魔王様は攻略中! ~ヒロインに抜擢されましたが、戦闘力と恋愛力は別のようです

枢 呂紅

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16.魔王、ドリームマッチに舌舐めずりする

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「アリギュラ様、我らが聖女様!」

 先に口を開いたのは、ジーク王子だった。初めて会った時と変わらず、美しい金髪の下で輝かしい笑みを浮かべた彼は、今日も今日とてキラキラと目立っている。

(なるほどな。改めて見ると、攻略対象者らしさがプンプンしとるな)

 呆れ半分、感心半分に、アリギュラはジーク王子を見る。人間の娘子の趣味などわからないが、これほど顔がよく、おまけに王家の生まれとくれば、女たちは放っておかないだろう。もっとも顔だけなら、メリフェトスも十分負けてはいないが。

 と、そんなことを思っていた矢先、唐突にジーク王子が跪いた。胸に手を当てた彼は、戸惑うアリギュラを、うるんだ青い瞳で見上げた。

「ああ、聖女様。本日お会いできるのを、大変楽しみにしておりました……!」

 なんだか、反応が大袈裟じゃないか。そのように疑問に思うアリギュラだったが、衝撃はそれだけで止まらない。ジーク王子はさっとアリギュラの手を包み込むと、熱っぽくアリギュラを覗き込んだ。

「っ!」

 驚いたのはアリギュラだけではない。後ろで、メリフェトスもぎょっとしているように感じる。

 うまく言葉を返せずにいる異界の魔物をよそに、ジーク王子は少年のようにきらきらと目を輝かせた。

「先日のグズグリの急襲の折。貴女様の戦いぶりを拝見させていただきました。まさに戦の女神! 私は貴女が、クレイトス神と重なって見えました」

「そ、そうか。それは、くるしゅうないぞ」

 なんといっていいかわからず、アリギュラは目を逸らす。少なくともアリギュラは女神ではない。むしろその反対の、魔王である。けれども気まずげなアリギュラをものともせず、ジーク王子は悩ましげに嘆息する。

「剣を手に、ひとり魔物に向かっていく貴女様の姿に、私の心はすっかり塗り替えられてしまいました。私は貴女の剣となり盾となり、前線に立つ覚悟を固めております。願わくば、貴女様がもう一度、聖剣の担い手について考え直してくださると良いのですが……」

「……おやおや。これは驚きましたね」

 話が見えずに混乱するアリギュラだったが、誰かに後ろからぐいと肩を引かれた。どうやら、呆気に取られていたメリフェトスが復活したらしい。

 とん、と背中がメリフェトスにぶつかると同時に、なにやら冷ややかな空気が頭の上から降ってくる。あ、これ、怒っているときのメリフェトスだ。そのようにアリギュラが察するのと同時に、メリフェトスはこめかみをヒクヒクさせながら微笑んだ。

「ありがたいお申し出ですが、生憎、『光の剣』はすでに私がお預かりしております。それにジーク殿下は、王太子として尊いお立場にあるお方。危険な第一線に出ていただくわけにはいきません。ここは、いち神官にすぎない、私めにお任せいただけますか?」

「いや。民が王国を守るために闘っているときに、王家の生まれという理由だけで、自分だけ安全なところに引き下がるつもりは、私にないよ。それに神官である君より、私のほうが剣の扱いは長けていると思うけれど?」

「何を仰いますか。それを言うなら、聖女様からする魔力は、一級神官である私こそうまく扱えると存じますが?」

 ばちばちばちぃ!と。見えない火花が、目の前で散っている気がする。よくわらかないが、急にジーク王子と睨みあいを始めてしまったメリフェトスに、アリギュラはこそりと囁いた。

「おい、メリフェトス。人間とじゃれておらんで、わらわに説明せい。ジークはどうした? こやつよもや、腹の底で何か謀っているのではあるまいな」

「ちょっと我が君は黙っていてください。私は今、男と男の真剣勝負の最中ゆえ」

「どこがじゃ。ていうか、そもそも何を争っているんだ、うぬらは!」

 状況がさっぱりつかめないアリギュラは、ぎゃーすと怒る。

 と、そのとき、わざとらしい咳払いが響いた。

「こ、こほん! こほん、こほん! こぉっふぉん!!」

「あ、ああ! すまないね。紹介が遅れてしまった」

 声をきいて、ようやくジーク王子は連れがいることを思い出したらしい。慌てて立ち上がった彼は、少し後ろで待ちぼう……控えていた令嬢を手招きした。

「おいで、キャシー。アリギュラ様。彼女は大臣の娘で……」

「ジーク殿下の婚約者を務めさせていただいております。ダーシー家の、キャロラインと申しますわ」

 ジーク王子の後を引き継ぎ、恭しく礼をする令嬢がひとり。と、思いきや、頭の両脇にぶらさがる縦ロールをぶんと揺らし、令嬢はキッとアリギュラを見る。

 思わず声を弾ませ、アリギュラは顔をにやけさした。

「水臭いではないか! わらわとおぬしは、ともに胸の底にたまるものを吐き出しあった仲であろう?」

「あれ? キャシー? 君は以前に、聖女様とお会いしたことがあるのかい?」

「ローナ聖堂に母と伺ったときに、偶然ですわ。あの時は、名乗りもせず立ち去ってしまい、大変失礼をいたしました」

 よどみなく答えながらも、キャロラインの紫色の瞳はまっすぐにアリギュラを見据えている。その勝気なまなざしに、アリギュラは背中がぞくぞくとした喜びが走るのを感じた。

(いい。いいぞ、この目だ……!)

 女々しく泣き言を述べるのではなく、怒りに燃えて立ち上がらんとする気骨。誇りを傷つけられて尚、真っ向から挑もうとする心意気。まさか、その対象が自分に向くとは思わなかったが、そんなキャロラインの気位の高さに、アリギュラは惚れたのだ。

(そうだ、『悪役令嬢』。正々堂々、わらわに挑め。挫けず挑むそなたの姿は、何者より輝いているぞ)

「あ、あの、聖女様? キャシーも……ふたりとも、どうしたんだい?」

 困惑するジーク王子をよそに、今度はアリギュラとキャロラインが睨みあう。緩んでしまう頬をもはや隠そうともせず、アリギュラは魔王としてふさわしい笑みを浮かべた。

 そうやって、アリギュラは胸の内でキャロラインに宣戦布告をした。

(異界の『悪役』、キャロライン・ダーシー。おぬしの相手、しかと務めさせてもらうぞ!)
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