ニコラ・ロウの華麗なる悪役生活

天乃律

文字の大きさ
91 / 138
第八章 悪役坊ちゃん傷心中

第5話 悪役坊ちゃん花を買う

しおりを挟む
 身嗜みを整えてから談話室に向かい、ソファに座ってしばらく待っていると、お出かけ用のふんわりしたワンピースに身を包んだエウフェーミアがやってきた。

 男女が休日に待ち合わせて二人きりで出かける。
 そういう定義に則れば、俗に言うデートだ。

 本来ならば、狙われている可能性の高いエウを連れて外出すべきではないのだろう。しかし俺一人で外に出て彼女を学院に残すというのも不安だったので、悩みに悩んだ末、誘ってみた。
 ことが起こるのは星降祭の夜であろう、という予想もある。
 そのうえ城下町なんて、この国を守護するベルティーナ魔導騎士団のお膝元だ。そんなところで問題を起こすほどの戦力は、まだ魔王軍にはないはず。

「お見舞いのお返しを買うんだよね」
「ああ。ルウとトラク、ロロフィリカ、寮長、あとローズ寮の何人かとなぜか兄上周辺の三回生の方々……それから若干腑に落ちないが、あいつだな」
「あいつって……」

 リディアのことだ。
 俺が熱を出してうんうん唸っている間にやってきて、苹果をうさぎさんにして去っていった主人公。
 こちらの世界には『うさぎりんご』という発想がないのだ──地域によるのかもしれないが少なくとも俺はこの十五年間見たことも聞いたこともない。
 つまり同郷。

 リディアの物語があった俺の日本と、彼女が逃げ出してきた日本は正確には異なるだろうから、厳密には同郷とはいえないかもしれないが。
 しかし、目を覚ましたとき枕元にいた兄上が「さっきリディアさんとすれ違ったよ」と言っていたし、間違いないだろう。

「エウフェーミアも、ノートを取っておいてくれてありがとう。本当に助かった。何かほしいものはあるか?」
「いらないよ。ニコはわたしのせいで怪我したんだから」
「何度も言っているけどエウのせいなんかじゃない。絶対に」

 エウの頑なな自己否定感はよく知っている。こればかりは言葉だけで覆してやれるものでもない。
 あまりに大きな喪失や悲劇を前にして、言葉は無力だ。
 堂々巡りの言い合いになるのはわかっているから適当なところで切り上げた。

 バルバディアの敷地から王都の城下町に至るルートは三つある。
 一つは入学式の日にとった、翼竜の駕篭に馬車というコース。ただしこれは長期休暇や入学に伴う生徒の移動の際にしか運行されない。
 二つめは、地道に深奥の森をクリアするコースだ。城下町までは二時間ほどかかるうえ遭難の危険性もあるのでほとんど誰もやらない。

 そして三つめ。
 学院内と、城下町にある店とをつなぐ、魔法の扉だ。

 これは高位魔法である空間転移魔法の応用。教員寮の隣にある小屋のドアを開けてくぐれば城下町の店の中という、行き先指定のど●でもドアである。休日に出かける生徒は大体このルートを通って行き来するのだ。
 他の生徒たちと一緒に入口を通るとバルバディア直営の魔法用品店二階に出た。
 生徒たちはぞろぞろと階段を下りて、一階の出入り口から城下町へと散っていく。

「まずは特に考えなくても済むルウだな」
「チカ先輩ってなにがお好きなの?」
「お菓子。ルウは甘党なんだ」

 べルティーナ王国、王都フィーカ。
 敷地の北東部を深奥の森が占める星型の城壁都市で、王国の政治、文化、商業、そして魔法の中心地だ。
 柔らかい色合いの煉瓦でできた建物と赤い屋根がなんとも華やかで、若干小汚い港町の路地を駆け回った幼少期の俺には新鮮な感じがする。

 中央広場から放射線状に馬車が悠々すれ違えるほどの大通りが広がり、それらをつなぐように細い路地が這う地形だ。迷ったらとにかく中央広場に戻れば、最初に出てきた魔法用品店が見える。地方からバルバディアに入学して地理に不案内な生徒でもそこそこ安心な設計だった。

 ルウの焼き菓子、トラクの茶葉、ローズ寮の面々や兄上周辺の諸先輩方へはチョコレート。甘いものが嫌いだと聞いたことがある人にはタオルにしておいた。俺自身は特にこだわりがないのだが、ロウ家次男坊としてみみっちいお返しはできないので、貴族とか名家ってこういうとこ面倒だなと思う。

「荷物、持ちたい」

 なんて言いだす健気な婚約者どのには、ルウとトラクへのお返しだけ持ってもらった。
 別に荷物持ちで連れてきたわけじゃないんだが、エウは自分だけ手ぶらでいることに罪悪感を抱くタイプだから、ここは俺が折れる。

「ロロフィリカと、…………には、花にするか」

 心のなかではいくらでも「リディアァァァ」と恨みがましく呼べるのだが、なんとなく口に出してあの子を呼ぶのが憚られる。
 悪役坊ちゃんとしての自負もちょっとだけあるし、実際リディアが気に喰わないこともあるのは事実だから余計だ。

 店先にワゴンを出して切り花を売っていた花屋の前で立ち止まり、色々と眺める。
 正直どれもこれも同じに見えている。
 しかしエウフェーミアとの婚約が決まったあと、メイドたちが「坊ちゃんがいつか婚約者にお花を贈れるような伊達男になれるように」と気合いを入れて仕込みまくってくれたので、一通り花言葉などの知識はあった。

「ニコ、わたしお店の中を見てきてもいい?」
「ああ。……ほしい花でもあれば言」
「自分で買います」

 はいはい。
 まあ彼女がなんと言おうと、俺はさっきの洋菓子店ですでにエウ用のお菓子詰め合わせセットを購入しているのだが。
 遠慮合戦になる前に投げつけて逃げてやらぁ。
 うきうきと店内に踏み込んでいくエウの後ろ姿にニヤリと笑っていると(多分いまの俺かなり悪役顔してる)、店員が「お取りしましょうか」と声をかけてきた。

「ああ、それじゃあ……」

 前の世界と変わらず、このべルティーナ王国でも花の贈り物の一番人気はバラだ。
 本数によってメッセージがあり、色によって花言葉が変わる。異性にバラを贈る際は注意してメッセージを込めなければならない。埃を被っていたそのあたりの知識を必死に掘り起こして、二人ぶんのミニブーケを作ってもらった。

 エウがまだ店の中をぷらぷらしている間に支払いを済ませて、花の香りから逃げるように通りに戻る。
 すると、ロロフィリカとリディアと鉢合わせた。

「ニコラ?」
「「げっ」」

 前者がロロフィリカ、後者がリディア。……と俺。

「ニコラって花屋さんなんて来るんだ。なんか似合うような意外なような」
「用があれば僕だって花屋くらい来るさ」

 会ってしまったならちょうどいい。片手に抱えた花束のうち一つをまずリディアに差し出した。

「何これ?」
「荷物を増やしてやる、光栄に思え」
「いや、なんで急に花なのって訊いてるんだけど。気味悪い」
「おまえが僕の枕元で何やら怪しい儀式をしていたと兄上から聞いたから、その仕返しだ」

 これを聞いたロロフィリカが腕組みをしてうなずく。

「リディア、『お見舞いありがとう、これはそのお礼だ』ですって」
「都合よく訳すなロロフィリカ」

 だがその通りです! なんで分かった!?
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

社畜サラリーマン、異世界でパンと魔法の経営革命

遊鷹太
ファンタジー
過労死寸前の30代サラリーマン・佐藤健は、気づけば中世ヨーロッパ風の異世界に転生していた。与えられたのは「発酵魔法」という謎のスキルと、前世の経営知識。転生先は辺境の寒村ベルガルド――飢えと貧困にあえぐ、希望のない場所。「この世界にパンがない…だと?」健は決意する。美味しいパンで、人々を笑顔にしよう。ブラック企業で培った根性と、発酵魔法の可能性。そして何より、人を幸せにしたいという純粋な想い。小さなパン屋から始まった"食の革命"は、やがて王国を、大陸を、世界を変えていく――。笑いあり、涙あり、そして温かい人間ドラマ。仲間たちとの絆、恋の芽生え、強大な敵との戦い。パン一つで世界を救う、心温まる異世界経営ファンタジー。

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

処理中です...