ニコラ・ロウの華麗なる悪役生活

天乃律

文字の大きさ
100 / 138
第九章 悪役と主人公は再び対峙する

第1話 明日は槍の雨が降る

しおりを挟む
 相変わらずエウフェーミアに避けられてメンタルべこべこな毎日のなか、事件は起きた。


 この日の魔術学ではいまだ発展途上にある応用魔術の理論を学んでいた。
 前期では、四大元素〈火〉〈水〉〈風〉〈地〉に加えて、比較的気のいい精霊たちの司る〈花〉や〈光〉魔術を学び実践した。それに対し、後期は普通の魔法でもやや難易度の上がる〈木〉〈影〉魔術、効果が即座にはわかりにくい〈祈り〉〈癒し〉の魔術などを取り扱う。

 俺はあんまり物事を深く考えず、魔術学のイリーナ先生が仰る通りに触媒を使って祈詞れいしを唱え、恙なく魔術を使えるようになっていた。

 魔法と魔術の違いについてごちゃごちゃ考えたり、「こんなちょっとの触媒で本当に精霊は力を貸してくれるのか」と一抹でも疑ったりした生徒には、精霊たちの加護は与えられない。とはいえリディアのように爆発することもなかったが。

 前期初回の講義で俺を水浸しにしたイリーナ先生は、今日も優しく笑って授業を開始する。

「本日の講義では〈影〉魔術を行います。本来の〈影〉魔法では、陽射しの当たる場所に影を伸ばしたり、逆に影を払ったりすることができます」

 この世界でも当然、影とはなんらかの光を物体が遮ることで生まれるものだ。
 魔力を献上して、影を司る神、精霊、あるいは精霊未満の御子たちに「ちょっと融通利かせてくれ」とお願いすることで、世界の基本原則に干渉し、事象を書き換える。それが魔法。

「空間転移魔法の前段階として、〈影渡り〉という魔法があります。〈影〉と〈地〉の魔法の組み合わせ、それから魔力変質による身体の事象改変により、地中の影のなかを伝って移動できるという魔法ですね」

 すっげぇ魔法使いっぽいけど、身体の事象改変っていうワードが物騒すぎる通り、空間転移魔法というのは失敗例が多い。
 魔力を変質させて、肉体の情報を書き換えるわけなので、ちょっとでも魔法の構築にミスがあれば肉体はバラバラになって消え失せる。
 空間転移魔法が使える魔法使いは一握りで、現在では〈魔導師〉という称号を与えられるかどうかのボーダーとなるそうだ。俺は怖いからまだいいや。

 でもどう考えても、前の世界のことを調べようと思ったら、ましてや異世界に渡ろうなんて考えるとしたら、空間転移魔法は必須だろうな。
 ……とかモヤモヤ考えているうちにイリーナ先生の説明が終わり、いつも通り触媒が配られて、実践の段階となった。

 用意された植木鉢を机の上に置き、魔術を使って影を伸ばす。今日のところはそれだけ。
 魔力と杖と祈詞で行使する魔法なら、バルバディアに在籍する魔法使いのタマゴであれば失敗するほうが難しいレベルだが、魔術となるとわけが違う。教室の各所で唸り声が上がった。

「“いと慈悲深き影の御子、加護を与えたまえかし”……」

 掌に広げた触媒、本日は乾燥させたカラナシの実が、微風とともに掻き消える。
 すると机の上に落ちた植木鉢の影がうにょうにょと動き始めて、植えてある観葉植物の葉っぱの影がみょーんと伸び縮みした。よしよし。

 内心フフンと満足しつつ、いつもであればこのくらいで爆発を起こす主人公リディアの後ろ頭を見やる。
〈精霊のまなこ〉という特異体質ゆえ魔術が得意な相方アデルは、表情は薄いが心配そうな顔でリディアを眺めていた。

「最近は本当に爆発も小規模になってきてるんだから! 大丈夫シリウス先生にあれだけ教わったんだし!」
「うんまあ、彼の看病に来たんだかリディアの面倒を見に来たんだかよくわからない程度には、たくさん時間を割いてつきあってくれたよね……」
「シリウス先生のいるほうに足を向けて寝られないわ! ルフってどっちかしら!」

 こっちの世界に来て初めて聞いたな、その言い回し……。
 変なとこでリディアに日本を感じつつ、さてシリウスの教育の結果は、と大人しく見守る。

「“影の御子よ、影の御子、きこし召したまえ。我に、汝の影の加護を与えたまえ”」

 ……お、祈詞を変えたな。
 祈詞というのは喪われた古ベルティーナ語である。基本構文はあるものの、ようは隣人たちに「お願い」の内容が伝わればいいというものだ。好きなようにアレンジしたり、節や音程をつけて歌みたいにしたりすることも多い。

 成る程確かにリディアはこれまで、基本に忠実な構文しか使っていなかった。
 俺としては基本構文が一番簡潔で丁寧だから好んで使うが、この世界出身でないリディアの古ベルティーナ語が若干拙かったのも事実。

 リディアの近くの席に座っていた二回生の女子生徒が「うそっ!」と驚きの悲鳴を上げた。
 続いてアデルがわなわなと震えながら立ち上がる。

「リ……リディア、きみ……」
「うそぉ。成功した」

 あまりにもサラリとリディアが言うので、思わず聞き流しそうになってしまった。

「えっ」
「ええっ!?」
「リディアさんが成功した!?」

 ……え、成功したの?
 そういえば祝詞を言い終わったのに爆発していないぞ?

「キャ──! ニコラ・ロウ、見てこれ! ねえ! シリウス先生にちゃんと報告してね!!」

 がたたたっとやかましい音をたてながら立ち上がったリディアは、机の上の植木鉢が俺に見えるように避ける。近辺の生徒の「嘘だろ信じられない」という表情からも嘘ではなさそうなので、俺は恐る恐る、なんなら杖も構えて近寄った。
 油断してはいけない。時間差で爆発するかもしれない。

「成功したって言ってんでしょ! 時間差で爆発なんて器用な真似できないわよ!」
「いや、きみと同じ授業のときは常に爆発を警戒する癖がついていて、つい」

 こんなときでも嫌味を忘れない俺。
 覗き込んだ植木鉢の影は確かに、うにょうにょ、みょーん、と不規則に伸び縮みしていた。

 師イルザークに拾われてからというものずっと一緒にいたはずのアデルさえ、「夢かもしれない」「ジャン助けて」「先生……」と白い頬を紅潮させている。執拗に爆発するリディアの魔術を間近で見続けてきた彼の衝撃たるや、教室中の生徒たちの驚きを軽く上回って余りあるのだろう。

 あまりの事態に生徒たちは絶句していた。

 当然である。バルバディア史上初〈只人〉の入学生、しかも片方は魔術を使おうとするたびに爆発を起こすぽんこつ爆発魔、学校中が「なんでこいつが入学できたんだ」と一度は疑問に思うほどの問題児が、ここにきて初めての成功。


 バルバディア史に残る歴史的快挙である──いや快挙は嘘だな。


 ともかく、それほどのことが起きたのだ。
 俺は生徒たちの──もしかしたらイリーナ先生も──考えを代弁して口を開いた。


「なんてことだ。明日は槍の雨が降るのか……!?」
「きぃぃぃムカつく!!」

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

社畜サラリーマン、異世界でパンと魔法の経営革命

遊鷹太
ファンタジー
過労死寸前の30代サラリーマン・佐藤健は、気づけば中世ヨーロッパ風の異世界に転生していた。与えられたのは「発酵魔法」という謎のスキルと、前世の経営知識。転生先は辺境の寒村ベルガルド――飢えと貧困にあえぐ、希望のない場所。「この世界にパンがない…だと?」健は決意する。美味しいパンで、人々を笑顔にしよう。ブラック企業で培った根性と、発酵魔法の可能性。そして何より、人を幸せにしたいという純粋な想い。小さなパン屋から始まった"食の革命"は、やがて王国を、大陸を、世界を変えていく――。笑いあり、涙あり、そして温かい人間ドラマ。仲間たちとの絆、恋の芽生え、強大な敵との戦い。パン一つで世界を救う、心温まる異世界経営ファンタジー。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

【完結】憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

処理中です...