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第五章 期末テスト大騒動

第15話 期末テスト大騒動のおわり

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「聞こえなかったのかクソ野郎。女の髪を踏んでいるその小汚い足を、どけろと言っているんだ。さっきから貴様らどいつもこいつも、庶民の分際で頭が高けぇ」

 耳を疑い、目を白黒させるジェラルディン他。リディア含む。
 カッと顔を赤くしたのはシュートだった。やっぱりこいつは貴族に対する強烈なコンプレックスがあるらしい。

「頭が高いだと!? いま地面に這い蹲ってんのはどっちだよ!!」

 腹の辺りを蹴っ飛ばされた。芋虫状態の俺には全然効かない。

 ごろごろと転がった俺は、停止したところでくたりと力を抜いた。仰向けの状態で空を仰ぐ。後頭部に当たる地面から、シュートがどすどす近づいてくる震動を感じた。

「生意気な口利けないようにしてやる……!」

「いいのかな? 貴様が僕に暴力を振るい、僕に不自然な負傷が残れば残るほど、兄上も友人たちも先生たちも怪しむだろうね。なにせ僕はお貴族様だ。殴り合いになんてとんと縁がない。そんな僕に、明らかに第三者から受けたとわかる傷があれば?」

 頬を擽る草。

 冷たい土、首筋に当たる枝。

 ぼんやりと見上げる頭上には深奥の森の広葉樹、空、天海。今日はくじらの姿は見えない。

 見えないけれど、いつもそこに在る〈隣人たち〉。
 体の中を循環する魔力。俺の。


 ──なあ。おい、そこにいるんだろ。

 俺の魔力やるから手を貸してくれ。杖は折られてしまったけど、いつもとやることは変わらないよな。

 生まれたときからそこにいて、俺を、俺たちを見守っていたはずの、慈悲深い木の御子。木の精。木の神───


 ざわっ、と腹の底が熱くなった。
 体中から集めてきた魔力が勢いよく弾け飛ぶ。爆発にも似た衝撃がシュートを吹き飛ばし、俺を戒めていた木の繭を破壊した。辺り一帯の木々に俺の魔力が通い、怒りに呼応してざわりと枝葉を揺らす。風もないのに意思を持ってしなる木々を、女二人が怯えたように見上げた。

「やだ、ちょっと、なに?」
「今あの子、魔法使わなかった!?」

 いける。意外といける。感覚は、魔術を使ったときとよく似ている。
 試しにリディアに意識を向けてみると、彼女をぐるぐる巻きにしていた木も解けていった。
 代わりにガンガン魔力が減っていくのがよくわかる。急に腹が減ってきた。なるほど、杖で威力を調節していないと、際限なく魔力を発散してしまうんだな。こりゃ要練習だ、あとで兄貴にコツを聞こう。

 吹っ飛んで木に頭をぶつけたシュートが、痛みに呻きつつ起き上がる。

「なんで……杖は折ったはずだ!」
「折られたさ」

 苛立ち紛れに、掌をジェラルディンたちへ向ける。
 一回生のヒヨッコが土壇場で無言魔法を発動したからか、先輩方は明らかに動揺していた。

「あの杖マジで高けぇんだぞ! 一生かけてでも弁償してもらうからな!!」

 草木が風にしなり、逆巻く。

 水でぶっ飛ばされるわ、木で芋虫にされるわ、忘却魔法をかけられそうになるわ、杖を折られるわ、お貴族様をバカにされるわ、只人もバカにするわ……。あとついでに魔法学Ⅰが落第かもしれない恨みから何から、全部籠めて、体に残るありったけの魔力を風の御子に、精に、神に献上する──

 それは風というより、ほとんど竜巻だった。

 ムカつくほど絶妙なタイミングで、リディアがハルベリーの小瓶の栓を抜く。さっきは不発だった。何を企んでいるのかは知らないが、今度はあいつらも避けようがない。

 枝葉を巻き込んだ風の塊は、ピンク色の粉末を含み四人組へと襲い掛かった。
 きゃあ、と甲高い悲鳴が風の唸り声に掻き消されていく。ジェラルディンは辛うじて杖を構え、反撃に出ようとしたようだったが──



 突如全員、ぐるんと目を回して卒倒した。



 ……え、卒倒?


 あまりに急激に意識を失ったのでびっくりして魔法を解く。四人は揃って地面にぐしゃぁっと崩れ落ちた。本当に、欠片も意識がないらしい。ゴミ捨て場に棄てられたマネキンみたいに、折り重なり手足を投げ出し、えらいこっちゃなっている。

 え、なにこれ死んだ?
 俺が殺したの?

「お、おま……一体さっきの粉は何なんだよ……ヤバイ薬か?」

 さすがにドン引きしながら訊ねると、リディアは目を剥いて怒った。

「んなわけないでしょ! ホントは木の魔術の触媒なのよ。でもこれ、乾燥粉末のまま人が吸い込むと超強力な睡眠作用があるの。本来は何倍にも希釈して睡眠薬の原材料として」
「あ、わかった。わかったもういい」

 放っておいたらペラペラと蘊蓄を喋りそうなので途中で止める。
 頬や髪がちょっと汚れているものの、幸いリディアは無傷らしい。「もー乙女の髪の毛を」とぶちぶち言いながら手櫛で整えている様子を見るにまあまあ元気だ。
 ……よかった。

 膝から力が抜けた。気が抜けたというよりは、魔力切れだ。
 慣れない杖なし、祈詞なしの魔法。緊張も多分、それなりにしていた。

 リディアが慌てて俺の体を支えて、ゆっくり地面に横たえる。

「どうしたの? もしかして失血!?」
「そこまで出血してないだろ……魔力が切れただけだよ」
「ああっ、止血剤あるんだった! ちょっと待ってね!」
「話聞けよ」

 バタバタと騒がしいリディアがカバンの中からまた瓶を取り出す。平べったい形をした瓶の蓋を開けて、軟膏を指に取った。

「でも一応洗ったほうがいいかな……? ミヤコウツギの乾燥粉末は水の魔法の触媒なんだけど、私がやったら多分確実に爆発するしなあ」
「お願いだから止めを刺さないでくれ」
「よかった、嫌味が言える程度には元気ね。自分でやる? あなた魔術も上手でしょ」

 言うや否やリディアはまた新たな瓶を取り出し、きゅぽっと栓を抜いた。
 ニビタチバナに、ほたる石に、ハルベリーに、ミヤコウツギに、止血剤に……。全く完敗だ。一切アテにしていなかったリディアの備えを、結局全部使っちまった。

「“いと慈悲深き水の精エーリク。加護を与えたまえかし”……」

 水魔法か。
 それにしてもあのジェラルディンの水の威力すごかったな。

 ──なんてことを考えていたせいなのか、俺もさすがに気が抜けていたのか、掌の中に少量貰えればそれでよかったはずの水が頭上から降ってきた。
 まるでバケツを引っくり返したみたいに。


 ばっしゃぁぁぁ、とそれはもうお約束みたいな音がして、俺もリディアも見事にびしょ濡れになる。


 マジか。
 ちょっと考え事しただけでこうなるのか、魔術。
 俺かっこ悪い……。

「……何やってんのよ」
「おかしいな。まるできみみたいな失敗をしてしまった」
「爆発してないから私よりマシかも……」
「そうだね。きみも早くこの程度の失敗で済むようになるといいね」
「さてはあんた意外と元気ね?」

 ぼたぼたと栗色の毛や睫毛やほっそりとした顎先から水を滴らせながら、リディアはおかしそうに笑った。

「ふふ。ね、初めての魔術学の授業のときみたいね」

 ……本当にな。
 あの頃からずぅっと、俺の悪役生活ってうまくいかねぇなぁ。
 困ったもんだ、全く!!
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