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青色の世界と黄金の鎧騎士
敦也は変態なのか……?
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その朝、桜井敦也はめずらしくいつもより早く目を覚ました。
生前は毎日自分の弁当と朝食を作るため早起きしていたのだが、死後の世界である『閉ざされた世界』にやって来てから、朝食や弁当を作らないでいいという環境が彼を朝に弱くさせたのだ。日々のトレーニングで疲れているからという理由もあるだろう。
顔を洗って着替え終えた敦也は、まず朝食を食べに食堂へ行こうと考えた。最近では、敦也を起こし兼朝食に誘いに凜が来るのだが、今日は彼女が来るよりも早く起きたらしい。
だったら、俺から凜を朝食に誘うか、とまだ眠たそうにする目を擦りながら、凜の部屋へと足を運び出す。
凜の部屋の前に着くと、彼女の楽しげな話し声が、壁越しに途切れ途切れに洩れ聞こえてくる。こんな早朝から訪ねてくる人はいないだろうから、リングの機能で電話しているか京子さんのテレパシーで会話しているのだろう。
「凜。今から一緒に食堂に行か……ない……」
あくび混じりの声でそう言いながら、敦也は友人の部屋のドアを開けた。
それまで続いていた凜の話し声が、唐突に途切れた。わからないが、彼女はびっくりしたように目を見開いて、身体を震わせたのだろう。
敦也に背を向けて立っている、まだ少し幼さを残してはいるが、可愛らしい顔立ちの中学三年生の少女だ。長いオレンジ色の髪がすらーと背中にかかるぐらいまで伸びている。今現在スカートを穿く途中だったらしく、手はホックを止めようという位置にあった。上半身は胸を隠す下着だけ。つまりは着替え中だったらしい。
敦也の予想していたとおり、部屋には凜以外は誰もいなかった。
「え……」
まったくの想定外のその光景に、敦也はわけがわからず混乱して立ち尽くす。起き抜けのせいなのか頭が回らない。
無防備な下着姿で立っていた少女が、ぎこちない仕草で振り返る。
思わず息を呑むような、清冽で可憐な美貌の少女だった。細身で華奢だが、儚げな印象は感じられない。幼さを残しながらも均整の取れた体つきと、すらりと伸びた背筋。しなやかな強靭さを感じさせる少女である。
エメラルドに近い色をした大きな瞳が、硬直したままの敦也を正面から見つめる。
敦也はそんな彼女の姿に目を奪われたまま、
「……えーと……すまん凜……着替え中とは知らなかったんだ」
一瞬で考えた謝罪の言葉を口にした。
香月凜こうつきりん。それが彼女の名前だった。敦也が『閉ざされた世界』にやって来て、初めて知り合った人間である。
この世界に存在する人間は魔力と能力を持っている。凜もそれらを持っていて、直剣の神器・《神威》を持っていた。
彼女は生きるために、生き返るために戦う敦也の仲間で、敦也から見れば凜の能力も剣技もなかなかすばらしいものだと思っている。
しかしそれはそれとして、彼女の見た目が美しくて可憐な少女であることに変わりはない。
敦也が凜から目を離せないでいると、
「……せ、先輩……!?」
ようやく状況を理解したのか、凜が敦也に向かって呟いた。お、おはよう、と敦也は、反射的に間の抜けた挨拶を返す。それでも敦也は彼女を凝視したまま動けずにいた。
上半身は下着姿で肌もあらわな凜の姿に見とれている、というのはもちろんある。
ガラス細工のように透き通るような白い肌。芸術品のような形の細い鎖骨。肉付きは薄いが、そのくせ不思議と柔らかそうな曲線を描く胸元。それらに目を惹かれるな、と言われたとしてもこれは何があっても目がそれらを見てしまう。
思春期の高校一年生である敦也には、少なからず女子に興味がある。とはいえ、彼の頬は赤く染まり彼自身はなんとか目を反らそうとしている。
どうにかして目を反らしたいが、凜から目が離せないという、金縛りに似たような状況を打破したのは第三者の登場によって叶った。
「なに凜ちゃんの着替えを覗いてるの阿呆の敦也くん。いえ、これからは変態の敦也くんと呼ばなければいけないかしら」
冷ややかな声が敦也の背後から聞こえた。その声に敦也と凜の金縛りに似たような状況は解けて、敦也は背後に立つのが誰か見当がつきながら振り向いた。
そこにいたのは、青と白のセーラ服を着た青いミディアムの髪に黄色いカチューシャをつけた少女だった。名前は氷道美崎。ギルド・『夢見る猫たち』に存在するロックバンド・ツインフローズンアイスのギターアンドボーカルだ。作詞作曲も彼女が行っているらしい。
「誰が変態なんだよ!」
敦也が氷道に噛みつくように叫ぶと、彼女は敦也に視線を合わせないでその奥を見ながら冷ややかに言い放った。
「あなたに決まっているでしょ、変態の敦也くん。それから、ちゃんと前は見るべきだと思うけれど……怪我するわよ」
「は……!?」
氷道はなにを言っているんだと思いながら、敦也は前を見る。
すると、わ、わぁ、と凜が言葉にならない悲鳴を上げながら、両腕で胸を隠しながら音もなく旋回した。彼女の髪がふわりと舞い、白いうなじと剥き出しの背中、そして彼女が身につけた面積の小さな布きれが敦也の視界を横切っていったのを見た。その直後、ニーソックスに覆われた凜の踵が、敦也の顔面に突き刺さった。
後ろ回し蹴りを喰らったのだと気づいたときには、敦也の身体は吹き飛ばされて豪快に向かいの壁に衝突した。生前の敦也の身体なら気絶してもおかしくはないくらいの衝撃だ。
頭を強く打ちくらくらする意識の中、少し遅れて、きゃあああああ、という凜の高い悲鳴が聞こえてくる。悲鳴より先に攻撃するとか、護身術に長けているんですね、と突っ込んでやろうかと思ったが、もちろん今の敦也にそんな力はない。壁に背中を預けて座ったまま前を見ると、羞恥に顔を真っ赤にして両手を身体の前で交差させながらしゃがみこんでいた。凜の部屋に入った氷道がばたんと強くドアを閉めた。
敦也は少しでも記憶から今のことを消そうと額に手を当てて、ため息を吐いてから弱々しく呟いた。
「……ついてねーなぁ……」
めずらしく朝早く起きれた日は、最悪のスタートで始まった。
※
「その、先輩……頭……大丈夫ですか?」
食堂で朝食を取りながら、向かいの席に座る私服に着替え終えている凜が敦也を見上げて訊いてくる。
その質問の仕方だと、先輩は異常な人ですか、って訊いてるようにしか聞こえないんだが。気のせいだよな。
そう思ったのは敦也だけではなく、同じように思ったのは凜のとなりの席に座って、バターの塗られたパンを食べている氷道もだったらしい。
「その質問じゃまるで、変態の敦也くんは本当に変態なのですか、と訊いているようね。そして、凜ちゃんこいつは変態よ」
「同感なのは嬉しいんだが、否定してくれよ」
なかばわかっていたことだが、敦也は氷道の言葉にため息を吐く。
「え、あ、違いますよ。頭打ったみたいだから、怪我していないかな、って」
誤解されていると思った凜があたふたと言葉を紡ぎ直した。
「ん、もう大丈夫だよ。まぁ、俺のほうこそ悪かったな。急にドアを開いちまって。ノックぐらいすればよかったな」
「変態の敦也くんはもとから心が怪我してるわ」
「頼むから氷道は一回黙っててくれないか」
敦也は氷道にそう言ってパンをかじる。仕方ない、といった目で氷道はアイスコーヒーが入れてあるカップを傾ける。
凜に蹴られて、前頭部も後頭部も痛いが、これぐらいなら我慢することは容易い。
「いえ……そのことは、もう怒ってませんから」
本気で蹴ってしまいすいませんでした、と謝罪する凜。羞恥と罪悪感が混じったような口調で、たしかにもう怒りの気配はもうなかった。敦也は安堵の表情を浮かばせて、
「そ、そうか」
「えぇ、まぁ……先輩が変態だと知らなかったわたしの責任ですし、これからはちゃんと注意します。そういえば先輩に着替えを覗かれるのは二回目ですね」
「え……?」
「変態の敦也くん、あなたには前科があったのね。ギルドの女子全員に敦也くんに注意するように呼びかけておきましょうかしら」
「おい待てお前ら。なんで俺が覗きをする変態みたいな扱いをされてんだよ!? 今回のも前回のも事故だったんだよ。仕方ないだろ。いや、反省はいちおうしてるけどな!」
慌てて反論する敦也を眺めて、クス、と凜が口許に手を当てて小さく笑った。どうやら本当に許してくれる気になってくれたらしい。わかってますよ、冗談です、と澄まし顔で凜に諭されて、敦也は唇をゆっくりと歪めながらもホッと胸を撫で下ろす。が、
「駄目よ、凜ちゃん。この変態の敦也くんをそんな簡単に許したりしたら、もう一回覗きに来るかもしれないわ!」
そんな和解ムードをぶち壊しに来る氷道。カップをソーサーに置いて、ジト目で敦也を見ていた。
「もう絶体にしねぇよ」
「それはどうかしらね、敦也くんがこっそり自分の部屋でさっきの凜ちゃんの着替えシーンを妄想して、堪えきれずにもう一度覗きに来る可能性は捨てられないわ!」
冗談にしか聞こえないような言葉を並べる氷道。
「俺がそんなことすると思うか!?」
「先輩、そんなことするんですか!?」
呆れ混じりの声で敦也は氷道に言う。
「変なこと言うんじゃねーよ」
「あら、わたしはいたって真面目よ。変なこと言ったつもりはないわよ」
まじかよ、と氷道の敦也に対する思いを知り、彼は顔を手で覆うと、
「…………冗談よ」
氷道は笑いを含んだ声でそう言って、コーヒーをもう一度飲んだ。
敦也は氷道が何て言ったのか理解できずに、思わず間の抜けた言葉を口にしていた。
「は、はぁ……」
ちら、と阿呆面している敦也を見た氷道は、
「どうしたの敦也くん。もしかして信じてたのかしら?」
「あぁ、信じてたんだよ! お前の考えは読めねーよ!」
「相変わらず阿呆の敦也くんなのね」
クスクス、と静かに笑う氷道を見て、敦也は、今日はついてねーな、と改めて思った。
「二人とも今日は予定はあるかしら?」
朝食を終えた氷道がふと真剣そうな顔をして、敦也と凜を交互に見る。どうしたんだ、と敦也は首を傾けた。
「質問にまず答えなさい、阿呆の敦也くん」
諭されるように氷道に言われ、敦也は答える。
「昨日ちょっと頑張ったからな、今日は一日トレーニングは休憩しようと思ってるけど。なんか関係あるのか?」
敦也は氷道に問いかけるが、彼女は敦也の問いかけは無視して、凜に向き直った。
おいおい、俺の質問は無視なのかよ、と敦也は息を吐いてオレンジジュースの入ったコップを一気にあおる。
「え……わたしも今日はトレーニングは休もうと思ってます」
凜の答えを聞いた氷道は、わかったわ、と小さくうなずき、
「つまり、二人とも今日は暇なのね」
「言いかたを変えてくれよ」
たしかに今日一日トレーニングを休んで時間はたっぷりあるのだが、暇といわれてはなんかなー、と敦也は思う。
トレーニングを休んだのは、敦也にそれ以外にやりたいことがあったからだ。拡張されたギルドの基地を見て回りたいし、広太の畑作業も手伝いたいとさえ考えていた。
敦也が『閉ざされた世界』に『夢見る猫たち』に来てからまだ一月ぐらいしか経過していないのだ。敦也はまだこのギルドで知らない場所、知らない人はまだまだたくさんありいるのだ。
だから、敦也はもっとこのギルドに馴染むために、今日は色々と見て回ろうかなと考えていた。
それに『閉ざされた世界』での歴史ももっと詳しく知りたい。敦也が来る前までにこの世界で起こった出来事を知りたいのだ。だから、マスター・咲夜やアナウンサー・京子さんに話を聞くのもいいと考えてもいる。
だから俺は暇ではないんだ、と敦也は言おうとすると、氷道は敦也と凜の目を交互に見て。
「わたしに手伝ってくれないかしら。もちろん阿呆の敦也くんに拒否権はないから」
俺に拒否権はないのかよ、と敦也は表情を歪ませながら、
「氷道が俺たちに頼むなんてめずらしいな」
「そうですね、けっこうなんでも一人でできそうな人だと思っていました」
氷道が敦也と凜に頼み事をするのを、かなりめずらしく思った。
「それは買い被りよ。わたしよりあなたたちのほうがすごいわ。あんな恐ろしいモンスターと戦えるなんて」
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