに?」
「アキ先生から緊急の伝書鳥を頂いて。怪我はないかい?」
「はい。無傷です」
学院のプリンスの名に相応しい美形を泣きそうに歪めて、兄貴は俺の顔をぺたぺたと触りまくる。
その後ろから「ギルバートくん早すぎぃ」とぜーぜーいいながらアキ先生がやってきた。トラクも一緒だ。
「報せを受けたときは心臓が止まるかと思ったよ……。ちょうど部屋に侵入してきた悪魔を叩きのめして、送り返したところだったんだ」
さらっとすげーこと言ってんぞこいつ。
「そしたらニコがアロイシウス棟で呪術師と遭遇だなんて、ああもう無事でよかった、この……このばか! ばか!」
穏やかなロウ家で育った兄貴には、悪口の語彙がたいへん乏しい。
こっそり笑いながら「はい」「すみません」「ご心配おかけしました」と、兄貴の安堵の声に相槌を返していく。
すると、アキ先生に無事を確認されていたアデルが、あっと声を上げた。
蚊か蝿の動きでも追うように、ある一点から倒れている少年へと視線を動かしていく。
「悪魔が。戻ってきました……」
その声と同時、昏倒していた術者が起き上がる。
兄貴のもとへとけしかけられた悪魔は、ホワイトリリー寮の一室で見事に叩きのめされ、ようやくここまで帰ってきたのだ。
アキ先生は、掛燭に照らされた少年の顔を見て眉を下げる。
「ホーディーくん……。きみだったんですね」
一年生三人組で兄貴を見やると、想像できた相手だったのか、特に驚いた様子はなかった。
「色々と誤解があってね。少し前から夜な夜な、呪いや悪魔のプレゼントを受けていたんだよ」
「なにが誤解だぁっ!! 目障りなんだよ貴様……! いつもいつもリシに纏わりつきやがって!」
ホーディーは唾を飛ばしながら怒鳴りつける。
「リシ?」と首を傾げたアデルに、情報通のトラクが眉を上げた。
「『リシお姉さま』だよ。知らないのかアデル」
「……逆に知ってると思う?」
「きみの友だちのとこの監督生」
ダリアヴェルナ寮の三回生監督生、リシ・フィオーレ。簡単にいえば、女子にたいそうおモテになるイケメンお姉さまだ。
ショートカットが抜群に似合う派手めの美形。すらっと背が高く、剣の腕に秀でたフィオーレ公爵家のご令嬢。
遠目に見かけたことしかないが、バルバディアでは兄貴に並ぶ有名人である。
「だから誤解だと言っているのに。リシとはいい友人で、僕には婚約者がいるんだってば」
「婚約者がありながらリシを誑かすなんてそれこそ悪魔だ!!」
「誑かしたつもりはないし、彼女も誑かされた覚えはないと思うよ……」
あーつまり、リシお姉さまと仲のいい兄貴に嫉妬したホーディーの、恋心の暴走ってことなんだな。
……兄貴も大変なんだなぁ……。
日本語通じないやつとは話し合いできないよな(日本語じゃないけど)。もう兄貴、真正面からブチのめしてやればいいのに。
心の底からの労わりを込めて、困りきった様子の彼の背中を撫でた。
するとホーディーは俺を睨み、杖を振って激しく喚く。
「くそ、兄弟揃って忌々しい……! やれぇっ!!」
「あぶな……」
悪魔を視認しているアデルが声を上げるよりも早く。
──兄貴の足元から純白の炎が立ち昇り、轟音を立ててホーディーを呑み込んだ。
涼しげな目元に浮かぶ激怒の色は、生まれてこの方ギルバート・ロウの弟をしている俺ですら見たことがないほど。
その怒りの激しさを物語るように、白い炎はばちばちと火花まで散らしながら、ホーディーを足元から舐め尽くした。
炎のように燃えているが実際は可視化した魔力だ。本当に火傷を負うわけではないが、ホーディーの魔力はこの兄貴の白い炎に悉く潰し散らされることだろう。
意識も保ってはいられまい。
「あ、兄上……」
……やりすぎ、では?
その威力にドン引きしている面々を代表して、恐る恐る兄貴の袖を引く。
彼は、俺に対しては優しく微笑んだ。
「ニコは優しいね」
「いや優しいとかではなくぅ……」
床に膝をついたホーディーを一瞥する、その瞬間。
ド派手に魔力を放出した名残で揺れる金髪の隙間から、絶対零度の双眸がちらついた。
「僕のみならず……。このギルバート・ロウの可愛い弟に害成すというのならば、いくらでも相手になるし、容赦はしないよ、ホーディー」
……こいつの弟になって十五年経つけど、知らなかったナァ。
「もう聞こえていないだろうけれどね」
この兄貴、マジ怖い。
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