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2章 霊憑きの髪飾り
9.
しおりを挟む(こいつ、いつのまに俺たちのそばに来た!?)
さすがは霊というべきか。さっきまで枕元に座っていたはずなのに、一瞬のうちに音もなく距離を詰めてきた。
しかしギョッとしたのは紅焔だけで、藍玉はあいもかわらず涼しい表情を浮かべている。ドキドキと鳴る胸を押さえて、紅焔は思いきり顔を顰めた。
(やはり気味が悪いな。答えもなにも、俺たちを呪うために夢の中に入ってきただけじゃないのか……?)
女の霊は長い髪を垂らして俯いたまま、姿を現してから一言も声を発していない。その沈黙が、逆に恐怖を覚えさせる。
藍玉のことは信頼しているが、この霊がどんなつもりで自分たちの前に現れたのかわからない。このまま相手の出方を見ているだけでは、もしかしなくとも危険ではないだろうか。
そんなことを思い始めたとき、紅焔はふと、女が纏う衣に見覚えがあることに気づいた。
「この服……もしかして、旧王朝時代の侍女か?」
襟元に朱色の映えるその着物は、西朝において妃の身の回りの世話をするような上級侍女だけが纏うのを許された代物だ。あちこち破れていたり泥や乾いた血でひどく汚れているため、今の今まで気づかなかった。
驚く紅焔に、藍玉は称賛の眼差しを向ける。
「よくご存知ですね」
「李家はもともと、西朝に仕える武人の家系だったからな。挙兵するより前、父が一度だけ園遊会に呼ばれて、兄と俺も連れて天宮城にのぼったことがある。その時に、同じ衣を着た侍女が妃の周りにいたのを見たんだ」
「素晴らしい。おかげで大きな手間が省けました。旧王朝時代にこの城で働いていた上級侍女。それが、この霊の正体ですね」
「……だな」
この服を着て現れた以上、それで間違いないだろう。図らずも紅焔自身の記憶力によって、簪の霊が千年前に表舞台から行方不明になった華ノ国の皇女、麓姫ではないと証明してしまった。
“ええ、ええ。この簪に宿るは間違いなく、かの悪名高き大妖狐にして大怨霊の阿美妃が娘、麓姫の霊に間違いありませんとも!”
満面の笑顔で言い切った胡伯を思い出し、紅焔は渋い顔で舌打ちした。
「なんだ、胡伯のやつめ。本当に、麓姫の亡霊じゃなかったじゃないか」
「いいではありませんか。人違い、もとい、霊違いではありましたけど、こうして幽霊と会うことができましたし」
「しかしなあ。これでは偽物をつかまされたようなもんだぞ」
「亡霊の正体を暴くのは、それだけ難しいことなのですよ。それに私は、旦那さまが私との約束を覚えて、霊憑きの品を探し出してくださったことを一番うれしく思います」
にこりと笑みを向けられ、紅焔は口をへの字にした。うまく宥められてしまった気がするが、自分ばかりがグチグチ言っては、まるで聞き分けのない子供みたいだ。仕方なく、紅焔は切り替えてひらりと手を振った。
「それでどうする? 彼女の正体もわかったし、長居は無用じゃないか?」
「私の予想が正しければ、そろそろ動きがあるはずなのですが……、と。ご覧ください、旦那さま。あちらの用向きは、これからが本題のようです」
促されて見れば、侍女の霊は、今度は窓際に立って外を眺めている。――いや。眺めているだけではなく、窓の外に広がる暗闇をまっすぐに指差している。
「……外に何かあるのか?」
「そのようですね。では、さっそく外に出てみましょう」
「行くのか!?」
「当たり前です。なぜ彼女が霊にまでなって何を伝えたがっているのか、その答えの鍵が見つけるためですよ」
「ええぇ……」
正直なところ、気が進まない。進みはしないが、紅焔が躊躇っている間に藍玉はさっさと庭に出ようとしている。彼女ひとりを外に送り出すわけにはいかないし、そもそも、ひとりでここに残るのも嫌だ。
天井を見上げて、紅焔はついに観念した。
「ああ、もう! わかった、わかったよ! 行けばいいんだろ!」
「いいですね、旦那さま。人間、勢いというのが肝心です」
「俺の場合、君に振り回されているだけだがな! で? 次はどこに行く?」
「安心してください。道はすべて彼女が教えてくれますよ」
藍玉が指さした先を見て、紅焔は納得した。今度は庭の牡丹の木の横に、侍女の霊が佇んでいる。このまま、目的の場所まで自分たちを案内するつもりに違いない。
「ささ。参りましょう、旦那さま。チャキチャキ追いかけますよ」
再び心が折れそうになる紅焔を、藍玉が促す。心なしか、普段よりウズウズしていて楽しそうだ。ため息をついて、紅焔は前髪をぐしゃりとかきあげた。
「はいはい。仰せのままに」
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