ニコラ・ロウの華麗なる悪役生活

天乃律

文字の大きさ
57 / 138
第五章 期末テスト大騒動

第15話 期末テスト大騒動のおわり

しおりを挟む
「聞こえなかったのかクソ野郎。女の髪を踏んでいるその小汚い足を、どけろと言っているんだ。さっきから貴様らどいつもこいつも、庶民の分際で頭が高けぇ」

 耳を疑い、目を白黒させるジェラルディン他。リディア含む。
 カッと顔を赤くしたのはシュートだった。やっぱりこいつは貴族に対する強烈なコンプレックスがあるらしい。

「頭が高いだと!? いま地面に這い蹲ってんのはどっちだよ!!」

 腹の辺りを蹴っ飛ばされた。芋虫状態の俺には全然効かない。

 ごろごろと転がった俺は、停止したところでくたりと力を抜いた。仰向けの状態で空を仰ぐ。後頭部に当たる地面から、シュートがどすどす近づいてくる震動を感じた。

「生意気な口利けないようにしてやる……!」

「いいのかな? 貴様が僕に暴力を振るい、僕に不自然な負傷が残れば残るほど、兄上も友人たちも先生たちも怪しむだろうね。なにせ僕はお貴族様だ。殴り合いになんてとんと縁がない。そんな僕に、明らかに第三者から受けたとわかる傷があれば?」

 頬を擽る草。

 冷たい土、首筋に当たる枝。

 ぼんやりと見上げる頭上には深奥の森の広葉樹、空、天海。今日はくじらの姿は見えない。

 見えないけれど、いつもそこに在る〈隣人たち〉。
 体の中を循環する魔力。俺の。


 ──なあ。おい、そこにいるんだろ。

 俺の魔力やるから手を貸してくれ。杖は折られてしまったけど、いつもとやることは変わらないよな。

 生まれたときからそこにいて、俺を、俺たちを見守っていたはずの、慈悲深い木の御子。木の精。木の神───


 ざわっ、と腹の底が熱くなった。
 体中から集めてきた魔力が勢いよく弾け飛ぶ。爆発にも似た衝撃がシュートを吹き飛ばし、俺を戒めていた木の繭を破壊した。辺り一帯の木々に俺の魔力が通い、怒りに呼応してざわりと枝葉を揺らす。風もないのに意思を持ってしなる木々を、女二人が怯えたように見上げた。

「やだ、ちょっと、なに?」
「今あの子、魔法使わなかった!?」

 いける。意外といける。感覚は、魔術を使ったときとよく似ている。
 試しにリディアに意識を向けてみると、彼女をぐるぐる巻きにしていた木も解けていった。
 代わりにガンガン魔力が減っていくのがよくわかる。急に腹が減ってきた。なるほど、杖で威力を調節していないと、際限なく魔力を発散してしまうんだな。こりゃ要練習だ、あとで兄貴にコツを聞こう。

 吹っ飛んで木に頭をぶつけたシュートが、痛みに呻きつつ起き上がる。

「なんで……杖は折ったはずだ!」
「折られたさ」

 苛立ち紛れに、掌をジェラルディンたちへ向ける。
 一回生のヒヨッコが土壇場で無言魔法を発動したからか、先輩方は明らかに動揺していた。

「あの杖マジで高けぇんだぞ! 一生かけてでも弁償してもらうからな!!」

 草木が風にしなり、逆巻く。

 水でぶっ飛ばされるわ、木で芋虫にされるわ、忘却魔法をかけられそうになるわ、杖を折られるわ、お貴族様をバカにされるわ、只人もバカにするわ……。あとついでに魔法学Ⅰが落第かもしれない恨みから何から、全部籠めて、体に残るありったけの魔力を風の御子に、精に、神に献上する──

 それは風というより、ほとんど竜巻だった。

 ムカつくほど絶妙なタイミングで、リディアがハルベリーの小瓶の栓を抜く。さっきは不発だった。何を企んでいるのかは知らないが、今度はあいつらも避けようがない。

 枝葉を巻き込んだ風の塊は、ピンク色の粉末を含み四人組へと襲い掛かった。
 きゃあ、と甲高い悲鳴が風の唸り声に掻き消されていく。ジェラルディンは辛うじて杖を構え、反撃に出ようとしたようだったが──



 突如全員、ぐるんと目を回して卒倒した。



 ……え、卒倒?


 あまりに急激に意識を失ったのでびっくりして魔法を解く。四人は揃って地面にぐしゃぁっと崩れ落ちた。本当に、欠片も意識がないらしい。ゴミ捨て場に棄てられたマネキンみたいに、折り重なり手足を投げ出し、えらいこっちゃなっている。

 え、なにこれ死んだ?
 俺が殺したの?

「お、おま……一体さっきの粉は何なんだよ……ヤバイ薬か?」

 さすがにドン引きしながら訊ねると、リディアは目を剥いて怒った。

「んなわけないでしょ! ホントは木の魔術の触媒なのよ。でもこれ、乾燥粉末のまま人が吸い込むと超強力な睡眠作用があるの。本来は何倍にも希釈して睡眠薬の原材料として」
「あ、わかった。わかったもういい」

 放っておいたらペラペラと蘊蓄を喋りそうなので途中で止める。
 頬や髪がちょっと汚れているものの、幸いリディアは無傷らしい。「もー乙女の髪の毛を」とぶちぶち言いながら手櫛で整えている様子を見るにまあまあ元気だ。
 ……よかった。

 膝から力が抜けた。気が抜けたというよりは、魔力切れだ。
 慣れない杖なし、祈詞なしの魔法。緊張も多分、それなりにしていた。

 リディアが慌てて俺の体を支えて、ゆっくり地面に横たえる。

「どうしたの? もしかして失血!?」
「そこまで出血してないだろ……魔力が切れただけだよ」
「ああっ、止血剤あるんだった! ちょっと待ってね!」
「話聞けよ」

 バタバタと騒がしいリディアがカバンの中からまた瓶を取り出す。平べったい形をした瓶の蓋を開けて、軟膏を指に取った。

「でも一応洗ったほうがいいかな……? ミヤコウツギの乾燥粉末は水の魔法の触媒なんだけど、私がやったら多分確実に爆発するしなあ」
「お願いだから止めを刺さないでくれ」
「よかった、嫌味が言える程度には元気ね。自分でやる? あなた魔術も上手でしょ」

 言うや否やリディアはまた新たな瓶を取り出し、きゅぽっと栓を抜いた。
 ニビタチバナに、ほたる石に、ハルベリーに、ミヤコウツギに、止血剤に……。全く完敗だ。一切アテにしていなかったリディアの備えを、結局全部使っちまった。

「“いと慈悲深き水の精エーリク。加護を与えたまえかし”……」

 水魔法か。
 それにしてもあのジェラルディンの水の威力すごかったな。

 ──なんてことを考えていたせいなのか、俺もさすがに気が抜けていたのか、掌の中に少量貰えればそれでよかったはずの水が頭上から降ってきた。
 まるでバケツを引っくり返したみたいに。


 ばっしゃぁぁぁ、とそれはもうお約束みたいな音がして、俺もリディアも見事にびしょ濡れになる。


 マジか。
 ちょっと考え事しただけでこうなるのか、魔術。
 俺かっこ悪い……。

「……何やってんのよ」
「おかしいな。まるできみみたいな失敗をしてしまった」
「爆発してないから私よりマシかも……」
「そうだね。きみも早くこの程度の失敗で済むようになるといいね」
「さてはあんた意外と元気ね?」

 ぼたぼたと栗色の毛や睫毛やほっそりとした顎先から水を滴らせながら、リディアはおかしそうに笑った。

「ふふ。ね、初めての魔術学の授業のときみたいね」

 ……本当にな。
 あの頃からずぅっと、俺の悪役生活ってうまくいかねぇなぁ。
 困ったもんだ、全く!!
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

社畜サラリーマン、異世界でパンと魔法の経営革命

遊鷹太
ファンタジー
過労死寸前の30代サラリーマン・佐藤健は、気づけば中世ヨーロッパ風の異世界に転生していた。与えられたのは「発酵魔法」という謎のスキルと、前世の経営知識。転生先は辺境の寒村ベルガルド――飢えと貧困にあえぐ、希望のない場所。「この世界にパンがない…だと?」健は決意する。美味しいパンで、人々を笑顔にしよう。ブラック企業で培った根性と、発酵魔法の可能性。そして何より、人を幸せにしたいという純粋な想い。小さなパン屋から始まった"食の革命"は、やがて王国を、大陸を、世界を変えていく――。笑いあり、涙あり、そして温かい人間ドラマ。仲間たちとの絆、恋の芽生え、強大な敵との戦い。パン一つで世界を救う、心温まる異世界経営ファンタジー。

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

【完結】憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

処理中です...