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第六章 猫かぶり坊ちゃんの座右の銘

第7話 作画コストの高い二人組

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 いやぁ全く陰湿だ。

 図書塔で本の山に埋もれてから一週間経つが、この間、実に様々な嫌がらせを受けた。

 まず、エドマンドらに脅されたらしいダリアヴェルナ寮の面々から距離を取られ、それが波及して他の寮のやつらにも「ニコラに関わったらひどい目に遭うらしい」と遠巻きにされる。元々よそに友人が多いわけではないけど、おお俺嫌がらせ受けてるなー、という気分だ。

 やつらと同じ授業は取っていないので、その間は大体平和だったが、問題は休み時間だ。
 教室移動の合間を縫って、風魔法で転ばされたり、水魔法ぶっかけられたり、変な液体ぶっかけられたり、物が飛んできたり。

 転んだり頭ぶつけたり濡れたりもしたけど、精神的ダメージはあんまりない。
 なので涼しい顔して過ごしてたらエスカレートした。

 リディアの愛用していたガラスペンがなくなったのだ。
 イルザーク先生の占いで犯人を突き止めたリディアが、直々にアスタミモザ寮の一回生を締め上げると、なんとそいつは「ニコラに指示された」と吐いたらしい。……というのは、ガラスペンを一緒に探して一部始終を目撃したトラクの談。

「んなわけないでしょぉぉぉ! ニコラ・ロウは欲しいものがあったら自分で買うタイプよ! あいつ一応貴族でお金持ちなんだから! 人に罪をなすりつけて逃げようとすんなっ!!」

 とリディアさんは大噴火を起こしたそうだ。
 信用されているのはいいことだけど、悪役としては落第だな、と反省した俺だった。
 結局その一回生は、エドマンドに脅されたのだと白状したとか。リディアの私物を盗んで、それがバレようがバレまいがニコラの指示だと吹聴しろ、さもなくば次の標的はお前だ、と。

 さらに、他寮に通う一般家庭出身の生徒が、エドマンドたちの嫌がらせを受け始めた。
 そしてやつらはそれを「ニコラは庶民が嫌いだからな」と声高に主張しているそうだ。
 つまり前期にヒートアップした、ニコラ派VSリディア派の対立の激化を煽っているらしい。もともと存在した構図だからか意外にも効果覿面で、何気なく廊下を歩いている今も生徒からの視線が痛かった。

 まあ俺、知らないガキんちょにヒソヒソ話されても、どうでもいいんだけどさ。
 だって仮にも中身四十何歳の元やんちゃ坊主だぜ。勿論いい気分はしないけど、後ろで扇動してるやつがハッキリしてる以上、そんなへこみゃしねーよ。
 ロロフィリカを巻き込まれた初日のほうがよっぽど堪えたな。

 ……とか考えながら次の授業の教室に向かっていたら、頭上からバシャアアアと水が降ってきた。
 冷てえ。

「わーっ! ニコラ!!」

 隣を歩いていたトラクのほうが大騒ぎである。
 さっと視線を走らせるも、休み時間中の混雑のなか犯人を捕まえるのは難しい。どうせエドマンドのお友達の一人だろう、懲りねぇなぁ。
 半ば感心しながら、エウにもらった彼女の杖を取り出した。

 杖なし魔法にもだいぶ慣れていたが、やはり一回生のうちから大盤振る舞いするのは悪目立ちする。兄貴と同じように、普段はちゃんと杖を使うことにしたのだ。

「すごいな。これは紛うことなきイジメだ」
「……正気?」

 火と風の魔法を発動し、びしょ濡れの自分と、隣にいて水滴がかかったトラク、周りの生徒、廊下、と乾かしていく。

「っていうか、どうするつもりなんだよニコラ」
「相手にするからつけ上がるんだよ。放っておけばいつか飽きるさ」
「……本当に飽きると思ってるのか?」

 トラクの琥珀色の双眸が、存外、鋭い光を湛えた。
 こいつこんな物騒なツラもできるんだなぁ。

「そうだなぁ。いっそのこと、僕が一人で歩いてるところを五人で襲ってきてくれればなぁ……」
「いや、意味がわからないから」

 あーいや、魔法使われたら五人相手は無理か……。脳内政宗にもいつか言われたけど、俺って魔法で戦うの向いてないっていうか、雑魚中の雑魚だから。

 魔法、便利だけど厄介だ。

 足を止めてしまったことを謝って再び歩きだすと、今度は背後から首に腕を回された。

「ニ~~コ~~」
「苦しい苦しいルウ苦しい」

 赤茶のツンツン頭にサファイアの眸。兄貴の大親友にしてよき理解者、ルーファス・チカだ。
 その隣にはなんと、リシお姉さままで立っている。
 なんだこのツーショット。作画コストが高けぇよ。画面がキラキラしてるよ。

「聞いたぜぇ、弟ぉ。エドマンドのクソ野郎どもにイジメられてんだって?」

 ルウは生粋の庶民で下町育ち。もともと上品なほうじゃないけど、珍しく「クソ野郎」ときた。
 こりゃエドマンドが嫌いなんだな。

「おうそこのニコの友だち。次の授業、なんだ?」
「どうも、トラクです。魔法生物ですけど」
「トラクな、俺リリー寮三回生のルーファス・チカでこっちはダリア寮三回生のリシお姉さま。菫青日四限の魔法生物ってことはアンジーか……ニコラはルウとリシに拉致されましたって言っといて」
「あ、わかりました~」
「ちょっ、ルウ!? トラク!?」

 流れるようにルウに連行され、トラクにはにこやかに手を振られる。
 おいおまえら実は結託してねえだろうな。息ぴったりだな。確かに気が合いそうだけれども!

 ずるずるとルウに引きずられて辿り着いたのは、アロイシウス棟四階、その廊下の突き当たり。
 リシが懐から水晶の杖を取り出し、コン、と壁を叩いた。

「“夜の女王の息吹”」

 音もなく現れる、古びた秘密の扉。
 以前この部屋を訪れたときは、エウが横にいて、夕焼けが美しかった……とか思い出したらちょっと照れくさくなってきた。エウはそりゃ元が美少女天使だから顔がいいんだけど、見惚れたってのがなんか悔しい。

 机椅子のない教室の真ん中に、裏寂しく聳え立つ大鏡。
 前と同じように白い布が掛かっている。

「……で? アンジェラ先生の授業をサボらせてまで、一体なんの用」

「エドマンドあの野郎のことに決まってんじゃねぇか。リシに聞いたぞ。ハウスメイトが絡まれてるとこ助太刀に入って無言魔法ぶっ放したせいで、標的がおまえになったって?」

 なんか色々と前向きに解釈されてる……!
 そんな道徳の教科書に出てきそうなエピソードじゃねーぞ。慌ててルウを睨みつけ、不満いっぱいの表情になった。

「助太刀に入った覚えはない」
「違うのかい? てっきりあの二人がいじめられているのが見過ごせなかったのかと」
「違います! エドマンドあの野郎が暁降ちの丘襲撃事件のことを持ち出したのが気に喰わなかっただけです!」

 確かに、ご一行がリディアとアデルに絡む構図が何から何まで胸糞悪かったのも事実だが、口を出す気になったのはエドマンドが事件のことを徒に笑いやがったからだ。
 リシとルウが顔を見合わせてきょとんとする。

「……話が違げーぞ、リシ」
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