このやってられない世界で

みなせ

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「キーラ」

 カークの声と共に、体がゆすられる。

「時間だ。起きて」

 すっきりと覚醒した目を開けると、いつの間にか片づけられたテーブルの上に、小さなカゴに入れられたピーちゃんが見えた。
 あれ、いつの間にか横になってる?

「目、覚めた?」

 上からの声に、目だけそちらを向ける。
 いや、すごく良く寝たけど。

……なんで、この期に及んで膝枕なわけ?

「カーク……」

 ゆっくりと体を起こす。

「すぐ動ける?」
「うん、大丈夫。ごめん、ありがとう」

 ワンピースにしわがないかを確認して、立ち上がる。
 カークも立ち上がって、ピーちゃんを私に持たせた。

「じゃあ……行こうか」

 いつもように横に立ち、その手が腰に回り、引き寄せられる。
 いつもよりゆっくりと廊下を進む。
 エントランスではアリーダさんとアルマンさん、そしていつもお世話になってる人が勢ぞろいしていた。

「キーラ様、ご無事でお戻りを」

 アルマンさんがそう言って、アリーダさんたちが一斉に頭を下げた。
 びっくりしてよろけた私をカークが支える。
 こんなことをしてもらうような人間じゃないのに……と、カークを見上げた。カークは大丈夫だと言うように少し笑って、私を促す。

「……お見送りありがとうございます。……行ってきます」

 こんなのでいいだろうか?

「行ってらっしゃいませ」

 ドキドキしていると、全員がそう声をそろえた。
 体がビクッて反応して、カークの足を踏んでしまった。

「クッ……行こう」

 カークが笑いをこらえながら、待っていた馬車へと押し込み、カゴを取り上げ持ち物入れへと入れる。
 座ると同時に馬車は動き出す。

「駅までは二十分くらいだ」
「意外と近いんだね」
「そうだな。少し郊外にあるが……普通はあまり利用しない道を使うんだ」
「そうなんだ」

 どこをどう通っているのか分からないけれど、馬車は街の中を通ることなく人気も人家もない道を進んでいる。
 黙ってこっちを見ているカークと目が合うと、急に胸がざわついた。

「カーク、私、帰ってこれるよね?」

 思わず声に出てしまう。

「……当たり前だろう?」

 一瞬、躊躇った。視線も、声も。

「カーク、何も隠してないよね?」
「ない」

 何だろう、凄く不安だ。

「キーラ」

 カークが私を引き寄せて、抱きしめる。

「父は大丈夫だと言っていた。だから、大丈夫だ」
「カークは、大丈夫だと思ってないの?」
「私には分からない。分からないから、本当は行かせたくない。でももし私が反対しても、父は無理にでもキーラをルキッシュに送るだろう。だから私は父を信じるしかない」
「……」

 陛下が大丈夫と言うなら、大丈夫なんだろう。何故かそれは信じられるのに、不安なのは消えない。
 そっとカークの背に手を回す。

「キーラ、キスしたい」
「……ヤダ」

 またかよ、と思いながら拒否するけど、カークはそんなのではへこたれない。
 この状態で逃げられるわけもなく、キスされましたよ……。
 ようやく解放されたのは、駅に着きましたよ、と、扉をノックされた時。

 カークは名残惜しそうにしながら、こう言った。

「キーラ、寝る時はちゃんと扉に鍵かけるように」

 って。

 分かってるけど。なんだよ、それ。
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