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2章 霊憑きの髪飾り
1.
しおりを挟む古来より数多の小国が生まれては消え、争いを繰り返してきた肥沃の大地、楽江。それがひとつに統一されるのは、実に千年ぶりのことだ。
今より千年の昔、楽江は古代王朝、華ノ国が治めていた。楽江の地も今ほどには開拓が進んでなく、ひとが住める土地は限られてはいたが、華ノ国は豊かだった。文化、芸術もこの時代に発達し、人々は高度に発達した都市で暮らしていたとされている。
けれども続く戦乱の世において、華ノ国が築いた技術はすべて失われた。都は焼け落ち、農村は破壊され、人々の暮らしは百年以上も逆戻りをした。
――そんな苦節の時を越え、今ようやく、旧西朝の武人・李流焔が築いた大国・瑞が、楽江の地に成った。その衝撃は、砂漠の大地を越えた先にある遊牧の民や、大海をまたいだ先にある島国にまでとどろいた。
これまで、対岸の火事として楽江の戦火を遠目に見ていた異国の長たちが、これまでにない強い関心を持って、瑞国と――現皇帝・紅焔と関係を築く機会をうかがっている。
そしてそれは、異国の為政者には留まらなかった。
「これは、これは。楽江の太陽、征服王にして解放者、麗しき我が帝、紅焔様。この胡伯《コハク》、貴方様にお呼びいただき嬉しゅうございます」
異国の品を手にずらりと並ぶ商人たちを背後に引き連れ、派手な男が胸に手を当ててかしずく。彼が頭を垂れる先にいるのは、当たり前というか、瑞国の皇帝・紅焔だ。
(また一段と、うさん臭さがましたな)
口には出さず、紅焔は目を細めて、滑らかに話す目の前の男を観察する。
顔立ち、身のこなし、身に着けるもの。すべてにおいて華やかとしか言いようがないこの男は、大商人・琥珀という。旧四朝時代より砂漠での交易で一大財産を築いた大商人の息子であり、本人も九つの言葉を操るやり手である。
胡伯には異国の血が混ざっており、ぱっと目を惹く、上品に整った顔の造りをしている。加えて異国情緒あふれる上等な衣をまとい、たおやかで優美な身のこなしが様になる色男だ。彼がここ天宮城に登る日には、男女関わらずちょっとした騒ぎになる。
現に、今この瞬間も、意味もなく謁見の間の前を何度も通る文官や、かなり遠巻きではあるが、柱の影からこちらを窺う下働きの女中たちが後を絶たない。それもこれも、甘く色香の漂う笑みを振りまき、誰彼構わず虜にしてしまうこの男のせいだ。
「というわけですから、陛下。此度、お持ちしましたのは、どれもこれもが、自慢の品でございまして……陛下? あの、私の言葉が届いていらっしゃいますか?」
「ああ、悪いな。魔性の塊のような男のせいで、我が城の作業効率が著しく悪化している現状を憂いていた」
「ああ、ひどい! きちんとお話を聞いてくださらないと、この胡伯、たとえあなた様がお相手といえども、悲しくていじけてしまうのに」
しなりと己が体を抱き、胡伯は長い睫毛に縁どられた瞼を悲しげに伏せる。そうすると、白い肌に泣きぼくろが映えて、どうしようもなく艶っぽい。どう見たってわざとらしい仕草なのに、胡伯から漂う色香に、部屋の隅に控える侍従のひとりがごくりと息を呑みこむ。
ああ。また一人、魔性の手管に囚われてしまった。紅焔は遠い目をしつつ、改めて、胡伯が配下の者たちに運ばせた品々に意識を向けた。
胡伯はこう見えて、たしかな商品の目利き力、他者の懐にするりと入り込むしたたかさ、時流を読みつつ確実に己の利を引き出す計算高さと、かなりの有能な男だ。
他国の長たちが、戦乱続きのこの地に成った大国とただちに関係を持つべきか様子見をする中、真っ先に天宮城に駆けつけて交易商人として自らを売り込んできたのも、やはりこの男だった。
そんな男だから、紅焔は胡伯に通行証を持たせ、都への出入りを自由にさせている。こうして異国の品の売り込みを直接受けるのも、かれこれもう三度目だ。
紅焔が品々に目を向けたのを敏感に察したらしい。それまで後ろで控えていた護衛武官長の梁永倫、そして実は異国の品に紅焔以上に興味津々な侍従長が、そろそろと近寄ってきて品々を覗き込んだ。
「うわあ! 異国柄の織物、異国柄の花瓶、異国柄の敷物って、なんか外国に来たみたい! あっちの果物も、なんかよくわかんないけど、すっごく美味しそうじゃん!」
「あちらの鮮やかな染糸も、なかなか……! あちらの掛け軸なども、紫霄宮に飾ったらどんなにか映えることでしょう……」
「あはあ、梁隊長も侍従長様もお目が高い! わかっていただける方には、わかっていただけるんですよねえ。私、とっても嬉しくなってしまいますよ」
嬉しそうに異国の品々を眺める永倫と侍従長に、さっそく胡伯が甘い声ですり寄る。きゃっきゃと十代の娘のように盛り上がる三人に、紅焔は頭痛を覚えてこめかみをおさえた。
というか、永倫のアレは、わかっているうちに入るんだろうか。かなり薄っぺらい、その場のノリで垂れ流した感想にしか聞こえなかったが。
そのまま全て買ってしまいそうな永倫と侍従長に、紅焔は整った顔に渋い表情を乗せて、釘を刺した。
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